ろってぃーさんより小説「ロックマンEXE ハイスクールストーリー」



序章

「うおおおお! 間に合えーッ!」  雄叫びを上げながら、光 熱斗はアスファルトの上をひたすら駆けていた。小学生の頃から続けているローラーで風を切って走っているが、 必死な形相なのはこれまた小学校時代と変わらぬ理由からだ。 《まったく……転校初日から遅刻しちゃうよ》  彼の腰に提げられた携帯端末・PETの中から、彼のナビが呆れた声を出した。青いアーマーを身につけた少年型ネットナビ・ロックマン。 熱斗と共に数々の戦いをくぐり抜けて来た相棒であり、これからも共に歩んでいくかけがえの無い存在である。 「そうならないように走ってるんだよ!」  高校生になって半年が経過した今でも、朝に弱いという弱点はなくなっていない。 現在人生で二度目の転校を経験しているわけだが、このままではロックマンが言ったような不名誉な結果になってしまう。 この姿を見ても、誰も彼が幾度となく世界を救った男だとは思わないだろう。  それでも昔から運動神経の良い熱斗は全力で疾走し、ついに学校へたどり着いた。 「よっしゃ、セーフだ!」  巨大な校舎の手前で、校門はまだ開いていた。比較的まだ新しい校舎で、『度名ネット工学高等学校』と彫られたプレートが見える。 規模は大きく、教室があると思われる校舎の他にいくつかの棟があった。  全力で地面を蹴り滑走する熱斗。風を切って校庭へ駆け込んだ直後、背後で校門が閉まる音が聞こえた。 時間によって自動で開閉されるのだが、とりあえず今日のところは間に合ったのである。 「ふーっ。とりあえず遅刻にはならなかったな」  熱斗はホッと安堵の息を吐いた。 《でも熱斗くん、早く中へ行かないと》 「分かってるよ、ロック」  PETに返事をしつつ靴底からローラーを取り外し、額の汗を拭いながら校舎へと向かう。 熱斗もロックマンも小学校時代、父の仕事で彩葉小学校へ転校したときのことを思い出していた。 今回もまた父の仕事でこの度名シティに引っ越したのだが、もう高校生である熱斗はデンサンシティに残る選択肢もあった。 しかし彼はメイルやデカオたちと再び別れ、自分の道を進むことにしたのである。  自分の未来、そして夢のために。 「……ギリギリのご到着か。待ってたぜ」  ふいに後ろから声をかけられ、熱斗は振り向く。前しか見ていなかったため気づかなかったが、校門の壁の内側に教員らしき女性がよりかかっていた。 背は高く顔立ちも整った美人だが、怪我でもしているのか右目には眼帯をつけている。 残された左目も眼光が鋭く、タバコを咥えたその姿……スーツを着ていなければとても教師には見えないだろう。  彼女は熱斗に近づいてくると、目を合わせてニヤリと笑った。 「光 熱斗君だよな? もうちょっと遅ければ地獄のお仕置きフルコースだったのに、残念だなぁ」 「え、えーと……先生?」 「あたしは軌上サヤカ。お前が入るネットバトル科一年A組の担任だ」  粗野な男口調で名乗り、彼女は右手を差し出してきた。 「よろしくな」 「よ、よろしくお願いします!」  若干戸惑いながらもしっかり握手を交わす熱斗。今まで犯罪者を含む多くの人々と関わって来た熱斗には、彼女が明らかにただ者ではないように見えた。 そんな熱斗に背を向け、軌上は電子タバコの水蒸気を吐き出した。 「さて。教室へ案内するぜ」  ……度名シティは彩葉シティの隣に位置し、ネット工学・ロボット工学の研究が盛んに行われている。 また生まれた新技術を実際にテストする場所でもあり、熱斗の父・光祐一郎もそれに関わるべくこの町へ移り住んだ。 そして熱斗はこの度名電脳工学高校へ入るためこの町に来た。 プログラミングやウィルス研究など様々なネットワーク技術を学ぶことができ、しかもネットバトルの専攻学科がある。  WWW、ゴスペル、ネビュラ……多くの事件を経験し、仲間たちが危険に晒されることも多々あった。 Dr.ワイリーこそ改心したものの、いつまたあのような事件が起きるかは分からない。  ――まだまだ、強くならなくちゃ――  それが、熱斗の決めた道だった。 「そこを左に曲がれば職員室。向こうはプログラミング学科の教室だ」  先に立って歩きながら、軌上は大雑把に説明する。熱斗は辺りを見回しながら、時折歓声を上げていた。 《やっぱり、かなり広い校舎だね》  ロックマンもPETの中から言う。 「ああ、緊張するけどワクワクしてきたぜ。いろんな設備があるみたいだし……ロック、後で校内のマップ探してPETに入れといてくれよ」 《そうだね、熱斗くんじゃなくても迷いそうだし》 「一言余計だっつーの!」  このコンビの会話も小学生時代から大きく変わっていない。そんな二人の様子を、軌上は微笑ましげに見ていた。 「仲良さそうだな、お前ら。昔から一緒にいたのか?」 「ああ、小学校の頃から一緒だぜ!」  熱斗は胸を張って応えた。母親の腹にいたころから一緒だった、とはさすがに口に出せないものの、友人であり兄弟でもあるという絆は揺るがない。 「そうか、これからも大事にしろよ。……あ、そこが食堂な。特製カツカレーが食いたかったら、四時間目終わった後すぐに来ないと売り切れるぞ」  右手でタバコを持ちながら、左手で食堂の入り口を指差す。熱斗はそれを見てハッとした。 彼女の左手にあるのは右手のそれと違い、節のある機械の指とシリコン製の掌……そう、その左手はロボット義手だったのだ。 最近普及してきているとはいえ、実際に装着者を見かけることはそれほど多くはない。  だが熱斗は物珍しさだけで目を留めたわけではなかった。 「先生、それってワイリー義肢だよね?」 「ん? ああ、よく知ってるじゃないか」  軌上がその指を動かすと、微かに機械音が聞こえた。 「設計者が設計者だから嫌う人も多いけど、あたしは性能で選ぶ主義だ」  そう言う軌上を見て、熱斗は少し嬉しかった。かのDr.ワイリーは電脳獣事件の後、熱斗の叫びとカーネル、アイリスたちの最期がきっかけとなり、科学省へ戻った。 そしてかつての専門であったロボット工学の技術を用い、この新型義肢を作り上げたのである。  元・悪の科学者に心を許す人間は少ないが、熱斗はもうワイリーが悪事に走らないと信じている。 だから彼の技術が役に立っているのは、熱斗にとっても喜ばしいことだった。 「特にこいつは自分の体の代替だからな」 「そっか、そうだよな……」  さすがにどうして左腕を失ったのかは訊かない。熱斗とてその程度のデリカシーはわきまえている。 だが豪放磊落そうな軌上の態度を見ていると、いつか教えてくれそうな気がした。 「……で、ここが一年A組の教室な」  『1ーA』と書かれた教室のドアを、軌上がガラガラと開けた。中にいた生徒たちが一斉に静まり、席に着く音が聞こえる。 「おはよう諸君」 「おはようございます!」  生徒達が軌上に挨拶を返し、続いて熱斗に視線が集中する。これで二度目とはいえやはり緊張する。 「噂になってたかもしれんが、転校生を紹介する。デンサンシティから来た光 熱斗君だ」 「ひ、光 熱斗です! よろしくお願いします!」  多少どもりながらも堂々と挨拶すると、教室内がにわかにざわめいた。 「光、って……」 「そういえば……」 「……もしかして」 「あー、質問とかはキリが無いから後な」  何人か挙手する生徒もいたが軌上は制止する。父親のことだろうと熱斗は察した。 ネット工学の専門学校ならその道の権威である光 裕一郎の名も有名だろうし、それがこの町に引っ越してきたことも知られているかもしれない。 「クラスは三十人、光君が入って三十一人。分からないことは私か、そこにいるネルソンに聞いてくれ。学級委員長だ」  ネルソンと呼ばれたのは最前列に座っている女子だった。ハーフなのか金髪に青い目で、顔立ちも整った美少女である。 姿勢を正して座っており、いかにも委員長をやりそうな『優等生』といった雰囲気だ。だが堅物という風でもなく、好奇心旺盛そうな笑顔を熱斗に向ける。 「私は咲夜・ネルソン……まあネルソンって名字で呼ばれるのもアレだし、咲夜(さくや)って呼んでね。よろしく!」 「おう、よろしく!」  明るく自己紹介してきた彼女に、熱斗も緊張を解いて応えることができた。熱斗と同じで誰とでも仲良くなれそうなタイプだ、とロックマンは思った。  続いて軌上は後ろの空席を指差す。 「あそこの空いてる席に座ってくれ。影村、隣だからいろいろ面倒見てやれよ」 「うぃーす。……でもそういうのは咲夜の役回りだっての」  影村と呼ばれた男子生徒は気だるそうに返事をした。クラスに笑いが起こる。熱斗はとりあえず示された机に着席し、彼に挨拶した。 「よろしく。えーと……」 「影村 一明(かげむら かずあき)だ。ま、適当によろしくな」  ぶっきらぼうな返事だったが、影村は笑みを浮かべていた。決して人付き合いの悪いタイプではないようで、熱斗は彼とも何となく上手くやっていけるような気がした。 少なくとも彩葉学園へ転校した際のコジローの態度と、その後の彼と友情を成立させたことを思えば問題はない。  二人の様子を見て軌上は楽しそうに笑った。 「影村、新人イジメとかするなよ」 「しないっての! ってか俺、イジメだけはやったことないじゃんよ、先生」  教室が再び笑いに包まれた。ああ、こいつ弄られキャラなのかと熱斗は一人納得する。どことなくコジローを連想させた。  机には各自一代ずつのパソコンが用意されており、熱斗は早速自分の端末を起動させた。事前に聞いていたパスワードを入力し、デスクトップを立ち上げる。 ネットバトル科だけにパソコンは新型で動作が非常に軽い。 「さてと、一・二時間目はランファイト訓練だ」 「ランファイト?」  聞き慣れない単語に熱斗は首を傾げた。ネットバトル科で『訓練』というからにはやはりバトルなのだろうが、どのような内容なのか分からない。 ただランと言うからにはスピードを競うのではないかと思った。 「影村。準備をしている間に、光にルールを教えてやってくれ」 「……咲夜の役回りだっての」 「つべこべ抜かすな。このあたしが信頼して頼んでんだ、ありがたく拝命しやがれ」 「へいへい、美人教師様」  影村は身を乗り出して熱斗のパソコンを操作し、画面上に電脳世界のマップらしきものを表示した。 曲がりくねった一本道のようなエリアが映っており、片端にスタートラインらしきものが引かれている。横幅も広く、クラスのナビ全員が入っても余裕がありそうだ。 「もしかして、ナビのレースってことか?」 「まあそうだな。要はこのエリアで障害物競走をするわけ。途中でウィルスとかが出てくるから、それを蹴散らすなり避けるなりしてゴールを目指す」 「へーえ。バトルチップ使用はOK?」 「ああ、無制限な」  影村はニヤリと笑った。 「ついでに他のナビへの攻撃も無制限な。自分の脚が遅けりゃ、他の奴を蹴落とせばいいってのさ」 「マジかよ……過激なルールだな」 「ちなみに一明のナビは脚が超速い上に、全力で周りを潰しにかかっていつもクラストップだよ」  咲夜が楽しそうに口を挟む。 「おいおい咲夜、他の科目は大抵お前がトップじゃんよ」 「でもランファイトじゃ、一明の悪賢さに叶う奴いないじゃんよ」  苦笑する影村に、口真似をして笑う咲夜。互いに下の名前で呼び合っているところを見ると、それなりに付き合いが長いようだ。 「本当だよなー」 「いつも気がついたらやられてるんだよ、影村に」 「戦い方がいやらしいのよねー」  クラスのメンバーたちが咲夜に同調し始めた。教室中に愚痴が飛び交う中、影村はケラケラと笑ってそれらを一蹴した。 「へへ。相手が気づいたときには終わってる、ってのが理想なんでね」  どうやら彼は奇襲戦法が得意なようだ。ナビもそれに合わせたカスタムがされているのだろうと熱斗は推察する。  だがそれ以上にこのランファイトという科目は一筋縄ではいかない。 ネットバトル学科は影村以外にも実力者揃いだろうし、それらが一斉にこのレースを行えば大混戦は必至である。熱斗はPETを覗き、ロックマンに目配せをした。  ロックマンは黙って頷く。熱斗の言わんとすることは分かっていたし、ロックマンもそれに応えるつもりでいた。  ――全力でぶつかる――  今まで二人は、そうして勝ってきたのだ。 「おら静かにしろ。準備ができたからフィールドにプラグインしな」  号令がかけられた瞬間、全員が一斉にPETを取り出した。咲夜が熱斗の方を振り向く。 「光くん、初めてだからって遠慮はいらないからね。思いっきり暴れちゃいなよ」 「ああ、昔から遠慮は苦手だぜ!」  答えつつ、熱斗はPETのボタンを操作した。気合いは十分、待ち構える大乱戦にさえ心が躍る。 今まで悪の組織との苦しい戦いを経験してきたが、このようなフェアなバトルなら大歓迎だった。 「ロック、準備はいいか?」 《うん。行こう、熱斗くん!》 「よし。プラグイン! ロックマンEXE、トランスミッション!」  PETから赤外線が放たれ、『ロックマン』というプログラムがインターネットへ送り込まれる。その様子を横目で観察しながら、影村と咲夜もまたPETを操作する。 「気合い入ってるねぇ。俺たちも行こうや、相棒」 《おう、オイラはいつでも行けるぜ》 「んじゃ……プラグイン。ラットグEXE、トランスミッション!」 《えっと……よし。咲夜ちゃん、私も行けるよ!》 「オーケー。プラグイン。フリージアEXE、トランスミッション」

第一話・走破戦

 ロックマンがフィールドに降り立ったとき、他のナビ達も続々とプラグインしてきた。 さすがネット工学の専門学校だけあって、一度に多数のナビがプラグインしても問題ないようだ。 生徒たちがそれぞれカスタマイズしたナビたちは千差万別で、中には奇抜な形態のナビもいる。  フィールドはかなり広く、パネル上にストーンブロックなどの障害物が置かれている。ウィルスが潜んでいる気配もあり、早くも乱戦の気配が漂っていた。 「さすがにみんな強そうだね……」  他の面々を一瞥し、ロックマンは呟いた。さすがにネットバトル学科ともなると、一年生と言えど実力者揃いである。だが当然ロックマンは怖じているわけではない。 《ああ。俺たちの力、ここで見せてやろうぜ》 「そうだね!」  熱斗の声に答え、ロックマンは気合いを入れる。パートナーとの絆がナビの力であり、勝負を左右することも珍しくない。その点に関して二人は絶対の自信を持っていた。力を合わせ、時には喧嘩と仲直りを繰り返しながら共に戦い、手に入れた最強の絆だ。それを信じて戦うのみである。 「あれが新入りのナビか」 「見た感じバランスタイプね」 「脚はそれなりに早そうだな」  周りのナビ達は思い思いにロックマンを評価する。その中から一人、彼に歩み寄ってくるナビがいた。 「あの、ええと」  たどたどしい口調で話しかけてくる、少女型のナビ。薄紫色の髪がその態度と相まって、どこか儚げな印象を醸し出していた。 白いアーマーは中世の騎士をモチーフとした美しい物だったが、彼女の佇まいから勇猛な雰囲気は感じられない。 それと相反するように金色の瞳が明るく輝き、生命力を感じさせている。 「私、咲夜ちゃんのナビで、フリージアっていいます。これからよろしくお願いします!」  彼女は緊張した面持ちでペコリとお辞儀をした。ロックマンは笑顔で頷く。 「僕は熱斗くんのナビ、ロックマンだよ。こっちこそよろしく」 「は、はい!」  明るく返したロックマンに対し、フリージアはもじもじした態度だ。現実世界から咲夜の笑い声が聞こえてくる。 《ロックマン君、この子人見知りするけど仲良くしてあげてね》 「あう……」  オペレーターの言葉に、フリージアは頬を真っ赤に染めて俯いた。快活な咲夜と、内気そうなフリージア。 影村曰くランファイト以外では彼女達がトップの成績とのことだが、一見した限りでは実力が分からない。 だがナビとしてはバランスよくカスタムされているようで、スペックは高そうだ。 「オイラともよろしく頼むぜ」  突然後ろから声をかけられ、ロックマンははっと振り向く。いつの間にかすぐ背後に、ロックマンと同じ少年型ネットナビが屈み込んでいた。 グレーを基調とした身軽そうなスーツを纏っており、機動力と隠密性を主軸としたカスタムのようだ。 つり目の笑顔は陽気そうなようで、何か企んでいそうにも見える。ロックマンに気づかれず背後を取ったというだけでも、その実力がうかがえた。 「オイラはラットグ。影村 一明のナビだ」 「うん、よろしく!」  二人が握手を交わして笑い合ったとき、フィールド内にブザーが鳴った。 《全員スタートラインに着け》  軌上が指示し、ナビ達はそそくさと一列に並んだ。順番は決められていないようで、ロックマンの右にフリージア、左にラットグが来る形となった。 ロックマン、そして熱斗の表情に緊張が走る。だが二人とも、ここで自分たちの力を見せつけてやろうという気持ちもあった。  現実世界では熱斗が咲夜と影村の様子をうかがっていた。影村はバトルチップの入ったケースを取り出し、咲夜は微笑を崩さずモニタを見つめている。 《……ロック》 「……うん」  ロックマンは左右をちらりと見て、頷く。熱斗の言わんとすることが分かったのだ。  電脳空間の頭上に「3」の文字がホログラムで浮かび上がった。カウントダウンが始まり、全員がスタートダッシュの体勢を取る。 ロックマンも口元をマスクで覆い、バトルモードに入っていた。  「2」、「1」……数字が徐々に減り、「GO」の文字が表示される。  その瞬間、現実世界からオペレーター三人が同時に叫んだ 《ラットグ、右だ!》 《フリージア、左!》 《ロック、前転!》  刹那、ロックマンは左右から繰り出された攻撃をすり抜けた。ラットグの斬撃、フリージアの回し蹴りは空を切る。 そして前転から起き上がったロックマンはその勢いを利用し、猛烈な勢いで走り出した。 《ハハ、よく避けたな》 《もしかして読まれてた?》 《そう来ると思ってたんだよ!》  影村、咲夜、熱斗のやり取りに苦笑しつつ、ロックマンは走る。他のナビ達も堰を切ったかのように駆け出し、叫び声が飛び交う。  すでにナビ同士での戦いも始まっており、轟音や爆発も巻き起こっていた。 《ロック、後ろだ!》 「了解!」  ロックマンを追いながらバスターを構えていたナビを、熱斗はいち早く察知した。先手を打ち、振り向き様にロックバスターで攻撃するロックマン。 追いすがっていたナビはまともに被弾してしまい出鼻をくじかれた。 「ちっ! この程度……で……!?」  何とか攻撃に転じようとしたとき、そのナビは突如倒れ伏す。彼の脇をすり抜けて駆けてくるのは灰色の影だった。 「悪いね、後ろがお留守だったぜ!」 《ラットグ、新入りとフリージアは後にしようや》 「はいよ、相棒!」  右手を小太刀型のブレードに変形させ、ラットグは縦横無尽に集団の中を駆け回る。すれ違い様に他のナビ達を切り倒し、ボム系チップを投げ込む。 それでいて遅れをとることは無い。目にも留まらぬ身のこなしだった。 「うおっ、こいつ……!」 《来るぞ! 避けろ!》 《走って走って! とにかく止まるないで!》  オペレーターとナビの声が飛び交う。 何とかラットグに一矢報いようとする者、回避に徹してゴールを目指す者と様々だが、戦い慣れているだけにそう簡単にはやられない。 ガードや回避、バトルチップを駆使して奇襲を防ぐ。  そしてバルカンを構えた大柄なナビが、ラットグに肉薄した。未来位置を巧みに計算しての先回りだ。 「この距離なら!」  見ている誰もがラットグに一撃喰らわせることを期待しただろう。  だが次の瞬間、ラットグの袖から小さな影が飛び出した。それがナビに取り付いた瞬間、腕に装着されたバルカンが消滅する。 大柄なナビは「しまった」という表情を浮かべるがもう遅い。そのバルカンはラットグの右腕に装着されていたのだ。 「惜しかったな。ちょいと借りるぜ!」  次の瞬間、バルカンが火を噴く。回転する銃身から撃ち出された弾丸をまともに受け、大柄なナビは悲鳴を上げた。 「ぐああぁぁ! くそっ……!」  片膝を着くそのナビを尻目に、ラットグは再び走り出す。一瞬の早業だったが、ロックマンはラットグが何をしたのかある程度理解できた。 彼は相手の装備するチップを『盗む』ことができるのである。  かつて共に戦ったブルースやシャドーマンにさえ迫る身のこなし、そして特殊能力。 影村がロックマンを後回しにと言ったのは新参者に対する遠慮からか、手強いと思ってのことかは分からない。 だが開幕前に咲夜が言った通り、このランファイトのルールにおいては影村とラットグのコンビが最も厄介なことは間違いないだろう。 「熱斗くん、気を引き締めないと……!」 《ああ、全力で行こうぜ!》  周囲から飛来する流れ弾や、時には明らかにロックマンを狙ってくる弾を避けつつ走る。 マシンガンの弾を前転でかいくぐり、爆発の破片は熱斗がバリアーを使って防ぎ、飛来したミサイルをバスターで撃ち落とす。 周囲のナビが脱落してプラグアウトしていく中、ロックマンはほぼ無傷だった。熱斗の卓越したオペレート技術、そして二人の信頼関係の為せる技だ。  ロックマンは先頭集団の位置をキープしながら、ストーンブロックが並ぶエリアに近づいた。 《前方にキャタック!》  咲夜が叫んだ。小型戦車タイプのウィルス・キャタックがストーンブロックの間に布陣していた。動きは単純だが強力な主砲を持つ手強いウィルスである。  砲塔のハッチから小人が顔を出し、砲口が火を吹く。地面に落ちて炸裂した砲弾は轟音と共にパネルを破壊する。 ナビたちは何人かが爆発に巻き込まれながらも散開してかわしていった。 《ロック、突撃だ!》 「分かった!」  熱斗の指示に従い、一気に肉薄するロックマン。端から見れば捨て身の特攻である。 だがキャタックが次弾を発射しようとしたとき、熱斗はすでにバトルチップをスタンバイしていた。 《攻撃用バトルチップ・ワイドブレード! スロットイン!》  ロックマンの腕から黄色の刃が迸り、幅広の刃を形作る。眼前のキャタックに向かい、走る勢いを利用して全力で斬りつけた。 慣性の法則によって加速した一撃は的確にキャタックの急所……車体と砲塔の隙間を切り裂き、そのまま上下に両断する。 ロックマンがそのまま脇をすり抜けた瞬間、キャタックは爆発と共にデリートされた。  熱斗はすでにこのバトルのコツを掴んでいた。脚を止めないこと、そして四方八方から繰り出されてくる攻撃を避けるため、できるだけ不規則に動くことである。 《このまま突っ切れ、ロック!》 「うん!」  ロックマンは次のキャタックに狙いを定めた。  しかし…… 「ロックマンさん、避けて!」  突然背後から聞こえた叫びと気配。咄嗟に身をかわすと、そこへ駆け込んできたのはフリージアだった。右手に槍を握り、左腕には銀色の盾が輝く。 金色の瞳が標的を見据え、振りかぶった槍が炎を纏う。 「スピットファイアーッ!」  刹那、突き出された槍の穂先から閃光と爆炎が放たれた。まるで穂先が巨大化したように。金色の瞳が敵を捉え、その巨大な槍を突き立てた。轟音が辺りを揺さぶった。  ロックマンの見ている前で、キャタックの装甲がガラスのように砕け散る。貫通した爆炎はその後ろのストーンブロックをも瞬時にヒビだらけにし、粉々に爆散した。 「な……!」  飛び散る石の破片。ロックマンは息を飲んだ。まさかここまで強烈な技を繰り出すとは、あの気弱そうなフリージアからは想像もできないことだった。 しかし他のナビを巻き込んでもいいルールでありながらも。わざわざロックマンに警告をした辺りは彼女らしいと言うべきかもしれない。  槍を振るって敵を薙ぎ倒し、ふりかかる攻撃を盾でしのいでひたすら猛進するフリージア。その姿はまさに騎士だった。だがそれに気圧されるロックマンと熱斗ではない。 《ロック、二時方向のをやれ! フミコミザン、スロットイン!》 「うおおおっ!」  ロックマンは地を蹴った。瞬時に敵の懐へ踏み込み、両断。ストーンブロックの背後に潜むウィルスに注意しつつ、走り続ける。 ナビ同士の潰し合いから逃れるべく、時折ストーンブロックの影を通って攻撃をやり過ごした。それでもロックマンを狙ってくるナビは返り討ちにするしかない。 オペレートをする熱斗も緊張を保っていた。  やがてストーンブロック帯から抜けたとき、ロックマンとフリージアは先頭になっていた。 ストーンブロック帯での熾烈な戦いにより、多くのナビがプラグアウトに追い込まれたようである。  二人は互いをちらりと見たが、戦うことなく走り続けた。ラットグの姿が見えないのだ。  現実世界でも熱斗が影村の様子をうかがった。だが今の彼は何か企んでいる風でもなく、じっとPETの画面を見つめている。 一方で咲夜は机の上にチップを並べ、素早く使えるようにしていた。チップの内容を見られぬよう裏向きに置いているなどなかなか用心深い。 「……あっ!」  フリージアが叫んだ。自分たちより遥か先、何も無いと思っていた空間にラットグが現れたのである。 「え……インビジブル!?」 「やられた!」  一定時間透明化するチップ『インビジブル』。ロックマンも熱斗もラットグの身のこなしを見ていたため、彼が混戦に乗じて暴れていると思い込んでいた。 だが実際には障害物地帯を素通りしていたのだ。 《咲夜にはバレるんじゃないかと思ったんだけどな》  影村はしたり顔である。それに対して咲夜も楽しげに笑っていた。その白い指がチップを一つ拾い上げる。 《うん、分かってた。だからコレ》  咲夜がチップをセットした次の瞬間、フリージアの前に箱状の物体が現れた。それが唸りを上げて空気の流れを変化させ、吸い込み始める。 「うおっ!?」 《スイコミかよ、くそ》  障害物型ウィルス・バキュームファンを設置するチップだ。快調に走っていたラットグもその風には逆らえず、パネルから脚を踏み外して吸い寄せられる。 そしてバキュームファンの上に登ったフリージアが槍を構えた。 《やるよ、フリージア》 「うん……咲夜ちゃん」  金色の瞳が煌めき、そこに躊躇いの色が一切無くなる。彼女の纏っている気配が一瞬で変化した。吸い寄せられてくるラットグに狙いを定め、槍の穂先を向ける。 ロックマンと熱斗には何が起きたのか理解できた。フリージアの背後に、咲夜の姿が残像のように重なって見えたのだ。  フルシンクロ。オペレーターとナビの意識を同化させ、オペレートのラグを極限まで減らす能力。  ナビのダメージがオペレーターの肉体に伝達されるリスクを併せ持つ諸刃の剣でもある。 だがこれを行えるのは同じ遺伝構造を持つ熱斗とロックマンや、伊集院炎山などのような一流ネットバトラーのみだ。  ……やっぱりこの学校はケタが違う!…… 「はあぁっ!」  フリージアの繰り出した槍……それはまるで閃光のごとき速さ。  ラットグの背を正確に捉え、穂先が突き刺さる。誰が見ても勝負はついたように思われた。 「っ……!」  しかしフリージアはすぐさま槍をたぐり、上空に目を向ける。 彼女の槍はラットグを模した人形に突き刺さっていたのだ。そして彼女の真上には……手裏剣を構えたラットグの姿が。  フリージアが即座にバキュームファンから飛び降りたため、手裏剣はファンに命中した。爆発とともにファンがデリートされ、ラットグは着地する。 《ま、カワリミを仕込むくらいはするっての。やっちまいな!》 「あいよ!」  影村の口調は相変わらずだったが、声には緊張が感じられた。彼も本気になりはじめたようだ。  ラットグはフリージアに斬りかかり、フリージアは盾でそれを防ぐ。フリージアにも全く怖じた様子はない。 彼女の弱気な性格を補うためのフルシンクロでもあるのだろう。だがその攻防、ロックマンにとってはチャンスだった。 《ロック、行け!》  手元にチップ二枚を伏せて並べ、熱斗は叫ぶ。  フリージアと斬り合うラットグに対し、ロックマンは突貫した。熱斗が取り出したチップの一枚……ロングソードをスロットに入れ、長剣を振りかぶりつつ接近する。 スピードではラットグの方が上である以上、ここで少しでも手傷を負わせておかなくてはまた引き離されると踏んだのだ。  ラットグは一度フリージアから距離を置き、ロックマン目がけて何か小さな物を放った。 「行け、シーフラット!」 「!」  ロックマンの反応はほんの一瞬遅れた。その物体……白いネズミ型ウィルスはロックマンの腕に取り付き、同時に異変が起こった。 ロックマンの腕に装着されたロングソードが解除されたのだ。  そしてラットグの腕には、長い光の刃が。 「しまった……!」 「いただいたぜ!」  このネズミウィルスこそが、チップを盗む能力だったのだ。  奪い取った刃を手に、俊敏な動きで迫ってくるラットグ。だが熱斗は慌てることなく、二枚目のチップをスロットに入れた。 「! ……さすが熱斗くん」  ロックマンは舌を巻いた。彼のパートナーは最初からこれを狙っていたのである。  ラットグはフリージアからの攻撃を避けられるよう、ロックマンの側面に回り込む。そして剣光が閃く……が。 「う!?」 《なっ!?》  ラットグと影村が驚愕の声を上げる。袈裟に振り下ろされたロングソードはロックマンの掌に挟まれ、止められたのだ。 次の瞬間にはロングソードが再びロックマンの手に戻り、強烈な斬り上げを放つ。 「うおおおおっ!」 「ぐぅ!?」  気合いと共に繰り出された斬撃はラットグの胴を薙いだ。ラットグが咄嗟に身を仰け反らせたため傷は浅いが、ここで初めて彼に手傷を負わせたのである。 《シラハドリだ。狙い通りだな!》 「さすがだよ、熱斗くん!」  熱斗はロングソードを盗まれることを予測していた。チップを盗む技がどのようなものかはっきり分からない以上、避けきれないかもしれない。 ならばわざと盗ませ、もう一度奪い返して裏をかく。かつての戦いで培われた技量が発揮されたのだ。 《すげえ! 新入りが影村たちから一本取ったぞ!》 《光くん、頑張って!》 《勝ってくれ、購買のパンおごるから!》  クラスメイトたちが活気づく。今までラットグに一方的にやられてきた彼らが、熱斗を応援したくなるのは無理もないことだ。  一方体勢を立て直したラットグも、そして影村もまだ諦めてなどいない。 《やりやがるぜ……ラットグ、本腰いれようや!》 「おうよ! 熱くなってきやがった!」 《一明が本気ね……光君やるぅ》 「私たちだって……!」  現実世界と電脳世界で、オペレーターとナビたちがそれぞれ白熱する。三つ巴の戦いが始まろうとしていた。  そのとき。  電脳空間に赤い光りが点滅しはじめ、けたたましい警報ブザーが鳴り響いた。ナビ達が動きを止め、熱斗らも様子をうかがう。 【緊急事態、緊急事態。教員は大至急職員室へ集合してください。ネットワークを利用中の生徒は直ちにプラグアウトし、指示があるまで待機してください。 繰り返します――】  両方の世界で同じアナウンスが流れ、教室がざわめく。軌上が手帳で教壇を叩いてそれを制した。 《聞いたか? お前ら全員すぐにプラグアウトしろ。教室から動くなよ》  それだけ告げ、軌上は駆け足で教室から出て行った。現実世界で熱斗、影村、咲夜の三人は顔を見合わせる。 《とんだ横槍だぜ》 《しょうがないって。決着はまた今度にしよ?》 《ああ……ロック、プラグアウトだ!》 「……うん」  頷きつつ、ロックマンは一抹の不安を感じていた。それは熱斗が小学校を卒業したときから思っていたことである。 WWWが解散しても、インターネットを悪用しようとする者は多くいる。またいつか、巨大な戦いに巻き込まれる日が来るのではないか……そう懸念していたのだ。  だがしかし。これがもしその戦いの序章であったとしても、ロックマンは恐れなかった。自分には熱斗がいる。 どんな難局も、二人でなら乗り越えられると信じていたのだ。  例え、何が来ようとも。

第二話・治安実習

 昼休みが始まり、学食は生徒たちでごった返す。午前に出た緊急警報の内容は未だ公表されておらず、三時間目・四時間目の授業は予定通り行われた。 列に並びながら疑問や不安を吐露する生徒も多い。だが青春真っ盛りな高校生たちは今日も先を争ってカウンターの前に並び、思い思いに食事を注文している。  一年A組学級委員長、咲夜・ネルソンもまたそんな一人だ。しかし湯気を立てる焼きそばを前に、彼女はどこか浮かない顔をしていた。 「……光 熱斗にロックマン、か」  金糸のような髪を指先でいじりながら、咲夜はぽつりと呟く。膝に乗せたPETの中から、彼女のナビ・フリージアだけがその声を聞いていた。 「これも何かの因果かな」 《咲夜ちゃん……》  心配そうに呟くフリージアには、咲夜が何を考えているのか分かっているのかもしれない。 咲夜はいわゆる優等生であり、ネットバトルの腕やコンピュータ関連の技術もさることながら人望も厚く、交友関係は広い。 だが彼女の経歴を本当によく知っているのはフリージアだけだ。  自分に最も近しいパートナーに対し、咲夜は軽く笑ってみせた。 「どうってことはないよ、フリージア。どうってことはない……」  食堂の喧噪の中、咲夜の呟きを聞く者はいない。いたとしても午前中の警報の話だと思っただろう。やがて近づいてきた二人の学友に気づき、咲夜は顔をあげた。 「今日は随分隅っこに座ってるじゃんよ。黄昏れてんのか?」 「お〜、焼きそばも美味そう!」  気だるそうな影村に、食欲旺盛そうな熱斗。二人とも手に持っている料理は大盛りのカツカレーだ。 「あ、二人ともカツカレー確保できたんだ。光君、転校初日から幸先いいね」 「今朝軌上先生に聞いたから、授業終わってすぐにダッシュしたんだ」  満足気に応える熱斗を他所に、影村はさっさと咲夜の隣に座って食べ始める。熱斗は二人の向かい側に座ることにした。  熱斗は午前中の勝負が警報のせいで流れてしまった後、予想通り同級生たちから質問責めにあった。光 裕一郎の息子であることを打ち明けると、 「今度お父さんに会わせて欲しい」と頼んでくるクラスメイトも多かった。 その後、三時間目の数学でいきなり居眠りをかましてロックマンに起こされたことを除き、特に問題もなく昼休みを迎えることができた。 影村ともネットバトルを通じて少し打ち解けることができ、こうして一緒に食堂へ来たのである。 「一明、カツ一切れと焼きそば少し交換しない?」 「ほらよ」  影村が突き出すようにカレーの皿を差し出す。咲夜はまだ口を付けていない箸でカツを一切れ取り、適当につまみ上げた焼きそばをカレー皿に乗せた。 やはりこの二人は付き合いが長く、影村がぶっきらぼうなだけでしっかりと絆があるようだ。  熱斗は福神漬けを皿の隅に盛り、湯気を立てる熱々のカレーを一口頬張る。 ルーは程よくスパイシーでありながらも野菜の甘みがあり、まろやかな味わいが口一杯に広がった。カツも歯ごたえがあり、カレーの染みた衣がまた美味い。 「ん、美味い! 走って買いに行くだけの価値はあるぜ」 「でしょ? 私も結構好きなんだよね、それ。カロリー高いけど」 「センコーは廊下を走るなって言うがよ、だったらカレーの販売数増やせっての」  思い思いに会話しつつ昼食を頬張る三人。咲夜も先ほどの物憂い気な表情とは打って変わり、明るく食事を楽しんでいる。 「それにしても影村って脚速いな」 「お前こそ居眠りしてたくせに、飯時になったらすげぇ素早かったじゃんよ」 「うぐっ」  朝寝坊と同じく、居眠りはなかなか治らない熱斗の悪癖だった。数学自体はそれほど苦手ではなくなったものの、長い説明を聞いているとどうにも睡魔に襲われる。 そしてロックマンに起こされるというのが日常だった。  熱斗と影村の掛け合いを咲夜は楽しげに見ている。 「一明も中学の頃は居眠り常習犯だったよねー」 「そういう咲夜こそ、数学の成績は激ヤバだったじゃんよ」  影村が意外な発言をした。 「マジで? 咲夜って理数系得意そうに見えるけど」 「こいつは答えは全部合ってるんだが、途中式スッ飛ばしちまうんだよ」  カツにたっぷりとルーをかけて頬張る影村。咲夜は焼きそばを飲み下すと、軽く鼻を鳴らした。 「問題文読めば頭の中ですぐ答えが出るのに、その経過を紙に書くのって苦手なの」 「要するに天才なんだよ、こいつは。本当に一瞬で暗算しちまうから」 「……そういう人って本当にいるんだな」  熱斗は感嘆のため息を漏らした。公式を覚えて使うのに散々苦労した熱斗には、咲夜がまるで超能力者のように見えた。 ネットバトルの腕といい明るい人柄といい完璧な優等生に見えるが、跳ねっ返りの影村と一緒にいるのは意外と言えば意外である。 「影村と咲夜って中学のときから一緒なのか?」 「そ。一緒にこの学校目指した仲で、何だかんだで一緒にいるわけ」 「腐れ縁だっての」  コップの水を一気にあおり、影村は周囲の様子を伺った。誰も自分たちの方を見ていないのを確かめると、声を潜めて尋ねる。 「で、どうだったんだ?」 「何が?」 「何が?」  影村の問いかけに熱斗と咲夜は異口同音に尋ね返す。 「咲夜がわざわざこんな隅っこの席に座るときは、大抵俺に何か内緒話したいときじゃんよ」 「正解。まあ今回は光君にも聞いてもらうけどね」 「……もしかして午前中の警報のこと?」  熱斗は真っ先に思い当たった。警報が鳴り自習を指示された後、咲夜はトイレだと言い教室を出て、次の授業まで帰ってこなかったのである。 その間に何か調べていたのではと熱斗は考えていた。 「正解。単刀直入に言っちゃうと、町のインターネットに新種の大型ウィルスが現れたらしいの」 「大型ウィルス……被害は?」 「重要な物が攻撃を受ける前にネットポリスがなんとか倒したらしいんだけど、一緒にいた小型ウィルスを何匹か取り逃がしたんだって。 だから午後は私たち、治安実習になるっぽいよ」  『治安実習』。熱斗も転校するに当たってそのことは聞いていた。 度名市内でネットワーク事件が起きた際、ネットポリスの支援、または代替としてネットバトル科の生徒が動員されるのだ。 小学生でさえウィルスバスティングが必修科目となっているこの時代だ。ネットバトルを専攻する高校生ともなれば、このような機会に実戦経験を積むのは当然と言える。 「つまり山狩りか」 「そう、逃走中のウィルスを私たちが探して調査、デリートするの。未知のウィルスだから放っておくわけにもいかないしね」 「でも、どうやってそんな情報を?」  熱斗の問いかけに咲夜は含み笑いを浮かべ、着ているブレザーのボタンを指差した。一見普通のボタンだが、よく見ると一つだけやや分厚い。 「ふふっ。ボタン型集音マイク。自作」 「え!?」 「使うときは指向性を持たせるため、パラボラのパーツを取り付けてね……」 「ええええ!?」  驚く熱斗の肩を影村が叩く。薄ら笑いを浮かべながら「こういう奴なんだよ」と呟いた。 「これで職員室の会話を盗み聞きしたわけ。ハッキングよりこっちの方がバレにくそうだったから」 「大丈夫なのかよそれ……」 「大丈夫大丈夫。大抵教師なんてのは事なかれ主義だから、成績さえ良ければ他は見て見ぬ振りしてくれるし……ぐはっ」  大人たちへの皮肉をかました直後、咲夜の頭ががくんと前のめりになった。もう少し勢いがよければ焼きそばの皿に顔面が直撃していたことだろう。  そして彼女の背後には、閻魔帳を手にした軌上サヤカが立っていた。 いつの間に現れたのか熱斗にも分からなかったが、少なくとも今の咲夜の発言はしっかり聞こえていたようだ。 電子タバコを吹かしながら、嫌な笑顔を浮かべて咲夜を見下ろしている。 「今のお前の意見は非常に重要なことだと思うぞ。だから隅っこでコソコソ言ってんじゃねーよ」 「うおぉぅ……先生、食事中に閻魔帳アタックは止めてください」  悪びれた様子の全くない咲夜の抗議を、軌上は彼女の頭を鷲掴みにすることでねじ伏せる。ワイリー義手がブロンドの髪をわしゃわしゃと撫で回した。 「あとな、私はそこまで甘い教師じゃないからな」 「分かってますよ。だから軌上先生のことは尊敬してます」 「だったら尊敬する恩師に迷惑かけるな。お前の電子工作は大したもんだが、学校でスパイ活動なんかやりやがって」 「先生の教えの賜物です!」 「教えてねーよ。私は元軍人だけど諜報部隊じゃねーよ、機甲部隊だよ」  笑顔で言葉の攻防を続ける二人を見て、熱斗の背中を冷や汗が伝った。 ネットバトルのセンスは抜群、人望もあり、勉強は天才的な咲夜だが、どうやら完全に品行方正な優等生というわけではないらしい。 影村と仲がいい理由が分かった気がした。もっとも熱斗とて、親や教師が駄目だと言うことほどやりたくなる性分だったが。 「まあ聞かれたものはしょうがない。ネルソン、役割分担とかちゃんと準備しとけよ」 「もうやってありますよ。じゃなきゃ盗み聞きした意味ないし」 「生意気な奴め。しっかり頼むぜ」  咲夜の肩を軽く叩き、軌上は熱斗に目を向けた。 「転校初日で大変だろうが、お前の実力なら大丈夫だろう。頑張ってくれ」 「ああ、もちろん!」  今まで多くの修羅場をくぐってきただけに、ここで物怖じするような熱斗ではない。PETの中にいるロックマンも同じだ。 「あ、影村。この前借りた漫画、放課後に返すから」 「へーい」  気だるそうな声で返事をしながら、影村はカレーを頬張っていた。いつの間にか咲夜と軌上とのやり取りは慣れっこらしい。 彼の皿のカレーがほとんどなくなっているのを見て、熱斗の妙な対抗意識が燃え上がる。 「ロック、俺たちガツガツ食って力つけるぞ!」 《僕は食べられないよ!》  ……昼休みが終わり、午後の授業『治安実習』が始まった。目的は市内のネットワークに潜伏していると思われる、新型ウィルスの捜索。 他のクラスが打ち合わせをしている間、熱斗たちのA組はすでに持ち場へナビを送り込んでいた。 咲夜が得た情報から前もってメンバー編成を決め、クラスメイトたちもそれに多少意見を述べた程度だったので素早く出発できたのだ。  熱斗は咲夜、影村と一緒に三人で班を組むこととなった。 新入りがクラス内一位、二位の実力者と組むことになったわけだが、クラスメイトたちはランファイトで熱斗とロックマンの力を見ている。異論を挟む者はいなかった。 「この先へ行くと、ネットワークの拡張工事が行われています」  マップデータをロックマンに示しながら、フリージアが先頭を歩く。人見知りな彼女もロックマンと多少打ち解けたようだ。 「この辺りは開発中のエリアだから、ナビもいないね」  ロックマンの言う通り、彼ら三人の班が見回っているのは人気の無い開発中の電脳空間である。 もうしばらくすれば様々な設備が置かれることになるのだろうが、今は見事に何も無いパネルが広がっていた。人気が少ないのはウィルス騒動のせいもあるだろうが。 「ウィルスがどこへ隠れてるか手がかりも少ない。こりゃ手間がかかるねぇ」  そう言いながら、ラットグは常に周囲を警戒していた。 「そうだね。でも新種のウィルスなら目立つはずだし、しばらくすれば目撃情報があるかも」 《その辺は今咲夜が調べてるぜ》  現実世界の熱斗が言う。咲夜はオペレートの傍ら情報収集に勤しんでいるようだ。盗み聞きの是非はともかく、彼女は情報の大切さを知っている。 だから軌上も軽くたしなめる程度で済ませてやったのかもしれない。 「咲夜ちゃん、どう?」 《んー、今ひとつ確かな情報がないんだよね。でもいる可能性が高いのはこのエリアだよ》  現実世界では各班ごとに机を集め、密に連携を取りながらオペレートを行っている。いざウィルスが発見されれば全員で包囲することも可能だ。  ロックマンはかつてネビュラとの戦いで、仲間たちと共に戦ったことを思い出していた。それぞれの能力を活かしながら、あの熾烈な戦いを勝ち残ったのだ。 今回もまた各ネットナビ及びオペレーターで力を合わせる必要がある。 「熱斗くん、気を引き締めて行こう」 《分かってるって!》  時折声をかけ合いながら、三人は捜索を続ける。三角形の陣形で常に周囲を警戒しながらの行軍だ。  やがて三人はフリージアの言った工事現場へ近づいてきた。この町のネットワークに不慣れなロックマンは道を覚えるためにも、頻繁に周囲を見回している。  そのとき、彼の視界に小さな影が入った。 「あそこだ!」  ロックマンが叫んだ直後、指差した先からオレンジ色の光が飛来する。オペレーターたちが指示を出すまでもなく、三人は素早く散開して身をかわした。 《データ照合、あいつが例のウィルスだね!》  パソコンのキーを叩きながら咲夜が叫んだ。そこにいたのは蜘蛛のような外見のウィルスで、体は黒一色、赤い目だけが不気味に光っていた。 背中には小型の機銃のような物が搭載されており、八本足で動き回りながらしきりに射撃してくる。それも一体ではない、少なくとも眼前に六体はいた。 《全員でAC0530地点を包囲! 逃がしちゃ駄目だよ!》 《ロック、バリアを使うぞ!》  咲夜がクラスメイトたちを招集し、熱斗はバトルチップをスロットに入れる。ロックマンの周囲を球形のバリアが覆った。 敵の数が多いこと、連射能力が高いことを見てまずは守りを固めることにしたのだ。 《後ろにも三匹いるぜ!》 《そっちは引き受けた! ラットグ!》 「はいよ、一明!」  腕を小太刀に変形させたラットグが逆方向へ走り、ロックマンとフリージアは正面の六体へと向かった。機銃の連射が雨粒の如くバリアを叩く。 フリージアの方は盾で防ぎながら前進していた。 《ロック、撃ち返せ!》 「分かった!」  ロックマンはバスターを撃ちながら走る。移動しながらの射撃なので命中率は低いが、撹乱になれば十分だった。 蜘蛛型ウィルスが回避のために攻撃を止めたのを、熱斗は見逃さない。 《一番左の奴を狙うんだ! キャノン、スロットイン!》  熱斗がスロットにチップを入れ、ロックバスターが大型のキャノンへ変化した。一瞬立ち止まって狙いを定め、撃つ。 バスターよりも派手な発射炎と砲声が轟いた。放たれた砲弾は狙ったウィルスに直撃し、爆炎が黒い体を打ち砕く。 《防御力はほとんどないみたいだね。フリージア、ソードフィッシュ撃って!》 「うん!」  フリージアは長方形の盾を構えた。中央の宝玉状のパーツが煌めき、甲高い音と共に赤い光弾が発射される。 流星のようなそれは緩やかに弧を描きながら飛翔し、二発、三発とウィルスに着弾した。誘導性能も威力もさほどではないが連射は効くようで、立て続けに発射される。  ギリギリと耳障りな鳴き声をあげ、蜘蛛型のウィルスたちは次々にデリートされていく。 ロックマンがチャージしたバスターを近距離から打ち込み、フリージアの槍が薙ぎ払う。 「残り一匹!」  ソードを装備したロックマンが突撃する。ウィルスは左右に飛び回りながら必死の連射を行うが、一体では十分な弾幕を張れない。 ロックマンならそれを見切って接近するくらいは容易かった。弾丸を紙一重で避けながら、俊敏さを活かして間合いを詰める。 「はっ!」  袈裟に繰り出された斬撃が、ウィルスの体を二つに割った。小さな爆発と共に四散するのを見届け、ロックマンはソードを解除する。 「ちょこまかと鬱陶しかったが、対して強くはないな」  ラットグが言う。彼の方は後方にいたウィルスを手早く片付けていたようだ。 《大型ウィルスの方はこいつらをそのままスケールアップしたような奴だったみたいだね。とりあえず、他にもいないか確認しながらデータ収集を……》  と、ふいに咲夜の声が止まった。彼女の目が見開かれ、顔が緊張にこわばる。 「咲夜ちゃん……?」 《高エネルギー反応接近! 足下!》  咲夜が瞬間、パネルの一部が音を立ててめくれ上がった。ナビ達は一斉に散開する。  地響きを立て、パネルを破壊しながら「それ」は姿を現した。 見上げるほどの巨体が徐々に地上へせり上がり、節のある脚がギチギチと音を立てながらその巨体を支える。不気味な唸り声が辺り一帯に響いた。 「な、何、これ……!?」  フリージアがそう呟くのも無理はない。ロックマンも同じ感想を覚えた。先ほどの小型ウィルスと似た、蜘蛛型の巨大な姿。 だが一つ異様なのはその頭部から生えている白い物だった。石のような質感に細やかな装飾が施され、女性を模した形をしている。 醜悪な蜘蛛の頭部に、女神像が鎮座していたのだ。 《こいつが大型か?》 《ううん、ネットポリスが交戦したのとは違うタイプみたい! 気をつけて》  大蜘蛛が顎を左右に開いた。美麗な女神像がその醜悪さをむしろ引き立てている。それを包み込むオーラらしき物により、異様さをさらに増していた。 気圧されたロックマンたち目がけて、大蜘蛛の口内が光った。 《避けろ!》  熱斗が叫ぶまでもなく、ナビたちは散らばってその稲妻を回避した。オレンジ色の電撃が周囲のパネルを焦がし、大蜘蛛は唸り声を上げる。 砕け散ったパネルの破片が周囲に待った。 「凄い威力だ……!」 「こいつは手強いな……」  さすがのロックマンやラットグも、本腰を入れる必要を感じた。 《うわっ! 第二班、小型ウィルスの群れと遭遇!》 《第三班もウィルス発見! わらわら出て来るわ!》  クラスメイトたちの報告が、さらに緊張感を強めた。周囲のエリアで交戦に入ったようだ。 《三人で何とかするしかないか。フリージア、女神像を狙って!》 《ラットグ、奴の脚を止めろ!》 「分かった!」 「あいよ!」  ラットグとフリージアが互いに目配せして走り出す。指示を受けた直後、二人ともオペレーターとフルシンクロに入っていた。 こうもスムーズにシンクロ可能なオペレーターは早々いない。 《ロック!》 「うん!」  熱斗もまた、ロックマンとフルシンクロに入る。意識が一体化し、ロックマンの背後に熱斗の姿が残像のように現れた。 指示のタイムラグがなくなり、ロックマンもラットグと同様、大蜘蛛の脚へ突撃した。  先にラットグが一番前の左脚に斬りつける。一刀両断とはいかなかったが、素早い数回連続で斬りつけた。 「これでどうだ!」  ロックマンはキャタックから取得できるチップ・センシャホウを使った。巨砲に変形した腕から轟音とともに榴弾が放たれ、大蜘蛛の脚に着弾する。 外殻が割れており、明らかにダメージは入っていた。  同じ側の脚を二本破壊され、大蜘蛛はバランスを崩し始める。そこへフリージアが女神像目がけて、ソードフィッシュの連射を見舞った。 「……あっ!?」  だが放たれた誘導弾は、一発も直撃しなかった。女神像の纏うオーラに触れた瞬間、全て弧を描いて逸れたのである。 「くそっ!」  ロックマンが再度センシャホウを、今度は女神像へ発射する。だが重量のある砲弾もまた、オーラの力で逸らされてしまう。 全ての飛び道具が明後日の方向へ飛んで行くのを見て、ロックマンは歯噛みした。  そのとき、女神像が一瞬光った。 「やばいぞ、散れ!」  刹那、凄まじい閃光が空気を切り裂いた。巨大な青白いビームがフリージアのいた箇所を薙ぎ払う。地面のパネルを一瞬で崩壊させ、煙と陽炎だけが後に残った。 フリージアは回避に成功したものの、その破壊力はまともに喰らえば無事では済まない。  しかも破壊したかと思った脚に、リカバリーチップを使ったときのような現象が発生した。光とともに破損した箇所が修復され、元通りとなった脚が地面を踏む。 「自己再生までするのか……!?」 「フリージア、大丈夫か?」 「大丈夫!」  ラットグに返事をし、フリージアは果敢に突撃する。今の彼女は咲夜とのフルシンクロで気弱さがなくなり、勇猛な女騎士となっていた。 炎を纏った槍を振りかぶり、今度は蜘蛛の頭部へと狙いを定める。 「スピットファイア!」  爆炎を纏った強烈な一撃は、的確に大蜘蛛の頭に命中した。反動を利用し、フリージアは即座に距離を取る。その直後、彼女を狙って繰り出された脚が空を切った。  フリージアの一突きは頭部を確実に破壊していた。しかしそれも脚同様、すぐに再生してしまう。 「駄目だった……!」 「やっぱり女神像を壊さないと、決定打にはならねぇか」 「でもあのオーラを何とかしないと……」  暴れ始める大蜘蛛から距離を取りつつ、三人は対策を考える。  大蜘蛛の女神像が纏っているオーラはドリームオーラなどとはまた違った。攻撃を弾いたり打ち消したりするのではなく、逸らしているのだ。 これではただ強力な攻撃を当てれば突破できるというものでもないだろう。 《こいつはパネルの下を移動できる……私たちが撤退したら、他のエリアへ行って暴れるかもしれない。倒せなくても、せめてネットポリスが来るまで足止めしないと》 《撃ちまくるしかないか。攻めてるうちに活路が見えるってことも……》  咲夜と影村は不本意ながらも持久戦に持ち込む考えでいるようだ。だが熱斗とロックマンは…… 《いや、一発あれば……》 「それで十分だよ」  ラットグとフリージアの視線がロックマンに集中する。熱斗は冷静に、そして力強く言葉を紡いだ。 《さっき奴が女神像からビームを撃ったとき、ビームの出た所だけオーラに穴が空いてたんだ。つまりビームを撃つ瞬間、そこへ攻撃すれば……やれる!》 「ラットグ、フリージア! 援護して!」  ロックマンは走り出した。大蜘蛛の吐き出す電撃をかいくぐり、紙一重で避けながら突撃する。掠めた稲妻が足下のパネルを焦がしても、ロックマンは止まらなかった。 オーラにできる発射口へ正確に攻撃するには、ロックマン自身がビームの攻撃目標になる必要があるのだ。無論、一歩タイミングがずれれば回避の余裕はない。 《このままじゃジリ貧……賭けるしかないよ!》 《ちっ……面白ぇじゃんよ!》  フリージアは走りながら、脚目がけてソードフィッシュを連射する。スピードに優れるラットグはロックマンを追い抜き、再び大蜘蛛の脚部に肉薄した。 《こういう芸当も……》 「できるんだよ!」  一瞬、ラットグの前にモザイクの塊のような物が現れ、次の瞬間にはそれが形を形成する。長方形の大きな箱……時代劇で見るような千両箱だった。 重そうなそれを肩に担ぎ、蜘蛛の腹下目がけて投げつける。  途端に千両箱が爆発を起こした。巨大な爆発音と衝撃が空気を震わせ、大蜘蛛の巨体がぐらりとよろめいた。 フリージアの攻撃で脚も損傷し、その場でがくんと腹這いになる。  またすぐ自己再生するだろうが、これで一先ず動きを止めた。ロックマンは至近距離まで接近し、跳躍する。女神像と同じ高さまで。  女神像が光った。その瞬間、隙間無くそれを覆っていたオーラに穴が空く。しかしそこからビームが放たれるよりも、ロックマンの腕に巨砲が転送される方が早かった。 「プログラムアドバンス、ギガキャノン!」  チップ三枚をつぎ込んだ、必殺の一撃。ロックマンはオーラの穴に巨砲を押し込み……撃発させた。

第三話・戦友

強烈な反動で、空中にあったロックマンの体は後方へ吹き飛んだ。着地の瞬間にわざと地面を転げ、衝撃を和らげる。  顔を上げると、大蜘蛛の女神像は粉々に砕け散っていた。謎のオーラも消え、大蜘蛛はその場に這いつくばったまま動かない。  ふいに脚の一本が、火花を撒き散らし爆発する。続いて大蜘蛛の体中で次々に爆発が起き、激しさを増していった。 その瞬間、フリージアがロックマンの前に滑り込み、盾を構えた。 「マチルダ・ガード!」  盾を中心に緑色のシールドが展開され、ラットグもその後ろに駆け込んで来きた。  刹那、轟音。衝撃波と爆炎が空気を振るわせ、フリージアが展開したシールドも近距離ゆえに大きく震動する。 しかしそれでもシールドは突破されず、フリージアも後ずさりしなかった。 《……やった、な》  爆風が収まったとき、フィールドの様子を見つめて熱斗が言った。大蜘蛛の姿は跡形も無く消え去り、後には破損したパネルが残っているのみ。 大蜘蛛ウィルスは完全にデリートされたのだ。 《第二班、交戦中のウィルスがいきなりデリートされたぞ!》 《第三班も同じ。一匹もいなくなったわ!》  クラスメイトたちが口々に歓声を上げる。フリージアがシールドを解除し、その場にぺたりと座り込んだ。安堵の笑みを浮かべて。 「勝てたぁ……」 《みんな、お疲れ。任務完了だね》 《まったく、大した奴だぜ》  影村がロックマンを見て呟く。ラットグも同じような表情をしていた。 「やったな。ありゃなかなかできる動きじゃないぜ」 「ラットグとフリージアが援護してくれたおかげだよ! 二人ともありがとう」 「なぁに」  適当に返しながら、ラットグはフリージアに手を貸して立ち上がらせた。 フルシンクロが解除されていつも通りの状態に戻った彼女は、ロックマンの感謝に気恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。  現実世界ではまず咲夜が、熱斗に手を差し出した。ほんの一瞬だけ戸惑ったが、熱斗は彼女の手を握った。 続いて影村がぶっきらぼうに手を差し出し、熱斗はそれに応じる。戦友、という言葉が彼の頭をよぎった。 今まで炎山やバレルたちと築いてきた関係を、今度はこの町で彼らと構築できた。このような絆あってこそ、熱斗は今までどんな相手にも打ち勝ってこれたのだ。  転校の際に抱えていた一抹の不安はもうない。ただこれから新たな戦いが始まるのではないかという予感がある。しかしそれも、乗り越えていける気がした。 相棒ロックマン、そして新たな戦友たちと共に。 ……… …… … 《バアル・αはデリートされたそうだな》  観葉植物の飾られた執務室で、モニター越しに声が響いた。貫禄のある机には誰も座っていない。 椅子の主はモニターの前で直立不動の姿勢を取っており、注意深く言葉を選びながら声を発した。 「例のオーラは有効に機能したのですが、砲撃時の隙を突かれ……いえ、投入前の試験ではこのような……」 《言い訳はいい。消滅プログラムは作動したか?》 「はっ……設定された通り、跡形も残さず消え去りました。データを回収される恐れはないかと……」 《それで、成果は?》  男は返答に窮した。拳を握りしめ、額には汗が浮かんでいる。脚を震わせながら、どうにか言葉を吐き出そうとする。 「よ……予定の……20%ほどの……」 《正直は美徳だ。君ら『教団』のその点は評価しよう》  嫌味の多分に含まれた言葉だった。モニターには船舶のマークが表示されているのみで、声の主の顔は判然としていない。 しかしそれでも、否、姿が見えない故に、その威圧感は増していた。 《要は最初のデモンストレーションは失敗、と。そう考えて良いかな》 「は……」 《で、私の元に届けられた情報では……学生ネットバトラーによって撃破されたとのことだが。さすがにこれは誤報だろう?》 「……」  男は何も言えず、ただ唇を噛み締めた。モニターの向こうから怒声は聞こえてこない。聞こえるのはただ深いため息のみだった。 《……次は他の組織に動いてもらうとしよう。『グリーンキーパー』が良いかな。君はとりあえず、信者たちと反省会でもしておけ》  ぷつり、とモニターが消える。『通信が終了しました』という事務的な表示が男を苛立たせた。 度名電脳工学高校……彼の所業を阻止した学生どもへの怒りが込み上げて来る。だがそれより重要なのは、この失態をどう挽回するかであった。 「……研究員を呼べ」  傍らにいた秘書へ吐き捨てるように告げ、男は太った体を椅子に預けた。 ……… …… …  熱斗は戦いの後、特に何もなく(軌上から褒められ、義手で荒々しく頭をなで回されたり、 仲間全員からバトルのコツを尋ねられたり、ジュースを奢られたりした以外は)授業を終えて帰宅した。 父親は帰りが遅く、母と二人で談笑しながら夕食を済ませることになった。 熱斗の母は息子の明るさを知っており、新しい学校でもすぐに溶け込めるとは思っていたようだが、早速友達ができたことを告げられ安心した表情を見せた。  新型ウィルス出現のことはテレビのニュースでも話題になっていた。 しかし発表されたのは「ネットポリス及び学生ネットバトラーたちにより排除」されたという程度で、大きな被害はなく、詳しい事は調査中とのことだった。  自室に戻ったとき、ロックマンが二件のメールを受信したと伝えた。 「咲夜と……メイルか」 《とりあえず咲夜さんの方から開封するね》 差出人:咲夜・ネルソン 件名:お疲れ様ー 宛先:光 熱斗  今日はお疲れさま。初日から大変だったね。それともあのくらいは朝飯前かな?w かっこ良かったよ、光君とロックマン。 クラスのみんなも含めて、これから仲良くしてね。光君なら安心して一緒に戦えそうだし。  で、話は変わるけど、ネットバトル科にはネットバトラー向けの依頼が届いていて、私ら生徒がそれを引き受けることができるの。 実は私と一明って、二人でそれをやって学費を稼いでるんだ。もし大変そうな依頼だったら光君にも声かけるから、手を貸してよ。 一明は報酬の分け前が減るって渋ってたけど(笑)、光君がいればその分報酬の良い仕事を受けられるじゃない。  もちろん都合がつくときでいいよ。あと、それ以外のときにもつるんで遊んだりしようよ。これは一明の希望でもあったりw  じゃあ、また明日学校で。 「……あいつら、自分で学費稼いでいたのか」  二人が一人暮らしだと言っていたことを、熱斗は思い出した。自分のように家に帰り、そこに家族がいる生徒だけではないことを実感し、少し複雑な気持ちになる。 だが一緒に依頼をこなすのは望むところだったし、彼らのことをもっと知りたいという思いもあった。 《次はメイルちゃんのだよ》 「そっちは内容が想像できるな、俺」 差出人:桜井 メイル 件名:大丈夫? 宛先:光 熱斗  熱斗、元気? 度名シティで新種の大型ウィルスが現れたって、ニュースで見たわ。 詳しいことは分かっていないみたいで、こっちにはあんまり情報が入ってこないけど……。  学生ネットバトラーが戦ったって言ってたから、もしかしたら、と思って。熱斗のことだから大丈夫だと思ってるし、 デカオ君も「あいつは殺されても死なない。多分」って言ってる。でも無茶だけはしないで。言っても無駄かもしれないけど。  やいとちゃんとも夏休みには秋原町でみんなで会おうっていう話をしてるから、熱斗も来てよね。ロールも二人がいなくて寂しがってる。 直接会えない代わりに恒例のチップを送るから、役に立てて。 「やっぱり想像通りだ。で、添付ファイルは……」 《ロールちゃんのナビチップデータだね》  ナビの行動パターンの一部を記録し、召還することのできるチップだ。 彩葉学園に転校したときもメイルが送ってくれたロールのチップは、熱斗とロックマンの大きな励みになった。戦闘中の一瞬だけでも仲間の姿を見られるのは頼もしい。 《後でもいいから、返事書きなよ》 「分かってるって。夏休みかぁ、予定決めておかないとな……」  熱斗は部屋の引き出しからバトルチップを取り出し、それをPETに差し込んだ。空のチップにメイルから送られてきたデータを移すのだ。  恋愛ということには全く疎い熱斗だが、最近はメイルからのアプローチを何となく意識している。本人も気づいているか怪しいレベルではあるが、 彼の中でメイルの存在が「口うるさくて優しい、守るべき幼馴染み」から少しずつ変わり始めていた。 「そうだ、デンサン高校の学園祭っていつだっけ……行けるかな」 《ええと……毎年日曜日にやるみたいだよ。今年の日はまだ決まってないみたいだけど》  データを検索しながらロックマンが言う。 「そっか。なら行けるかもな。もしメイルたちから知らせてこなかったら、いきなり行って驚かせてやろっと」  言いながらチップを引き抜き、熱斗はそれに長方形のシールを貼り付ける。マジックで『ロール』と書いたそれを、熱斗は大切にチップ入れにしまった。

第四話・レオポン

「動物園のネットワーク警備?」  焼きそばを頬張りながら、熱斗は問い返した。きつねうどんを啜りながら咲夜は頷き、制服の胸ポケットから紙切れを取り出した。 要約すると『度名市の動物園でプログラム更新が行われるので、その際の警備要員を募集中』という内容のチラシだった。 「日時は今日の夕方か。随分急だな」 「昨日の新種ウィルス発生を受けて、急遽募集をかけたんだって。うちの学校からは先着順に十人まで志願を受け付けるらしいけど、どうする?」  影村は報酬の欄を見て少し考え、頷いた。彼は学費を稼がなくてはならないのだ。 「俺は行こうかね。光は好きにしていいぜ」 「いや、ここは俺も行くところだろ! この町の動物園がどんな感じか見てみたいし」  熱斗が影村の脇を肘でつつく。カラシソース味の焼きそばを凄まじい勢いで食べ終わり、緑茶をぐいっと飲んで席から立ち上がった。 影村もたぬきうどんを食べ終わり、ゆっくりと立ち上がる。 「じゃ、昼休みのうちにいろいろ準備しておくよ」 「うん。あと軌上先生に言っておいて。三人志願するって」 「おう!」  食器を返却口まで持って行くと、熱斗は食堂の外へ颯爽と飛び出していった。影村も苦笑しながら後に続く。 《二人とも元気だね……》  咲夜のPETの中でフリージアが言った。 「うん。いい奴だよ、光君。できるだけ仲良くなっておきたいな……私の目的のためにも」  油揚げを咀嚼し、飲み込み、ふと息を吐く。彼女の青い瞳は虚空を見つめていた。フリージアはPETの画面から横顔をじっと見ている。  最後の言葉が聞こえたのはフリージアだけだった。また意味が理解できるのもフリージアのみ。だから彼女は咲夜に向かって、無言で頷いた。 自分が昨夜を支えるのだという強い意思を、金の瞳に秘めて。 ……… …… …  授業が終わった後、熱斗は咲夜、影村と共に動物園を訪れた。閉園時間が近いため一般客は少なく、広い割に寂しい印象がある。  受付で名前を名乗り、三人は職員の案内で事務所へ向かうことになった。 動物園としてはなかなかに規模が大きく、キリンや象のような大型中、オカピのような珍獣もいる。 熱斗は周囲を眺め、熊が檻の中で丸太を振り回しているのを見て歓声を上げた。  咲夜曰くここは元々、動物飼育へのネットワーク技術の利用、っていう実験目的で作られたらしい。 だから動物愛護団体の一部の過激派(咲夜はキ○ガイという放送禁止用語で呼んだ)から睨まれている、とも付け加えた。 「生き物まで電子制御するのはやり過ぎだっていうのも、分からなくはねぇな」 「けど、人を巻き込んだテロは許せないぜ」  熱斗は小学生時代の戦いを思い出していた。 動物園の動物には体調把握用のICチップが埋め込まれているのだが、かつてWWWのオペレーターがそれにハッキングし、動物を暴走させるテロを起こしたことがある。 熱斗とロックマンによって鎮圧されたものの、罪無き動物に一般人を襲わせるというやり方に、熱斗は強い怒りを覚えた。 同時に影村が言ったように、何でもネットワークで制御されている社会に対する不安も感じていた。  改めて檻の中の動物たちを見て、守ってやろうと決意を固めたとき、熱斗はそれらの一つに目を留めた。 「あれって……ライオン? 豹?」  彼の指差す先いた獣はあくびをしながら、檻の中でくつろいでいた。ふさふさした鬣は間違いなくライオンのそれだったが、体には豹のようなまだら模様がある。 口から覗く牙は鋭く、ちらりと熱斗を見た瞳は琥珀色で済んでいた。 「ああ、あいつはレオポンですよ」  案内していた初老の飼育員が言った。 「父親は豹、母親がライオンという動物でしてね。うちの人気者の一匹で、可愛い奴なんですが……」  飼育員はふとため息をついた。 「今あんたたちが言っていた、頭のおかしい環境保護団体が……あいつを殺そうとしているとかで」 「ええっ!? 何で!?」  熱斗は驚愕の声をあげた。やり方は間違っていても、自然を守るための団体が何故動物を殺すのか。 時折ニュースになる侵略的外来種ならまだ分かるが、動物園で暮らしている動物まで狙う意味が分からなかった。 「ライオンが豹に嫁入りするなんて、野生の状態ではまずないんです。レオポンは人間があれこれ手を加えなければ生まれない生き物でしてね。 実際あいつも研究目的で作られ、うちが引き取ったんです」 「自然界に存在しない動物は無に帰すべき、ってことですか?」  咲夜の言葉に、飼育員は頷いた。 「奴らの言い分としてはそうらしいです。以前届いた脅迫状にそんなことが書かれていました」 「けっ、神様気取りかっての……」  心底胸くそ悪そうに、影村が吐き捨てる。当のレオポンはお構いなしにくつろいでいたが、熱斗もまた拳を握りしめていた。 「ライオンと虎の混血で『ライガー』っていうのも作れるんですけど……生まれるときいろいろな疾患を持っていることが多いそうです。 レオポンも……あいつも、生殖能力がありません」  飼育員は少しずつ、吐き出すように言った。誰かに思いのうちを聞いて欲しい、そう思っているようだ。 「人間の手でそんな動物を作り出す……生命倫理からすれば確かに問題あることなんでしょうけど、生まれてきたあいつ自身に罪はないと思うんですけどねぇ……」 「その通りだよ! あいつが殺されなきゃいけない理由なんてないんだ!」  熱斗の言葉に、咲夜も頷いた。 「勝手な都合で生まれた後、勝手な都合で殺されるっていうのは酷いよね」 「食うためならともかく、な。肉食獣なんか美味くねぇし、殺す意味ないっての」  影村はひねくれた言い方をするが、彼もまた憤りを感じているようだ。プログラム更新の隙を突き、そういう輩がテロを仕掛けてくるかもしれない。 だからこそ熱斗たち学生ネットバトラーにも募集がかかったのである。 「俺たちが必ず守るよ!」 「……ええ。よろしくお願い致します」  皺の入った顔に笑みを浮かべ、飼育員はゆっくりと頷いた。  事務所に入った後、熱斗ら以外の志願者も集まった。全員ネットバトル科の生徒で、二年生辺りが特に多いようだ。 「……狩屋先輩も来てたのか」 「頼もしいね」  影村と咲夜が小声で言葉を交わした。二人の言う狩屋という人物は背の高い男子で、制服の校章の色から二年生であることが分かる。 クールで無口そうな、一見すると優男にも見える風貌だが、体格からしてかなり体を鍛えていることが熱斗にも分かった。 「強いの?」 「かなり。あの人のナビは索敵が得意で、攻撃でも防御でも先手を握るの。二年C組の委員長だよ」  後輩達の会話に気づいているのかいないのか、狩屋は出されたお茶を飲み、無言で座っていた。  やがて園長が現れ、手短に挨拶を述べた。そして更新するプログラムが動物に埋め込まれたICチップ関連であることや、警備してほしい箇所などを告げた。 園長がどうかよろしくと言って出て行った後、熱斗たち学生は人員配置を決め、それぞれの場所にナビをプラグインさせることになった。  熱斗たちの警備場所は主に動物園の各所に設置された、ICチップの情報を受信するための端末だ。チップに手を加えようとするならここから侵入してくる可能性が高い。 「……更新作業が始まったみたいだな。ロック、異常はないか?」 《うん。特にウィルスや、怪しいナビはいないよ》  PETの画面を見つめながら、熱斗はいつでも戦闘に移れる体勢を整えていた。バトルチップは当然用意してあるし、ロックマンのカスタムもチェックしてある。 ロックマンもまた、動物たちを守るため気を引き締めて任務に望んでいた。 《何事もなく終わるといいね》 「ああ。けど、もし何かあったときのための俺たちだぜ」  熊の檻の前で、熱斗は気炎を上げていた。隣には影村もいて、周囲を見張りながらオペレートを行っている。咲夜は別の箇所だ。 《ま、オイラたちの持ち場で何か起きてももちろん何とかするけどさ。狩屋さんを相手にすることになったらテロリストも運が悪いよな》 「だな。あの人は環境テロを恨んでるから」  ラットグと影村の会話を聞き、熱斗はふと二人の方を見た。 「環境テロを? 何かあったのか?」 「詳しいことまで知るかっての」  影村は頭をボリボリ掻きながら、ふと神妙な面持ちになる。狐を思わせる細長い目が、虚空をじっと睨んでいた。 「ま、うちの学校には……ネットテロで酷い目に遭わされた奴が結構いてよ。……人生をメチャクチャにされた奴もな」 「……そっか」  熱斗はネットテロの恐ろしさと凶悪さを嫌というほど知っている。一歩間違えば、今まで熱斗の目の前で何人の人々が命を落としたことか。 肉親を失い、それがきっかけでネットワーク技術を極めようとする者も当然いるだろう。中には復讐を目論む者も。 「影村はどうして、ネットバトル科に入ったんだ?」 《簡単に言えば、アネさんに会ったからさ》 「おい、ラットグ」  勝手に答えたラットグに、影村は再び頭を掻いた。 「アネさん?」 「咲夜のこったよ。まあ要はアレだ、俺はあいつと会って……」  言いかけたその時。  少し離れた所から、叫び声が聞こえてきた。甲高い悲鳴だが声の主は男のようで、その他多数のざわめきが聞こえる。獣の低い唸り声もだ。  熱斗が反射的に駆け出そうとしたとき、二人の元へ大慌てで走ってくる男がいた。先ほどの飼育員である。 「た、大変です! レオポンの檻に……!」  初老の飼育員は息を切らしながら、何とか言葉を紡ごうとする。 「テロか!?」 「い、いえ……環境保護団体の、指名手配中の、テロリストが、侵入していたんですが……」  呼吸を整え、飼育員は怯えたような目で熱斗たちを見ていた。 「貴方たちの仲間の、狩屋という学生が……そいつをレオポンの檻に閉じ込めたんです!」 「ハァ!?」 「何だって!?」  熱斗のみならず、影村もさすがに驚愕した。同時に影村のPETの着信音が鳴る。画面には『咲夜・ネルソン』の文字が表示されている。 ラットグが通話モードに切り替えると、咲夜の顔が表示された。 《一明、聞こえる? ちっと面倒なことになっちゃった!》  どこか能天気な咲夜だが、画面には檻に閉じ込められ、猛獣に睨まれて腰を抜かした男の姿も移っていた。 動物園の職員たちがなんとかレオポンをなだめようとしているが、猛獣は目の前の男……テロリストに今にも襲いかかりそうだ。 画面を見た熱斗の額に冷や汗が伝った。 「早く助けないと!」 《助けようにも檻のドアに電子ロックがかかってて開かないの。しかもその上からプロテクトが三重がけされてる》 「そのくらいお前ならパパッと解除できるじゃんよ。それともそいつがレオポンの晩飯ってことでいいのか?」  情け容赦ない言葉を口にする影村だが、咲夜は首を横に振った。 《フリージアをプラグインさせたんだけど、このテロリストが送り込んだウィルスがいてさ。そいつらが邪魔で、ちょっと解除まで時間がかかりそう……》 「おいおい……」 《まあレオポンちゃんが殺人犯になる前に何とかするよ! とりあえず二人は狩屋先輩を探して。警備は他の人たちに任せて大丈夫だと思うから!》  ぷつり、と通信が終わる。影村はため息を吐いたものの、もうやることは決まった。 「行くか、光」 「ああ!」

第五話・狩人の森井

「ポンちゃん、止めろ! そいつから離れろ!」  飼育員が必死に呼び止める中、レオポンは檻の中の男をじっと睨んでいた。閉じ込められた男は地面にへたり込み、体をガクガクと震わせている。 レオポンには本能的に分かったのだろう。その男、環境保護団体のテロリストが自分を殺そうとしていたことを。 飼育員らの声あって鋭い眼光で睨みつけるだけに留めているが、男が下手に動けばレオポンは即座に『敵』を排除しようとするだろう。  檻の電子ロックの前で、咲夜はフリージアをオペレートしていた。フルシンクロを発動し、意識はすでに電脳世界へと飛んでいる。 「むぅ、なかなかこれは……厄介な話にしてくれちゃって」  そう呟く彼女のPET画面には巨大なウィルスの姿が映っていた。それもただ巨大というわけではない。 八本脚の黒い体、頭部に鎮座する女神像……昨日三人掛かりで倒したウィルスがそこにいた。 昨日のウィルス発生も同じ環境テロ組織によるものだったのか、それとも別の関係があるのか、詳しい事はこの際どうでもいい。 咲夜は今、単独でこのウィルスと戦わなくてはならないのだ。 「ま、光君がやったやり方が手っ取り早いかな……後は一人でできるか、ってことね」  咲夜の端麗な口元に、不敵な笑みが浮かんだ  一方、熱斗と影村は動物園の事務室から、メインコンピューターにプラグインしていた。 ICチップを通じて動物の体調管理を行うシステムに狩屋のナビが潜り込んでいることが、電脳空間の監視システムで分かったのだ。  ロックマンとラットグは密林を模したセキュリティエリアを走り、中枢部へ向かっていた。 狩屋のナビがすでに辿り着いていたとしたら、プログラムの書き換えを行っているかもしれない。 熱斗もロックマンも、かつてビーストマンが動物を暴走させた事件を思い出していた。 「もしかしたらICチップでレオポンを凶暴化させて、襲わせるつもりかもしれないね……」 「狩屋の旦那がそこまで酷いことをするとは信じたくねぇけど、急いだ方がいいな」  鬱蒼とした森林を駆け抜けるロックマンとラットグ。 電脳世界に作られたジャングルは見事な再現度で、生い茂る葉やツル、地面のぬかるみまであり、二人にとってはかなり動きづらい。 機動力に長けるラットグが先行し、ツルを小太刀で薙ぎ払って道を作っていた。 「ちっとは歩きやすくなるだろ」 「ありがとう、ラットグ」 《礼を言うより、周囲を警戒しな》  影村がぶっきらぼうに言った。 「ああ、こんな場所でハントマンに狙われたら面倒なことになるぜ」 《ハントマン……それが狩屋先輩のナビか?》 《あいつは手強いぞ。索敵、待ち伏せ……狩りのプロだ。こんな複雑な地形で狙われた日にゃ……》  言いかけた所で、影村は目を見開いた。同時にチップを取り出しつつ、叫ぶ。 《来るぞ!》  その瞬間、ラットグは後方へ跳んだ。発砲音とともに多数の散弾が空気を切り裂き、電脳樹に弾痕を穿っていく。 ラットグが着地したとき、その脚にダメージが見受けられた。大したことはなさそうだが、結合を食破られたデータがモザイク状の傷を作っている。 「ラットグ!」 《ロック、距離をとるんだ! まとめてやられるぞ!》  熱斗の指示に従い、ラットグから離れるロックマン。同時にラットグの傷が回復する。影村は避けきれないことを見越して予めリカバリーを用意していたのだ。 フルシンクロとはいかないまでもシンクロ率を高めた状態だったからこそ寸前に察知できた。しかし銃声がした方を見てもロックマンには何も確認できない。 電脳樹に身を隠したのだろう。完全に先手を打たれた。 《……影村と、もう一人は見ない顔だな》  低い声が通信に入った。PETに画像は表示されず、音声のみだ。 《狩屋先輩! 何でこんなことをしたんだ!?》  初対面でも構わず、熱斗は叫んだ。例え話しをしたことはなくても、同じ学校にいる以上仲間だと熱斗は考えている。 今まで何らかの理由で犯罪に走る者たちを数多く見てきた故に、仲間をその道に行かせたくはない。 《あの環境テロ集団『グリーンキーパー』のテロリストに恨みがある。ただそれだけだ》 《だったら捕まえて警察に突き出せばいいじゃないか!》 《こんなことやったら、先輩が犯罪者になっちゃいますぜ》  熱斗だけでなく、影村も口調に反して神妙な面持ちで訴えた。しかし、その刹那に茂みから銃声が響く。 「畳返し!」  ラットグは咄嗟に足下のパネルに手をかけ、ぐっとめくりあげた。垂直に立ったパネルが即席の遮蔽物となり、飛来した散弾からラットグを守る。 《気遣いはありがたいが、殺さないまでも恐怖を感じてもらわなくては気が済まん。邪魔をするなら狩らせてもらう》  狩屋の言葉は冷徹ながらも、テロリストに対する怒気が多分に含まれていた。よほどのことがあったのだろう。だがそれでも、熱斗はこのようなやり方を認められなかった。 《ロック、やるしかないぜ! バトルオペレーション・セット!》 「イン!」  賽は投げられた。ロックマンは茂みにバスターを連射し、探り撃ちを行う。当たらなくとも相手が移動すれば性格な位置を掴めるだろう。 「駄目だ、下手に撃つな!」  ラットグが叫んだ瞬間、銃声。  咄嗟に横へ転げて回避したものの、ロックマンは何発かの散弾を受けてしまった。撃たれた方向へバスターを数発打ち込むが、辺りは何事もなかったかのように静まり返っている。 「敵の位置が分からない……!」 「無闇に攻撃するな! 自分の耳を塞いでるようなもんだ!」  ラットグは小太刀に変形させた腕を構え、相手の気配を伺っている。  神経を研ぎすませ、相手の気配を察するしかない。だが広範囲を攻撃できる散弾相手では咄嗟の回避が間に合わなくなる。このままでは一方的に狩られるだけだ。  ならば守りに丁度良いチップがある。 「よし、こいつだ!」  熱斗がフォルダから取り出したチップをスロットに入れた。するとロックマンの眼前に光が走り、地蔵型のオブジェクトが設置される。  置物系バトルチップ『オジゾウサン』だ。見た目は平和だが破壊すると『バチアタリ』を発動する、強力なチップである。この近くにいれば散弾は使えないと踏んだのだ。  直後に再び発砲音が聞こえた。だが今度は散弾ではなく一直線に飛ぶ弾で、ロックマンはさっと身をかわすことができた。 「そこか!」  発砲炎の見えた場所へラットグが突貫した。オジゾウサンに当たらない角度からロックマンを狙ったので、ラットグは弾の飛来した方向を計算することができた。 そしてある程度の危険を承知で、相手を引きずり出すべく動く。  相手は動いていた。一発撃った後にすぐ隠れるのは狙撃の基本だ。だがラットグの俊足で距離を詰めてしまえば、その足取りは察知できた。 ラットグもまた奇襲戦法を得意としているだけに、同じ手口を使う相手への対処法も心得ている。 《そら、『ビッグボム』だ》  影村がチップをスロットに入れ、ラットグの掌にボムが具現化される。広範囲に爆風を巻き起こす強力なチップだが、茂みの生い茂ったジャングルで手投げ弾は効果が薄い。 ツタや木の葉で遮られ、思った場所で爆発しないからだ。  だがそれでもラットグは投擲した。仮にダメージは与えられなくても、相手は回避しなくてはならない。大胆かつ荒々しい燻り出しだ。 「ちっ……!」  小さな舌打ちの音が、爆発音に混じった。ツタを吹き飛ばす爆風を避け、一体の人型ネットナビが茂みから姿を現す。 毛皮のコートと帽子をかぶり、ツインバレルの猟銃を手にした猟師風のネットナビだ。腰には近接戦らしき鉈を提げており、軽装ながらも高い戦闘力を感じさせている。 「……やってくれるな、ラットグ」  鋭い目つきで二人を睨み、そのナビ・ハントマンは言った。 「ハントマン、こんなことはもう止めるんだ!」 「ふん……」  ロックマンは呼びかけるも、ハントマンは銃を構える。 「……お前の大切な人が、脚を怪我して動けないでいたとする」 「え……?」 「そこへ熊が襲いかかろうとしている。お前の手には銃がある。……どうする?」  問いかけにロックマンが答える前に、ハントマンは撃った。 今度は散弾、だがオジゾウサンを巻き込まないよう射線をずらして撃ってきたため、ロックマンは辛くも回避に成功した。  即座に熱斗がチップを装填し、バリアを張る。だがハントマンは移動しながら、冷徹にもう一発撃った。 「避けろ!」  ラットグが叫ぶが、時既に遅し。一直線に飛んだ大粒の弾丸がバリアを打ち砕いていた。 《一発でバリアを……!?》 《スラッグ弾だな……》  熊などの大型獣相手に用いられるショットガン用の弾で、散弾と違い拡散しない大粒の弾丸だ。市街地戦でドアの錠を破壊するのにも使われる。  無防備になったロックマン目がけて、ハントマンはさらに撃とうとする。だが引き金を引く前に、ラットグが動いた。腕を振りかぶって投擲したのは小型のサイコロ二つ。 「半!」  ラットグが叫んだ直後、ハントマンの足下にサイコロが落ちた。出目は二と六。直後に小さな爆発が起き、ハントマンは体勢を崩した。 「ちっ、二六の丁か……」  ラットグはぼやく。爆発の威力は大したことなかったが、ハントマンは射撃の機会を逃した。  そこへ、ロングソードを構えたロックマンが突撃。 「くっ!」  ハントマンは斬撃を猟銃で受け止めるも、今度は彼の方が無防備になった。ロックマンは腕に体重を乗せ、剣を受け止めているハントマンの動きを封じ込める。 「今だ、ラットグ!」 「おうさ!」  ロックマンの声に答え、瞬時に距離を詰めたラットグ。彼の小太刀が繰り出された。  もらった。  熱斗もロックマンも、ラットグもそう思った。  だがしかし。ふいに茂みから飛び出してきた『何か』が、ラットグの脚に体当たりした。 「おっと!」  咄嗟に小太刀の軌道を変え、それを切り払って対処する。現れたのは黒い狩猟犬型の支援プログラムだった。目を煌々と光らせ、今度はロックマン目がけて飛びかかる。 ソードでハントマンを押さえつけていたロックマンも回避せざるを得ず、その隙にハントマンは距離を取った。 「行け、フォックスハウンド!」  号令に従い、猟犬はロックマンに牙を剥いた。数発バスターを当てた程度では止まることもなく、あっという間に肉薄される。 左右に不規則に動きながら接近してくるその動きはソックマンでもかわしきれなかった。 「うっ!」  猟犬の牙がロックマンの脚を捕らえた。振りほどこうとするもなかなか離れず、その隙にハントマンの銃がロックマンに照準を合わせる。 《ロック!》  熱斗が再度バリアをスロットに入れようとするが、間に合わない。  その刹那、発砲音が響いた。
  ELITE HUNTER ZERO