小説「ロックマンツルギ異聞」


六代目オリボスが登場する小説です。この小説のオリ8ボスはエルフミッション同様ZZZさんが考案されました(制作許可済み)。
更に世界観そのものがZZZさんの小説「ロックマンツルギ」のものであり、曲で言うところのカバーです(当然制作許可済み)。 この小説ではアクセルモチーフの「鷹山翔」を中心に様々な追加キャラが登場したりオリジナル設定が存在します。

第一話「パンドラの箱」


科学…
それは人類の叡智であり、従来ならば人類の役に立つべきである。
生活を豊かにしたい、好奇心を満たしたい、人の命を救いたい…などその目的は枚挙に暇がない。
その反面科学は副作用、実験の失敗、悪用などによって人類に様々な災厄をもたらした。
これまでに科学が人類にもたらした惨劇もまた、枚挙に暇がないのだ。
もし今より更に発展した科学の情報があるとするならば、人類に更なる発展の可能性を与えると同時に
更なる災厄も与えるパンドラの箱とも言えるかもしれない。
これは偶然その「パンドラの箱」が開けられてしまい、開けた者が箱から出て来た不幸を何とか排しようと行動を起こした結果勃発した戦いの物語である。

時は2023年7月1日の土曜日、舞台は東京。
日本の首都にしてヤクザ、半グレ(ヤクザではない反社)、殺し屋、不良、詐欺師等様々な悪党が跋扈する魔境である。

「テメーどこ中じゃあ!!」
「この学校の番長出てこい!!」
「金返せやワレ!!」
「コラよそ者!!ウチの縄張りで客引きしてんじゃねー!!」
「あんたに恨みはないが仕事なんでね…死んで貰うよ」
「ハン!」「チョウ!」「ハン!」「チョウ!」

凶暴で狡猾な彼等は時として己の欲望の為に力無き弱者に牙を剥く。
中でも大物となると「鬼」「悪魔」「死神」「怪物」などと謳われる者も。
こうした悪党は一般人にとっては脅威そのものと言えよう。
しかし彼等を遥かに上回る脅威がそこに迫ってきているのを誰も予期していなかった。

脅威の前兆は東京都上空に立て続けに現れた2つのUFOと思しき物体である。
「UFO」の映像は瞬く間に拡散し巷では暫しその話題で持ちきりになった。
そして…それから程なくして都内のホストクラブが何者かに荒らされる事件が連続発生した。
荒らされたクラブ内は地震発生や大型のダンプが突っ込んできたかのような惨憺たる有様だった。
犯人の特定は難航し、この一連のホストクラブ襲撃事件も巷で話題になった。

翌々日の7月3日月曜日。
都内の高校の1つである都立稲舟(いなふね)高等学校の2年の教室内で、2人の男子生徒が前述の事件の事を話題に挙げていた。
一方は大柄な体格で、もう一方は比較的背が高く端正な顔立ちである。
「昨日のテレビ見た?やっぱりあのUFOの映像、フェイクじゃないってさ」


「ああ、自衛隊の証言の奴だよな。全く、氷藤(ひょうどう)の嘘の方がまだ現実味があるぜ」


大柄な生徒、桜井劾(さくらいがい)が不安気に言い、端正な顔の方の生徒、神崎剣(かんざきつるぎ)がそれに応じる。
ちなみに氷藤とは2人と同じクラスの男子生徒である。

「その氷藤は今日もズル休み…みたいだね…」
「何やらひい爺さんの妹さんの息子さんの奥さんのお兄さんが亡くなった…らしいぜ」
呆れ気味な表情を浮かべて言う劾に剣も呆れ気味な表情で返す。
この氷藤は嘘つきで有名であり今回の欠席理由も真っ赤な嘘である。
余談だが氷藤が亡くなった事にしている人物は一応いるが存命であり、氷藤とは互いに面識もない。
「ズル休みの言い訳で人を亡くなった事にするのは良くないな…
話を戻すけど、都内の連続ホストクラブ襲撃事件も、もしかしたらUFOが関係あるんじゃ…」
劾は若干の悲しみと怒りを含んだ表情で今はここにいない氷藤を批判し、
直後その表情を不安気な様子に戻しUFOと連続ホストクラブ襲撃事件の関連性を言及する。
「時期的に合ってるかも知れないがそれは流石に勘ぐり過ぎじゃないか?
大方例の悪質ホストの所為でホストクラブそのものを恨んだ奴の差し金だろ」
軽く笑い飛ばす剣。
というのもここ最近客の女性を洗脳して多額の金を貢がせて借金をさせ、
その返済の為に夜の店で働かせる悪質ホストが逮捕されたというニュースがあったのだ。
故にホストに騙された女性客が全てのホストを憎み半グレを雇って報復しても何ら不思議ではないのだ。
「…だとしても今までみたいなヤクザや半グレの大きい抗争が起こるって事だよね…!?
どっちにしても怖い…」
身を震わせる劾。
彼が言うように近年都内ではヤクザ同士、またはヤクザ対半グレの大規模な抗争が立て続けに勃発してきたのだ。
「ヤクザとかホストとか、高校生の俺達には関係ないじゃないか」
剣が半ば呆れ気味に言う。
「そうでも、ないよ…」「…ああ…」
それを否定した劾に暫くして剣は頷く。
稲舟高校は不良校でこそないものの不良や派手な女子生徒は少なからずいる。
彼等は時として問題を起こしては学校の評判を下げている。
その為ヤクザやホストとは無関係とは断言できない。
ちなみに氷藤も不良に分類される生徒である。

「ヤクザや半グレ…その程度の問題で済めばいいんだけどな…」
「どういう意味だよ!?怖い事言わないでよ…!」
意味深に呟く剣の言葉に思わず身を震わせる劾。
「いや、何でもない。それよりそろそろ授業始まるぞ」
剣の言葉を受け、劾は自分の席に戻る。
その後も劾は不安を抱きつつも大した事は起こらない、と自分に言い聞かせ続けた。

そんな彼の願いも虚しく、数日後新たな不可解な事態が発生し始める。
「神崎くん、渡したいものが…」
放課後、一人の女子生徒が紙に包まれた手紙を赤面しながら剣に渡そうとするが…
「すまん、急いでいるんだ、後にしてくれ」
剣はそそくさと帰ってしまった。
別の日の放課後も…
「神崎、ノートのここ写させてくんね?」
1人の男子生徒がノートを写させるよう剣に願い出る。
「俺には用事があるんだ、他を当たってくれ」
またしてもそそくさと帰る剣。
また別の日も…
「神崎、この後カラオケ行かね?」
「今日は無理だ、また今度な」
複数の男子生徒からカラオケに誘われるも剣はやはりそそくさと帰っていく。

「何か最近、神崎付き合い悪くね?」
「いつも一緒にいるお前達も何も知らないのか?」
複数の男子生徒から問いかけを受けるのは劾と同じクラスで隣の席の女子生徒、沖藍玲(おきあいれい)の2人である。


「実は僕達も知らないんだ、ごめんよ」
「親に聞いても知らないって」
劾と玲は困惑気に答える。

急に単独行動が増えた剣。依然止まぬ連続ホストクラブ襲撃事件。
生徒達の中にはこれら2つの要素に加えUFOを関連付けて考える者が現れ出した。

「もしかして神崎は連続ホストクラブ襲撃事件の実行犯の半グレなんじゃ…!?」
「ワルな神崎くんもカッコいい…」
「いや、ホストクラブを襲った宇宙人を匿ってるんじゃね?」
「彼は誰にでも優しいからそれもあるかも…」
「もしかしたらもしかしたら…神崎自身が宇宙人なんじゃ…!?」
「それでもいいわ、近頃少し地球の男に飽きた所よ」
好き放題剣の正体について議論する生徒達。
女子生徒の中には剣の正体が何であれ好意的に捉える者もいたのだが、
「「………」」
これを見ていた劾と玲は内心不快感を抱いていた。
友人の正体についてあらぬ疑いがかけられているのは正直面白くないからだ。
だがしかし剣が潔白である確証が得られないのもまた事実。

そうこうしている内にもホストクラブは襲撃され、剣は放課後足早に帰っていく。
用事を本人に聞いてものらりくらりと躱される。
それによって劾と玲の両者は「剣が潔白である事を確かめたい」「潔白じゃなかったら止めたい」
「何か困っている事があったとしたら1人で抱え込むのは水臭い」「純粋な好奇心から真相を知りたい」
という感情が混ぜこぜになっていきそれらの感情は日に日に強くなっていった。

7月14日の放課後、劾と玲の誘いを剣は断って足早に去っていく。
その直後、劾と玲は互いに向かい合った後、目と目を合わせ、頷いた。
「「(神崎を、尾行(つけ)よう…!!)」」

剣、そして劾と玲が向かった先は新宿だった。
街中には連続ホストクラブ襲撃事件の実行犯を探すべく至る所に大勢のヤクザが鬼の形相でうろついていた。
通行人達は戦々恐々としながら彼等から目を逸らす。
「どこにいやがる!ウチのシマを荒らしたクソ共が!!」
「姫(ホストクラブの女性客)に寄り添う良質ホストクラブまで手にかけやがって…許せねぇ!!」
彼等の組の名は赤灯会(せきとうかい)。
新宿区を拠点に置く極めて強大な武闘派ヤクザであり、渋谷区の武闘派ヤクザ「汰威超組(たいちょうぐみ)」に惜敗した抗争、
千代田区から侵攻してきた巨大半グレ「蛙陰減瑠弥流(アインヘルヤル)」を返り討ちにした抗争、
東北地方から侵攻してきた巨大半グレ「李蔑里怨(リベリオン)」を返り討ちにした抗争は
裏社会では伝説である。

「さすが赤灯会…オーラが半端ないぜ…」
道行く赤灯会の構成員達を見ながら一般人達は呟く。

「何か…思ったよりヤバい問題に首を突っ込んじゃったんじゃ…」
「大丈夫、何かあったら伯父さんに連絡するから…」
劾も戦々恐々としていたが、玲は冷や汗をかきながらも不敵な表情で諭す。

「にしても本当に赤灯会のオーラは別格だ…空間が…歪んで見える…」
通行人の1人が呟く。
赤灯会のあまりの迫力にオーラが目に見えると感じたのだ。
だがその直後…
「いや、本当に空間が歪んでいるぞ!!!!!!!!!」
別の通行人が叫ぶ。
「本当だ!!何だこれ!!」
更に別の通行人も続いて叫ぶ。

そもそもヤクザの放つオーラとは、飽くまで物の喩えであり実際に映像で記録出来たり
特殊な物質がヤクザから放たれるなんてことは有り得ない。
しかし今彼等が目にしているのは映像にも記録できる空間の歪みである。

ヴ…ヴ…ヴ…
空間の歪みは1つの巨大な球形を中心にいくつかの小さい球形を成していき、同時にノイズ音が響き渡る。

「な、何じゃあ!!」
歴戦の猛者の赤灯会の構成員達もこの事態に狼狽える。
「………」
しかしこの場にいる者の中で只一人状況を冷静に見守る者が。
剣である。

カッ!

次の瞬間、全ての空間の歪みが強烈な光を放ち、光が収まると空間の歪みが発生した地点にロボット達が佇んでいた。
小さな歪みから出現したのは丸い胴体から2本の脚を生やし、両肩が砲門になっているタイプ、
6本脚でサソリに似ているタイプ、足が無く背中に翼を生やしている事を除き人型に近いフォルムで
空中を浮遊するタイプの3タイプのロボットでいずれも2m程の大きさで1タイプにつき複数体存在する。
大きい歪みから出現したのは全高約5mで白く鋭角的な頭部、薄紫色で円筒形の胸部、黒く下に行くほど太くなる四角柱型の腹部、丸みのある箱形の腰部、薄紫色の円筒形で先端がペンチのような形状の両腕、同じく薄紫色の円筒形で胴体に対し短い脚部が特徴のロボットで
こちらは1体しかいない。


ロボット達は薄紫色のロボットを筆頭に近場のホストクラブに向かっていく。

ドガッ!!バキッ!!
「「「「「「「ワーーーーーー!!!!!!!!!!」」」」」」

これらのロボット達は進行先の障害物を破壊しながら進んでいくので当然その場はパニックになる。
「カタギを守りつつクラブも守るぞ!!」
「シマのモン守らんで何が極道じゃい!!」
赤灯会の構成員達は一部はロボット達を追い、残りは一般人の避難誘導に取り掛かる。

ズドン!ガキン!
ロボット達に拳銃や刀で攻撃する赤灯会の構成員達だったが、薄紫色のロボット…
後にギガプライアーという名前が判明する機体はもちろんの事、3タイプの小型のロボットにも全く通用しない。
遂にはロボット達はホストクラブ「ルージュ」の前に到達し、クラブを滅茶苦茶に破壊し始める。
特に車を軽々と放り投げるギガプライアーのパワーが凄まじく、クラブはみるみるうちに瓦礫と化していく。
「うおおおおお!!!やめろおおお!!!!やめやがれえええええええ!!!!!!」
「増援を!!増援を呼ぶんだ!!」
怒りと屈辱による怒号を響かせながらロボット達を攻撃する赤灯会の構成員達。
しかし彼等の奮闘も虚しく彼等の手にする武器が奪われては破壊されていく。

「…どうしよう…ここは逃げようかな…?」
「あいつらの目的はホストクラブ…こっちには来ないと思う。それより神崎を見張ろうよ」
劾は逃げようと考え始めるが玲は当初の目的を優先しようとする。
その剣だが、人目につかない場所を見つけたかと思うとそこに消えていく。

一方でクラブのあった場所には黒塗りの高級車が次々と到着していく。
「何なんだあのロボット共は…ロ〇アか北の国が攻めて来やがったのか…!?」
「いや、『巣蹴縷沌』(スケルトン)の連中かもしれんぞ…奴等ならあれぐらいのメカぐらい…」
「あの『メカに強い半グレ』っちゅう奴等か?だがあんなヘッポコ共にこんな大それた真似が出来るとはとても思えんぞ」
「確かに、あの落ちこぼれ共の線は無いな…だったら何者が…」
増援に来た赤灯会の構成員達の言葉を、一人のヤクザが遮る。

「何者だろうと関係ない…目の前に敵が現れたのなら…叩き切るのみ!!」
言葉の主は劾より遥かに背が高く筋骨隆々の体型で髪型はソフトモヒカン、顔はゴリラそのもの、
右手に石の盾を装備し左手に石の剣を所持しているという一目で危険だと分かる男だった。


「「「「五里石の兄貴!!」」」」
五里石と呼ばれた男は脚を力強く踏み鳴らし車を降りる。
彼の名は五里石磊(ごりいしらい)。
赤灯会の幹部の1人であり常人では持つ事さえ出来ない石の大剣を軽々と振るう狂人である。
これまで無数のヤクザや半グレがこの大剣の餌食になってきた。

五里石はギガプライアーの前に立ちはだかる。
「敵を『見上げる』というのは初めての経験だな…」
非常に大柄ではあるが車には乗れる五里石に対し、ギガプライアーは車より大きい。
しかし五里石は決して臆してはいなかった。
「戦いは図体ではなく魂でする物!!こんな鉄クズに負けはせん!!いざ!!」
五里石は勢いよくギガプライアーに斬りかかる。

「(五里石さんなら、もしかして…)」
遠くからそれを眺める群衆は、そう思った。
しかし…

ガキィィィィィィィィン!!!!!!!!
鈍い金属音がその場に響き渡るがギガプライアーは微動だにせず、そのボディにはかすり傷一つついていない。
「な…!?」
一瞬たじろぐ五里石目がけてギガプライアーは剛腕を振るう。
バチッ!!
「ぐううううう!!!!!!!!!」
五里石は咄嗟に盾を前面に出し、衝突の瞬間バックステップをする事で衝撃を軽減するが
勢いよく吹っ飛び壁に激突する。
その衝撃で壁が砕ける程である。
「まだ…まだだ…これしきの傷で…我は折れぬ…ゴフッ!!」
血反吐を吐きながら五里石は立ち上がり再度ギガプライアーに挑みかかるもあっさり返り討ちに遭う。
周辺では赤灯会の一般構成員が小型のロボット1体につき数名で取り囲んで銃と剣で攻撃するも
瞬く間に彼等の武器が破壊されていき、彼ら自身もまともに立っていられない程のダメージを受けて地に倒れ伏していく。
そんな中…
ガラガラガラ…
五里石の前方の瓦礫が崩れ始め、その落下先には逃げ遅れた高齢者がいた。
「おおおおおお!!!!!」
五里石は迷うことなく高齢者に覆いかぶさる。

「(これが…我の最期…か…戦いの中で…カタギ守って死ねるなら…本望だ…)」
死を覚悟する五里石。

「「「「兄貴ぃーっ!!!!!!!!!」」」」
倒れた姿勢のまま、五里石のいる方向に手を伸ばして泣き叫ぶ赤灯会の構成員達。
その時だった。

カッ!!

どこからか一瞬光が放たれ次の瞬間光の発生源から白いカラーリングのロボットと思しき存在が飛び出してきた。
その存在は身をかがめた姿勢でタックルのように高速移動し瞬時に五里石達の元に到達し
二人を抱えて落ちてくる瓦礫を避ける。
結果瓦礫は誰もいない地点に落下した。

「我は…今際の際に夢でも…見ているのか…!?」
一瞬の出来事に理解が追いつかない五里石に謎の存在は言う。
「ここは俺に任せて…」

そして謎の存在はロボット達に向かっていく。
その存在の外見的な特徴は二の腕、腹部、太もも、関節が黒い他は全体的に白いカラーリングで
頭部はヘルメットのような形状で中から人の顔が覗く。
よく見ると後頭部からは髪の毛がはみ出しており、顔、体型、声は男性を思わせるものである。
どうやらその存在はロボットではなく装甲服を着た人間のようである。
「白装甲の男」はロボット達の元に到達するや否や手元に光を出現させ、光からはメカニカルなパーツで出来た刀剣状の武器が出現した。

「行くぞ!!」
白装甲の男は先程五里石達を救出した時と同じ高速移動「ダッシュ」で動き回りながら
手にした刀剣で小型のロボット達を両断していく。
ダッシュの移動距離は一度に付き人間の身長の数倍であり、
この為白装甲の男は上から見ると折れ線を描くような動きでロボット達を斬って回る。
この光景を目にした観衆はこれまで混乱状態だった中に希望を見出し始める。

「もしかしてあれいけるんじゃないか!?」
「頑張れ!!!頑張れ!!!」

一方で劾と玲は…
「あれって…神崎でしょ…!?」
「どういう事だよ…神崎…」
白装甲の男が出現した方向や背格好、顔、声から2人は白装甲の男が剣だと見抜く。
彼等の考えの通り、白装甲の男は剣だったのだ。

「残るはお前だけだな…」
ギガプライアーと対峙する剣。
「ギガガ!!」
機械的な音声を響かせギガプライアーは剣に殴り掛かる。
「甘い!」
ギガプライアーの剛腕が振り降ろされる瞬間、剣はサイドステップでこれを回避した直後返しの刃を見舞う。

ガキィィィィィィン!!!!!!!

ギガプライアーは攻撃を受けた方向にのけぞり、そのボディには切り傷が走る。
その後もギガプライアーは掌の砲門から光弾を放つも射線を読まれて躱される。
車を放り投げるもダッシュで懐に潜り込まれて反撃を喰らう。
この間剣はギガプライアーを人のいない方向に誘導すると同時に着実にダメージを与えていく。

しかしある時ギガプライアーが豪腕を振り下ろそうとして剣がサイドステップで回避しようとした時だった。
ジャキッ!ズドン!!
ギガプライアーは振り下ろす腕を途中で止め、もう片方の腕から砲撃を放ったのだ。
「何!?」
剣は咄嗟に刀剣を構えてこれを防ぐ。
それ以降もギガプライアーは攻撃にフェイントを入れたりより狙いが正確になるなど
これまでの力任せな戦闘と打って変わって「巧みさ」が出てきたのだ。
それでも剣が果敢に応戦しているとギガプライアーの内部から声がする。
「中々やるじゃないか、博士の…シェリー博士からの回し者かい?」
その声はこれまでの機械音声とは異なる人間の男性のような声だった。

それに剣が応じる。
「まあそういう呼び方もあるな。それよりお前、『デルタ』だな?何故こんな事をする?」
ギガプライアー、否、「デルタ」と呼ばれたその内部の通信機からの声の主は嘲笑うように言う。
「愚問だね、『ホストクラブ』などという女性の心を騙し金銭をむしり取るだけの商売、
潰してやるのが世の為さ」
剣は顔をしかめて返す。
「ホストクラブ自体は女性の心に一時の安らぎと夢を与える商売だ。
それにな、集団の一部が悪い事をしたからと言ってその集団を悪と見なすなんて
人間の中でも馬鹿な奴のする事だぞ。
通常のロボットより進んだ『レプリロイド』が聞いて呆れるぜ」

「何とでも言うがいい…お喋りはここまでだ…これならどうかな…!?」
ドガドガドガドガドガッ!!!
デルタが言い終わるとギガプライアーは両腕で地面を滅多打ちにした。
それに伴い大地は震動し地割れも発生し空中には粉塵が舞う。
これには地形を変えて足場を不安定にする効果と震動の影響で相手の体勢を崩す効果、
そして粉塵による目くらましの効果がある
しかも徐々に移動しながらこれを行うのだ。
「さあさあ…いつかは当たるぞ?」
地面を叩きながら徐々に距離を詰めていくギガプライアー。

だが暫くした時だった。
粉塵の中から剣が勢いよく飛び出し、更に空を蹴ってもう一度跳ね上がったのだ。
ギュイイイイイイイイ…
剣が手にした刀剣の内部からはチャージ音のような音が響く。
そして…
「喰らえ!!!!」
ガキィィィィィィン!!!!!!!
剣は空中で光に包まれた刀剣でギガプライアーに勢いよく斬りかかった。
ギガプライアーがこの攻撃で受けたダメージはこれまでで最大であり、
切り口からは内部メカが露出し、煙を噴き、火花を散らす。
するとギガプライアーから再度デルタの声がする。
「今回の所はこれで引くが、その前に博士に伝えてくれないか。
『次はこうは行かない』、それから『ボクを止めようとしても無駄だ』とね」
そう言い残すとギガプライアー並びにロボットの残骸は光に包まれてその場から姿を消した。

「ワアアアアアアアアアア!!!!!!!」
その場は歓声に包まれる。
一方で剣は物陰にダッシュで向かっていき、陰に隠れると光に包まれて姿を消した。
暫くすると救急車がやってきて怪我人の搬送を始めた。
怪我人の大半は赤灯会の構成員達でありいずれも命に別状は無かった。

「兄貴…良かった…本当に良かった…!」「ああ、あの人は我々の恩人だな」
救急車の中で舎弟の言葉に応じる五里石。

暫くして劾と玲は剣が消えた地点に足を運んだがそこに剣の姿は無かった。
いくら探しても見当たらなかった為、その日は解散となった。

翌日の7月15日。
「「あの、神崎…」」
終業式が終わり3人きりになったタイミングで劾と玲は剣に声をかけた。両者の表情は真剣そのものである。
これから昨日の事について聞こうとしたら剣はきっとしらばっくれるだろうと両者は考えていたのだが…
剣の反応は意外な物だった。
「お前達の言いたい事は分かる。というか結構前から気付いていたからな、お前達がつけて来ている事を」
「え…?」
きょとんとする劾を尻目に剣は続ける。
「他の奴等だったら撒いていた。お前達だから敢えて気付かない振りをしていた訳だ。
お前達にはバレても構わないという気持ちと、他の奴等ならともかくお前達に誤解されたままなのは気持ち悪いという気持ちがあったからな」
「何でそんな回りくどいことするの!?普通に言ってくれてもいいじゃない!!」
玲が詰め寄る。
「言っても信じて貰えないだろうからな…」
申し訳無さそうに応える剣。
「取り敢えず、神崎には聞きたいことが山ほどあるんだ…何から聞けば…」
落ち着かない様子の劾。
それに対し剣は冷静に返す。
「ここじゃ何だから場所を変えるぞ。時間と場所は今送るからもし知りたかったら来てくれ。
氷藤の嘘よりも嘘みたいな現実が待ってるぜ」
剣はスマホを操作し待ち合わせ場所と時間を記したメッセージを劾と玲のスマホに送る。

「僕は行くよ…」「私も行く…!」
両者共に覚悟を決める。

そして彼等は向かった先で想像を遥かに超えた光景を目にする事になる…

第二話「虚飾」


剣が集合場所の乃梓(のあず)公園に向かう道中にて…

タタタタタッ!!
「おっと!」
剣の進行方向の横から切羽詰まった表情を浮かべた女性が突然飛び出してきて、剣はそれを避ける。
女性はそのまま走り去っていった。
「(只事じゃ無さそうだな…)」
剣が女性の来た道に目をやると…

「(あれは…まずい!)」
剣が目にしたのは路地裏で10代前半くらいの少年が柄の悪い二人組の男に絡まれている光景だった。

時は数分前に遡る。

「よう姉ちゃん、これから俺達と良い事しない?」
「悪いようにはしねえからさ、ブへへへへ」
「や、やめてください…!」
二人組の半グレがその場を通りかかった女性に付きまとっていた。

「やめて…!離して…!!」
「素直じゃねぇなあ…ま、そう言ってられんのも今の内だけどなあ!!」
下卑た笑いを浮かべながら強引に女性を連れ去ろうとする半グレ達。
その時。

「やめときな、その姉さん嫌がっているじゃねぇか」
半グレ達の後ろから声がする。
「何だあっ!?」
半グレ達が振り返るとそこには声の主である10代前半ぐらいの少年がいた。
少年は若干長い茶髪で額には十字傷があり、服装は上は黄色い肌着の上に折れ曲がった標識がプリントされた
黒いTシャツを重ね着しており、下はあちこち破けたジーンズとスニーカーといったものだった。

「坊や、ここは大人の場所なんだ…坊やは家帰ってママのミルクでも吸ってな…ブへへへへへへへ!!」
相手が子供と見るや半グレ達は嘲り笑う。

「俺には母親なんて…いやしねぇよ…んな事ぁどうでもいい、嫌がる女性に無理矢理迫るゲスな真似をやめろと言っているんだ」

「何だとぉ~偉そうに…!」
ブンッ!!
半グレの1人が少年に殴り掛かるがその拳は空を切る。

少年は半グレ達と女性の間の位置に一瞬で移動していたのだ。
そして少年は女性に耳打ちした。
「ここは俺が何とかする。姉さんは逃げな」
少年の只ならぬ雰囲気を察知したのか女性は無言で首を何度も縦に振り、この場から走り去った。
「おう糞野郎共、俺の理性がある内に今の姉さんが行った方向と逆方向に消えな。
そうすりゃ見逃してやるよ」
少年はドスを効かせた声で半グレに言い放つ。

「チッ、逃がしちまったか…その代わりに…新しい得物が見つかったけどな…」
少年の言葉を無視する半グレの片方がにやけ面でよだれを流しかけながら自らの頬を舐める。
「ああ、お前もそのつもりか、実は俺もそう思ってた所なんだよ…ブへへへ…」
もう片方の半グレもいやらしい笑みを浮かべて少年をじろじろ見る。
両者とも性欲を包み隠さぬ醜悪そのものの表情である。
「俺達って本当にタチ悪いよな、根っからの半グレのなのに格闘技だけは真面目にやってるから
フィジカルもメンタルも鍛えられててその癖女好き…男もいけるしな…」

自らに性的な視線が向けられている事を察した少年。
「てめえら…性欲丸出しなだけでなく…相手は男でもいいってのか?人の形してりゃ誰でもいいってのかよ…!!
腐れ外道共が…テメエラノイバジョバニンゲンジャガイビベエ…!!!!」
半グレの言葉に応じる少年の顔面は額には血管が浮かび上がってきて眉間には深いしわが刻まれ、同時に滑舌も悪くなっていく。

「何だこの殺気は…!?ええい、二人がかりで押さえつけたらあ!!」
「おう!!」

少年から放たれる只ならぬ殺気に半グレ達は一瞬気圧されそうになるがすぐに戦意を取り戻し少年に襲い掛かるが…

ダンッ!!
「えっ!?」
少年は壁を蹴って跳躍した。その直後。
バキャッ!!
半グレの片方の顔面に少年の飛び蹴りが炸裂した。
「何っ!?」
蹴りをまともに喰らいふらつく半グレを見てもう1人の半グレは呆気にとられる。
ベキッ!!
身をかがめ彼の視界から消えていた少年がその半グレに強烈なアッパーを喰らわせる。

この時点で半グレはグロッキー状態になっていた。
そこに少年は半グレ達に追撃を加える。
「コノアバブベボブブボバーッ!!!!ゾンダビヤビダギャゾボアバブべボガーヂャンボヤビャイイバボーバ!!!!
デギギャギャジネ!!!クソヤドー!!!!ジヌンダ!!!!クドヤドー!!!!!!!!!」
ドガッ!!バキャ!!!ズドッ!!!!

「お願い…もう許じで…」
「俺達が…悪かったからぁ…」
文字通りボコボコになって完全に戦意を喪失した半グレ達に対し少年は奇声を発しながら容赦なく攻撃を浴びせ続ける。

その時だった。
ガシッ!!
少年の拳を後ろから剣が止めたのだ。

「流石にこれ以上やったら死んじまうだろ!」
眉間にしわを寄せ歯を食いしばっていた少年だったがすぐに元の表情に戻った。
「堅気の兄さんかい…確かに…これ以上やる必要は無いだろうな…」
少年が半グレ達に目をやると彼等は地に倒れ伏し顔面はボコボコ、頭はタンコブだらけ、
表情は涙に鼻血、鼻水を垂れ流し戦意の欠片も感じられず服はボロボロで泥だらけといった状態だった。
そして少年は改めて半グレに向き直り圧をかける。
「おうてめぇら、もう一度言うぞ…さっきの姉さんと逆方向に消え失せろ…従わなければ…分かってるな…!?」

「ヒィィィ分かりましたあああああ~!!!!」
「もうじまぜんん~~~~~~~~!!!!」
半グレ達はよろめきながら、そして小便を漏らしながら路地裏の奥へと消えていった。

「兄さん、さっきはみっともねぇ所をみせちまったな…ともかくこの辺はこういう連中が多いから気ぃつけるこった」
少年は顔を赤らめながら剣にそう言うとこの場を去っていく。
どうやら先程の狂乱状態は少年自身にとって恥ずかしいものだったらしい。
「(…何だったんだ今の子は…強さというのもあるが…何で…俺は…奴に…何かを感じているんだ…?
シェリー博士に対する感じとは似てはいるがまた違う…何かを…)」
少年を見送った剣は何かを感じ、頭を抱えた。

「(今の男…堅気とはいえ只者じゃねぇのは確かだな…それに…あの男とはまたいつか会う気がするのは…何でなんだ?)」
一方で少年も剣に対し何かを感じていた。
そして実際にこの少年は後に剣達とデルタ達との戦いに巻き込まれていく事になる…

一方気を取り直した剣は劾と玲の待つ乃梓公園に到着した。
「待たせたな、桜井、沖藍」
「いや、そんなに待ってないよ」
「私達もさっき着いたとこだから」
先程の騒動で若干到着が遅れた剣に対し劾と玲は気にしている様子はなかった。

「人はいないな?」
「うん」
剣は周囲に人がいない事を確認する。

「それじゃあ行くぞ、博士、転送頼む」
剣は左腕に取り付けた腕時計のような装置に向かってそう言うとそれに応じてこの場にいる3人が光に包まれる。
「うわっ!?」
「キャッ!!」
劾達の視界は一瞬光で覆い尽くされた後乃梓公園から全く別の景色に切り替わった。
逆にもし乃梓公園に目撃者がいれば3人がこの場から消滅したように見えた事だろう。
そう、3人は瞬間移動したのであった。
移動した先は中央に6つの座席に囲まれたテーブルがあり、壁際には2つの扉がある。
全体が直線で構成されているその部屋の雰囲気はどこか未来的でオフィスの一室のようでもあり基地の中のようでもある空間であった。

「ここは一体…」
劾が尋ねると剣は応える。
「ここは地下50mで今俺が助けている人がいる所さ、…お、来たようだな」

プシュッ!

剣が言うと部屋の扉の片方が開いた。
これに対し劾は一瞬身構えるが玲は怖がることはない、となだめる。

扉から出て来たのは眼鏡をかけ白衣を着た年齢は40代ぐらいのグラマラスな外国人と思しき女性だった。
特筆すべきはその背の高さで劾と同じぐらいであり、劾が男性でも高い方である事から女性としては極めて長身である。


「博士、こいつ等が俺の言っていた桜井と沖藍。神崎、沖合、この人が今俺が手助けしているシェリー・ブロッサム博士だ。」
剣はこの場の初対面の者同士を紹介する。

そして劾と玲、シェリーは改めて挨拶する。
「初めまして、桜井劾です」
「初めまして、沖藍玲です」

「初めまして、私はシェリー・ブロッサム。こんな話をして信じて貰えるか分からないけど…
私は2129年から来たの。ここはタイムマシンの中よ」

「2129年?それって今から106年後…ですよね!?」
「それにタイムマシン!?」
シェリーの普通に考えれば突拍子もない自己紹介に思わず面食らう劾と玲。

「でも今までの事を考えると…」
「まあ…納得できる…かもしれないよね…」
劾と玲は先の事件を振り返る。
あまりに信憑性の高いUFO騒ぎ。突如現れた巨大ロボット。変身してそのロボットを撃破した剣。
この時代でも人が乗れるほどの巨大なロボットは作れるがこのサイズであれ程の運動性能を発揮したり
破壊力のある光弾を放ったり出来る機体は作れない。
人間の筋力を増強するパワードスーツもこの時代には既に出来ているがそれは介護や物資の運搬用のものであり
あれ程派手な立ち回りが出来る物は存在しない。
そもそも瞬間移動したりパワードスーツを「着替える」動作の必要なく瞬時に装着したりする技術は
物理の常識を遥かに超越している。

これらはトリックなどでは到底説明がつかない為この突拍子もないはずの話も納得せざるを得なかったのだ。
結果劾と玲の感情に好奇心が勝り始めてくる。
最初に口を開いたのは劾だった。
「ええと…この時代に来るとき…その…裸…で来たんですか?」
これに対しシェリーは赤面し咳ばらいをした後答える。
「それはフィクションの話でしかも体だけ転送する場合よ。
体だけ転送するにしてもその時点で歴史に干渉しているから服ぐらいは誤差なの。
ただその服が来た時代より後の時代の流行を取り入れている、
とかまだ発表されていないキャラクターがプリントされているとか
特殊な素材で出来ている…とかなら少し拙いかもしれないけど…今私が来ている服はどれにも当てはまらないわ」
暫くして玲が次の質問を投げかける。
「過去に行く際に、雷の力が必要なんですか?」
シェリーは応える。
「それもフィクションの話ね。このタイムマシンは自力で時間移動出来るから天候を気にする必要は無いわね」

その後も暫し質問は続く。
「この時代の貴方の先祖が今死んでしまったら貴方は消えるんですか?」
「下手に歴史を改変しようとしたら元いた時代から警察のような組織が来るんですか?」
これらにシェリーは若干困惑気な表情で答えていく。

「おいおい、博士困ってるだろ?」
「ごめん、ついつい…」
「私もつい、ごめん…」
シェリーに質問攻めをする劾と玲に剣が注意すると両者は赤面しつつ謝る。

「いいのよ。本題に入るけど私がこの時代に来た目的は…この時代に来た『レプリロイド』の『デルタ』を止める事なの」

「「レプリロイド?」」
初めて聞く言葉に対し劾と玲は首を傾げる。
剣がその言葉の意味を説明する。

「レプリロイドというのは、自ら学習し自分の意思を…心を持つロボットの事だ。博士の時代でも『デルタ』1体しかいない」

「タイムマシンの次は意思を持ったロボット…!?」
「確かに信じられないかもしれないけど、飛行機、自動車、テレビ、コンピュータ、ネット、携帯…
これらは皆昔は考えられないものだから100年先にそんなのがあってもおかしくないかも…」
これを聞いた劾と玲は一瞬驚きつつも納得しようとする。

この時代のAIの発展は目覚ましく文章、曲、画像を生成したりと見る者を驚かせる。
ただ画像生成で例えるとAIが生成した画像は人物画の場合指や腕の本数がおかしな事になっていたり、
文字を含む画像を生成しようとするとその文字は既存の文字と似て非なるものだったりと
AIにも依然不完全さも目立ち、既存のAIやロボットは感情があるように振る舞う物はあれど
いずれもそのように見せているだけで実際に感情がある訳ではない。
こうした事実を踏まえ劾と玲は未来の技術に改めて舌を巻く。

そしてシェリーはデルタ誕生の経緯を語り始める。
「デルタは私の造ったレプリロイドで完成直後は言葉も道徳も法律も何もインプットしないで起動したの。
自分で学び成長させる為に…ね。
デルタの成長速度は本当に凄かったわ…人間の何倍もの速さで知識を吸収していくのは勿論…
心の成長の速さも同じぐらいだった…
あっと言う間に私と同等の科学力を身につけ私との信頼関係も築いていったデルタとの日々は
驚きと喜びの連続で…本当に充実していた…
私には夫がいたけど子供は出来なくて…その夫も…実験中の事故で亡くなってしまったから…
デルタは私にとって息子同然だったの…」

シェリーの語る様子はその時は幸せそうでデルタへの愛情を感じられた。
しかしシェリーはこの後デルタの豹変とこの時代に来た経緯を語り始めその表情は曇り始める。
「だけどある日デルタに異変が起こった…
タイムマシンの実験をしている途中でデルタはいきなり何かに絶望したかのように振る舞い始めて…
暫くしたら私の研究所のシステムを乗っ取ってタイムマシンでこの時代に来たの…
日付は7月1日。
私はそれを追って同じ時代の同じ時間に来たのよ」

「7月1日と言えば…」
「UFO騒ぎの日じゃない!」
劾と玲はUFO騒ぎの真相がシェリーとデルタが各々の操縦するタイムマシンで現代に来たことである事を察知した。

シェリーは加えて説明する。
「ツルギ君と出会ったのは私がタイムマシンを地下に隠し地上に降り立ってすぐの事だったわ。
会って間もない私の話を信じてくれて、それどころか色々手助けしてくれている事には感謝しかない」
「彼はそういう奴ですから」
友人を褒められた劾は嬉しそうに言う。

そして次にシェリーは剣と共に剣が装着していたパワードスーツ、「ロックスーツ」の説明を始める。
「この時代に来てからホストクラブが襲撃され始めた時、私はこれがデルタの仕業と確信したわ。
制作者として…親として…デルタを止めなきゃいけないのは私の責任…
出来る事ならデルタを連れ帰りたいけれど、もし取り返しのつかない事になったら…その時は…!」
そのように語るシェリーの様子は今にも胸が張り裂けそうに見えた。
「そんな事は絶対にさせない!」
剣は力強く言い放つ。

「…どうなる事かと思ったけど普段通りの神崎じゃないか」
「私も最初は正直不安だったけどやっている事はいつもの神崎で安心したよ」
劾と玲はタイムマシン、未来人といった信じがたい現実の中にいながらも平常通りの剣に感心すると同時に安心した。

シェリーは落ち着きを取り戻した後説明を再開する。
「デルタが強硬な手段に出た以上ある程度の武力の使用は不可欠…
そこでデルタに対抗する為の手段を講じていたところツルギ君が提案してきたの。
『レプリロイドを造るのでは時間が掛かり過ぎるからパワードスーツならどうだろう』と」
それに続き剣が説明する。

「そこで出来たのがこの『ロックスーツ』という訳だ」
続いて剣は実演を始める。
「この改造スマホで…」
剣はスマホを取り出し、 
「『ROCK SUIT』アプリを起動して…」
スマホのアイコンの1つをタップし、
「コマンドを入力して…」
スマホの画面に表示された上下ともに3列ずつの9つの点を指で
上段右→上段真ん中→上段左→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右、の順になぞっていき…

パラァン!

剣の操作でスマホから効果音が鳴る。
「そしたらスマホをこの『ロックコマンダー』にセットする」
剣は黄色い腕時計のような通信機器「ロックコマンダー」が付けられた左腕を前に出しながら
スマホをロックコマンダーにセットする。

すると「レディ」という電子音声が聞こえ直後剣の全身がワイヤーフレームのような光に包まれる。
その光は強まっていったかと思うと次に収まり始め光が収まると剣は新宿でギガプライアーと戦った時の姿になっていた。

「「あの時の…」」
実際に目の前で変身した剣を見た劾と玲は息を呑む。
そして剣は変身を解除した。

「だけどな、戦いはあれで終わった訳じゃない、むしろこれからなんだよ…
デルタは言っていたんだ…
あのデカいロボットを通して博士に『次はこうは行かない』『ボクを止めようとしても無駄だ』とな」
剣は深刻な様子で言う。

「次デルタが何か仕掛けてくるのに備えて、私はツルギ君のロックスーツと違うタイプのロックスーツを開発中よ。
使われるような事態にならないのが理想だけど、用心に超したことはないわ」
シェリーは新たなロックスーツの開発を示唆する。
ちなみに剣の使用したロックスーツは攻撃力重視タイプらしい。

「俺はロックスーツに因んで『ロックマン』と名乗り、ネットを通して外部から情報を集める事にしたよ」
そう言って剣は自身のSNSアカウントを劾達に見せる。
直ぐに劾と玲はそのアカウントをフォロー。

「それにしても、本当に氷藤の嘘よりも嘘みたいな話だったね。とにかく僕も何か力になれる事があったら協力するよ」
「私にも何か力になれる事があったら頼っていいよ」
「お前等、恩に着るぜ」

シェリーのこれまでの経緯を聞いた劾と玲は剣に感化された事もあってシェリーの手助けを快諾した。
最終的に劾と玲はシェリーから3つあったスペアのロックコマンダーの内2つを各々が1つずつ受け取って解散となった。

そして次の事件の予兆は翌々日の7月17日の朝に現れ始める。

新橋の路上にて…
「大変だぁ~!!大変だぁ~!!蛙陰減瑠弥流が復活したぞぉ~っ!!しかもここ港区に侵攻してくるぞぉ~っ!!」
大騒ぎしながら一人の少年が駆け回っている。
少年の特徴は背は劾と同じぐらいで髪は長髪のオールバックで後ろ髪は束ねておりサングラスをかけている。
劾達と同じクラスの男子生徒、氷藤狼牙(ろうが)である。


「ああ、今日も良い天気だね、暑いね、とかそう言う事だね…」
「蛙陰減瑠弥流なんて赤灯会がとっくに全滅させちまったじゃないか、本当だとしてもわざわざ港区に出張る力は残ってないね」
氷藤はいつも通り嘘を吐き散らし、周囲の人々はいつも通り呆れている。
「ボス、蛙陰滅瑠弥流が復活して俺等のシマに攻めてくる…という情報が入りましたが情報の出所はあの法螺吹きのガキです」
「ならば信憑性は0だ、仕事を再開しろ」
港区の半グレグループの一員がボスに氷藤が吹聴していた内容を報告するも
ボスは即答で嘘だと断定し、仕事(悪事)を再開するのであった…
この氷藤は単なる目立ちたがりの構ってちゃんなだけで凶悪という訳ではない。

しかし中学時代は違った。
時は2年前、彼と劾達が中学3年の頃の事だった。
当時は汰威超組が赤灯会との抗争に勝利したばかりであり、この出来事は裏社会を震撼させ表社会でも話題に挙がるまでになった。
そこで前の学校で問題を起こして転校してきたばかりの氷藤は「俺のバックには汰威超組がいるんだぜ!」と嘘をついて回った。
しかもその嘘を使って恐喝を始めとした数々の悪さをしていたのだ。
「………」
この事は玲の耳にも入り、やがて玲は氷藤の凶行の現場を目にする。
「なあ、俺と付き合えよ、嫌とは言わせねーぜ、何なら俺のバックには…」
怯える女子生徒に迫る氷藤。

その時背後から玲の声が。
「汰威超組がついてるんでしょ!?」
堂々とした口調で尋ねる玲。

「そうそう、汰威超組が…」
得意気に言い放とうとする氷藤を無視して玲はスマホで何者かに連絡する。

スマホはビデオ通話になっており暫くすると玲のスマホ画面に
整った顔立ちであるものの悪人面である色黒の中年男性が現れる。

「玲か、どうした?何か困りごとか?」
出たのは汰威超組若頭、沖藍強(つよし)だった。
「強伯父さん、いきなりで悪いんだけど、こいつ知ってる?組の名前使って悪さしてるんだけど」
玲は強に尋ねながらスマホの画面を氷藤に向ける。

「いいや、知らねぇなあ」
これを見た氷藤であるが一気に血の気が引いた。
「たたた…汰威超組の若頭…沖藍…強!!!!!?」

強は続けて言う。
「まあカシラの俺が知らねぇってだけで下の奴等は知ってるかもしれねぇな。お前等、ちょっと来い。
このガキを知ってるか?」

強に呼ばれて何人もの「怖いお兄さん」達が氷藤の顔を代わる代わる覗き込む。
「知りませんねぇ」
「俺も知りません」
「一番下っ端の俺でも知りませんぜ」

彼等はスマホ越しからでもその圧が伝わってきて氷藤からして見れば誰も彼も「別世界の人間」である事が本能で分かった。
そして誰も氷藤を知らない事を確認するや強は再び玲のスマホ画面に表れて口だけ笑みを浮かべて言う。

「おいガキ、お前等ぐらいの年齢ならヤンチャするってのは分からなくもねぇ…
だけどな、あんまウチの名前を使って好き勝手していたらな…
『俺達流』の!教育を!受ける事になるかもしれねぇからよ!!覚えとけや…」

「ハハハハイ、わわ分かりましタタタタタタ…」
涙を流し腰を抜かして謝罪する氷藤。

玲が電話を切ると縮こまった氷藤が尋ねて来た。

「あ、あの、つかぬ事をお伺いしますが…汰威超組若頭沖藍強さんは貴方の伯父さま…ですよね…?」
「そうだけど、何か?」
見下した表情で聞き返す玲。
これに氷藤が更に問いかける。

「という事は…お父様は…」
「竜太(りゅうた)だけど、何か?」
またも玲が見下した表情で答えると氷藤は更に戦慄する。

「お、お、おきあい…りゅりゅりゅ…りゅうた……!?」
「へえ、父を知ってるの?」

聞き返す玲に氷藤は震えながら語りだす。
「沖藍竜太…先代汰威超組組長の次男にして組随一の強さと凶暴さを持つ伝説のヤクザ…
強いだけでなくどんな病気や怪我からも必ず生還する生命力と運も併せ持ち裏社会に刻んだ爪痕は数知れず…
ある時女性自衛官と禁断の恋に落ちて組抜けを決めるもその条件は現組長で当時の若頭と決闘して勝つ事…
そして見事勝利して組抜け…
今の汰威超組組長の目の二本傷はその時付けられたという…」

「強おじさんや組の皆から何度も聞かされた話は、本当だったんだねー…」
怯える氷藤を前に何度か首を縦に振る玲。
直後玲は真剣な眼差しで氷藤に告げる。
「私だってこんな事するのは不本意だけどね…お父さんや伯父さんはいつも言ってるの。
『腐れ外道は子供の頃正しい指導を受けたりやり直す機会が与えられなかった奴が多い、
だから外道に堕ちそうな奴がいたらそいつの為にも道を正してやれ、それもまた任侠道だ』、とね。
あんたはこのままだと道を踏み外して取り返しのつかない事になるよ。
そうならない為にこういう事はもうやめる!分かった!?」

「はひ、分かりまひた…」
氷藤は謝罪した後自分と汰威超組との繫がりが嘘であることを皆に打ち明けた。
結果は当然非難轟々。
特に赤灯会傘下のケンカ自慢の不良「猪狩進(いかりすすむ)」は氷藤が汰威超組と何の関係も無いと知るや
これまでの鬱憤から激しいいじめを彼に行うようになった。
更に猪狩の氷藤へのいじめがエスカレートしていくと見かねた玲が同じクラスで汰威超組傘下でしかも
猪狩より喧嘩の強い不良「馬場丁司(ばばていじ)」と共にこれを制した事により
氷藤は完全に玲に頭が上がらなくなる。
加えて気弱な生徒の劾の母親が後に自分も進学する稲舟高の元番長だった事を知るや
氷藤は劾に対してもイキり散らかす事は出来なくなった。
こうして氷藤は虚言壁は治らなかったものの嘘を利用した凶悪な振る舞いは一切しなくなった。
時は流れ氷藤は劾、玲と同じ高校に、猪狩と馬場は別の高校に進学した。
高校に入ってからの氷藤は変わらず普段から分かり易い嘘ばかりついていたがここで剣と出会う。
氷藤は遅刻する際「道で困っている人がいたから助けていた」というベタな言い訳をする事が多かったが 
剣の場合登校中に本当に困っている人がいたら助けており、それでいて遅刻もしないのだ。
「ケッ…」
先述のようにこの時は目立ちたがり屋の構ってちゃんと化していた氷藤は
極自然体のままいい意味で目立ち尚且つ株を上げていく剣の存在を疎ましく思っていた。
かといって以前のような卑劣な行為はとても出来ず結果氷藤は別の手を講じた。
ある日クラスの男子生徒が儲かるバイトの話をしていた時…
「おお、そのバイトはバックにヤクザも半グレもついてないクリーンなバイトだ、
決して詐欺じゃねーからどんどん広めろよ!」
氷藤はその男子生徒にこう告げた。
その結果…
「氷藤がそう言うってこたぁ…ガッチガチの闇バイトじゃねーか!!あっぶね!!!俺降りるわ!」
実際に男子生徒が話題に挙げたバイトは闇バイトで、氷藤がいつも通り嘘を付いていると察した彼はその闇バイトから身を引いたのだ。
またある時クラスの女子生徒が自身の年上の彼氏の話をしていた時…
「その人は誠実で二股も詐欺も絶対しない紳士だぜ、いい人見つけたじゃねーか、幸せになれよ!」
氷藤からこれを聞いた女子生徒であるが…
「という事は…あの人は女癖が悪くて人を騙すクズなのね!?ありがと、あいつとは別れるから!」
やはり氷藤の言ったことの意味を逆に捉えて、結果付き合っていた男と別れた。
実際にその男は遊び感覚で何人もの女性と付き合う浮ついた人物だったのだ。
このように自身が嘘つきで有名である事を自覚しており、同時に悪人や裏社会に詳しい氷藤は
友人知人が悪人から被害を受けそうになると嘘を付く事で未然に防ぐという事を始め、
ちまちま点数を稼いで株を上げていき周囲からの評価は「少し変な奴」に留まった。
この事で氷藤はクラス内外で嘘つきというよりいつも逆のことを言う天邪鬼のような奴と認識されていくようになったのだが今回これが彼を窮地に追いやる事に…

時は現代に戻り…
「何だありゃ…!?」
氷藤は遥か彼方の建物の屋根から屋根へ飛び移る奇妙な存在を目にした。

「地デジラフ…かな?」
氷藤が目にした存在は遠目からはキリンの獣人のような外見をしていた。
この事から氷藤はその存在から地上デジタル放送移行の際に発表されたというキリンのキャラクター、
「地デジラフ」を連想したのだ。

「バズりそうだから投稿しとこ、『#リアル地デジラフ、屋根を駆ける』とな…」
氷藤はその存在について地デジラフの格好をした人が派手なパフォーマンスをしていると思ったようである。
一方その存在は…
「テレビよし、アンテムポールよし、オレジュラファイグだし!」
うっかり目撃されてしまったとは露知らず『任務』を遂行していた。

その存在がもたらした影響はしばらくすると現れ始める。
新橋の民家にて、その家の住人がテレビを見ていると番組が中断し、緊急放送に切り替わる。
「速報です、新型コロナウイルスの新たな変異株『Σ株』が確認されました!
この変異株は極めて毒性が強く短期間で死に至ります!
従って、これより要不要問わず外出を一切禁止致します!
従わない場合は射殺もありますのでご了承ください!!」
画面の中のアナウンサーがけたたましく告げる。
実際はこの報道は嘘であり、画面の中のアナウンサーも作られた映像で実在しない。
「え、え、Σ株?また自粛生活始まるの!!??」
一瞬慌てふためく住人だったが暫くしてこれが嘘だと気付く。

この家に限らず様々な嘘の緊急放送が港区内で同時多発的に流れ始める。
ニュースの内容は様々で、視聴した者の反応も様々であった。

見た人を怒らせるニュースの場合…
「速報です!これからはAIに全ての政権を委ねます。
何故なら人間の作る法律は不完全で人間には寿命があるからです。
AIの開発者は世界的なAI技術者、蝸牛晶(かぎゅうあきら)博士です」
「それはひょっとしてギャグで言っているのか…!?」
視聴者は引くと同時に怒りを覚える。

「速報です!
これからはいかなる創作物においても主人公を同性愛者、障がい者、黒人、不細工、オタク、女性の
どれか2つ以上に当てはまらせる事を義務付けます。
違反すると差別主義者と見なし発表した作品を発禁致します」
「んまあ鬱陶しい!こんな権利者、家の権力で叩き潰してくれますわ!!」
「お嬢様ご安心ください、このニュースはフェイクでございます」
大富豪の少女が憤慨するも使用人は彼女にこのニュースが嘘であると教える。

「速報です!
お台場海浜公園の海水浴場に人食いザメの大群が現れましたが利益を優先した
イベント主産者が同日のイベントを中止しなかった為多数の観光客がサメの餌食になりました」
「何それひっどーい!」
拝金主義で人の命を軽視する(とされる)イベント主催者に対し視聴者は憤慨する。

見た人を悲しませるニュースの場合…
「速報です!
人気音楽ユニットのTHREE-MIXが突如解散を発表しました」
「えぇ~そんな素振り一切見せてなかったのに…!」
ショックを受けるファン。

「速報です!
上野動物園に引き取られる予定だった白い巨大ワニ『ギュスタービー』が
人間の管理下におけるストレスで亡くなりました」
「畜生!身勝手な人間の所為でまた罪もねぇ動物が犠牲になるなんて…許せねぇ…許せねぇぞ…!」
柄の悪い男が怒りと悲しみで拳を限界まで握りしめ肩を震わせ歯を軋ませる。

「速報です!
人気アイドルの陽咲紫安(ひさかしあん)さんが本日ストーカーに刺されてお亡くなりになりました。
尚、紫安さんの自宅から隠し子と思われる幼児が保護されたとの事で…」
「嘘だ!俺達の推しが…!あの完璧で究極のアイドルが…!」
「あの娘の星占い楽しみにしてたのに…!」
「しかもファン裏切って子作りしていたなんて…!」
トップアイドルの紫安の突然の訃報とスキャンダルに打ちひしがれるファン達だったが…
「私は紫安です、本物です。私が死んだという話も隠し子がいるという話も全部デタラメですのでご安心ください!最後にファンの皆、愛してるよーっ!!」

紫安とスタッフ達の尽力によりニュースが流れてそれほど経っていない頃に紫安本人がファンの前に生きている姿を現しファンを安堵させる。

見た人を喜ばせるニュースの場合…
「速報です!
医学の発展の末に…遂に秒で生える育毛剤と秒で抜ける脱毛剤が完成いたしました!」
「これでワシも薄毛とはおさらばじゃ!」
「私はムダ毛とおさらばね!」
頭頂部のたった1本の髪と後頭部以外髪が全滅した中年男性とムダ毛に悩む女性がそれぞれ歓喜する。

「速報です!長年続編の出ていなかったカフコン社の人気アクションゲーム『ギガマンシリーズ』の完全新作が本日発表されました!」
「よっしゃ、20年待った甲斐があったぜ!!」
歓声を上げるファン達。

「速報です!現在戦争を展開している全ての国家及び武装勢力が一斉に各々の戦争を終結させる宣言を致しました。
このような事態になった背景は各勢力の指導者があらゆる媒体から反戦メッセージを受け取り
戦争が如何に愚かか、平和が如何に尊いかを理解したとの事です」
「やっと…分かってくれたか…そう、戦争は本当に虚しいものなんじゃ…繰り返してはいけないんじゃ…」
戦争経験者の高齢者が感涙にむせぶ。

このようにニュースの内容は荒唐無稽なものからリアルなものまで千差万別で大体はすぐ見破られるが中には信じる者もいる。
しかも時が経つにつれて嘘のニュースが報道される地域は港区のみならず同区に隣接する
渋谷区、新宿区、品川区、中央区、江東区、千代田区、目黒区でも確認されるようになっていく。
それに伴い騒ぎも大きくなっていく。
この間「地デジラフ」こと「ジュラファイグ」は任務遂行の為ビルの上から上へと跳び回っていたがこの時「彼」に通信が入った。
「…デルタか」
ジュラファイグが応答する。通信を入れたのはデルタのようである。
「任務中失礼するがどうやらお前の事を嗅ぎまわっている人間がいるようでね…
今からネットの情報を送るよ」
そしてジュラファイグはデルタの送ったメッセージを受け取る。
するとジュラファイグの視界の片隅に先程氷藤が発信した自身の映像の映った記事が現れる。
「発信源を探索開始…特定完了」
ジュラファイグは一瞬でアカウント主の氷藤を特定した。
「オレ達の邪魔をするとどうなるか…思い知るがいい…」
ジュラファイグは不敵に笑う。

7月18日、剣のアカウントに連絡があった。
「あんたは…あの時の…」
連絡主は剣が助けた赤灯会幹部、五里石だった。
「先日は世話になった。早速今回の要件であるが都内の虚偽の報道は知っておろうな?」
「ああ、知っている」
五里石の問いに剣は応える。
「件の虚偽の報道が流れた建物の上には奇妙な物体が設置されておってな…
その物体が設置されておらぬ建物でも近くの建物にそれが設置されておったらやはり影響を受けてしまう。
物体は頑丈で高圧電流を放つが故我等の力でも破壊は手に余る。
加えて広き範囲に数多く設置されている故、今一度貴殿の力を頼りたく思い連絡奉った。
貴殿があの時見せたかの信じ難き力、此度も貸してはくれぬか」
五里石はその報道に関する情報を提供し始め、ロックマンに、剣に物体の破壊を依頼する。
「了解した、任せてくれ」

依頼を受け付けた剣は暫くして劾、玲と共に基地(タイムマシン)に集結。
「怖いニュースばかりで心臓に悪かったよ…」
「人々の心をかき乱して何がしたいっていうの!?」
劾と玲も嘘のニュースを見たようである。
「とにかくその物体とやらを壊す以外にもいつ嘘のニュースが流れ始めたか住人に聞いてくる必要があるな…という事でミッションスタートだ!」
「無理しすぎないでね、ツルギくん…」
剣はロックスーツを起動させ物体が設置されたという建物に転送された。
建物の屋上には能面の狐面のような顔の付いた円柱形の物体が聳え立っていた。
先述のジュラファイグが言っていたアンテムポールである。
剣はアンテムポールを難なく撃破した後、建物の住人に事情を説明して最初に嘘のニュースが流れた時間を聞き、嘘の報道が収まった事を確認後、アンテムポールの残骸を伴って基地に帰投した。

「やはりこれは、デルタの仕業ね…」
アンテムポールの残骸を調べ息を呑むシェリー。
「情報が不十分な以上、今は片っ端から壊していくしかないな…ミッションを再開する!」
剣は再度出撃し、建物の屋上のアンテムポールを破壊していく。
アンテムポールは狐面に限らず鬼、猿、ひょっとこ、天狗等様々な能面の姿をしていたが性能に違いは無いらしい。
この間剣は建物の利用者から、シェリーは偵察ロボットと五里石を始めとする赤灯会から、
劾はネットから、玲は強を通して汰威超組から情報を集めていく。

7月19日。
ある程度情報が集まった時、シェリーは剣に帰投するように指示を出す。
剣が帰投するとモニターに表示された地図を背にシェリーが説明を始める。
「これまでに嘘のニュースが発信された地点と時刻から発信源を検証してみたけど…恐らくここよ!」
モニターの地図上にはアンテムポールの確認された地点にポイントが表示され、
ポイントの真下には設置された推定時刻が表示されている。
ポイントは港区の方が隣接する区より時刻が古く、港区内でもある地点に近付けば近づくほど時刻が古くなっていく。
シェリーは最も古い時刻のポイントに囲まれた地点を指差した。

その地点は檜町(ひのきちょう)公園だった。
さらにポイントのど真ん中に焦点を当てると公園内に建造された1つの巨大オブジェに行き着いた。
「これは…ソクホーテム!?」
劾が思わず驚愕する。
ソクホーテムと呼ばれたそのオブジェは一見トーテムポールのような外観だが
顔の形状は能面を模しており上から赤い般若面、黄色い翁面、青い女面の3つの顔で構成されている。

「ソクホーテムですって!?」
「今月新進気鋭の芸術家『桐野雷電(きりのらいでん)』が寄贈したオブジェだそうです。
人間の様々な感情や異なる文化の融合を現してるそうですが僕にもよく分かりません」
ソクホーテムを知らない素振りをするシェリーに劾が説明する。

檜町公園にて…
「シンゴー!シンゴー!」
小さな子供がソクホーテムを指差し叫んでいる。
「そうね、信号機みたいね」
子供の母親はそう言ってほほ笑む。

「ソクホーテムが発信源と見て間違いないようだな、博士、転送してくれ」
そして剣は檜町公園の人目につかない地点に転送されたが、次の瞬間遠くから叫びながら走って来る人物を目にした。
「あ、ロックマンじゃねーか!!!助けてくれぇ~~~~~っ!!!!!!」
「(氷藤!!)な、何があった!?」
必死の形相で何かから逃げて来た氷藤。

事の顛末はこうであった。
剣がアンテムポールを破壊し続けている間、ジュラファイグは港区に戻って氷藤宅周辺にアンテムポールを設置。
そこで氷藤に濡れ衣を着せる数々の映像を流したのだ。

「お前の彼女横取りしてやったぜ~、悔しいか、悔しいだろぉ~」「氷藤君最高~」
クラスメイトの彼女とイチャつく氷藤。

「後から来る客め、これでも喰らえ!!」
行きつけの飲食店の水やトッピングの具材に唾液やハナクソを混入する氷藤。

「うートイレトイレ…あった!」ジョボボボボボボボボ!!!!!!
ヤクザの事務所の前で立小便をする氷藤。

「裸だったら何が悪い!」
路上を全裸で走り回る氷藤。

「ククク…そうだ、もっとやれ、我が僕(しもべ)共よ…」
ホストクラブを破壊するロボットを陰から見てほくそ笑む氷藤。

「俺には8000人の部下がいる!俺はその部下共を率いてまずは近隣のヤクザ・半グレを吸収し
行く行くは東京都を、日本を掌握してやるぜぇ!ヤクザ共、半グレ共、首洗って待ってろやぁーっ!!」
反社相手に堂々と宣戦布告する氷藤。

映像を見た人々の一部はこれらの映像を信じてしまい氷藤に迫ったのだ。

「おい氷藤!これはどういう事だ!!」
「お前いつもこんな事やってたのか!!?」
「やはり人は簡単に変われねぇって事か、中学の頃の腐れ外道に戻りやがって!!」
「変態!変態!変態!変態!」

それに対して氷藤は…
「し、知らねぇ!俺はやってねぇ!!」
映像の中の自身の悪事を否定した。
だが氷藤に迫ったのは彼をよく知る者ばかり。

「『やってない』だぁ!?自白しやがったぞこいつ!皆で吊し上げろぉーっ!!」
「「「「「「おぉーっ!!」」」」」」
ドドドドドドドドドドド…
「ヒィ~、助けてくれぇ~っ!!」
逃げ回った氷藤はやがてロックスーツを起動した剣に出くわした。

「博士、知り合いがピンチなんだ、転送頼む!」
「分かったわ、ツルギ君!」
氷藤の様子を見て嘘をついてないと確信した剣はシェリーに氷藤の転送を要請する。
すると氷藤は檜町公園から姿を消し基地内に現れた。

暫くすると氷藤を追い回す人々が剣の前に現れた。
「あっ、ロックマンだ!!」
「こいつ見ませんでしたか!?こいつが今回の騒ぎの元凶なんですよ!」
彼等は氷藤が逃げた先にいた剣に問いかける。

「彼なら、あっちに行きましたよ」
咄嗟に剣はデタラメの方向を指差す。
氷藤を庇う目的もあったが、これからの戦いに備えて彼等を現場から引き離す意図もあったのだ。
「ありがとう…行くぞ!」
ドドドドドドドド…
再度氷藤を追い続ける人々だったが…
ドカッ!
「うっ…!」
先頭で走っていた者が巨大な何かにぶつかって倒れた。

基地内では…
「あれ?ここは…!?」
目の前の景色が一変した事に戸惑う氷藤。
「安全な場所だよ」
最初に氷藤に声をかけたのは劾だった。
「ここならあの人達は追って来ないわ」
次に玲が声を掛ける。
「へ…桜井…沖藍…!?」
視界が一変した事に加えこれまでとは異なる顔見知りが現れた事に氷藤は更に当惑する。
「僕達はロックマンの仲間なんだよ」
「一部始終は見ていたよ、早速だけどここにいる間はスマホを預からせて」
劾が一言言った後玲は撮影をされないようにスマホを貸すように氷藤に言う。
「あ、ああ…」
氷藤はスマホを預けた。
玲は続けて氷藤に言う。
「あんたが嘘を付く事で人を助けた事も知ってたけど、いつもいつも嘘ばかりついていたら
人から信用されなくなっちゃうよ。時と場合を考えなさい。
さっきかん…ロックマンがあんたの本当の行き先を伝えなかったみたいにね」
「う…うう…俺はただ目立ちたかっただけなんだ…構って欲しかっただけなんだ…
それがこんな…自分の首を絞める事になるなんて…」
肩を震わせ涙ぐむ氷藤。
「無理強いはしないけどさ、嘘ばかりつくその癖、やめた方がいいと思うよ」
劾も氷藤を諭す。

その頃檜町公園では剣はソクホーテムと対峙していた。

「さてと、元を絶つと…するか!」
ヴィィィィィィィ…
剣はロックブレードのエネルギーをチャージし始める。
その時だった。
「ソクホォ!!」
ズドドドドッ!!
ソクホーテムの上段の赤い顔の目が光り、怒鳴るような声が発せられると共に
下顎のパーツが腹話術の人形のようにスライドし、口の中から雷の弾丸が高速で射出された。

「こりゃ黒だな、見た目は信号機みたいだけどな…」
剣は皮肉を言いつつロックブレードを連続で振りかぶって敵の弾を跳ね返す。
すると跳ね返された弾がソクホーテムに返ってきてダメージを与える。

「おお、ロックマンが戦ってるぞ!」
「何何、ソクホーテムは新宿のロボットの仲間だったのか!!」
そこに野次馬が集まって来る。

「(奴は固定タイプのようだが、どうやって野次馬を引き離すか…?)」
野次馬が戦いに巻き込まれないように気を張り始める剣。
そこに突如怒声が響く。

「お前等ぁ!!こんな所にいたらロックマンの戦いの邪魔になるだろうが!!巻き込まれて死にたくなかったんなら公園から避難しろぉ!!」
声の主は赤灯会組員達だった。

「ヒッ、何でここに赤灯会が…!!」
「に、逃げます逃げます…!」ピューッ!

赤灯会組員達は野次馬を退けた後、自らも剣と距離を取った。
「これで戦いに集中できるな…有難う…!」
剣はソクホーテムとの戦いに集中できるようになり、弾を跳ね返してダメージを与えていく。

するとある時…
「ソォ~クホォ~♪」
ソクホーテムの中段の黄色い翁面の口からにやけたような、歌うような声とレーザーのような一直線の雷が同時に放たれる。
「(赤い顔とは違う攻撃か!?)」
剣は横っ飛びでこれを回避したがソクホーテムの黄色い顔は雷の向きを懐中電灯を持つ手を動かす要領で変え始め、剣を追い始める。
「ならこのスーツの得意分野、接近戦で勝負だ!!」
ソクホーテムの中段の顔は人間の身長より遥かに高い位置にあり、剣はそれを踏まえて懐に潜り込み
一気に畳みかけようとする。

その時だった。
「ソクホォ…ソクホォ…」
ソクホーテムの下段の青い女面の口から遅い速度で迫る弾が呟くような声と同時に放たれた。
弾は遅いものの短い間隔で次々と放たれ剣を追うように迫って来る。

「鬱陶しいんだよ!」
ブンッ!
剣が弾をまとめて撃ち返し同時に青い顔にロックブレードの直撃を叩き込もうとした時だった。
「ソクホォ…」
グルングルングルン…ビュオッ!!
突如青い顔が回転したかと思うと分離して体当たりを繰り出してきたのだ。

そして青い顔が戻る前に赤い顔と黄色い顔が分離し、青い顔は赤い顔と黄色い顔の間に挟まった。
「(タイプの違う攻撃に、ポジションのチェンジ、か…なら『あの機能』を試すいい機会だな!)」
剣は周囲の木々を見渡し何かを思いつく。
そして木に駆け寄ったかと思うと跳び上がって木の幹を蹴った。
直後剣の体は蹴った地点の真上に吸い寄せられるように近付き足が再度幹に接触すると同時に同じ動作を繰り返す。
これは「壁蹴り」と言って胸部アーマーの背面と足裏のパーツから放たれる推進力によって垂直の壁を登る事を可能にしているのだ。
また一定期間ではあるが壁に掴まることも可能で剣は時に地上から、時に木の幹からソクホーテムの攻撃に対処する。
「段々読めてきたな…」
戦いの中剣はいくつかの事に気付く。
それは赤い顔からの攻撃はあまりに狙いが正確すぎて、それ故狙いを定めた地点から離れてしまえば簡単に避けられる事と
青い顔からの攻撃は弾が飛んでいく事にもエネルギーを消費しているのかある程度の距離を進むと消滅する事と
上段及び中段からの攻撃は下方向へ向ける角度に限界がある為距離を詰めれば当たらない事と
体当たりは事前に顔が回転する事だった。
これらを理解した剣は相手の攻撃は避けつつこちらからは確実にダメージを与えていく。
やがて青い顔と黄色い顔はひび割れて煙を噴き動かなくなる。
「ソクホォ!!!!!」
赤い顔が最大の怒声を放ちつつ体当たりを繰り出した時だった。
剣はロックブレードを真横に構え待ち受ける。
そして…
「終わりだ!」
ズバシュ!!!
「ソク…ホォ…」
剣はチャージブレードの一撃を赤い顔に叩き込み、結果赤い顔は大破した。

するとその時…
タタタタタタタタ…
「!?」
剣は遥か彼方のビルの屋上を駆ける何かを目にする。
次の瞬間…

ピョー――――――――――ン!!!!!!!!!!スタッ!!

その存在はビルの屋上から凄まじい跳躍力で飛び降り、剣の眼前に現れた。
「氷藤のアカウントの『地デジラフ』か!!」
剣の前に現れたのはジュラファイグだった。

ちなみに剣は氷藤のアカウントのジュラファイグの映像を記憶の片隅に置いてはいたが
噓のニュースの供給を絶つ事を優先し敢えてソクホーテムの破壊に向かったのである。
そしてジュラファイグは剣の言葉に対し答える。
「違うな、オレは『桐野雷電』ことライデン・ジュラファイグ!!
桐野雷電という芸術家など最初から存在しない…オレが任務で流しているニュースと
それに惑わされる人々は芸術だけどなぁ!!
それよりよくも任務の邪魔をしてくれたな、ロックマンとやら…」
「…?…」
ジュラファイグの言った事に剣も、モニター越しで見ていた劾、玲、シェリーも違和感を覚える。
ちなみに氷藤は別室に隔離されている。
「何を言ってるんだ、お前デルタだろ!?新宿のデカブツの時みたいに遠くからこのロボットを…」
ジュラファイグをギガプライアーと同列のロボットと見なした剣はジュラファイグに問うも…
「あんな命令に従うだけの機械と一緒にするな。オレはデルタが造ったレプリロイド『デルタナンバーズ』の一員だ!」

「「「「!!!!!!!!」」」」
剣も、そして基地の劾、玲、シェリーもこの言葉に戦慄する。
無理もない、レプリロイドは彼等の知る限りではシェリーが苦労に苦労を重ねて造った唯一無二の存在だからだ。
それをデルタは短期間で造り上げ、更には同じような存在がまだまだいる事を匂わせてきたのである。
「じゃあジュラファイグ、お前は何で嘘のニュースを流してパニックを起こすようなふざけた真似をしたんだ!?」
改めて問う剣にジュラファイグは応える。
「聞くまでもない…利益、保身、加虐心、同調圧力、痴情…動機は様々であれ人間は常日頃から平気で嘘を付く…
それどころか正直者が馬鹿を見る事すらある…
そんな愚かな存在に真実を知る権利などない…!オレがもたらす嘘の舞台で踊り続けてりゃいいのさ!」
「確かに嘘が必要な場合もあるだろう…だけどな…悪意のある嘘が肯定される理由などどこにもない!
ましてや不特定多数の人々の心を弄ぶなど嘘の中でも最悪の嘘だ!
それにソクホーテムはご覧の有り様だ。お前は、負けたんだ。
ここは大人しく身を引いてはどうなんだ!?」
剣は異議を唱えつつ降伏を促す。
「フン、出来れば戦いたくない、そういう顔をしているな…」
「ああ、その通りだ、お前が『死んだ』ら…悲しむ人がいるからだ」
相手をレプリロイドと見なすや剣は明ジュラファイグに確な敵意が無い事を告げる。

「どうやらお前はとんだ甘ちゃんのようだな…だったら大人しく果てるがいい…甘ったれた理想を抱いたまま…な!!」

ジュラファイグのエネルギーが急激に高まっていく。
「仕方ない…来るなら来い!!」
剣も臨戦態勢に入る。

「スパークスマッシュ!!」
ジュラファイグの片脚の膝から下が青白く発光したかと思うと直後ジュラファイグはその状態で飛び蹴りを繰り出す。

ガッ!!
その速度はあまりに速く咄嗟に剣はロックブレードでガードするも吹っ飛ばされる。
攻撃はそれに留まらなかった。
バチッ!!「うっ!!」
ガードした瞬間剣の体に高圧電流が流れたのだ。
この高圧電流は生身なら命に係わるレベルだがロックスーツを起動している今
ダメージこそ受けるものの剣の肉体と戦意を破壊するに至らない。

「はあっ!!」
ザシュッ!
剣は返しの斬撃を繰り出す。
ジュラファイグは咄嗟に身を引くもボディにそれなりに大きな切り傷が走る。

「それが…どうした!!」
グルンッ!
「うおっ!?」
ジュラファイグは跳躍すると空中で宙返りをし、その体勢で踵落としを繰り出した。
剣はカウンターを返すも自身も電流を浴びてしまう。

一方氷藤を追う人々の先頭を走る者がぶつかった相手は五里石だった。
「ヒッ…!!赤灯会の…五里石さん…!!」
「どうする…!?ここは…引き返す…か!?」
怒り心頭だった彼等が思わず恐れおののく。
その時五里石が口を開いた。
「汝等が追っているのは…氷藤狼牙であろうか!?」
「そそそそうですそうです!!俺達奴等に舐めた真似をされましてですね…」
氷藤を追う人々は必死に説明する。
これに対し五里石は真相を述べる。
「汝等が目にした氷藤の悪事は今ロックマンが戦っているロボットが設置した奇怪なるアンテナよりもたらされし偽りの報道に過ぎぬ。
奴は先日ここ港区でアンテナを設置して虚偽の報道を流させておったが一度アンテナはロックマンに壊された。
その後再度ここに戻りアンテナを設置した際に氷藤を貶める報道を流させたのよ」
すると中には異議を唱える者が。
「でもでも、あいつはいつも逆の事ばかり言っていて…今回だって…」
これに五里石は反論し圧を掛ける。
「突然自身の身に覚えなき悪事を大勢の者に向けて報道されたならば大抵の者は平常心など消え失せよう。
それとも汝…我が嘘を申しているとでも言うのか…!?」
「「「「「「「スススすみませんでしたーっ」」」」」」」
彼等は五里石に謝った。
「謝るべき相手を間違えておるぞ」
そう言って五里石はスマホをかざした。
スマホはビデオ通話になっていて画面には氷藤が映っていた。

「氷藤、すまん…そりゃ誰だって焦るよな…」
「日頃の法螺吹きはともかく…お前が昔の腐れ外道に戻ったと思っちまったことは悪かった…」
「よくよく考えてみたら昨日の今日であんな嘘っ八の映像を信じた俺達が…馬鹿だったんだよ…」

対する氷藤は身を震わせながら謝罪し返す。
「そもそも俺が…普段から嘘ばかりついてたのが悪かったんだ…
自分を大きく見せたくて…関心を持って欲しくて…
でも嘘ばかりついてると…本当に…信用…無くすんだな…
俺はもう…嘘をつくのは…なるべく…やめるよ…」
暫くすると氷藤は自宅の前に転送されたのであった。

その頃公園内では剣技と足技の激しい応酬が展開されていた。
剣はロックブレードを自在に操り様々な型でジュラファイグに斬りかかり、
ジュラファイグも負けじと様々な型の足技を電流を織り交ぜて剣に見舞う。
また木を利用して剣は壁蹴りを行いジュラファイグも驚異的な脚力を持つため
この戦闘は縦横無尽どころか様々な高度で繰り広げられていく。
互いが互いの身を削り合っていきどれぐらいの時が経ったかの事だった。

「ロックマン、オレが設置したアンテムポールは全部壊したか?」
ジュラファイグは剣に問いかける。
「アンテムポール…あの能面アンテナの事か…
あんなの全部壊していたらキリが無い…だからソクホーテムを壊して元を絶った訳だが、それがどうした?」
剣の返答に、ジュラファイグは暫し沈黙した後見下した口調で言う。
「…お目出度い奴だな…一体いつから、アンテムポールと連動しているのがソクホーテムだけだと、
『錯覚していた』?」
ジュラファイグが言い終わった次の瞬間、残存するアンテムポールから電流が放たれ
ジュラファイグに集まっていく。
これに伴いジュラファイグの両脚の膝から下が強烈に輝き、アンテムポールの周辺の地域に停電が発生した。
「チッ、奥の手か…!」
「そうさ、アンテムポールは周辺から奪った電力をオレの攻撃エネルギーに変換する機能もあるのさ!!」
歯噛みする剣にジュラファイグは得意気に言い放つ。
今の状態でジュラファイグの攻撃を喰らえばロックスーツ越しでも只では済まないだろう。

「いいだろう、迎え撃ってやる…!」
ジリ…ジリ…ジリ…
剣は真剣に攻撃のタイミングを見極めんとする。
電力の落ちた暗闇の公園の中で剣のロックブレードとジュラファイグの両脚が一際輝きを放っている。
そして…
「そこだっ!!」
ダッ!
剣はジュラファイグにジャンプ斬りを叩き込もうとする。
「ダブルスパークスマッシュ!!!」
ピョー―――――――ン!!!!!!!!
対するジュラファイグは光る両脚で渾身の跳び蹴りを繰り出す。
しかし…
「なんてな!」
ビュッ!!!
剣は空中で真横にエアダッシュしてこれを回避。
そしてジュラファイグの跳び蹴りが直撃したのは…滑り台だった。
結果、ジュラファイグが両脚に纏った電流は全て流されてしまったのだ。
「絶妙なタイミングだったぜ…さあ、今度こそ、終わりだ!!」
ザシュッ!!
撃ち終わりの隙を突き剣はジュラファイグにチャージブレードの直撃を叩き込んだ。
「何…だと…」
ジュラファイグはそう言い残し機能停止した。

「終わったよ、博士。この後は…?」
「ジュラファイグを回収して、調べてみる事にするわ…」
剣が報告すると彼はジュラファイグの残骸と共に基地内へと転送された。

基地内にて。
「レプリロイドの集団、デルタナンバーズか…これは思ったより厳しい戦いになりそうだな…」
剣が呟く。
その意味は単にレプリロイドが強敵だからというだけではなく精神的な意味も含まれている。
「私が…レプリロイドを造ったばっかりに…こんな事に…」
罪悪感に苛まれつつあるシェリー。
基地内は暫し重苦しい雰囲気が流れるが…
「…デルタは言わば問題を起こした家出少年みたいなものじゃないか。
家出少年を説得してお母さんの元に返してあげる…今まで神崎がやってきた事と何も変わりはしないよ。
ちょっとスケールが大きいだけだって…」
劾がそっと剣に声を掛ける。
そして玲がそれに続くが…
「そうそう、悪いのはデルタなんだから!『お母さん』を悲しませるデルタにも…
『おばあちゃん』を悲しませるデルタナンバーズにも…きちんと誤って貰わないと!!」
「「お、おばあちゃん…」」
「こ、コラ!何てこと言うの!!私はまだ49よ!!」
シェリーが口では怒りつつもこれまで重苦しかった空気は幾らか和んだのであった。

後日…
「それでよ、ロックマンが合図すると俺は秘密基地に瞬間移動したんだよ!
しかも基地の中には知り合いがいたんだぜ!!」
檜町公園での出来事を知人に言いふらす氷藤だったが…
「え?瞬間移動?ロックマンの仲間の知り合い?まーたいつもの嘘が始まったよ…」
「いや本当だって!信じてくれよ!!」
誰も「本当の事」を話しても信じて貰えなかった。
尤も、これは氷藤だけでなく誰が言っても信じては貰えないだろうが。

そして一方、紫安に迫る怪しい影が…
「ハァハァ…紫安ちゃん…皆を愛するとか言うなら…僕だけを愛してくれないなら…
いっそ死んで永遠に僕だけのものになってくれよおおおおおお~っ」
凶悪なストーカーが紫安を襲撃するも…
ガブッ!!
「ギャーッ!!」
何と紫安は噛みつきでストーカーを撃退したのであった。
この件に関しての「噛むタイプのアイドルです」という彼女のコメントはその年の流行語の1つになったという。

かくしてジュラファイグによる「嘘ニュース事件」は幕を閉じた。
しかしジュラファイグを始めとするデルタナンバーズもまた、制作者デルタによって
極めて残酷な嘘で騙されている事をこの時は誰も知る由も無かった…


第三話「色欲」


「ミーンミーンミーン!」
蝉もけたたましく鳴く7月の後半は海開きのシーズンであり、多くの人々が海水浴で賑わう。
そんな中、とある海水浴場に様々な勢力がこれから巻き起こる事件に向けて動き出していた。

7月22日、シェリーの基地の会議室内にて…
「そう言えば今って海水浴の季節ね。私は何年も行ってないわね…」
テレビからの音声に対しシェリーは呟く。

「まさか…100年後は海の汚染がそこまで深刻になってるんですか?」
思わず心配そうに尋ねる劾。
「いや、それは関係ないわ。私がたまたま行かなかっただけよ。子供の頃何回か行った時も
泳がないで日光浴をしただけね」
シェリーは苦笑しつつ否定する。

「じゃあ丁度いい機会だから一緒にお台場に行かない?お台場海浜公園は遊泳禁止だけど日光浴だけでも十分海の雰囲気を味わえるし」
この場にいた玲が提案する。

「…嬉しい誘いだけど、行けないわ。『新型ロックスーツ』と『特殊武器』の開発とジュラファイグの解析もあるし、
…それに水着姿を見られるのが恥ずかしいからね」
残念そうに断るシェリー。
「「(いやいやそんな立派な物持ってて何が恥ずかしい!?)」」
垓と玲は年齢を感じさせないナイスバディの持ち主のシェリーに対し心の中で突っ込むが
本人の感性に配慮し言及はしなかった。
「誘ってくれたのは感謝してるわ。お友達と行ってきたらどうかしら」
「お友達…ルミとソノコが暇そうだったからその二人を誘ってみるね」
玲は別のクラスの友人の「傘原留美(かさはらるみ)」と「河田園子(かわたそのこ)」を誘う事にした。

「海水浴か…神崎も一緒にどう?」
玲の水着姿を見たいという本音を隠し垓は剣と一緒なら誘って貰えるだろうという魂胆で剣に声を掛ける。
「お台場は遊泳禁止だろ。俺は泳げる所に行きたいな」
剣が応える中、玲は目が笑っていない表情で劾に詰め寄る。

「ところで桜井君…アンタ、私の水着に興味があるの?」
「(どきっ)」
図星を突かれた劾は一瞬固まる。
「い、いや!そんな別に沖藍になんて全然…ははは…
(ああビビりの哀しさよ、好きを好きと言えないこのもどかしさ)」
ぎこちない口調で苦笑いを浮かべ否定する劾だったが…

「それはそれで頭にくるんだけど!…じゃなくてアンタはまたこれまでみたいに
課題をギリギリまで進めなくて後で泣きつく気!?
そんなんじゃまた怒られる事になっちゃうし自分の為にならないよ!」
「…仰る通りです…」
痛い所を突かれ玲に説教される劾の体はこの時実際のサイズよりも縮んでみえたという…
「よし、それなら俺が手伝ってやろう」
「有難う、神崎…」
剣は劾の課題の手伝いを買って出た。
そして玲は留美と園子に翌23日にお台場海浜公園に誘った後転送で会議室を後にした。

その後残った劾、剣、シェリーの3人は基地内のスペースの1つ、「研究室」に向かい、
台の上に寝かせられたジュラファイグのボディを見遣る。
ジュラファイグの状態は各部の装甲が取り外され頭部や胸部がいくつものコードで繋がれているといったものだった。
シェリーは台の近くの小さな机に向かいその上の画面を凝視する。
画面にはジュラファイグの3DCGモデル並びに常人には到底理解できない文字の羅列が表示されている。
「やっぱり…デルタが…」
シェリーはどこか悲し気に呟く。
「博士?」
そんな彼女の表情を察し劾が問いかける。
「ジュラファイグのボディはデルタと基礎構造が共通しているの。
これはデルタが自分をベースにデルタナンバーズを開発したという事で間違いないわ。
本当にデルタが…彼が造ったレプリロイドが…人間を…襲うなんて…」
「博士、何としてでもデルタを説得しましょう!」
悲し気なシェリーに劾は激励する。

「それにしてもデルタやこのジュラファイグの行動は良く分からないな。
デルタはわざわざタイムマシンで向かった日時を教えたし、
ジュラファイグは自らアンテムポールを設置したり氷藤一人を陥れる為に
嘘ニュースの範囲拡大をほっぽりだして元来た道に戻ったり…」
そんな中剣が口を開いた。
「そうだよね、アンテムポールは建物の上に直接転送させるとか、
専用の非戦闘用ロボットにやらせるとかあっただろうに…」
「ソクホーテムに関しても分り難い場所に設置した方が確実に『任務』を遂行出来たかもしれないわね」
劾とシェリーは頷く。
「ジュラファイグに聞き出せたらなぁ…自分で壊して言うのも何だけど…」
「………」
剣のこの言葉にシェリーは何かを思案し始める。

「ところで『新型ロックスーツ』の開発はどうなってますか?」
劾が問うとシェリーはパソコンを操作し画面を変える。
「用途用途に合わせて色んなスーツを開発中よ。今ロックスーツはこの『攻撃型』だけだけど…」
画面に剣が使用したロックスーツの3DCGモデルが表示される。
「装甲重視でチャージ可能の遠距離攻撃を放つ『防御型』」
シェリーの言葉に合わせ蒼がメインカラーで重厚感のあるスーツの3DCGモデルが表示される。
「スピード重視で銃に変形するナイフを扱う『高機動型』」
続いて赤がメインカラーで軽量化のあるスーツが表示される。
「最後にスパイ活動用で姿を消したり変身したり出来てライフルを扱う『工作型』よ」
最後には黒を基調とした禍々しい形状のスーツが表示された。
「どれも強そうだが、使うタイミングを見極めるのが重要だな…よし、そろそろ課題に手を付けるか」
各スーツの頼もしさを感じた後、剣は劾に課題の事を持ちかける。

劾と剣も基地を後にした後、劾は剣が課題を手伝いに来る事をメッセージアプリで母親に連絡し、
剣を伴い帰宅した。

「今年は神崎くんが課題を手伝ってくれるのかい、すまないねぇ」
「いや、構いませんよ」
桜井家に着いた後、彼等を出迎えたのは劾の母、桜井孝美(たかみ)だった。

彼女は背が劾ほどもあるだけでなく、稲船高校の20年前の番長故の風格もあり剣は若干気圧される。「いいか、ここはこの公式を当てはめて…」
「そうか、そうやって解けばいいんだ!」
自室で劾は剣と共に課題を進めていく。
その際息抜きが長引いたり窓の外で蟻を捕食するカマキリに気を取られたり睡魔に襲われたりするも
二人は確実に課題を進行させていくのであった…

同じく7月22日。
東京都のどこかの地下深くにあるデルタの乗ってきたタイムマシン内では…
このタイムマシンにも複数のスペースがあり、シェリーの基地の会議室のようなスペースがあった。
部屋の中央にはテーブルがあり、それを様々な生物を模したレプリロイド達が囲む。

「ジュラファイグガヤラレタヨウダナ」
細長い体型で背中から6本のアームを生やした虫のようなレプリロイドが呟く。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!畜生オオオオオオオオオオオオ!!!!!
絶!対!許さんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
甲虫型レプリロイドが凄まじい怒号を響かせる。
「彼は私達の中でも最弱…とは言い切れませんので注意が必要ですわ」
大きな羽根を生やした虫型レプリロイドが続く。
「オレがジュラファイグの仇を撃ってやるッス!」
小柄な哺乳類型レプリロイドが吠える。
「何熱くなってんの~」
魚型レプリロイドがやる気無さそうに言う。
「てやんでい、任務の邪魔するどころかジュラファイグをやりやがった『ロックマン』とやらを倒すのは当然じゃねぇか!」
貝型レプリロイドが怒鳴る。
「ロォックマンだかなぁんだか知らないがァ、ワシのパワーでェ、くぅだいてやァるぞォオ!!」
この場で最も大柄な哺乳類型レプリロイドが意気込む。
「静かに、デルタから通信だぞ」
翼竜型レプリロイドがこの場の全員に部屋のスクリーンを見るように促す。

ヴゥゥゥン…

スクリーンには黄色く三角ばった図形の中に灰色で長方形の上2つの角を切り取ったような六角形がありさらにその中に「DBN―001 DELTA」と記されたマークが現れる。

「わー、何か雰囲気出てるねぇー」
魚型レプリロイドが思わず一言漏らす中、画面からデルタの声が流れ始める。
「君達も知っての通り先日任務遂行中のジュラファイグが
ロックマンなる存在によって交戦の末撃破された。
今現在ロックマンについて分かっている事はブレード型の武器を使いこなす事、
移動する際に急加速出来る事、垂直な壁を蹴って登れる事、そしてその背後にはシェリー博士がいるといった事ぐらいだ。
今から奴の映像を送るので戦う前に参考にして欲しい」
そう言ってデルタは部屋にいる「デルタナンバーズ」達にジュラファイグに氷藤の投稿に関するデータを送った時の要領で
自身が記録した映像並びにネット上のロックマンの動画を送った。
「「「「!!!!!!!!」」」」
デルタナンバーズ達はこれらを見た瞬間息を呑むがこれで怖気付く者はいなかった。

「なるほど、かなりの実力者ですな。して我々は今後どのようにすればいいのですかな?」
翼竜型レプリロイドが尋ね、それにデルタが応える。
「新宿の時も、檜町公園の時も、奴はこちらが行動を起こすと現れた。
故に君達の任務はこれまで通りの予定で執り行って貰う。
任務遂行中に奴が現れたら迎え撃てばいい。
勿論無策で臨むつもりはないさ。君達へのサポート並びに奴への対策はボクと『グレッゲージ』が担う」
「ええええええいまどろっこしいぞおおおおおおお!!!!!!!!!
オレ達全員で!束になってかかればァ!!一発だろうがああああああああああああああああああ!!!!」
甲虫型レプリロイドは激昂しながら異議を唱え、デルタナンバーズ総攻撃を提案する。

「奴にはまだ未知の部分が多い。未知とはその分脅威という事だよ。
仮に君達全員が奴にかかった結果返り討ちに遭ったら元も子もないではないか」

デルタの返答に今度は大きな羽根の虫型レプリロイドと最も大柄な哺乳類型レプリロイドが反論。

「それは相手の力を高く見積もり過ぎ、かつ我々の力を低く見積もり過ぎでありますこと?」
「そォうだぞォ、しィん重過ぎるにもォ、程があァるぞォ」

その時6本のアームを生やしたレプリロイドが無感情に告げる。

「我々デルタナンバーズノ役割ハデルタカラノ任務ヲ遂行スル事。勝手ハ許サレナイ」

彼の抑揚のない口調は独自の威圧感がありその場は暫し沈黙に包まれるが…

「まぁ『メカニロイド』ならいざ知らずオレ達が寄ってたかってロックマン一人を叩きのめすってのも野暮ってもんッスよね」
「その通りでェ、漢(おとこ)じゃあねぇ」
最も小柄な哺乳類レプリロイドと貝型レプリロイドがその沈黙を破った。
彼等が言った事は単なる強がりでも負け惜しみでもない。

「さて次の任務だが…『レディバイド』、君は人間のどんな所が許せないのかな?」
デルタが甲虫型レプリロイドことレディバイドに問い、彼は応える。

「そおおおれはああああああああああ!!!!!!!!奴等のスケベさだあああああああああ!!!!!!
男は常に女をエロい目で見てやがるしいいい!!!ひでぇ時は力尽くで女を襲いやがるううう!!!!!
女も女で淫らな格好で男を誘惑し貪りやがるううううう!!!!!
どっちも相手の見た目しか見ねぇでやる事しか頭にねぇえええええええ!!!!!!!
無駄に頭がいいからあああああ!!!奴等は!ケダモノよりもタチが悪いいいいいいい!!!!
そんなケダモノ以下のケダモノがのさばるなんざああ!!!お天道様が許さねええええええ!!!!!」

「分かったよ、ではレディバイド…明日の23日、お台場海浜公園に向かいたまえ。
そこには君の嫌いな野卑な人間が大勢いるよ」
「わぁぁぁかったぞおおおおおお!!!!!!スケベ人間もおおお!!!!ロックマンもおおおお!!!!
このサンシャイン・レディバイドが叩きのめしてやるぞおおおおおおおお!!!!!!!」
デルタはレディバイドにお台場海浜公園に出撃するよう指令を出し、レディバイドは気合十分でそれを承諾した…

時は遡り7月1日、新宿の赤灯会の事務所。
その一室で二人の男がテーブル越しに向かい合って椅子に座って対談している。
ドアの側には数名の一般構成員が立っておりその様子を見届けている。
1人は髪にかからない程度のパーマのかかった長髪で体格は常人並、服装は上下ともに骨で出来た十字架と炎をあしらった黒い服を着ている。
彼は顔色が悪く目は充血し、体は発汗し、肩で息をしているといった有様である。

男の名は火纏狂也(ひまといきょうや)。
赤灯会幹部であり依頼者が外道から与えられた恨みを晴らす復讐業をシノギ(商売)にしている人呼んで「復讐極道」である。
そして病を患っている訳でもなく違法な薬物を服用している訳でもないのに様々な理由で常に苦しんでいる狂人中の狂人である。
例えば男所帯の赤灯会では「むさ苦しさ」に、熱血漢を前にした時は「暑苦しさ」に、赤ちゃん、子犬、子猫などといった可愛いものを前にした時は「愛くるしさ」に、シリアスな場では「重苦しさ」に苦しんでいる。
かつて逮捕され刑務所に服役していた時は施設の「狭苦しさ」と規則の「堅苦しさ」に苦しみ続けたという。

「ハァ…ハァ…苦しい…苦しい…」
「あの…大丈夫ですか?」

いつものように苦しんでいる火纏に彼と対談するもう一人の男が心配そうに声を掛けた。
彼は初老の男性で全身の至る所を怪我しており顔も体も手当の痕がある。
顔の腫れは酷くこれを見た者は引いてしまうほどであり、脚はギプスで固められ、部屋の壁には彼が使っている松葉杖が立てかけられている。
そう、彼は火纏の依頼者なのである。

「気にしねぇで下さい、この方はそう言う人なんです」「?」
部屋の一般構成員が依頼者に言うも依頼者は困惑気味である。

「遠慮…なさらず…要件を…どうぞ…!」「え、ええ…」
声を絞り出す火纏の気迫に押され、依頼者は語り出した。

「娘を弄び尊厳を穢したあの野獣を…始末して欲しいのです…」
そして語られる依頼者の悲しき過去。

依頼者には大切な大切な一人娘がいる。
妻を早くに亡くした彼は一人残された娘を男手一つで懸命に育てた。
それが伝わり娘は親思いの良い娘に育ったという。
やがて成長した娘は恋人を紹介してきた。
その人物は身長が2mほどあり顔は強面で左目には眼帯を付け体型は筋肉質、ライオンの鬣(たてがみ)を思わせる髪と顎髭を生やしているというワイルドな風貌だったという。

一見彼の凶悪そうな風貌を警戒した依頼者だったが付き合う度に彼の見た目に反した人当たりの良さに心を許すようになっていった。
娘曰く料理や裁縫が得意という見た目にそぐわぬ女子力の高さに惹かれたという。
そして依頼者は娘を彼に託し、娘の幸せを願いながら涙ながらに送り出した。
それが悪夢の始まりとも知らずに。
家を出てから暫く経ったあと、依頼者のスマホに娘から連絡が入ったのだがそれは信じ難い内容だった。

「お父さん助けて!争太(そうた)さんは…争太さんは…イヤアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
ブツッ!!
「争太くんがどうした!!おい!!返事をしろ!!!!」
ツー…ツー…ツー…

しばらくして娘は帰ってきたがその表情は茫然自失、体には暴行の痕があった。
「そんな…」
愕然とする依頼者に娘は事の経緯をたどたどしく話はじめた。
恋人の争太の本性は見た目通りの野獣そのもので、今までのは迫真の演技だったのだ。
同棲生活が始まると思いきゃ家には彼の手下の半グレ達が待機しており
争太は手下と共に依頼者の娘をいたぶり始めた。
さらに警察に言うと撮った映像をネットに流すと脅されされるがままにされる娘。
やがてボロボロになって争太達にとって魅力がなくなったと判断されるやゴミのように捨てられたのだ。

「許さん!!許さんぞ!!」
思わず警察に駆け込んだ依頼者に警察は応対し、これで事件は解決する
…かに思われたがしばらくして捕まったのはそれっぽい変装が見られるもののどう考えても別人だった。
争太は替え玉を使っていた…
そう主張する依頼者に対し警察は「でも本人が自供してるんだし」と真剣に取り合ってくれない。
警察が信用できなくなった依頼者は大金を使い、ありとあらゆる手を尽くし争太の元に辿り着いた。

「私はお前を信用して娘を託したんだぞ!!それを…それを…ぐちゃぐちゃに踏みにじりやがってえええええ!!!」
依頼者の怒号に争太は悪びれることなく言い放つ。
「お前の娘が魅力的だから悪いんだよ!俺をエロい気分にさせた娘の魅力がなああ!!」

「己ぇぇえええ!!!」
依頼者は殺意全開で争太に挑みかかるも戦闘の素人で初老の依頼者が若く巨体で戦闘慣れもしている争太に適うはずもなく
あっさり返り討ちに遭った。

依頼者は怪我によって入院を余儀なくされ、退院する頃には争太は消息を絶ち元の木阿弥となった。
「警察も…自分も…頼れないなら…もう…あれしか…」
そして依頼者は調査の過程で耳にした火纏の噂を頼りに事務所を訪れたのだ。

全てを話し終えた依頼者は席を立ち土下座した。
「火纏さん!!!貴方は凄い人だと聞きました!!!」
次の瞬間依頼者の顔はキョウホーテム(ソクホーテムの赤い顔。因みに青はヒホーテム、黄はロウホーテム)のようになり、ありったけの恨みを吐き出す。

「娘は親思いのいい娘だった!!それがあんな野獣共に玩具にされて精神を壊され引きこもりになっている!!
なのに奴等は法の裁きも受けずのうのうと生きてやがる!!!ふざけるなああああああ!!!!!
あの人間の屑に、野獣に、然るべき報いを与えてくれえええええええ!!!!!!」

「ハァ…ハァ…旦那の心情を思うと…心苦しい…その依頼…是非とも…承りましょう…」
火纏は差し出された依頼者の両手を取り、依頼者は改めて懇願する。
「お願いします…お願いします…」

依頼者が事務所を去った後、火纏は数名の舎弟を召集する。
「今回の標的は…獅子雄(ししお)争太…下北沢で活動する自衛隊崩れの半グレで…
厳しい上官と…揉めて辞職…今では半グレチーム『雷音禁愚』(ライオンキング)のボスだ…
女性に乱暴するばかりか…悪どい商売にも…手を出しているらしい…
奴はアジトをころころ変え…手下の前にも滅多に…顔を出さない…
奴の居所を突き止めるには…雷音禁愚に潜入する必要がある…」
そう言って火纏は演技力のある若手構成員達に雷音禁愚への潜入を命じた。
獅子雄が確実に現れる日時と場所を探る為に。
数日後潜入捜査の結果、獅子雄が現れる場所を突き止めた構成員達が帰ってきて成果を報告する。

「獅子雄が現れるのは…今月23日のお台場海浜公園です!」

そして7月22日、赤灯会事務所。
火纏はお台場海浜公園に直接出向く構成員達を召集し決起集会を開く。
「いよいよ明日は…獅子雄争太を始末する日だ…海水浴場には…刺青もなく…ヤクザらしい見た目をしていないお前達に行って貰う…」
海水浴場では刺青があったり見るからに危険な外見の構成員は間違いなく目立ってしまう。
そこで目立たない構成員達を向かわせ隙を見て獅子雄を捕縛する算段である。
彼等の中には正規構成員ではない剣が遭遇したあの十字傷の少年もいた。

その彼に火纏は顔を思い切り近付けて言う。
「鷹山(たかやま)ぁ~…」
「へ、ヘイ、何でしょう!!」
火纏の吐息を間近で顔に感じ戦々恐々とした様子で十字傷の少年こと鷹山が問う。

「お前は…いつも先走りするからなぁ…実力を見誤って…獅子雄に挑みかかったり…
捜査の段階で…関係ねぇチンピラと喧嘩して捕まったりとか…するんじゃねぇぞ…
お前に何かあったらと思うと…俺は…胸が…苦しい…!」
「わ、わわ分かりやした!俺を信じて下せえ!!」
ガチガチになって必死に応える鷹山。

「火纏の兄貴は心配し過ぎかもしれねぇが、俺からも言っておく。決して無茶すんなよ、翔(しょう)」
「もちろんでさあ、兄貴!!」
他の構成員にも諭され、鷹山翔は緊張しながらも了承する。

7月22日、下北沢のどこか。
「嬉しいぜぇ、1年ぶりの海水浴場だ!!」
獅子雄は翌日のお台場海浜公園に行く事に意気揚々としている。

玲と友人達。デルタナンバーズ。赤灯会。雷音禁愚。
彼等が同じ日にお台場海浜公園に集結するのは偶然か、それとも必然か…

そして運命の7月23日…新橋駅では…
「レイ~、待ったぁ~?」
髪を襟足でお団子にまとめピンクのTシャツに黒いデニムパンツ姿の少女が玲の前に現れた。
傘原留美である。

「そんなに待ってないよ、ルミ。後はソノコだけど…」
玲がそう言っているとしばらくしてやや色黒で髪が長く、紫色のワンピースを着た長身でグラマラスな少女が現れた。
河田園子である。

「ごめんごめん、ちょっとトラブルに巻き込まれちゃって…」
「トラブル?」
遅れて来た理由を説明する園子に玲は怪訝な顔で尋ねる。
「それが行く途中危ない人に絡まれちゃって…」
「「!!」」
玲と留美の顔が一瞬強張る。ただ危ない目に遭ったにも関わらず園子の表情には恐怖や絶望は見られず、むしろ安堵のように見える。
「悪そうな男の人達が私の前に立ちふさがってしつこく声をかけてきたんだけどね、
助けてくれたのが中学生ぐらいの男の子だったの!
その子は絡んできた人達よりずっと小さかったけど気迫だけで追い払っちゃったのよ。
私はお礼を言いたかったけど、その子は何も言わずに行っちゃった…」
因みにその男の子とは翔の事である。
「大変だったね、でもその男の子みたいな人もいるから『これだから男は』って思っちゃ駄目だよ」
「彼氏持ちさんが言うと説得力があるね、それじゃ行こう」
留美の言葉に玲が続き、3人は出発する。
「ゆりかもめ」に乗って外の景色も楽しんだ3人はやがてお台場海浜公園に到着した。
そして3人はお台場海浜公園に隣接する施設「アクアハウス」で持参した水着に着替える。
玲はブラ部分が赤、パンツ部分が白のホルスターネックタイプのビキニで留美はピンクのフリル水着、
園子はブラウンのワンピース水着だった。
3人は浅瀬にてビーチバレーを楽しむ。
その一幕。
「それーっ!」「キャッ!」
留美の激しいアタックに玲は尻もちをつく。
「うわあ、強烈なの貰っちゃったねぇ…」
それを見た園子が口に手を当ててほほ笑む。

「もーう、ルミったら!」「うるさーい、そんな大きい物持っててビキニ来てる奴なんかこうだー!」
軽く抗議する玲の胸を留美がペチペチと叩く。
楽しそうではあるが嫉妬交じりでもあった。
「いや、そんなこと言ったらソノコの方が…」
「ソノコはワンピース水着だけどあんたはビキニだからねー、このこのーっ!」
二人の様子はまるで口では喧嘩をしているが両者とも笑顔である。
そんな時玲達に迫る怪しい影が。

「俺達も仲間に入れてくれよぉ~!」
「!?」
男の大声が聞こえてきて玲がそれに振り返るとそこには獅子雄とその手下である雷音禁愚のメンバー達数名がニヤついた表情で佇んでいた。
「何ですか、いきなり…」
玲の言葉を余所に獅子雄は下卑た表情で続けて言う。
「まずこの後さあ、俺達が場所取っといてあげたんだけど…焼いてかない?アイスティーも奢るからさぁ…」

見た目で人を判断するのは愚の骨頂。
それでも尚様々な人間を見て来た玲は目の前の男達が禄でもない人間である事を見抜く。
「結構です!」
玲はきっぱりと断る。
「彼氏いるから無理でーす」
「タイプじゃないから無理です…」
留美と園子もそれに続く。

「いいからいいから…ホラホラホラホラホラホラ…!」
「ちょっと、やめて…!大声出すよ…!」

獅子雄達はしつこく玲達に絡みだすが、その時…

「沖藍!沖藍じゃないか!」「氷藤!?」
そこの氷藤が現れた。
「沖…藍…!?」
獅子雄を始めとする雷音禁愚のメンバーはそれにピクッと反応する。

「さっきからこいつ等が…」
言いかける玲を氷藤が制す。
「ああ、こいつ等…雷音禁愚とボスの獅子雄の事は知っているし状況も大体わかる…」
そして氷藤は獅子雄達に向き直って言い放つ。
「おいおっさん!!ここに居られる方はなあ!汰威超組のカシラの姪にしてあの沖藍竜太の娘なんだぞ!!」
これを聞いた獅子雄は玲をまじまじと見て考え込む。
「(って事はこの小娘はあのクソ上官の姪でもあるって事かぁ!?)」
実は獅子雄の自衛隊時代の上官は玲の母、沖藍優子(ゆうこ)の兄である。
彼は獅子雄にとって嫌悪と同時に恐怖の対象でもあったのだ。
そして…
「まぁ本人達が嫌がってるんだからね、しょうがないね…(沖藍家とあのクソ上官の血縁に関わるのはリスクでしかない…ヤバいヤバい…)」
獅子雄は態度をコロっと変え手下を連れてそそくさと退散した。
ちなみに獅子雄は住んでいる場所も違い裏社会の住人でもない氷藤の事は知る筈もなく、彼の言葉を信じたのである。
「流石に沖藍の名前はバリューがあるな…」
呟く氷藤。
「さっきは有難う、氷藤」
「なに、借りを返しただけさ、まだ全然返し切れてないけどな」
玲の礼に応じる氷藤だったが、その時新たな異変が発生する。

「ミーンミーンミーン!!!」
「今年の夏はセミが元気だとしても、いくらなんでも元気過ぎない!?」
突如として周囲にセミの鳴き声が大音量で聞こえ始め、玲は違和感を覚える。
「今年の夏は暑いけど、いくらなんでも暑すぎじゃない!?いや、熱いのは気温じゃなくて海の水みたい…!」
同時に海水の温度が急上昇し、留美がそれに気づく。
「ムウウウウウン!!!!!!ムウウウウウン!!!!!!」
「何か沖の方から声がするんだけど…」
遠洋から聞こえる不気味な唸り声に怖気づく園子。
「セミがこっち来たぞ…デカ過ぎるだろ…っていうか、ロボットじゃねーか!!!」
姿を現したセミがロボットである事に気付いた氷藤がかつてのトラウマを思い出して絶叫する。

「あぢぃ~!!!!」
「うるせぇぇぇぇえええええええ!!!!」
「怖ぇ~!!!!」
海水浴場は大パニックとなった。

「(これは…デルタの仕業に違いない!)」
玲は場がパニックムードに包まれる中ロックコマンダーを腕に巻き付けパーカーでそれを隠しながら
基地にいるシェリーに通信を入れる。

「博士、デルタが仕掛けて来ました!!」
「ええ、分かってるわ、こっちもお台場への転送反応を多数確認。今からツルギ君を送るわね」

桜井家。
「何!すぐ向かうぞ!」
シェリーからの通信を聞いた剣はロックスーツを起動し転送でお台場海浜公園に向かった。
「僕も黙ってられない!」
劾は現場の様子を確認する為、そして現時点ではデルタのロボットに対抗する手段が無い為転送で基地へ移動した。

光と共に現れる剣。
見るとセミ型ロボット…正確にはメカニロイド(デルタ配下のロボットの内、自我のないもの)の「シケイダー」達は
人々に直接襲い掛かる訳でもなくただ騒音を撒き散らしながら纏わりつくように飛んでいるだけである。
これを見た剣は…
「皆さん!じっとしていて下さい!!
そう言って次々とシケイダーを素手で叩き落していく。
ロックブレードを使いこなす為ロックスーツ起動時には剣の腕力も上がっているのだ。
すると…

「「「「ミーンミーンミーン!!!!」」」」

全てのシケイダーが剣に狙いを定め、一斉に襲い掛かる。
しかも一般人に対する挙動とは違い体当たりも繰り出してくるのだ。

「皆さーん!!!ロボットがロックマンに気を取られている間に逃げてくださーい!!!」
その時玲が力の限り叫んだ。
「あれがロックマンか!本当にいたんだ!!」
「生ロックマンだ!」
「俺見た事あるぞ!」
この場に現れたロックマンに注目する人々だったがシケイダーが自分達の傍を離れた事で
玲の声も届くようになり一斉に避難を始める。

「よし!」
ズババババババババババババババ!!!!!!!
これを見届けた剣はロックブレードを振り回し一気にシケイダーを殲滅した。
「後は海を熱くしている奴だな…博士、ロックスーツの防水性能はどうなっている!?」
剣からの通信にシェリーは応える。
「防水性能は完璧よ。勿論特殊武器チップもね。それから水中では地上と同じ感覚で歩く事が出来る他に
浮力の影響でジャンプ力がアップするわ」
「そうか…行くぞ!」
海に入っていく剣。
お台場海浜公園の海水浴場は遊泳禁止だが今はそんな事言ってられない。
地上と変わらぬ速度でダッシュで駆けていく剣はやがて海中に佇む一体の大型メカニロイドを目にする。
メカニロイドはクラゲ型で大きさはギガプライアー程、頭にはアンテナがあり、ゴーグルのような目とタコのような口、
ソーラーパネルの付いた8本の触手を持ち全身をゼリー状の物質で覆われている。

名前はアクアムーン。

「ムウウウウン!!」
アクアムーンから放たれるのは先程から聞こえた遠洋からの唸り声と同じ声。
即ちアクアムーンこそが声の主だったのだ。

「ムウウウウウン!ムウウウウウン!」
唸り声を上げながら剣の周りを周回するアクアムーン。
「…そこだ!」
ズバッ!

タイミングを見計らい剣はアクアムーンにチャージブレードの斬撃を見舞う。
「ムウウウウウ!!!!!」
アクアムーンが声を上げると同時に何らかの変化が生じた。
「熱っ!?」
追撃を加えようとした剣は思わず距離を取る。
見るとアクアムーンは自身の周囲を半径数mの光で覆っている。
実は先程もアクアムーンは自身の周囲に光を纏っていたのだがその範囲は先程より比べ物にならないぐらい広い代わりに
威力は比べ物にならないほど弱く人間にダメージを与える事は出来てもロックスーツを起動した剣には全くダメージを与えられないでいたのだ。

「(近づくなら一瞬だな…)」
この状態を見た剣はアクアムーンとの長時間の接近戦は危険と見なす。

一方海水浴場では避難が進む中、玲は遥か彼方の海面から濛々と湧き上がる白い湯気を見据えて剣の身を案じる。
「神崎…」

その時だった。

「「「た、たたた助けてくれぇ~!」」」
玲が声の方に向くと全身真っ黒でアフロヘア―、そして全裸の男数名が必死の形相で別方向から逃げて来たのだ。
「こ、今度は何!?というかアンタ達さっきのチンピラじゃない!!」
絶句する玲。そう、姿こそ変わってしまったが顔や背格好からして彼等は雷音禁愚のメンバーだった。
この中に獅子雄はいなかった。
そして彼等は恐怖と共にいきさつを話し出す。

シケイダーが現れ、海水の温度がアクアムーンの影響を受け始める少し前。
雷音禁愚は玲の姿が見えなくなる位置まで来た後、懲りずに別の女性をナンパしていた。
「ねえねえそこの姉ちゃん、俺達と遊んでく?遊んでかない?」
「一緒に焼いてかない?」
「や、やめて下さい…!」
獅子雄を筆頭に彼等は嫌がる女性を余所にしつこく絡んでいる。

それを影から見ている一人の人物。翔である。

「(見つけたぞ獅子雄争太!今から兄貴達に連絡を…
だけどそれまでの間にあの人が危ない!どうする…!?)」
お台場海浜公園にて赤灯会の構成員は散開して行動していた。
故に他の構成員達に連絡している間、そして彼等が到着するまでの間は
雷音禁愚が目の前の女性に手を掛ける時間に比べればあまりに長すぎる。
そして翔は本能で気付いていた。
自分では獅子雄に到底敵わないと。

「(本来の目的を思い出せ!俺一人で何が出来る!!でも目の前の堅気を見殺しにするのが人の道か!?
勝てないからって諦めるのが本当に正しい行動か!?
どこかで聞いた事があるが、相手の強さによって出したり引っ込めたりするのは本当の勇気ではない、と…!)」
逡巡する翔。
しかし考えに考え抜いた末、目の前の凶行を止めようと決意する。
身をかがめていた翔は立ち上がり、雷音禁愚の元に向かう。

「やめろおおおおおおおおおお!!!!!!!!嫌がっているだろうがあああああああ!!!!!」
声のした方に振り向く雷音禁愚。

「ファッ!?」
そこに居たのはサンシャイン・レディバイドだった。
「テ、テメエは鉄(くろがね)弟ぉ!!何だそのテントウムシみてぇなプロテクターは、イメチェンか!?」
レディバイドは獅子雄の言うようにテントウムシを模した外見をしている。
ただ、テントウムシが二足歩行したような外見でなく人型をベースにしたボディの各部に
テントウムシ型のパーツが付いているといった外観である。

獅子雄の言う鉄弟とは、汰威超組幹部、鉄花太(かぶと)の事である。
彼は実兄の鉄斬(ざん)と共に汰威超組に在籍している為、人は鉄兄弟を区別する時は
鉄兄・鉄弟、と呼ぶか下の名前で呼んでいる。
そして鉄弟はかつて獅子雄と死闘を演じた挙句左目の視力を奪った男であり
獅子雄にとって忌まわしき相手だったがすぐに眼前に佇む存在が鉄弟ではない事を見抜く。
「(いや、体の造りがよく見たら人間じゃねぇし声も違う…)
…鉄弟じゃねぇな、それにその姿…新宿と檜町公園に現れたロボットの仲間かぁ!?」
「その通りいいいいい!!!!オレはサンシャイン・レディバイド!!!!
嫌がる女性を力でねじ伏せるような悪行は、お天道様が許さねえええええええええ!!!!!!」
大声で名乗るレディバイドに対し、獅子雄とその手下は耳を塞ぐ。ちなみにこの時女性は隙を突いて逃げた。
「(こいつ、新宿と檜町公園に現れたロボットより大分小せえし、もしかしたら行けるんじゃ!?)うるせぇぇぇぇえええええええ!!!!!俺の邪魔する奴は誰だろうと許さねえ!!」
ガッ!!
獅子雄はレディバイドのボディの内、防御力が低そうな腹部に渾身の正拳突きを喰らわせる。

しかしレディバイドは微動だにしなかった。
「痛ぇええええええ!!!!!この空手部出身の俺の正拳突きが通じねぇなんてええええ!!!」
逆に獅子雄の拳がダメージを受ける程である。

「外道の拳が通じるかああああああ!!!!今度はこっちから行くぞおおおおおおお!!!!
サンブラスター!!!!!」
次の瞬間レディバイドのテントウムシの斑点に当たるレンズが発光する。
「…危ねぇ!!」
グイッ!
「えっ!?」
獅子雄は近くにいた手下を掴んでレディバイドの前に差し出した。
その直後レディバイドのレンズから黄色い熱線が放たれ獅子雄の手下を襲う。
「ギャアアアアアアアア!!!!!!」
たちまち彼の前身は真っ黒こげになり髪はアフロヘア―になり、着ていた物は全焼し地面を転げ回る。
「ギャアアアアアアア逃げろおおおおおおお!!!!!!!」
雷音禁愚のメンバーは散り散りになって逃げ回る。
皆が皆仲間を犠牲にしても自分だけは助かろうと必死である。
ヤクザと異なり半グレの絆は実に脆いのだ。
「(これは…マズい事になったぞ!!標的に先に死なれるのはマズい!!)」
一部始終を見ていた翔は当初の目的を思い出し、またも逡巡する。
というのも火纏は依頼を受けた以上標的は自分達の手で狩るのを信条にしており
標的が第三者の手で殺されるのは拙いのである。
これまでも火纏は標的が第三者に襲われる場面があれば様々な手段で交渉して標的の身柄を預かってきた。
「獅子雄に勝てねぇ俺があのロボットに勝てる訳がねぇ!!ここは兄貴達に連絡した後、
最悪刺し違えても獅子雄が殺されるのを食い止めるか!?
いや、俺じゃ時間稼ぎにもならねぇし、俺が死ぬのは兄貴達も許さねぇだろう、
考えろ!考えるんだ!!)」
翔が思考を張り巡らせる中、逃げ惑う雷音禁愚のメンバーの一部が玲達の元に辿り着き現在に至る。

「博士、別の所にもロボットが!…もしかしなくてもデルタナンバーズかも!!」
玲はシェリーに通信を入れる。

「恐らく…こっちが本命ね!何てこと…」
ショックを隠せないシェリー。

モニターで一連の状況を見ていた劾も胸が詰まる想いである。
彼は複数のモニターの内、剣と交戦するアクアムーンの映像を見て同機がただならぬ相手である事を理解する。
「(ロックマンが二人いれば…)」
このように考える劾に1つの考えが閃く。
「博士!新型のロックスーツは出来てますか!?」
「防御型は完成しているけど、もしかしてガイ君が…!?」
「そうです、僕のスマホをロックスーツが起動できるように改造して下さい!」
勇気を振り絞った劾は思い切って自身が出撃する事を提案。
戸惑うシェリーに防御型ロックスーツの防御力を聞いていた劾はその
防御力を頼りにする事を説明する。
やがてシェリーは折れて劾の提案を承諾した。
「改造ならアプリをダウンロードするだけだから一瞬よ。
武器は光学系武器の『ロックバスター』。
バスターにはチャージ機能もある他、敵の攻撃を防ぐ『シールドショット』を出せるわ。
最後に、防御型ロックスーツの防御力はかなりのものだけど、決して無茶しないでね…」
「分かりました!」
そして劾はアプリをダウンロードし、防御型ロックスーツを起動し始める。
今回アプリはアップロードが成されており、起動画面は従来9つの点が表示されていたが
今回からはスマホを横画面にした状態で縦3列、横5列の15個の点に変わっていた。
ただ追加された右端の列と左端の点は元々の点とは異なる色で表示されている。
劾はそれらの点の内、もとから存在していた点を上段左、中段真ん中、下段右、続いて
上段右、中段真ん中、下段左の順で指でなぞり「X」の文字を描く。
次の瞬間「パラァン!」という効果音が鳴りそれと共に劾の全身がワイヤーフレームのような光に包まれ
激しく発光した後その光は劾の体の前方から消えていき防御型ロックスーツを纏った劾が姿を現した。
防御型ロックスーツは青を基調とした色調で所々に赤いクリアパーツがある。

「沖藍、レディバイドとかいうレプリロイドの所には僕が向かうよ!
さっきロックスーツを起動できるようになったんだ!!」
「桜井、声震えてるけど大丈夫!?」
劾は玲に通信を入れるも玲は劾の口調を踏まえ、心配そうに尋ねる。
「(大いなる力には大いなる責任が伴う…その責任から逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ…!)
大丈夫だ、問題ない!!」
覚悟を決め、出撃する劾。
この瞬間の劾の声を聞いた玲は取り敢えず一安心する。

その頃翔は…
「(ええい、ここで考えていても何も始まらねぇ!動け!動くんだ!)」
意を決して力強く足を踏み出す翔。

「そこまでだ!!」
「何だああああああ!!?」
声がする方にレディバイドが振り向いた。
「テメエは…ロックマン!!いや、姿もガタイも顔も声も違うなああ!!誰だテメエ!!?」
「僕も、ロックマンだ…!今までのロックマンとは別人だけどね!」
「アイツじゃねぇって事かよおおお!!!!だけどなああ!!オレ達の邪魔をするならテメエも同罪よおおおおお!!!!!」

レディバイドと劾のやり取りを余所に翔は火纏に連絡する。
それに火纏は応じる。
「ロックマンの…仲間か…じゃあ…ロボットの方は…彼に任せろ…お前は…お前の務めを…果たせ…」
「へい、分かりやした!」

そして劾はこの場の人々に向けて叫ぶ。
「皆さん、ここは僕が何とかしますから、その間に逃げて下さい!!」
「武運を祈ってますぜ、もう1人のロックマンの兄貴…!逃げろ~っ!!」
翔は劾を信じて逃げる振りをして獅子雄を追い始める…

「…それでお前の任務は、目的は何なんだ!?」
周囲に人がいなくなった後、劾はレディバイドに問いかける。
「人間は下品!!!下劣!!!淫乱!!!不浄!!!!!
こんな汚い生き物が地球を支配していい訳がねぇだろうがああああああ!!!!!!
先程も嫌がる女に無理矢理迫る男がいやがったからああああ!!!!!
お望み通り焼いてやったぜええええええええええええ!!!!!!!!!!」
レディバイドの声を聞いた劾は心底心外に感じた。
自身にもスケベ心がある事は否定しないが自分がスケベな事しか考えていないか、
そして嫌がる女性に好き勝手したいかと聞かれたら声を大にして否定するだろう。
それどころか大抵の人間は法や道徳を遵守しそれが出来ず性欲を露わにし
他人に迷惑をかける輩は外道と見なされている。
「もしかして人間みんなそうだと考えているのか!?だとしたらとんだ誤解だ!
デルタから何を吹き込まれたか知らないけど人間はお前が言うほど下品で下らない存在じゃないぞ!」
「黙れえええ!!!デルタの命令は絶対なんだああああああああ!!!!!!
邪魔するってんなら力尽くで止めてみやがれえええええええええ!!!!!!!!!!」
戦意をマックスにして劾に臨むレディバイド。
「(ダメだ、話が通じない…)」
説得を諦めた劾は臨戦態勢に入る。

その頃海中では…
「喰らえ!」ズバシュ!!
「ムウウウン!!!!」
アクアムーンに何度か攻撃を当てる剣だったが、アクアムーンの本体を覆う物質が攻撃を阻み決定打にならない。
そしてアクアムーンはダメージを受ける度にスピードを増し、同時に自身を覆う光を
攻撃範囲を犠牲にする事で強めていく。
更に距離を取った時は剣目がけて光弾を放ってくるのだ。
「(こうなったら…アレの出番だな…)」
放たれる光弾をブレードで弾き返しつつ剣はある事を思いつく。
ロックスーツの新たな機能、「特殊武器」である。
これは倒したレプリロイドの武器データをチップに記録したもので
ロックスーツの腰の部分にあるスロットに挿入する事でそのレプリロイドの能力を使用することが出来るのだ。
剣はスロットにジュラファイグの特殊武器チップ「スパークスマッシュ」を差し込み攻撃を放つ。

すると斬撃は雷を帯びてここが水中である事も相まってより大きなダメージをアクアムーンに与えたのだ。
「ムウウウウウン!!!!!!」
アクアムーンは更に攻撃範囲を狭め、その分威力を増大させた。
最早自身が巨大な光球と化している。
その状態で超高速で周回するアクアムーン。
「(あれを喰らったら拙いな…だけど…こっちにはこれがある!!)
「来い…そこだ!チャージ・スパークスマッシュ!!!」
ズバァァァン!!!

「ムウウウウウウウウウウウゥゥゥン!!!!!!」

実にギリギリのタイミングで剣の技が炸裂した結果、アクアムーンのボディは両断され、海底へと沈んでいく。
「さて、戻るか…」
アクアムーンを撃破した剣は陸地へ戻り始める。

時は若干遡り劾とレディバイドは…

「サンブラスター!」
レディバイドのボディのレンズから放たれるのは黄色い熱線である。
熱線の射程は短くある程度の距離まで放たれた状態を維持しながらレディバイドはロックマンに迫る。
これを喰らった劾は距離を取りつつもロックコマンダーを操作して
専用武器「ロックバスター」を呼び出す。
すると劾の右腕にロックバスターが現れて右腕を挟み込む。
バスターの引き金を引くと上の銃口から小さな光弾が放たれる。
だがレディバイドの熱線で阻まれ中々ダメージを与えられない。
そしてそのままレディバイドは劾との距離を潰しにかかる。

「だったら、これだ!」
劾はバスター側部の黄色いダイヤル錠のパーツを時計回りに90度回して再度バスターの引き金を引く。
ヴゥン…
するとバスターの下の銃口から四角いエネルギーのバリア障壁が出現する。
バスターのショット攻撃と異なるもう1つの機能、シールドショットである。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
シールドショットを展開した劾はレディバイドに突っ込み、体と体、エネルギーとエネルギーのぶつかり合いにもつれ込む。
「うわっ!!」「だああああああああ!!!!!!」
バチッ!!
凄まじい衝撃と共に両者は反対方向に吹っ飛ぶ。

「やるじゃねぇかあああああああああああ!!!!!!!!!」
「次は…チャージショットだ!!」
立ち上がって咆哮するレディバイドに対し劾はバスターのダイヤルを元の位置に戻し、
今度は引き金を長押しする。
するとバスターのエネルギーが急速に上昇していく。
エネルギーが溜まり切ると劾は引き金の指を離した。

バシュッ!!

「ぬおっ!?」

バスターの銃口から巨大な光弾が放たれサンブラスターを展開して突っ込んでくるレディバイドを吹っ飛ばす。
「行ける、行けるぞ!!」
勝利を確信し始める劾。

「甘いな、さっきから見てるとテメエは動きが鈍い!!!
こっちにも遠距離攻撃があるからそれで確実に息の根止めてやるぜええええ!!!
サンショット!!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
そう言ってレディバイドはレンズから光弾の高速連射を放ち始める。
「負けるか!!」
劾はバスターショットの高速連射で応戦。
暫し両者の間に無数の光弾の応酬が展開されるが、徐々にレディバイドに苛立ちが見られ始める。
「チックショオオオオオオ!!!!!!全っ然!!!効きやしねええええええ!!!!!!」
サンショットは射程と連射に優れるが、威力では劣り今の劾には禄にダメージを与えられないのだ。
「えええい、フルパワー・サンブラスター!!!」
実はレディバイドにもチャージ攻撃があり、今それを放ったのだ。
それはこれまでの直径を上回る白い熱線でチャージショットもかき消すのだ。

「く、奴にもチャージ攻撃があったなんて…」
劾はシールドショットで応戦するもジリジリと追いやられ始める。
だがその時。
シューン…
レディバイドから放たれる熱線が途切れた。
「とんだ燃費の悪さだな、観念しろ、レディバイド!!」
「いいや!!問題ねぇえええええ!!!!」
反撃に転じようとした劾に対しレディバイドは声こそ五月蝿いものの平静を装う。
次の瞬間…
ウイイイイイン…
レディバイドのレンズの部分から機械の作動音がすると同時にボディとレンズの間にソーラーパネルが現れる。
一定時間経過後ソーラーパネルは再度逆方向にスライドしレンズが再び姿を現す。
「太陽がある限りなああああああ!!!!!オレのエネルギーが尽きる事はねぇんだよおおおおおおおおおおお!!!!!!」
充電を完了したレディバイド。
その充電時間はロックバスターのチャージの時間よりも短かった。
「(これじゃ埒が明かない…)」
劾は今の天候を呪った。一瞬本気で雨乞いのダンスを踊ろうかと思った。
しかし踊る事で雨を降らせる技なんて今の劾には無いしあったとしても隙を晒すだろう。
そう考えた劾はすぐに正気に戻った。

その時だった。
「今行くぞ、桜井!!」
アクアムーンを撃破した剣が駆けつけて来たのだ。

「ロォォォォォォックマアアアアアアアアアン!!!!オレは!!テメエに!!
用があったんだあああああああああ!!!!!!」
怨敵を目にしたレディバイドは怒り狂い剣を標的に定める。

それに応じる剣だったがある事に気付く。
「まずい、沖藍がまだ残っている…!!」
浜辺には劾と剣、レディバイドの他に一般人を避難させ終え観光客最後の一人となった玲が残っていたのだ。

そして劾とレディバイドは戦いの途中で両者とも移動したり互いを吹っ飛ばしたりした為
知らず知らずのうちに玲のいる場所に近付いていったのだ。

「フルパワー・サンブラスター!!!!」
再度フルパワーサンブラスターを展開し剣に突っ込むレディバイド。
その背後には玲が。

「これは…避ける訳には行かないな…正面から迎え撃つ!!」
フルパワーサンブラスターの威力は先程のアクアムーンの攻撃力のマックスを超える。
それに対し接近戦は危険極まりない。
防御力で劣る攻撃型ロックスーツでは尚更の事である。
「はぁっ!!」
ズバシュ!!
攻撃に耐えつつ剣はチャージブレードを叩き込む。
「何つう威力だ!!!だがなあ!!何時まで耐えられるかなああああああああああ!!??」
チャージブレードの威力に怯みつつ尚も剣を焼き尽くそうとするレディバイドだったが…
「もう一発!!!」
「ぐあっ!!」
何と剣は踏ん張りながら再度チャージブレードを見舞ったのだ。
「そんなあああ!!!有り得ねぇ!!有り得ねぇだろおおおおおおおお!!!!!!!」
信じ難い事態に対し絶叫するレディバイドだったが丁度その時サンブラスターのエネルギーが切れた。
「「今だ!チャージ(ショット)(ブレード)!!」」
「だあああああああああああ!!!!!!!!!!!
ズドォン!!!!
劾と剣のチャージ攻撃が同時に炸裂し、結果これまでのダメージも相まってレディバイドは訳も分からないまま機能停止した。

「最後はやけに呆気なかったな…」
思いの外呆気ない決着に剣が呟く。
「それを言うなら最初から変だったよ。戦っていて分かったんだけどレディバイドの攻撃は
アスファルトに壁に何でも壊す威力があったのに人に当たった時はその人は火傷こそしたけど
ピンピンしていたんだよ」
「奴の性格からして手加減したとは考えにくいしなぁ…」
違和感を感じつつも劾と剣はレディバイドの撃破をシェリーに報告。
「有難う、ガイ君、ツルギ君…」
シェリーは悲し気な様子ながらも劾と剣に感謝の気持ちを表す。

一方で玲は…
「玲!良かった…良かった…心配したんだからね!!」
安堵した留美は泣き顔で玲に抱き着く。
「そうだぜ!赤の他人より自分の心配しろよな!」
氷藤も最後まで現場に残った玲に対し心配故の叱責をする。
「玲…あんたもしかして…」
園子は玲をじっと見て問い詰めようとする。
(ドキッ!)
核心を突かれそうになって緊張が走った玲だったが…

「ロックマンの大ファン?」
それに続いた言葉は当たらずとも遠からず…だった。
「そ、そうなの!私ロックマンが初めて現れた時現場にいたしねー!!アハハハハ…」
安堵しつつぎこちなく返答する玲であった…

後に劾と剣はレディバイドのボディを伴って転送で基地に帰還した。
台の上でジュラファイグと同様の状態で寝かせられているレディバイドを見据え剣はシェリーに報告する。
「劾から聞いた話じゃ、レディバイドはデルタとジュラファイグ同様人間に激しい偏見を持っていたみたいだったぞ…」
「『木を見て森を見ず』状態になっているのね…私考えたの。デルタナンバーズを修理してみようって。
安心して、ボディは従来のものじゃなくて非戦闘用のものにするから…」
「博士!それは尋問の為ですか!?」
思わず尋ねる劾。
「勿論それもあるけど…『森』を見せてあげたいのもあるからね…」
微笑んで言うシェリー。
「確かに、互いに互いを知る事は大切だからな」
「彼等を敵のまま、終わらせたくないよ」
剣と劾は快く賛同する。

かくして後に「真夏の海の悪夢」と呼ばれるこの事件は収束した。
一方で獅子雄を追う翔達だったが…
獅子雄が路地裏に入り込んだ時だった。

「出て来いよ、さっきから尾行(つけ)てんの気付いてねぇとでも思ってんのか!?ああ!?」
路地裏に入った獅子雄が突然一見誰もいない空間に向けて言い放つ。
「バレちゃしょうがねぇか…」
「お前に恨みを持つ人間がいてねぇ…悪いが身柄を拘束させて貰うわ」
物陰から既に翔と合流していた赤灯会の構成員達がゾロゾロと現れた。

「テメェ等…赤灯会だな!!上等じゃねぇか、かかって来い!」
「オラアアアアア!!!」
ドドドドドドドドド!!!
一斉に獅子雄に襲い掛かる赤灯会構成員達だったが…
「カスが効かねぇんだよ!!」「ボゲェッ!!」「ブベッ!!」
ドガッ!!バキッ!!
次々と赤灯会を空手技で返り討ちにする獅子雄。
「ウオオオオ兄貴達!!!!よくも!!よくも!!!!!
女を弄び、それどころか兄貴達ボボボリヤダッデ…!!!
デベーボゴガンビバゴンバボンイバベェ…!!!!
ヒドアジバビビギョベービデヤブウウウウウウウ!!!!!!!!!!」
怒り狂った翔は滑舌が悪くなり殺気全開で獅子雄に挑む翔だったが…

「これもう何言ってるか分かんねぇなぁ…必死な所悪いがテメーじゃ俺は倒せねぇよ!!」
バギャッ!!
「ギャッ!!」
翔の猛攻を軽くいなし逆に殴り飛ばす獅子雄。
その実力差は文字通り大人と子供だった…

「チクショオ…チクショオ…」
地に倒れ伏し他の構成員達共々獅子雄に足蹴にされる翔。

その時だった。

「ハァ…ハァ…お前達…よくここまで踏ん張ってくれた…」
数台の車がこの場に到着し、その中の1台から火纏が降りて来た。
「「「「火纏の兄貴!!!!」」」」
火纏の登場に歓喜する翔と一般構成員達。

「お前等…怪我人の搬送を…頼む…余計な…被害は…出したく…ねぇからな…!」
「「「「ヘイ!!」」」」
火纏が乗っていない車から次々と赤灯会構成員達が降りてきて翔含む負傷した構成員を搬送し始める。
それだけでなく火纏が乗ってきた車の運転手もこの場を離れ結果獅子雄と火纏だけが残された。

「ハァ…ハァ…依頼者の…心の傷と…可愛い舎弟の…体の傷の事を考えると…心苦しい…
お前を八つ裂きにすれば苦しくなくなる…そうだ…そうに違いない…!」

「復讐極道のお出ましか…面白ぇ!!
だけどよ、噂に聞く通り苦しそうだなぁ…月並みな台詞だが…今楽にしてやるぜ!!」

挑みかかる火纏を迎え撃とうとする獅子雄だったが…

「ゲェッ!!なんだこの速さは…!!?」

「ハァ…!ハァ…!」
火纏は息を乱しながらも、足元はふらつきながらも、その動きは実に速かった。
獅子雄が空手技を喰らわせようとするも火纏は攻撃が来る方向に合わせて
回避する為まるで手応えが無い。

常に火纏が至近距離にいながら攻撃を全く当てられない獅子雄は焦燥感に包まれていく。
しばらくして…
「ほら…お前の…大好きな…アイスティーの香りだぞ…!」
ググーッ!!
火纏は獅子雄の背後に回り込み強烈な睡眠薬を嗅がせ昏睡状態にした。
「捕縛…完了…」
獅子雄を気絶させた火纏は舎弟にそれを報告し、やってきた車に四肢を拘束した獅子雄を放り込み
その後車は目的の場所へと向かっていった。

その場所は自分達の縄張りの新宿区の内、一部の好き者が集まるエリア、二丁目だった…
そこに位置するクラブの地下室の前に辿り着くと火纏は獅子雄を蹴りで叩き起こす。
「起きろ…」
「ゲェッ!!」

「いつまで…寝ている…?」
「テメエエ!!何しやがるんだ!これは犯罪だぞ!!」
気が付いた獅子雄はわめき散らす。

「暴れるな…手足が無くなるぞ…」「!!」
絶句する獅子雄。獅子雄を拘束しているのは鋼線だったのだ。

「さて…お前は…何人もの…罪なき女性を…食い物にしてきたが…被害者に…申し訳ないと思わないのか…!?」
火纏の信条の一つとして捕らえた外道には罪の意識を確認するというものがある。
これに対する獅子雄の返答は唾棄すべきものだった。

「ハ!!何言ってやがる!!俺は嘘偽りないありのままの自分を貫き通しただけさ!!
俺の餌食になった女共も本当は気持ち良さそうにしていたぜ!!
これの何が申し訳ないだよ、ああ!?」

「そうか…入りますぜ、熊害(くまがい)の旦那…」
火纏は一言言うと地下室の扉に向けて言い放つ。
「入って、どうぞ」
中から部屋の主の野太い声が響き渡る。

ガチャン!ゴン!
勢いの良い扉の開閉音がする中獅子雄の前には部屋の主が立ちはだかる。
部屋の主は五里石程の巨体で顔は強面で右目には傷があり口髭と顎髭を生やし、体は固太りで毛むくじゃらで
やたら露出が多くピッチリとした服を着ている。

彼の名は熊害熊吉(くまがいくまきち)。
表向きは運送会社「シシマル運送」の社長であり裏の顔は外道専門の人身売買を請け負っている。
今回の火纏の取引相手である。
獅子雄を見た熊害は笑みを浮かべて喜々として言う。
「これ程の上物がたったの114514円だなんて火纏の旦那も粋スギィ!!」
「そう…褒められると…恥ずかしくて…胸が…苦しい…」
談笑する熊害と火纏を余所に獅子雄は思わず問いかける。

「何、俺たったの114514円で売られちまうのか!?」
「まぁもっと高くてもいいと思ってたんだけどな…あとお前の手下は1人1919円で買ったぜ」

獅子雄の全身を舐めるように眺める熊害。
彼にもそっちの趣味があったのだ。

「自らが犯した罪が…どういうものか…身を以って思い知るがいい…」
冷酷に言い放つ火纏だったが…

「そうだいい事思いついた、獅子雄が俺に勝てたら自由にしてやるってのはどうだ?」
熊害が予想外の提案をする。
「…好きにして…下せえ…」
暫し考えた後火纏は笑みを浮かべ承諾した。

「お前の話は聞いてるからよ、どれだけ強いのか確かめたくってなぁコレ(鋼線)外していいか?」
「…どうぞ…」
更には熊害が獅子雄を拘束する鋼線を外す事を許可する火纏。

「バカな奴だぜ、自分からわざわざチャンスを与えるなんてなあ!!
火纏って奴には勝てねぇからまた逃げて行方を眩ませてやらあ!!」
ダッ!!
熊害に挑みかかる獅子雄だったが。
「ほらよっ!!」
バリッ!!!!
「ウギャアアアアアアアア!!!!!」
熊害の剛腕から繰り出される引っ掻き攻撃を受け、肉が深く抉れる獅子雄。
間髪入れず熊害は獅子雄にベアハッグを繰り出す。
ミシミシミシ…
「ガ…ハ…」
獅子雄の骨が悲鳴を上げる。
そんな中熊害は獅子雄に顔を近づけ耳元で囁く。
「ちょっとした自慢話だが、俺は昔沖藍竜太とまあまあの善戦をした事があってな…
この右目の傷もその時付けられたものでなあ、汰威超組組長と同じ言わば『直筆のサイン』って奴よ…」
「(沖藍竜太と戦って生き残ったとかこいつ人類か!?そんなの俺が勝てる訳ないだろ!!)」
獅子雄は絶望しながら気絶した。
「…堕ちたな…」
暫くすると今度は熊害が獅子雄を叩き起こす。
そして顔を近づけてニヤつきながら言う。
「約束は約束だ、お前はもう俺のものだ…」
「!!!!!!!!」
この瞬間、獅子雄は自分よりも大きくて強い存在から蹂躙される事への絶望を思い知ったが時既に遅し。

それ以降熊害は火纏と共に一般人ではまず思いつかない、そしてとても文に出来ないくらい酷さの
ありとあらゆる責め苦を獅子雄に与え続けた。

「こんな事して興奮するなんて…テメー等変態だぜ!!」
苦しみながらも最後の反抗心を火纏達にぶつける獅子雄だったが
それを熊害は笑い飛ばす。

「変態だあ?とんでもねぇ!仮に変態だとしてもよ、俺は変態という名の紳士だぜ!」

更に責め苦が続くと獅子雄の心も折れついに目に涙を浮かべ懇願する。

「もう…勘弁して…くらはい…いっそ…殺してくらはい…」

これに対し火纏と熊害は無慈悲に言い放つ。
「やれやれ…外道の…泣き言は…見苦しい…」
「お前が魅力的だからいけないんだよ!俺をエロい気分にさせたお前の魅力が…な!」
「ぬわああああああん!!!!!!」
そして獅子雄は…二度と女性を襲う事はなくなった…

火纏が依頼の完了を報告すると彼は心からの感謝を述べた。
今回の事で娘の精神状態も快方に向かいつつあると言う。

「復讐は無意味と…言う人も…いるだろう…だけど…
復讐でしか前に進めない人間がいるのも…また事実…」
一人呟く火纏。
丁度その時舎弟の一人が彼に一声。
「火纏の兄貴…次の依頼者様です…」

そして事務所の中へと案内された見るからに身も心もボロボロといった状態の依頼者が火纏の前に現れた。
火纏はいつものように苦しそうに依頼者に問いかける。

「それでは…要件を…どうぞ…」


第四話「傲慢」


7月24日。

その日、都内に激震が走った。

というのもひき逃げ、パワハラ、富裕層を対象とした明らかに違法なゲームの主催…等々黒い噂の絶えない悪徳都知事、

御間漂則(みまただのり)がパワハラの証拠を突き付けられた結果、

新たな都知事選が開催されたものの御間本人も出馬してさらには再選してしまったのだ。


これらの噂は概ね事実であり、御間は部下には到底出来ない量の仕事を押し付け当然期日に間に合わなかったら激怒する、

休憩時間以外には決してトイレに行かせず粗相をしようものなら嘲笑う、

家族が亡くなっても欠勤は認めないくせ自分はペットの死で欠勤する、

インフルエンザやコロナ等の感染症でも欠勤は認めず病気を移されたらその責任を移した部下に押し付ける、

四次会まである強制飲み会の開催、その際酒が飲めない部下にスピリタスを強要、

女性の部下にはセクハラし放題、少しでも自分に意見をすれば良くて解雇、

酷い場合はやってもいない失敗や犯罪をでっち上げる…

一般人に対してもどんな理由でも通行の妨げになった者を護衛に押しのけさせる、

明らかに障害がある容姿の者や性的マイノリティと分かる者、ホームレス等を目にすると

機嫌のいい時は嘲笑し、悪い時は護衛を使って視界から排除させる、

自分に対して敬意が無いと見なした者はおろか少しでも自分の機嫌を損ねた者に

ありとあらゆる嫌がらせをしてその人生を破壊していく…といった正に「暴君」と呼ぶべき存在だったのだ。

その傲慢さ、理不尽さは一人娘の春奈(はるな)にも受け継がれている。


千代田区にあるお嬢様学園「聖ヤコブ学院高校」、通称ヤコブ高に通う彼女は、家でも学校でも横暴の限りを尽くす。

歌が下手なのに自分では歌が上手いと思い込み広大なスペースを貸し切ってリサイタルを開催する、

不倫、借金、家庭崩壊、ブラック企業、いじめ、引きこもり、病気等々気分が暗くなるストーリーの「リアル人情劇」を

やはり広大なスペースを貸し切って開催する、

気が弱そう、もしくは自分の機嫌を損ねた女子生徒には取り巻きと共にいじめを行い、

これが報告されても上手くもみ消してもらいさらに被害生徒を追い詰める、

人の物を借りパクしておいて壊したり汚したりしても悪びれない、

とにかく自分にとって周囲の人間は自分を愉快にさせる義務があると信じて疑わず

逆に自分が気に入らない者は父親同様あらゆる手を使って潰す…等々絵に描いたような自己中である。

嘘ニュース事件の際、過度なポリコレ配慮に関する嘘ニュースに憤慨したのも彼女である。

御間邸は千代田区にあり、即ち彼女がこの嘘ニュースを目にしたのは噓ニュース発信範囲が千代田区にまで広まった後である事を付け加えておく。

 さて再選の報せを聞いた御間であるが…

「当然の結果だえ。全て朕(ちん)の実力によるものだえ」

勝ち誇って大笑いを響き渡らせるのであった…

これに対し世間は…

「嘘だ…!!」

「誰だよあのクサレオヤジに入れた奴!!」

「やはり無敵なのかよ、『上級国民』様って奴はよぉ…!!」

報道を目にした者は誰も彼も不満を訴える。

これは劾達も同様である。

「ブッ!!」

基地でニュースを見ていた劾が噴き出しかける。

「これ…ひょっとして嘘ニュースじゃない…?」

同じくこの報道を目にした玲も苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべては思わず希望的観測を口にしてしまう。

「何言ってるんだ、『嘘ニュース事件』はとっくに解決したじゃないか。

…この国の政治家には汚い奴等が多いからなぁ、いつものように不正でもしてんだろ」

剣も呆れたように言う。

「確かに…ジュラファイグも今は修理中だし彼とは無関係ね。それと…この御間知事の天下は長くは続かないわよ」

シェリーが笑みを浮かべつつ何か意味深な事を言う。

「「「どういう事(だ)(ですか)???」」」

問いかける3人に対しシェリーは不敵に応える。

「言葉の通りよ」

「………」

暫しの沈黙の後、3人は意味を理解した。

そう、シェリーは未来人なのである。

即ち、史実では近いうちに御間は失脚する事を意味しているのだ。

「あとはデルタが余計な事をしなければいいんだけど…」

不安気に呟く劾。

「そうそう、御間の腐れ外道なんかの為にデルタの手を汚して欲しくもないし」

玲がそれに続く。

「御間を脅迫して表向きの指導者に仕立て上げて裏から東京を掌握しようとするかもしれないしな…」

剣もデルタが動く事を懸念する。

「御間の娘がいるというヤコブ高の生徒にも塁が及ぶかもしれないね…」

玲が何故かヤコブ高の生徒達の身を案じる。

「え、何でヤコブ高の生徒なんかの心配をするの?」

思わず尋ねる劾。

何故ならヤコブ高の生徒は高慢な者が多く一般人を見下し家柄マウントや持ち物マウントを取る、

親の権力を濫用して邪魔者や気に入らない者を潰す、

男性関係にも金に物を言わせ相手が既婚だろうが彼女持ちだろうがお構いなし…等といった蛮行が多く見られる。

無論春奈とその取り巻きはその傾向が顕著であるがヤコブ高全生徒に当てはまる訳ではない。

飽くまで一部の酷い者が悪目立ちするだけなのである。

そして劾の問いに玲は困り顔で応える。

「知り合いにヤコブ高の娘がいるの。少し変わった所もあるけど嫌な人じゃなくてね…

だからデルタ、もしくはデルタナンバーズがヤコブ高の生徒を一緒くたにして

その娘まで巻き込まれたら…」

「ああ、少し前に言ってた、組関係の娘の事…だろ。それと…何かごめん。

デルタ達は一部の困った人間がまるで人間全体みたいな偏見の目で見ているけど

たった今僕も同じような事を言っちゃってさ…」

ばつが悪そうな劾。

「私も飽くまで『その娘が』巻き込まれたら、という意味で言っちゃったから…

無意識に他全員を差別しちゃったかも…」

これを聞いて玲もばつが悪そうにする。

「縁起でもない話も、暗い話もこの辺にしとこうぜ」

機転を利かせ剣が話題を変えようとし、続いて声のボリュームを落として言う。

「次の話題は『明日何買うか』とかどうだ?…」

「いや、本人ここにいるしそれは…」

「そうそう、この話はまた後で…」

劾と玲はそれに小声で応じる。

「あら、何を話しているの?」

シェリーが3人に尋ねる。

「「「いや、何でもない(です)!」」」「?」

3人はぎこちなく誤魔化しそれを見たシェリーは小首を傾げるのであった…

そして劾と玲の懸念は杞憂ではなかった。

同日、デルタのアジト内。

「どうだい、これが金銭や権力を手にした人間の姿だよ」

モニターを介してデルタがデルタナンバーズの1体の大きな翅を持つ虫型レプリロイドに言う。

これまでそのモニターには金持ちや権力者、その関係者による蛮行が次から次へと映し出され

最後には『時事ネタ』とも言える御間父娘並びにヤコブ高生徒達の愚行の数々も流された。

これに対し「彼女」は静かに憤慨する。

「生活の為、そして人の為に使われるべきお金や権力を過剰に手にした人間は何て醜いこと…

特にこの御間という方の傲慢さ、理不尽さは目に余るものがありますわね」

そしてデルタは虫型レプリロイドに指示を出し始める。

「そうだろう、粛清すべきだろう!?

そこで君に任務を与えよう。

明日この御間という人間、そして彼が住む千代田区一番町の人間に然るべき罰を与えたまえ。

それから…娘の御間春奈、及び彼女が通う聖ヤコブ女学院高校の生徒達にも同様の罰を与えたまえ。

分かったかい?」

「ええ、分かりましたわ」

虫型レプリロイドは不敵にほほ笑む。

翌7月25日、新宿区某所。

剣は劾と玲に指定した待ち合わせ場所に向かっている。

しかしその時、横から大勢の男の怒号と走る足音が聞こえて来た。

「待てコラァ!!」「逃がすかぁ!!」「ハァ…ハァ…」

見ると服がボロボロで顔や身体にも暴行を受けた痕がある男性が青緑のスーツに身を包みオレンジ色のサングラスをかけた大勢の屈強な男達に追い回されているという只ならぬ光景が繰り広げられている。

「やれやれ、厄介ごとに出くわし易い体質なのか俺は?」

そう呟くと剣は劾と玲に「悪い、トラブっちまった。お前等だけで先に始めててくれ」というメッセージを送ると追走劇の展開される路地裏へと向かう。

路地裏にて…

「追い詰めたぞ!」「お前には消えて貰おうか…」

青緑スーツの集団がボロボロの男性へとにじり寄る。

対するボロボロの男性は彼等に向かって声を絞り出し始める。

「あの…私はもう…死ぬ思いで…死に死に死ぬ思いで…アレだ…」

「ハァ?何言ってんだテメー?」

青緑スーツの男達は耳に手を当てて問い、ボロボロの男性は続けて言う。

「今回の御間の再選…あれは明らかに不正によるものだ…

こんな茶番が罷り通るなら誰がねぇ!誰に投票しても同じ!同じじゃないか!!

この問題をぉ!解決したいが為に!私は…文字通り…命がけで!訴えて!!

この現状を…この現状を変えたい!!あんたらには分からないだろうがなあ!!」

男性は声を張り上げ思いの丈を伝える。

「ああ分からんよ。我々は現状なんぞ変えたくないからな。この世界から見れば…旦那様から見れば

貴様の存在など極々小さなもの…死ね!!」

ブンッ!

青緑スーツの男の一人がナイフでボロボロの男性をナイフで突き刺そうとした刹那。

ガシッ!

現場に到着した剣が男の腕を止めた。

「なんだあっ!?」

男が反応しかけた時…

ズダンッ!!

剣はそのまま男に一本背負いを繰り出し勢いよく転倒させた。

その男の転倒をすぐそばにいた他の青緑スーツの男達が避けた為、瞬間的に隙間が出来た。

「今だ!」グイッ!タタタタタッ…

剣はボロボロの男性の手を引き、駆け出す。

ヒョイ!

男性の足取りが覚束ない為、剣は彼を背負う。

にも拘わらず剣の走る速さは全く衰えない。

「チッ、見られたか…まぁいい、さっきのガキも消すぞ!!」「「「おお!!!」」」

ドドドドドドドドド…

青緑スーツの集団は剣達を追い始める。

「ハァ…ハァ…まずは…礼を言っておこう…私は…記者で…今回の都知事選の不正も含む…

御間に関するいくつものネタを掴んだのだが…奴等に…御間グループ護衛チームに目を付けられて…しまってね…」

ボロボロの男性、もとい記者は走る剣の背後から声を掛ける。

「ああ、一部始終は聞いていた。安全な場所に行くぞ!

(奴等は大人数で武装もしていてしかも鍛えられている…ここはロックコマンダーの転送機能を使うか…)」

剣は人間相手でロックスーツを起動する事を良しとせず、物陰に隠れて自身と記者を転送する事を考え始める。

ちなみに現在行ける場所は基地の会議室、並びに同じくロックコマンダーを持っている劾と玲の近くである。

そんな時だった。

背後から聞こえてくる足音の数が徐々に減り始めてきたのだ。

「な、何でこの男がここに…!」「うっ…!」

同時に御間グループ護衛チームの男の何かに驚く声や断末魔のような途中で消える声も聞こえ始める。

「遅いですねぇ、欠伸が出ますよ」

更にはこれまで現場にいなかった男の声も聞こえ始める。

そして御間グループ護衛チームの足音が完全に途絶えた時だった。

「終わりましたよ」

背後から聞こえて来た御間グループ護衛チームの誰とも違う男の声に剣が振り向く。

そこには気絶して泡を噴いている御間グループ護衛チームの一人の首根っこを掴んでいる一人の男が佇んでいた。

男は背こそ劾より高いものの細身、細面で刃のような目つき、長く伸ばした両サイドの前髪、

左右に跳ね上がった後ろ髪、燕尾服のような服が特徴である。


「アンタは確か…」「汰威超組幹部…鉄斬さん…ですよね?」

「いかにも」

剣と記者の問いかけに男、もとい鉄斬は肯定する。

汰威超組とは渋谷区に拠点を置き赤灯会に辛勝した他、大阪から侵攻してきたヤクザ「三界組(みかいぐみ)」、

横浜から侵攻してきたヤクザ「楼州一家(ろうすいっか)」を返り討ちにした超武闘派ヤクザであり、

幹部は揃いも揃って狂人ばかりと言われている。

この鉄斬はその中でも上位の実力者でありスピードと諜報能力に優れ、普段はブーメランを愛用するが

今回は訳あって所持していないようである。

ちなみに弟の花太も汰威超組に在籍している為舎弟からは「斬の兄貴」、花太からは「兄さん」、

それ以外からは基本的に「鉄兄」と呼ばれている。

そして彼の通った後には剣達を追ってきた御間グループ護衛チームのメンバー達が全員泡を噴いて伸びていた。

「さて…私も一部始終を見ていました。記者さん…貴方、御間のネタをどなたに託しますか?

上司ですか?警察ですか?」

鉄兄は記者に問う。

記者はうつむき吐き捨てるように答える。

「正直…どちらも当てになりません…!」

「でしたら…我々に託してみませんか?先程私が彼等(御間グループ護衛チーム)を無力化したのは…

つまりそういう事なんですよ。

本来は彼等の『服』に用があったのですがここで貴方の持つネタを提供して頂けるとこちらとしても大助かりなんですが…」

「……」

記者は暫し考え込むが、すぐに意を決して首を縦に振った。

「汰威超組の方は任侠道を極めていると聞いています。

加えて今貴方が御間グループ護衛チームを制圧したという揺るぎない事実…

これらを踏まえ御間の悪事を明るみに出すには貴方方に賭けるのが今この場で出来る

唯一にして最善の手でしょう」

「貴方も世の中の為に命を賭したその行為…これこそ任侠でしょう。

そして少年…そんな彼を助けた貴方の行為もまた任侠道と言えますねぇ」

鉄兄は記者に、続いて剣に言う。

「困っている人がいたら助けるだけだ」

「同じく!」

剣と記者がそれぞれ応じた瞬間…

ドドドドドドド…

遠くから大勢の足音が聞こえてくる。

程なくして足音の主達は剣達の前に姿を現した。

彼等は汰威超組一般構成員だった。

「ハァ…ハァ…斬の兄貴…相変わらず…足がお速いですね…」

「しかも愛用のブーメランも無しで全員を倒しちまうなんて流石ですぜ!」

「服に傷をつけたり血で汚す訳にはいかないので今回は睡眠薬だけに頼りましたが…

てんで手応えがありませんでしたよ」

舎弟達の言葉に冷笑を浮かべ応じる鉄兄。

「ところでこちらの御仁達は?」

「彼は記者で御間のネタを握っているそうです。そして彼はそれで御間グループ護衛チームに追われていた

記者さんを助けたんですよ」

舎弟に問いかけられた鉄兄は記者並びに剣を紹介する。

「坊主も記者の旦那も大した根性だなぁ…ロックマンみてぇなスーパーヒーローは勿論凄ぇが

本当のヒーローってぇのはこういう漢の事を言うんだろうな…」

「(………)」

汰威超組構成員の言葉に対し剣は複雑な気分になる。

「さて記者さん、貴方とはこれからビジネスの話がありますのでご同行願えますか?

…その前に傷の手当が必要ですね」

「縁もゆかりもない私如きにそこまでして頂いて本当に有難うございます」

続いて鉄兄は記者に手を組む話を持ち掛け記者はこれを承認。

「人を助けるのに繫がりの有無や共に過ごした時間の長さなど大した問題になりませんよ、

そして勇敢な堅気の少年…」

次に鉄兄は剣に向き直り別れの挨拶をする。

「貴方の勇気と行動は堅気にしておくには勿体ないほどの価値があるものです…縁あったらまたどこかで会いましょう」

「ああ…」

剣が応じるや否や鉄兄は記者に肩を貸し、汰威超組一般構成員達は御間グループ護衛チームのメンバー達を抱えて各々が何台もの車に分かれて乗車していき、この場を後にする。

「それじゃ俺も合流…」

剣が劾達に合流しようとした時だった。

ヴー!ヴ―!ヴ―!

剣のロックコマンダーがけたたましく鳴ったのだ。

「今度は何だ!?」

時は剣が御間グループ護衛チームに襲われる記者を目撃した直後に遡る。

「博士へのプレゼント、何にしようかな…」

劾が呟く。

劾と玲、そして本来なら剣はこの日新宿のショッピングモールでシェリーにプレゼントを買う約束をしていたのだ。

それも本人には内緒に、である。

彼等はシェリーと出会った記念、そしてデルタのことで気を病んでいる彼女を元気づける為に今回の買い物を企画したのだ。

「取り敢えず家電とかはナシだよ、今の時代は博士の時代から見れば100年も昔だから性能面を考えると厳しいかもね…」

「…となると服飾系かなぁ?服でも時代遅れ、と考えるとマズいし、でも昔のファッションが見直される事もあるし…」

剣が記者の元に向かい、二人でショッピングをする事になった劾と玲はプレゼントの内容についてあれこれ話し合う。

そんな彼等の後ろ姿を、その場に居合わせた翔が見ていた。

ちなみに獅子雄との戦闘で負った怪我は普段通りに動き回れるほど回復したが、顔や身体の数ヶ所に手当の跡がある。

「(カップル、か…俺も普通の人生歩んでりゃいずれはこうなるんだろうな…

しかし俺はお日様の下を歩けねぇ裏世界の人間、

この道を歩むとなりゃ汰威超の親分みてぇに上手くやれねぇ限り女になんか構ってられねぇ…

この前の獅子雄との戦いでも分かったが今の俺はテメエの身も満足に守れやしねぇ…

そんな俺が女一人幸せにできるかよ…)」

どこか切なげに物思いにふける翔。彼はそのまま一言呟く。

「俺に触れた女は、火傷しちまうのさ…なんてな…」

そして翔は劾達とは逆方向に歩いていくが、その道中にて不穏な事態を目にする。

「やれやれ、トラブルさんからお呼びがかかっちまったぜ…」

呆れと怒りを交えて現場に向かう翔。

彼の進行方向の横の裏路地にて、数人の半グレが一人の人間に絡んでいたのだ。

絡まれている人物の特徴は野球帽を被り後ろ髪が帽子にしまわれている為髪型は一見ショートカットに見え、

目には度の強い「グルグル眼鏡」をかけ上は「月に代わってお仕置きよ」とプリントされた文字Tシャツ、

下は丈の短いジャージで足元は安物のスニーカーにスニーカーソックスといった格好であり

色白で体型は細身、背丈は翔よりやや長身で年齢は恐らく未成年、そして大きくはないものの

胸の膨らみがある事から性別は女性…といったものである。

色気も何もないファッションであるが体型や顔立ちからしてそれなりの美貌である事は想像がつき、

それを半グレ達は見逃さなかったのかもしれない。

「グヘヘヘヘヘ…あっさりOK出すなんて姉ちゃんも物好きだなぁ…」

「たぁ~っぷり可愛がってやるからよぉ…」

ニヤつきながら息を荒げる半グレ達。

「手短にお願いします」

少女は彼等に冷静に応対し、懐から何かを取り出そうとする。

その時だった。

「待てやコラ…」

半グレと少女の前に翔が現れた。

「そこの腐れ外道共、見ていたぜ…お前等、その姉さんに乱暴する気だな!?」

問いかける翔を見た半グレ達は当然の如く彼に舐めてかかる。

「あぁ~ん、その女は嫌がってねぇんだよ、それと俺達は病気でなぁ…常に発散してねぇとおかしくなっちまうのさ!」

「じゃあ病院行けや。俺が呼んでやろうか?」

怒り顔でドスを効かせた声で半グレを威圧しようとする翔だったが…

「ケッ、ヒーロー気取りがよぉ…もういい、テメー等まとめて俺達の自慢のキャノン砲で…」

半グレ達は何か意味深な言葉を吐きながら自分達のベルトに手を掛ける。

その時、翔の目の色が変わり殺気が一気に爆発した。

「バンボガンボバビガイバボーバ!!!逝ゲーッ!!!ビンバイボブブボドボーッ!!!!」

ドガガガガガガガガガガ!!!!!!!!

「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ン、いだいよぉ~っ!!」

「鼻血出たぁ~!!」

半グレ達は泣き乱しながら尻尾を巻いて逃げていく。

「助けて頂いて有難うございます」「礼には及ばねぇ…」

お礼を言う少女に翔は顔を赤らめながら返事をする。やはり滑舌が悪くなってしまった事を恥じていたのだ。

しかしその時。

ドドドドドドドド…

大人数の足音を伴い翔と少女の眼前に先程とは別の半グレと思しき男達が現れた。

彼等は皆先程の半グレ達よりガタイが良く人相も悪く放たれる圧も格段に上である。

加えて一様に激しく怒っているようである。

「テメーかあ!!随分舐めたマネしてくれてんじゃねーか!ああ!コラ!!」

「落とし前付けて貰うぜ、覚悟しろよ…!?」

男の一人が翔に怒声を響かせる。

「おいおいお仲間の登場か?」

翔は男達に怒りを交えて問う。

「まあ似たようなもんだ…ともあれテメーは絶対に許されねぇ事をしやがった…

ガキだろうが容赦しねぇぞ!!!」

男達は肯定した後再度翔に殺気を放つ。

「上等だ、受けて立つぜ!!」

ファイティングポーズを取る翔だったがその時思わぬ事態が起こる。

「私の事はいいから、早く逃げてください…」

何と少女が翔に自身を放っぽり出して逃げるように言ってきたのだ。

「(この人…自分の安全を全て諦めてよく知りもしない俺を助けるというのか…!?)

いや、それは出来ねぇ相談さ!!ここで逃げたら漢が廃るぅ!!」

少女の言葉で却って闘志が沸いた翔は男達に挑みかかる。

しかし現実は非情だった。

「オラァ!!」

ブオッ!!!ガッ!!

回し蹴りを繰り出そうとする翔の脚を男の一人がいとも容易く受け止め、直後お返しと言わんばかりに拳を放ってきたのだ。

咄嗟に手を入れる翔だったが激しく吹っ飛び腕に強烈な痺れを覚える。

その後も翔は男達に有効打は与えられず逆に手痛い反撃を貰う始末。

「(しくじっちまったぜ…!こいつら…獅子雄程じゃねぇが…1人1人が強ぇ!!

少なくとも…さっきの奴等とは…段違いだ…!!)」

必死に抗戦する翔を男達が寄ってたかって足蹴にしようとした時だった。

「もう結構です!!逃げてください!!」

少女が割って入って翔に逃げるように言う。

「それじゃあ、逃げさせて貰うぜ…ただ、あんたは絶対守る!!」

「え…?」

グイッ!!ダッ!!

男達に勝てないと判断した翔は少女の手を引いて駆け出した。

「この腐れ外道が!!なんちゅう根性してやがる!!追うぞ!!」「「「「おお!!」」」」

男達は二人を追う。

「何度も…言いますが…私の事は…いいから…貴方は…逃げて…」

翔に腕を引かれながら少女は尚も彼に逃げるよう持ち掛ける。

「ここで諦めちゃ…漢じゃ…ねぇだろ!!」

翔は少女の手を握りながら真剣な眼差しで叫ぶ。

しかしながら翔と男達の脚力の差は歴然。次第に距離は縮まっていく。

そして翔が神田川にかかる橋に差し掛かった時だった。

「ハァ…ハァ…もう…これしかねぇな…ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

ドボ―ン!

翔は少女を伴って神田川に飛び込んだのだ。

二人は男達の視界から姿を消す。

次の瞬間…

「お嬢ーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」

男の一人が橋の上から絶叫する。

どうやら彼等は少女の従者のようである。

「ああああ、俺達がついていながら何という失態!!」

「ここは近場にいる花太の兄貴に連絡だ!!」

オロオロする少女の従者達。

彼等の言葉から出た花太とは汰威超幹部、鉄花太の事を指す。

そう、彼等は半グレに変装した汰威超組だったのだ。

一方翔と少女は新宿区内のローマ風の建物の中に入っていく。

「ここは新宿区の赤灯会が守り代を貰っているホテルで俺はその赤灯会の見習いの鷹山翔って者だ…」

翔は建物と自信を少女に紹介した後、建物の奥に向き直り声を上げる。

「支配人のおっちゃーん!」

「これはこれは鷹山様。何やら只ならぬご様子で」

翔の声に応じてコロッセオの真実の口のような顔をした中年男性が現れ彼を出迎える。

「ちょいとこの姉さんを匿っちゃくれねぇか、兄貴達が来るまでの間にな」

「かしこまりました。それよりお二人とも、ずぶ濡れですね…

鷹山様にいたってはお怪我をしておられる…

まずは怪我の手当とお召し物の洗濯、シャワーといきましょう」

支配人は二人の様子を見て然るべき対応を持ちかける。

「まぁこれは何とかしねぇと…な…」

自身と少女の姿を改めて見直すと苦笑いを浮かべ、別々の部屋でシャワーを浴びる。

数分後…

「あーさっぱりしたぜ…って…はうあっ!!!!」

湯上り直後のバスローブ姿で帽子も眼鏡も着けていない少女を目にした翔は絶句して固まってしまう。

というのも少女は翔が想定したよりも遥かに美少女であり、お人形さんみたいと言っても決して大げさではなかった。

目を泳がせ口をパクパクさせる翔を余所に少女が口を開く。

「ところで貴方…赤灯会と申しましたね」

ブンブンブン!!

翔は無言で何度も首を縦に振る。

「ならば正直に言わなければなりませんね。無駄な血を流す訳には行きませんので。

…私は志熊美音(しぐまみね)。聖ヤコブ女学院高校2年で汰威超組2代目組長、志熊貴征(たかゆき)の娘です」

「たい…ちょう…!?」

美音の自己紹介に対し脳がエラーを起こし情報処理が追いつかない翔がしどろもどろに問いかける。

「ええ、さらに言いますとさっき神田川まで追ってきた男達はうちの組員です」

「…へ…どういう…事…!?」

更に頭がこんがらがる翔に美音は順を追って説明し始める。

結論から言うと、全ては誤解であり、すれ違いであった。

美音と汰威超組構成員達はとある作戦の遂行中で、変装して新宿区に散開していた。

そんな中美音が半グレに絡まれてしまう。

この報せを聞いた汰威超組構成員達は激怒して美音のいる路地裏に向かう。

その間に半グレが翔に秒殺されてしまい、遠くに逃げた為現場に到着した構成員達は翔が美音に絡んだ半グレと思い込む。

見るからに半グレといった服装の彼等を見た翔は彼等を先程自分が倒した半グレの仲間と認識。

そこで「お仲間か?」と問いかける。

本当に美音に絡んだ半グレの存在を知らない汰威超組構成員はこの問いに対し自分達は(美音の)仲間みたいなものだという意味で肯定した。

作戦遂行中で自身の素性を明かせなかった美音は自分を助けてくれた翔を守る為にただ「逃げてください」としか言えなかった。

汰威超組構成員の迫力を前にして逃げるのは恥でも何でもないと考えたからでもあった。

しかし翔は美音が我が身を犠牲にして己を逃がそうとしてくれている、と認識してしまう。

結果却って闘志が沸いた翔は美音を「半グレ」から守る選択をし、自身で勝てないなら一緒に逃げる道を選んだ、という訳だった…

「ど、道理であの時のた、汰威超組の兄さん達、し、しし真剣そのものだった訳…です…ね…

そ、そそ、そしてさ、作戦とやらを邪魔しちまい…申し訳ありやせんでしたぁ!!!!」

顔を真っ赤にして言葉を詰まらせながら頭を下げる翔。

「いえ、お構いなく。輩から助けて頂いたのは事実ですし、貴方の勇気は本物ですから。

今から迎えの者を呼びますので。

最後に…この事は赤灯会の方への報告は不要…というよりしないでください」

「…ヘイ!!!」

美音の言葉に頷く翔。

汰威超組はかつて赤灯会側の不義理をきっかけに同組織と抗争し、勝った経歴がある。

そこで赤灯会側の人間が美音に手を出したと思われてはならないのもあるが

立場の弱い赤灯会と言えど誤解とは言え汰威超組に翔が痛めつけられたと知ると

流石にブチ切れてしまいかねない…という懸念もあったからだ。

余計な負い目、もしくは怒りを上の人間に与えない為にも翔は美音の言葉に承諾した。

美音もスマホで構成員達に事情を説明し、迎えを待つ。

その頃剣は自身のアカウントに連絡がある事に気付いた。

連絡主は春奈で顔を真っ赤にして激怒している様子である。

「ムキ―ッ!!!ブッサイクなロボットがいきなり千代田区一番町に現れて

うちと近所から金銀財宝を強奪して回っていますのよ!!!早くお壊しになって!!!お分かり!?」

ガチャッ!!

春奈は怒鳴り散らした後通信を切った。

「…博士、ロボットの情報を頼む」

「ええ、確かに転送反応があったわ。

ロボットは既に千代田区一番町を出て移動中よ。今座標を送るわね」

「分かった」

シェリーに通信を入れた剣は座標が送られた地点へ向かう。

千代田区内の市街地。

剣は人々の騒めきの中央にいるロボットをすぐ見つける事が出来た。

ロボットの大きさは人間より二回りほど大きく一見ミノムシのような外観だが

胴体の全体的な形状は電磁石を、胸の膨らみは女性を、前方の装甲はエプロンを、頭の周りにいくつものコイルがついた太めの顔は化粧中の中年女性を思わせる。


デルタの放ったメカニロイド「ミノデンジャー」である。

「ホホホホホホホホホ!!!!!!!!!」

ミノデンジャーは嬌声を上げながら地上ではコマのようにボディを回転させながら、

壁や天井を見つけると頭頂部からワイヤーを射出して先端を固定し、そこから振り子のようにボディを放り出した後固定を解除してワイヤーを再度収納するといった手段で移動している。

またミノデンジャーは磁力を操る能力があり、既にそのボディにはありとあらゆる金属製品が付着している。

そして移動中に身に着けた貴金属を半グレやホームレスがたむろするような場所にばら撒いたり

身なりの良い者を見つけると嬌声を上げて急接近した後身に着けている貴金属を磁力で吸い寄せてしまうのだ。

当然市街地はパニックになる。

「ギャアアア~ロボットに金品が物理的に巻き上げられている~っ!!」

「ネズミ小僧だぁ~!」

「ネズミというよりミノムシだけど!!」

「小僧というよりおばさんだけど!!」

「こら!これは元々私の物だ!!」

「うるせー金持ち野郎、少しは俺達貧乏人に恵め!!!」

ボカスカボカスカボカスカ…

「こりゃ一刻でも早く収拾をつけないとな…!」

ジャッ!!!

スーツを起動させた剣がミノデンジャーの前に立ちふさがり、地上で移動中のミノデンジャーの底辺の部分に足を滑り込ませ転倒させようとする。

「キーッ!!」

ぐらついた後すぐに体制を真っ直ぐに整えたミノデンジャーは金切り声を上げて身に纏った金属製品を剣に飛ばしてくる。

カカカカカカカカカカカカン!

それを剣はロックブレードの刀身で弾き返す。

「キーッ!」

次にミノデンジャーは高速回転をして突っ込んでくるが剣は回転斬りで迎え撃つ。

その結果…

ガキィィィィィン!!!!

金属音を響かせ火花を散らしながら両者共にベーゴマのように弾き飛ばされる。

「キイイイイイイーーーーーーーッ!!!!!!!!!!」

続いてミノデンジャーはワイヤーで近くの建物の高い所にぶら下がり体当たりを繰り出そうとするが

剣が二段ジャンプをした後ワイヤーを切断しにかかる。

「キィ!」

しかしワイヤーは強靭で一瞬で切断出来ずブレードが当たった瞬間ミノデンジャーはワイヤーの固定を解除して収納し、地上で体制を立て直し剣と向かい合う。

「ホホホホホホホホホ…」

「笑ってられるのも今の内だ…!」

ブレードを構え挑みかかる剣とそれを迎え撃つミノデンジャー。

剣のダッシュや二段ジャンプ、壁蹴りといったアクション、ロックブレードによる剣技はいずれも派手で激しい動きであるがミノデンジャーのワイヤーを使った動きもダイナミックであり

金属製品による攻撃は見た目が煌びやかである為見る者を圧倒すると同時に魅了する。

そしてミノデンジャーは量産型の雑魚メカニロイドではない為、戦いは長引いていく。

この間、既に新たな脅威が動き始めていた…

御間邸にて…

「もぉ~!いくら何でも時間かかり過ぎですわ!

そうだ、これから1分遅れる度に100万円請求してやりますわよ~っ!!!」

中々ミノデンジャーを撃破出来ない剣に対し自宅のPCで戦いを見ていた春奈がヒステリーを起こしている。

そんな中。

シュルシュルシュル…

「え、何ですの!?」

突如どこからか現れた白い糸が春奈に巻き付き始めたのだ。

その速度はあまりに速くあっという間に糸は春奈の全身を覆い尽くしさながらカイコガの繭のような姿になってしまった。

その直後…

ビュッ!!

糸で覆われた春奈は壁を突き破り、どこかへと超高速で引き寄せられ始める。

「あぁ~れぇ~っ!!」

ほぼ同時刻、御間邸があり、大富豪の豪邸が立ち並ぶ千代田区一番町の豪邸でも同様の事態が発生する。

暫くするとこの事態は千代田区外にも及び始める。

都庁にて…

「倒れているババアを助けて遅刻した…!?そんなくたばり損ない放っとけばよかったえ!!

それとも良い事した自分に酔っているのかえぇ!!?」

「も、申し訳…ありません…」

怒鳴り散らす御間とそれを堪える部下。

その最中…

シュルシュルシュル…

「な、何だえ!?は、早く朕を助けるえ!!」

御間も娘同様体に糸が巻き付き、一瞬で繭のような姿になってどこかへ引き寄せられていく。

「朕を誰だと思っているえええええええええええ~!!!!!!!!!!!」

翔達が身を隠しているホテルにて…

ドドドドドドドド…

「お嬢~っ!!!!良かった…本当に良かったぁ~!!!!」

背は劾ぐらいでバイザーとカメラ付きのヘルメットを被り全身にプロテクターを纏い

先端が二枚刃の斧になっているハンマーを所持した男が車から現れ、感涙にむせびながら美音に駆け寄る。


汰威超組幹部、鉄弟こと鉄花太である。

「君がお嬢を助けてくれた少年かい!?感謝すると同時に…うちの舎弟が恩を仇で返す真似をしてしまい…申し訳ない!!本当にすまなかった!!!」

「頭を上げて下せえ、当然の事をしたまででさあ」

声が大きい花太の礼と謝罪を翔は若干引きながら受け止める。

「お嬢、お着換えお持ちしました」

この間一般構成員の一人が持ってきた着替えを美音に渡す。

その後翔と美音は別々の部屋で着替えたのだが、部屋を出て普段の装いの美音を目にした翔は気を失いそうになる。


「ま…眩しい…眩しすぎるぜ…直視…でき…ねぇ…」

そんな翔に鉄弟が声を掛ける。

「君みたいな勇敢な若者がいれば赤灯会は将来有望だな!これからも精進したまえ!!ハッハッハッハッハ!!!」

そんな中の事だった。

シュルシュルシュル…

「…これは一体!?」

突如御間らを襲ったものと同じ糸が美音に巻き付き始め凄まじい速度で覆っていく。

「何だこの糸は!!叩き切ってやる!!!おおおお!!!!!」

鉄弟は糸目がけて斧を振り下ろすが結果空しく糸は斧に絡まってしまう。

「…ハッ!!美音さんに…手を出すなぁっ!!」

今まで惚けていた翔は瞬時に正気に戻り所持していたナイフで糸を切ろうとするも鉄弟同様糸が絡まり切断出来ない。

最終的に糸は美音の全身を翔と鉄弟を巻き込んで覆ってしまう。

ビュッ!!

「お嬢~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「美音さああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「一連の…ロボットでしょうか…」

3人分の身体を包んだ「繭」は御間らと同じ地点目がけて凄まじい速さで引き寄せられていく。

同じ頃、新宿のショッピングモールにて…

「これで喜んでくれるといいんだけど…って何だあれは!!?」

玲と一緒に買い物を終えた劾は、高速で飛来するいくつもの繭を見て面食らう。

「間違いなくデルタの仕業だね…!」

玲も顔を強張らせる。

ヴー!ヴ―!ヴ―!

劾と玲のロックコマンダーがけたたましく鳴る。

剣のアカウントに新たな着信があったのだ。

劾は物陰でロックスーツを起動し、着信に応じる。

既にパスワードを剣に教えて貰っており、ログイン出来るのだ。

着信の主はスキンヘッドで両目に傷があり顎が割れていて身長約2mでガタイもいいというどう見ても堅気ではない中年男性だった。


「貴征おじさん!?」

男性の顔を遠くから見た玲が思わず反応する。

そう、彼こそが汰威超組組長、志熊貴征その人だったのだ。

「青いロックマンよ、貴殿に頼みがある…ワシは汰威超組組長、志熊貴征という

者だ…

要件だが…娘が突如一連のロボットと思しき奴に攫われてしまった…

娘を助けて欲しい!金ならいくらでも出す…!!!」

志熊は汗を滴らせながら劾に懇願する。

「お金は頂きませんよ!娘さんは必ず救出してみせます!」

劾が応じる一方で玲はシェリーからの通信を受けていた。

「これはデルタナンバーズの仕業ね。何人もの人が糸で攫われているけど…どこに向かっているか分かったわ。

…国会議事堂よ!!」

「国会議事堂!!??」

日本の政治の中枢というべき場所の名を聞き玲は驚愕する。

「デルタめ…大きく出たな…沖藍…これ持ってて!僕は行ってくる!!」

劾はシェリーへのプレゼントを玲に託し、国会議事堂へと向かう。

その頃渋谷区の汰威超組事務所では…

「ロボットはロックマンに任せたが『襲撃班』と『護衛班』にも動いて貰う…

美音の救助も大事だが、『例の作戦』も大事だからな…

これはある意味チャンスかもしれん。

『本物の襲撃者』が現れたのだからな…」

現場の映像でとある事実に気付いた志熊は現場近くの構成員に指示を出し始める。

「いつもながら逆境をチャンスに変えるとは、大胆だねぇ。流石あたしが見込んだ男だよ」

志熊に妙齢で色黒の和服美人が声を掛ける。


志熊の妻にして美音の母、志熊裕奈(ゆうな)である。因みに旧姓は世良(せら)。

「ううう…美音…」

志熊は両手を固く握りしめ、震えている。流石に娘への心配は隠せないでいた。

「ロックマンも凄いけどうちの組員もやり手だよ、ここはドンと構えときな!!」

「裕奈…」

激を飛ばす裕奈の手を握る志熊。この時彼は裕奈の胸の鼓動を聞き逃せないでいた…

国会議事堂にて…

この時既に国会議事堂は人の知る姿ではなく巨大な繭のような姿になっていた。

その外壁の周辺には拉致された人々及び駆け付けた警察官が張り付けられていた。

拉致された人々は壁に固定された瞬間、何故か頭部を覆う糸のみ解除され、繭から顔だけ出している姿となっている。

しかも首が動くためある程度周囲の確認が出来る。

この姿は既に報道され拉致された面々の共通点が知れ渡るとより一層大きな騒ぎになった。

「えええええい!小汚いロボット共め!!!!何様のつもりだえ!!朕を開放するえ!!!」

御間は眼前のロボット達に怒鳴り散らす。

ロボットはチョココロネに手足が生えたような外見で白いボディカラーが特徴の

量産型メカニロイド「キャタピロン」である。

糸を射出したのもこのキャタピロンであり、今もなお拉致行為を続けている。

「パパ、攫われた人達に共通点がありますわ。

よく見たら近所の人達と学校(聖ヤコブ女学院高校)の生徒達ばかりですわ」

怒鳴り散らす御間に春奈が気付いた事を知らせる。

「な、何という無礼なロボットだえ!!只では済まさないえ!!」

御間は余計ブチ切れる。

「あああ、これから高級レストランに行くのにぃ~っ!」

「娘の習い事があるのにぃ~!」

「御間、貴様が一番町に住んでるから我々が巻き込まれたんだ!これが片付いたら一番町から出てけ!!」

「御間さん、貴方がヤコブ高に通っているから私達も巻き込まれたのよ!!今まで貴方に『消された』人は大勢いるけど今度は貴方が消えなさい!!」

壁に固定されている人々は我が身に起こった理不尽な出来事に対し怒り狂い、中には御間父娘に怒りの矛先を向ける者も。

「貴様等ぁ~!!!朕に向かって何という言い草だえ!!!!!許さん!許さんえぇ~!!!」

「んまぁ何て生意気な!!次の標的は貴方に決まりですわ!!」

御間父娘は自身らへの罵詈雑言を罵詈雑言で返し、それには更なる罵詈雑言が返ってくる。

壁からは罵声の大合唱が響き渡り、壁一面が真っ赤で目は充血し涙や鼻水を垂れ流し血管が浮かび上がりシワだらけになった

醜悪極まりない顔面で彩られている。

「ぐぅっ…何て丈夫な糸だ!!!!」

鉄弟は懸命に拘束を解こうとするが効果は出ず。

「ボボッド…ユブザン…ラヂザレダベンヂュウ…ミッボボネェ…ビべサンボ…ビッジャグ…」

様々な感情がごちゃ混ぜになった翔は他の拉致された人々とは違う奇妙奇天烈な顔になって言葉にならない声を絞り出す。

「…皆さん、希望の糸口が見えて来ましたよ」

そんな状況の中、美音が口を開いた。

バシュッ!!ボガン!!

遠方から戦闘と思しき轟音が響き渡り、眼前のキャタピロン達がその方向に向かっていったのだ。

音の発生源は劾で次々とキャタピロンを撃破していく。

暫くしてキャタピロンを全滅させた劾がその場にいる人々に駆け寄ろうとする。

この付近の壁には翔、美音、鉄弟、御間父娘らがいた。

「今助けに行きます!」

「青兄貴!待ってやした!」

正気に戻った翔が歓声を上げる。

しかし次の瞬間…

シュルシュルシュル…

上方から糸が現れ、劾に巻き付こうとする。

「危ない!!」

劾は咄嗟にダッシュジャンプでこれを躱す。

「やりますわねぇ…」

「誰だ!」

劾は上から聞こえてきた女性の声に反応し、声がした方向を見上げる。

そこにはグレーとクリーム色のツートンカラーでカイコガのような外観のレプリロイドが佇んでいた。

声と口調、体型から彼女は女性型レプリロイドである。


「デルタナンバーズだな…」

確認する劾にカイコガ型レプリロイドは応じる。

「如何にも。私はデルタナンバーズの一人、ストリング・シルキーガと言いますの。

貴方はレディバイドさんの任務の時に新たに現れた青いロックマンさんで間違いありませんわね?」

「ああそうだ、シルキーガ…と言ったな…敢えて聞くけど、どうしてこんな事をする!?」

劾は静かな怒りを込めシルキーガに問う。

「聞くまでもありませんわ、人間はお金を、権力を持っているだけで無意味に威張り散らす愚かな生き物…

そんな生き物は文字通りの『お飾り』にして差し上げるのが世の為ですわ。

無能な政治の中枢であるこの建物自体も、然るべき『お飾り』にして差し上げましたわ」

「やはりお前も『そう』なのか…」

シルキーガの言葉に対し劾は呆れたような、怒ったような、そして納得したようなリアクションをとる。

「どういう事ですの?」

「デルタ、それから今までのデルタナンバーズも人間を偏見の目で見ていた…

だったら今回も反論するよ、全ての金持ちと権力者が腐った人間ばかりではないとね!

それに政治が腐敗していたり無能な政治家がいるのは事実かもしれない。

だからと言ってそれを武力で解決しようだなんてテロじゃないか!

お前は腐った金持ちや権力者と同様特定の人間を差別しているし

こんなテロ行為をするのは愚かな人間のテロリストと同じだ!

僕は出来れば武力で解決したくない…もし僕が言った事が分かるなら…彼等を開放するんだ!

「おーほっほっほほ、甘い、甘すぎますわよ、ロックマンさん。

綺麗ごとでは何も解決しませんの!

戦わないというのなら、貴方もこの生き物同様飾り付けて差し上げますわ!!」

「やはり、ダメか…仕方ない…」

言葉の説得が通じないと見た劾はキッとシルキーガを見据え、バスターのエネルギーをチャージし始める…

その頃千代田区内では…

「キィィィィィィィィィィ…」

高所からぶら下がったミノデンジャーが自身の磁力を増大させ、周囲の金属はおろか剣をも引き寄せようとしていた。

そのパワーは強力で、剣の体は地面を離れミノデンジャーへと吸い寄せられ始める。

「させるか…!」

懸命にエアダッシュで抗う剣。

この間剣はブレードのエネルギーをチャージしていた。

そしてチャージが終わった瞬間。

「今だ!」

突然剣が抵抗をやめ、凄まじい速度で吸い寄せられる。

ミノデンジャーに激突すると思われた剣だったが…

ズバッ!!!!!

激突の瞬間ミノデンジャーにチャージブレードを叩き込んだ。

その吸い寄せる力の強さが却って相手の斬撃の勢いを強化して結果撃破されるという皮肉な結末を、

ミノデンジャーは迎えた。

次の瞬間ミノデンジャーが纏っていた、もしくは飛ばした金属製品がこの場から消滅し、元の場所に戻った。

「良くやったぞロックマン!」

「借金が返せると思っていたのにぃ~!」

歓声を上げる者、絶叫を響かせる者等そのリアクションは様々である。

その時だった。

ヴ―!ヴ―!ヴー!

剣のロックコマンダーが鳴った。

着信源はシェリーだった。

「ツルギ君!まだ事件は終わってないわ!

デルタナンバーズが国会議事堂を占拠したの!

ガイ君も向かわせたわ!」

「こいつは…前座か。分かった、俺も行く!」

剣も国会議事堂に向かうのだった。

その頃国会議事堂にて…

バシュッ!!

ロックバスターから放たれるシルキーガに迫る光弾。

その狙いは正確だった。

しかし…

「どこを狙っておりますの?」

ブオンッ!

シルキーガがジャンプした直後1回羽ばたくと彼女の体は勢いよく舞い上がり結果バスターの光弾は空を切る。

「今度はこちらから行きますわ、ストリングバインダー!」

シュルシュルシュル…

シルキーガの腕から糸が射出され瞬時に劾に巻き付く。

次の瞬間…

ブンッ!

「なっ…!?」

シルキーガがその小さく華奢な見た目からは想像もつかない膂力で劾を振り回し始めたのだ。

ズダン!ズダン!

振り回されては叩きつけられる劾だったがスーツの防御力のおかげで決定打にはならず、

その間に糸をバスターで攻撃して切り離す事が出来た。

バッ!!

劾は起き上がり、再度シルキーガと対峙するがある事に気付く。

シルキーガが壁を背にした位置に移動しており、自身と拉致された人々の間に立ち塞がっいる。

「ロックマンさん、正確に私を射抜けますの?」

嘲笑する口調で劾を挑発するシルキーガ。

「くっ、卑怯な…!!」

これにより劾は攻撃をためらう。

「何をやっているんだえ!早く撃ち殺すえ!!それからもし朕にかすりでもしたら許さんえぇ~っ!!!!」

シルキーガの真後ろにいる御間が怒鳴り散らす。

「青兄貴ぃ!!こいつはド腐れ外道ですぜ!!構わず撃っちまってくだせぇ!!」

若干離れた位置にいる翔が劾に向かって叫ぶ。

「僕は助ける人を選んだりしない!あいつなら…そうするから…!」

「…あいつ…!?」

翔は首を傾げる。

劾の言う人物は、これからこの場に来る事になるのだが…

「どうでもいいから早く助けるえ!!あとそこのクソガキ、貴様こそ流れ弾に当たってくたばるがいいえ!!」

御間は変わらず自分本位な事を喚き散らす。

そんな彼等を余所に劾がシルキーガに向かって言い放つ。

「こんな手を使うだなんて、お前はそうでもしないと僕に勝てないんだな!?

弱いからこんな手段を取るんだろ!?」

シルキーガを人質から引き離すため挑発したのだ。

「ならば彼等を巻き込まなければ私に勝てると言いますの?」

「ああ、楽勝だ!」

問い返すシルキーガに劾が追い打ちと言わんばかりに煽る。

「ならば試してごらんなさい?」

ブオッ!

シルキーガは跳躍した後羽ばたき一気に人質との距離を取った。

しかしこれは劾の挑発に乗ったというより自身の力を見せつける意図があった。

「ほらほら当ててごらんなさい!楽勝じゃありませんでしたの!?」

劾の攻撃をひらりひらりと躱すシルキーガ。

「こちらからも行きますわ…ストリングランス!!」

ビュッ!

「うっ…!」

シルキーガからの手から高密度に束ねられた糸が射出され劾のスーツの装甲に突き刺さる。

劾の攻撃は当たらずシルキーガの攻撃は当たるので劾はジリ貧になっていく。

この光景を目の当たりにした壁に固定されている人々はあろうことか劾を罵倒し始める。

「オラどうした、しっかりやれ!!」

「助けに来てくれたんじゃないのか!!」

「この役立たず!!」

これを聞いている翔は腸が煮えくり返っていた。

「(青兄貴が一生懸命戦っているのに…こいつらと来たら…!)」

そして繭の中で拳を握りしめ絶叫しようとした時だった。

「いい加減にしてください」

罵声をかき消すように美音の一声が響き渡る。

「先程のロボットの言葉を聞きました?

金持ちや権力者は無意味に威張り散らしてばかりとあのロボットは言っていました。

今の皆さんの態度はあのロボットが言った通りの人間像ですよ。

我が身を顧みず我々の為に戦っているロックマンさんに対しての皆さんの言葉は身勝手な事ばかり…

皆さんは物質的には豊かかもしれませんが精神的には貧困…そう私の目には映ります」

「ううう…」

「これだけしっかりしている高校生がいるのに我々大人は…」

これまでの自分の態度を悔いる者がいる一方…

「うるさいえ!!朕が助からなかったら意味ないえ!!早く朕を助けるえぇ~っ!!!」

「ムキ―ッ!!私達は特別ですのよ!!選ばれた人間ですのよ!!優遇されて当然ですのよぉ~!!」

御間父娘のように変わらず身勝手な者もいる。

「皆さん、新たな希望の糸口が見えてきましたよ」

美音は彼等を無視してこの場の人々にある事を知らせる。

「来たぞ!!」

ブオンッ!!

国会議事堂に遅れて現れた剣がシルキーガに斬りかかり、シルキーガは咄嗟に躱す。

「白兄貴!!」

歓声を上げる翔。

剣のロックスーツは機動力で劾のそれを上回る為、シルキーガの攻撃を躱し

逆にシルキーガに攻撃を当てる事で徐々に押し始める。

劾と剣は二段ジャンプが可能で、シルキーガは空中で羽ばたき似たような動作が可能である。

この為、地上と空中でそれぞれの技と技がぶつかり合い、戦いはより一層激化していく。

「そろそろ、頃合いでしょうか…」

一方シルキーガ及びロックマン達との距離が出来、更にシルキーガが自分達に構っていられない状況に陥ったと察した美音はある事を考えていた。

「むう!中々…手強いな…!!」

鉄弟は相変わらず自分達を縛る糸を引きちぎろうと足掻く。

「(鉄弟の力で破れないとなると、この糸は単純な力で引きちぎるのは困難のようですね。

ロックマンさん達との戦いを見る限りどうやら熱に弱いみたいですが…

でしたら…)」

繭の中で美音は手を動かし懐から何かを取り出し始める。

美音の体は鉄弟と一緒に巻かれていた為ある程度腕の可動域が広く、元々美音の体が柔らかかった為

「それ」を容易に取り出すことが出来た。

「それ」はアイスピックだった。

美音は戦闘の際アイスピックで相手を高速で滅多刺しにするのを得意としている。

実は最初に半グレに絡まれていた際も彼等を滅多刺しにするつもりだったのだ。

今回美音はそのアイスピックを別の目的に使用するようである。

スリスリスリスリスリ…

美音はアイスピックを繭の中で高速ですり合わせる。

結果そのあまりの速度の為摩擦熱で糸に火がつき燃え始める。

そして美音は繭に穴が開くとそこから徐々に穴を広げていき脱出した。

同じ繭に閉じ込められていた翔と鉄弟も自由の身になった。

「まさかアイスピックの新たな使い道をこの場で考えるとは…流石お嬢!」

「これが…汰威超の親分の娘…」

鉄弟が称え、翔が驚愕する中美音は次の行動に移ろうとする。

「このまま他の方も逃がしましょう、この糸は私達が壁にぶつかっても守ってくれたぐらいには丈夫ですので

防具にはなるでしょう」

「「ヘイ!!」」

美音、翔、鉄弟がこれまで自分を覆っていた眉をマントのように纏って行動しようとした時だった。

タタタタタタタタ…

新たに現場に現れシルキーガの目を盗んで突入する集団が2つあった。

1つは先程翔達を追った半グレに変装した汰威超組構成員、もう1つは御間グループ護衛チームだった。

「お嬢!花太の兄貴!よくぞご無事で!!」

「赤灯会の小僧、話は聞いたぞ…知らなかったっとは言え本当に済まなかった!!

借りを返させてくれ!!」

汰威超組構成員は美音達を視認し真っ先に駆け寄り彼等の無事を喜び翔には謝罪する者も。

「旦那様、お嬢様、助けに参りました!!」

護衛は御間父娘に駆け寄る。

「皆さん、この糸は熱に弱いです。その代わり衝撃には強いです。

ですから火で糸を焼き切ってそれで体を覆いながら脱出しましょう」

「火…俺はライターを持っています!」

「我々も持っています!」
美音の指示を聞き、両団体はライターを手に壁へと向かう。

汰威超組構成員は美音の指示通り全ての人間の繭を焼き切ろうとする一方で

御間グループ護衛チームは真っ先に御間父娘の繭を焼き切ると撤退を始める。

「おいコラ、手伝え!!」

周囲の人々が護衛チームを非難するが…

「我々の任務は飽くまで御間家の護衛。主を救出した後はここに用はない」

護衛の一人が冷たく言い放つ。

「ささ、旦那様、お嬢様、こちらです…」

「おおお前達、助かったえ!!」

「アンタ達はせいぜい頑張りなさーい♪」

護衛に誘導されながら御間父娘は勝ち誇りながらこの場を後にする。

彼等を乗せた車はいち早く現場から離れていった。

「チクショ~、身勝手な奴等め…プッ…」

「あんな奴、犠牲になればよかったのによぉ…プクククク…!」

汰威超組構成員は御間父娘に悪態をつくと同時に何故か噴き出しそうになる。

「にくまれっこよにはばかるってやつだな!」

鉄弟も愚痴るが何故か棒読みだった。

「???」

翔は彼等の態度が理解できない。

そこに美音が耳打ちする。

「世の中には分からなくてもいい事もあるんですよ」

「は、はひ…」

翔は心臓が爆発しそうになりながら応じた。

その頃シルキーガ戦は…

「ストリングフィスト!!」

何重もの糸で覆った拳で劾に殴り掛かるシルキーガ。

「チャージサンブラスター!!」

それを劾はレディバイドの特殊武器、サンブラスターの溜め撃ちで対抗。

すると熱線がシルキーガの拳を覆う糸を焼き始め、拳の威力が削がれていくが

糸を全て焼き尽くすには至らず最終的に劾は弾き飛ばされるが

同時にシルキーガも熱線によるダメージを受ける。

「隙あり!!」

ダッ!!

一瞬怯んだシルキーガに剣が斬りかかろうとするが…

「甘いですわ、ストリングバインダー!」

シルキーガは糸で剣を拘束する。

「また切ればいいだけだ!」

これを見た劾が糸を切るべく武器エネルギーをチャージし始めるが…

「いや、切らなくていい…スパークスマッシュ!!」

ビリビリビリビリビリ…

「キャッ!」

剣の放ったスパークスマッシュの電撃が糸を伝っていき、それが一時的にシルキーガの動きを止めた。

「そこだ!!」

バシュッ!バシュッ!

この瞬間劾のバスターが、シルキーガの両翼を射抜いた。

これによりシルキーガの機動力は大幅に失われた。

「こうなったら彼等にもう一度役に立って貰いますわ、ストリングバインダー!」

シュルシュルシュル…ブンブンブン!!

次にシルキーガが取った行動は地に倒れ伏すキャタピロンの残骸に糸を巻き付け

それらを激しく振り回すというものだった。

「肉を切らせて骨を断つ…チャージショット!!」

ドウッ!!

劾は激突に耐えながらチャージショットを放ち、シルキーガに直撃させた。

「見事…ですわ…」

先程の雷のダメージも相まって劾の一撃が決定打となりシルキーガは機能停止した。
「博士、決着がついた。デルタナンバーズと一緒に戻るぞ」

剣がシェリーに通信を入れると共に劾と剣はシルキーガのボディを伴ってこの場から姿を消す。

シルキーガが撃破されるとその影響で彼女が射出された糸は消滅した。

国会議事堂は従来の姿に戻り、壁に固定されていた人々は一気に全員自由の身になった。

幸い高所に固定された人間はいなかった。

「私達…助かったのね…!?」「ワアアアアアアアアア!!!!」「ロックマン万歳!!」

この場の人々が手の平を返してロックマンを褒めたたえる。

「チッ、勝手な奴等め…しかし青兄貴の言葉には痺れたぜ!あの人もまた、任侠者だな!」

翔は呆れつつも劾に対しての敬意を示す。

「うむ!助ける人を選ばない等中々出来る事ではないからな!かく言う俺も絶対に出来ん!」

鉄弟も劾を褒めたたえると同時に自身が誰彼構わず助ける事が出来ない事を言い切る。

「自慢する事ではないと思いますよ、私にも出来ませんが…

最後に鷹山さん、今回は有難うございました。あなたの事は忘れません」

美音も困っている人がどんな人かによっては助けない場合もある事をほのめかした後翔に別れの挨拶をする。

「オデボ…バズベバベン…」

翔は顔を真っ赤にして滑舌が悪くなって応じる。

そして翔と美音はそれぞれの帰路についたが、彼等はいつかまた出会う事になる…

シェリーの基地にて…

シルキーガのボディは既に作業台に寝かせられ、修理が始まっていた。

そんな中、大小二つの包み紙に包まれた商品を手にした劾と玲がシェリーに口を開く。

「あの、博士…」「実はプレゼントがあるのですが…」

「まあ、何かしら」

シェリーは嬉しそうな表情でまずは大きい方の包み紙を開ける。

その中には女性もののバッグが入っていた。

「あら素敵なバッグ!わざわざ悪いわね…こっちは何かしら?」

シェリーは一層喜び小さい方の包み紙を開けると中にはペンギンのキャラクター、

「ギーゴくん」のぬいぐるみが入っていた。

「まあ、ギーゴくんじゃない!!どうして私がこれが好きだと分かったの?」

更に大喜びの様子のシェリーが劾に問う。

「僕も好きだし、何となくそう言う気がしたからです」

照れながら応える劾。

「有難う…有難う…本当に大事にするわね…!」

心から喜ぶシェリーを見て劾と玲は買った甲斐があったとほほ笑むのであった…

汰威超組事務所にて…

「おや、美音…どうしたんだい、顔が赤いじゃないか」

「新宿で素敵な出会いがあったのです」

裕奈の問いかけに美音が応える。

「な、ななな何ィ!!??ろくでもない男だったらワシは認めんぞ!!」

志熊は必死になる。

「美音のお眼鏡に適う男がろくでなしの訳がないじゃないか、親なら娘の恋路を応援しておやりよ」

「むむむ…」

裕奈にたしなめられる志熊であった…

赤灯会事務所にて…

「ハァ…ハァ…心臓が…苦しい…」

美音の事を思い出し悶え苦しむ翔。

「むむ、どうしたと言うのだ、鷹山!!??」

「ハァ…ハァ…まるで…俺みたいじゃ…ないか…」

五里石と火纏を始め他の構成員達も翔の身を案じる。

「心配は、無用ですぜ…これは…悪いもんじゃあ、ありやせんから…」

「??」「もしかして恋か?」

翔の言葉を聞いた赤灯会構成員達には何の事か分からない者もいれば何かを察した者もいたという…

その頃御間父娘を乗せた車は…

「おい!!どこに向かっているえ!?」

御間の怒鳴るような問いかけに護衛の一人が応える。

「旦那様方の新しい邸宅と職場でございます」

「何の事だか分からんえ!!朕の職場は都庁、家は千代田区一番町だえ!!」

「またまたぁ~、先程自分で仰ってたじゃないですかぁ、もうお忘れですかぁ?」

にやけ声で護衛の一人がスマホの映像を見せる。

そこには御間父娘が映っていた。

まずは映像の中の御間が謝罪して知事の辞任を発表する。

「この度私は今までの折り合いをつけるべく、知事を辞任する事に致しました。

私のこれまでの横暴で身勝手な言動と行動は権力の範囲を超えていると、

先日記者の方からご指摘を受けました。

思い返せば…このご指摘は以前のパワハラの告発同様、真摯に真剣に受け止めるべきものでした…」

この辺りから映像の御間は涙ぐみ始める。

「そして今回、私どもが例のロボットの標的にされた事も言ってしまえば私の日頃の至らなさが招いたもの…

この事件のロボットの主張も、それまでの記者の方のご指摘も…

真摯に真剣に受け止めて!一人の大人として何とか折り合いの付くところで折り合いを付けさせていただいて、

この東京都に新たな風を吹き込むためにも!堪えに堪えて!

東京都知事の座を後進に譲り渡す事に致しました」

映像の中の御間はこの後冒頭の記者から入手した情報にある様々な不正を自白する。

それが終わるとこの謝罪と報告を締めくくり始める。

「これまで権力の範囲を超えて威張り散らし、人を酷使し、人生を破壊し、申し訳ございませんでした!

我が御間家はこれより世間から姿を消しますので探さないでください。

最後に私の言葉が信じられないと思う方々がいる事を利用して

私を騙る者も今後現れるでしょう。

しかし!それは偽者です!過去の亡霊です。

故にそのような輩が現れた時は然るべき対処をお願いいたします」

うつむき両拳を握りしめ涙ながらに深い謝罪をする映像の中の御間。

次からは春奈の謝罪が始まる。

「私も父の財力と権力に甘え…好き放題に振る舞い…大勢の人を傷つけ…

挙句今回の騒動にご近所の方々及び学校の方々を巻き込んでしまいました。

本当に…本当に申し訳ありませんでした…!

ご近所の皆さま、学校の皆さま、私達のように権力や財力を笠に着て

驕り昂り他人を虐げるのはもうやめましょう。

人に貴賤はありません。

私達はこれから物質的な豊かさではなく精神の豊かさを追求する為にどこかに隠れ住みます。

最後に、私の偽者も現れるかもしれませんが、決して相手にしないでください」

映像を見た御間父娘は…

「何だえ、この映像はぁ!?朕が愚民に頭を下げる等有り得ないえぇ!!」

「んまぁ、何この捏造映像は!?嘘ニュース事件の真似事ですの!?

そもそも私達は車を降りてませんわぁ!!」

パニックと怒りで怒鳴り散らす。

この映像であるが、事実御間父娘に酷い目に合わされた人間の中でも彼等に体格が似た者が特殊メイクで変装し、

音声も合成された嘘ニュース並に精巧なでっち上げである。

勿論撮影と編集は汰威超組。

汰威超組はその財力と人脈を駆使して御間父娘に恨みを持つ人間や邪魔に思う人間、

組の息がかかった様々な業種の人間を「御間失脚作戦」に引き入れていたのだった。

この後映像はネットに拡散される事に…

そして喚き散らす御間父娘を護衛は軽くあしらいつつ彼等を乗せた車は目的地に到着。

「到着いたしました、こちらが新たな御間邸でございます」

「何だえ!?これは…!?」「これって、どう見ても…」

護衛が指し示す先にあったのは工事現場に佇む質素な仮設住宅だった。

「さあ!さあ!こちらです!」

「ちょ、やめるえ!!」

「さっきから何ですの!?」

車を降りた御間父娘を護衛達は強引に歩かせ仮設住宅へといざなう。

「次はお二人に反省の意を示す姿になって頂きます。さあ!ご着席お願いします!」

「何をするえ!!」「座ればいいんですの!?」

護衛達は御間父娘を仮設住宅内の椅子に半ば強引に座らせる。

次の瞬間…

「「!?」」

ヴィィィィィィィィ…

護衛が取り出したのはバリカンだった。

「ちょ、まさか…」「やめ…」

ジョリジョリジョリジョリ…

「「ギャアアアアアアアアアアア~ッ!!!!!!!!!」」

護衛は御間父娘の頭髪をと御間の髭をバリカンでそり落とし、それが終わるとその姿を彼等に見せる。

「お二人ともお似合いでございます、何とも輝かしい…」

護衛はにやけ声で御間父娘に言う。

「朕の…朕の自慢のドレッドヘアーがぁ~っ!!ツルッパゲなんてあんまりだえ!!」

「んまぁ何て事してくれましたの!?これじゃお嫁に行けませんわ!!」

髪を失った自身の姿に絶叫する御間父娘だったが…

「きさまらーっ!!オヤジ(組長)を愚弄する気かーっ!!!!!」

ジャキジャキジャキ!!!

護衛が一斉に銃を御間父娘に突きつける。

「ヒィッ!!まままさか…!?」「ハゲのオヤジって…!?」

この状況に御間父娘は何かを察する。

「ああお芝居はやめだ、俺達は汰威超組だ…本物の護衛とはとっくに入れ替わっていたんだよ!!」

護衛、改め汰威超組構成員は自らの身分を明かした。

彼等は冒頭で鉄兄に付き従っていた構成員達だったのだ。

「最初は半グレに扮したうちの組員からお前等を逃がすという筋書きだったが

このロボット騒動…ある意味あのロボット共には感謝してるぜ…」

他の構成員も更なる真実を明かす。

半グレに扮した汰威超組構成員とは、神田川まで翔を追った構成員達で史実では彼等が

御間父娘を襲撃するところを護衛に扮した構成員が助ける振りをしてここに連れていく事になっていた。

「そんな事は今となっちゃどうでもいい、これから職場に案内するが…まずは着換えだ!!

「ギャアアアアアアアアアア~何てもん着せるんだえ!?」

「変態!変態!変態!」

汰威超組構成員達は御間父娘を無理矢理着換えさせるが、彼等が着せられたのは土木作業用の作業服だった。

着替えが終わると汰威超組構成員達は御間父娘を工事現場へと連れていく。

「先輩のいう事をよぉ~く聞くんだぞ!?」

「………」

汰威超組構成員達は御間父娘の耳元で囁き御間父娘は恐怖に震える。

現場には大勢の屈強な男達が待ち構えていた。

「おうお前等!!新入りだ、しっかり面倒見てやんな!!」

汰威超組構成員達は男達に御間父娘を紹介するが…

「お、お前達は…!?」

御間は彼等の正体に気付く。

彼等は冒頭で記者を追っていた本物の護衛だった。

汰威超組構成員に服を奪われこの工事現場に連れていかれ現在に至る。

「丁度いい、朕を助けるえ!!」

御間は護衛に命じるが…

「ハア!?何言ってんだ、俺達は先輩、テメー等は後輩…今じゃ俺達の方が偉いんだよ!!」

「な、な、朕に向かって何て口の利き方だえ!!??」

御間は困惑しながらも護衛に問い詰める。

「俺達は所詮虎の威を借りる狐でコバンザメ…

今のテメー等は例えていうなら張り子の虎でくっつき甲斐もないクラゲみたいなもん…

そんな何の価値もねぇテメー等に従う理由なんてねぇんだよ!!」

「というかいつもチンチンチンチン下品なんだよ!!」

御間父娘に悪態をつく護衛達。

雷音禁愚同様、彼等の絆も脆弱だった。

「ここは厳しいが、決してトぶ(逃げる)んじゃねぇぞ!?」

「ヒッ…」

護衛は御間父娘に圧を掛け、御間父娘は絶望する。

その後父娘に待っていたのはかつての従者にこき使われる激しい肉体労働。

ある日あまりの重労働と暴力に耐えかねた御間父娘は元護衛の目を盗んで何とか脱走に成功。

しかし御間失脚作戦に関わった大勢の人間が様々な方面に圧を掛けていた為

自分達の名前を名乗っても汰威超組の名前を出しても誰も話を聞いてくれない。

そのままホームレス生活を送る父娘だったがかつての尊大な態度が出てしまい

他のホームレスからもいじめられる始末。

こうして御間は下の名前の通り漂う生活を余儀なくされ春奈と共に各所を逃避行する末路を辿る。

冒頭で御間グループの護衛に追われていた記者であるが、御間が謝罪する映像が

拡散された後各方面から称賛された。

「手柄は貴方に譲ります、我々は飽くまで裏社会の人間ですから」

といった鉄兄の言葉を思い出しながら記者は称賛に応じる。

彼は恩人である汰威超組を裏切る事は仁義外れであると己に言い聞かせ御間の謝罪映像も本物と思い込む事にした。

「これで、良いんだ…」

御間の失脚を知り記者は世の中の為に敢えて反社の手を借りた事は明かさず捏造映像の追及もしなかった。

「御間を襲う半グレ」、「彼等から御間を守る護衛」、「己の罪を悔いる御間」、

…といった数々の「偽者」が動き幕を下ろした御間失脚作戦。

しかしこの作戦とは無関係にこの後ロックマンの名を騙る腐れ外道が現れる事を、

当時の人々はもちろんシェリーですら知る由もなかった…

第五話「嫉妬」

7月25日、シルキーガが撃破された翌日。 デルタのアジト内でデルタナンバーズで最も小柄な哺乳類型レプリロイドが モニターから流される人間の醜い面を収めた数々の映像をデルタの説明を聞きながら視聴していた。 映像には不良や暴走族といった非行少年と彼等の行為が収録されている。 デルタは囁くように哺乳類型レプリロイドに言う。 「人間の若い個体は時として親の言う事や社会のルールに背く事を格好いいとはき違え 奇抜な服装や粗暴な口調で己を誇示しては欲望の赴くまま他者に害を成す。 彼等は少年法なる悪法で守られ罪に釣り合う罰を受ける事はない…」 「…そうッスか…」 哺乳類型レプリロイドはただ一言応じる。 そしてデルタは続けて言う。 「更にこういう人間は極稀に良い行為をした時は過剰に賛美され 成人して就職した後も過去の己の愚行を悔いる事なくあまつさえ『武勇伝』として自慢したりもする。 そして人間社会ではこういう人間を娯楽として消費する文化さえある… 愚かだと思うだろう…?」 「…そうッスね…」 哺乳類型レプリロイドはまたも頷くが… 「(か、カッコいいッス…!)」 彼はデルタの思惑とは裏腹に不良、特に暴走族に憧れの念を抱いてしまったのだ。 しかしその想いは内に秘めデルタには明かさない。 そんな彼の心情は露知らずデルタは彼に任務を与える。 「彼等に然るべき罰を与えて街を綺麗にするんだ、いいね?」 「任せるッス!!」 哺乳類型レプリロイドは力強く頷き、出撃していく。 その日の深夜、新宿区の公園ではある暴走族が集会を開いていた。 彼等のチーム名は「マッドボアーズ」。 新宿区に名を連ねる暴走族の1つで赤灯会がケツ持ちをしている。 「弟をいじめたガキの家に殴りこんで家族全員土下座させたでヤンス!」 「電車で目の前に立っているばあさんを無視して優先席で大声で電話しているチンピラがいたでガンスが誰も注意しねーもんだから俺が説教してやったでガンス!」 「後輩を闇バイトに巻き込もうとしやがった連中をまとめて叩きのめしてやったでゴンス!」 各々の「武勇伝」を誇らしげに語るマッドボアーズ構成員達。 そんな中一際厳つい男が己の武勇伝を語る。 「こないだ出会った”女”(スケ)といい”感じ”(ステージ)になってたと思ってたんだがよ、 結局”美人局(つつもたせ)”でな、女の”バック”には武装した大勢の半グレがついてやがった… ”頭数”(へいたい)と”得物”(どうぐ)があれば俺に勝てると思ったのか連中は”調子乗って”(チョヅイて)たんだがよ… 女ともどもまとめて”理解”(わか)らせてやったぜぇ!!」 男の風貌はモヒカン頭で上を向いた鼻が特徴の何人か殺ってそうな悪人面、 身長は劾ほどで体型は筋肉質、革製のベスト、グローブ、ズボン、ブーツと金属製の肩当てと膝当てで身を固めているという 世紀末の荒野を駆け抜けていそうな、そして遭遇した誰もが関わり合うのを拒絶しそうなものであった。 彼こそがマッドボアーズの総長にして、劾、玲、氷藤、そして後述の「馬場」の中学の同窓生、猪狩進である。 「総長に喧嘩売るとはバカな奴等でヤンスね~!!」 「総長、今回”も”美人局でガンスか?」 舎弟達の中には猪狩を称賛する者もいれば心配そうに問いかける者もいる。 「そうなんだよな、俺は”不良”(ワル)の中じゃあ人望はある方だけどよ、”一般人”(パンピー)…特に女受けは悪くってよぉ… ”本気”(マジ)の”恋愛”(ラブ)には未だに無縁でよぉ…」 ため息交じりで応じる猪狩。 「俺も似たようなもんでヤンスよ…」 「俺も同じでガンス…」 舎弟達も猪狩に同調していく。 そんな時一人の舎弟が思い出したように言う。 「そういや、渋谷区のババアの奴、彼女できたみたいでゴンスよ。それも相手はあの雷堂天音(らいどうあまね)みたいでゴンス」 ババアとは高齢女性への蔑称だが、彼の言う人物はその真逆。 猪狩並びに劾等の中学の同窓生にして汰威超組がケツ持ちしている暴走族「ハザードベア」の現総長、馬場丁司その人の事である。 ちなみに初代総長は高校生時代渋谷区で活動していた熊害。 そしてこの報せを聞いた猪狩は… 「あ、あ、天音ちゃんだとぉ!?」 どうやら天音は猪狩の意中の相手であった。 それ故彼はこれを聞いて雷に打たれたような、この世の終わりのような衝撃を受けた。 「そ、総長?」「大丈夫でヤンスか総長!?」 心配そうに猪狩に声を掛ける舎弟達。 すると猪狩はポツポツと語り出す。 「…思えば…あのクソババアには何一つ勝てる要素が無かった… ”容姿”(ルックス)、人望、腕っぷし、勉強…勝ってるのは”身長”(タッパ)だけだがそれが何だってんだ… 氷藤のクソの時だってそうだ、俺はただ奴に殴られ屋を強要したりクソしてる映像をネットに流したり画鋲席と画鋲シューズを義務付けたり ロリコンだの殺人犯の加害者だの根も葉もないデマをでっち上げ本人に無理矢理認めさせたりしただけじゃねぇかよぉ… それを俺を悪者にしやがって… バックの組もクソババアの方が勝っちまうし、そこに今回天音ちゃんもクソババアに取られちまうし… 結局俺はクソババアに今までもこれからも勝てねぇままなのかよぉ… ブヒィ…」 悔し涙に頬を濡らす猪狩。 「そ、総長、俺達が付いているでヤンス…!!」 「ウ…ウ…辛いでガンスね…悔しいでガンスね…」 「分かるでゴンス…分かるでゴンス…クウウウ…」 舎弟達も貰い泣きを始め集会はお通夜ムードに。 「”女々しくて”…”女々しくて”…”女々しくて”…辛いぜぇ~っ!!!!!!!!!!!!」 夜の公園に猪狩の慟哭が響き渡る。 「へぇ~これが本物の暴走族って奴っスか…思ったより情けない感じっスね…」 猪狩の慟哭を遮るかのように突如としてどこからか声がする。 ビキビキビキ… 瞬時に猪狩の顔面が血管で覆い尽くされ声のした方向を向く。 「誰だぁ、この俺をディスりやがった奴ぁ…」 !? そこにはクルミ色のカラーリングで所々バイクを思わせるパーツが見られる小柄なイタチ型レプリロイドが佇んでいた。 「オレはスプリント・ウィーゼランッス。 人間の暴走族に興味があるんス。 早速ッスがこのチームの総長の座をかけてタイマン張らないッスか?」 イタチ型レプリロイドは名乗った後猪狩にタイマンを申し込む。 これに対し猪狩は… 「(こ、こ、こいつは都内に現れた一連のロボット共の仲間じゃねーか! まさか”本物”(マジモン)と”出会う”(エンカする)事になるなんてよぉ… 今までの奴等はロックマンと善戦したみてぇだが、こいつは『考坂(こうさか)』ぐれぇ小せぇ… これならいくら何でも俺でも行けるかもしれねぇ…そしたらクソババアも見返せる… ”幸運”(グッドラック)が舞い込んできたぜぇ!!) いいだろう、男猪狩進、この勝負受けて立つぜぇ!!!!!!!!!!」 ウィーゼランの小ささに油断した猪狩は意気揚々と彼に挑みかかるも… シュンッ!! 「”消え”(フェードアウトっ)た!?」 猪狩の眼前にいたはずのウィーゼランが彼の視界から消えたのだ。 ズドッ!!「ブヒ!!」」 横からのウィーゼランの跳び蹴りが猪狩に炸裂した。 「クッ!!」 吹っ飛び起き上がった猪狩に反撃を許さず次のウィーゼランの攻撃、肘鉄が決まる。 それも先程攻撃を受けた位置から考えると有り得ない位置から攻撃を受けたのだ。 「このっ!!」 ブンッ! ウィーゼラン目がけて拳を振るう猪狩。 「遅いッス!」ドッ!!「ブヒッ!!」 ウィーゼランは猪狩の腕に飛び乗って跳び蹴りを繰り出す。 「ハァ…ハァ…何なんだよぉ!!まるで影じゃねぇか!!でもこっちは攻撃を喰らうって事は実体があるって事だろ!!訳が分からねぇ!!」 それ以降も一方的に攻撃を喰らっていく猪狩は次第に焦りが現れる。 「トドメっス!!」 ドガッ!! 「ブヒィィィ!!!!!」ズザザザザザザ… ウィーゼランの止めの一撃が猪狩に炸裂した。 「”不幸”(ハードラック)と”踊”(ダンス)っちまったぜ…」ガク… 猪狩は負けを認め気絶した。 「「「総長~っ!!!!」」」 猪狩に駆け寄る舎弟達。 暫くすると猪狩は目を覚ました。 「完敗です、これからはあんたがウチの総長です」 「お前等のチームは何というッスか?」 「マッドボアーズと言います」 「よし、それじゃあこれからはチーム名を『マッドウィーゼルズ』に改名ッス!! お前は今から副総長ッス!」 「ヘイ、分かりやした!おめぇ等もそれでいいな!?」 「「「ヘイ!!!」」」 喧嘩に負けた猪狩は潔くタイマンの条件を呑んでウィーゼランを新総長に迎え入れチームの改名も舎弟達共々快諾した。 そしてそのままウィーゼランと話し込む。 「はぇ~、総長は未来から来たロボットなんですかい」 「厳密には『レプリロイド』ッスね。オレに檜町公園のジュラファイグ、お台場のレディバイド、国会議事堂のシルキーガ、 そしてそのオレ達を造ったででデルタみてぇな魂のあるロボットがレプリロイド、 それ以外の魂の無ぇのが『メカニロイド』ッス。 ロボットはレプリロイドとメカニロイドの総称っスがオレ達の認識じゃあメカニロイドの事を言うッス」 ウィーゼランは自分達の素性を猪狩達に包み隠さず話す。 「今のAIロボットより進んでいるんですね」 「当たり前っス!段違いッスよ!」 猪狩の問いに得意気に応えるウィーゼラン。 「ところで総長は人間の暴走族に興味があるって仰ってやしたが…」 「その通りっス!デルタはオレにヤンキーや暴走族を始末するように言ってきたッスが そのヤンキーや暴走族について学習しているうちに魂に火が着いちまい喧嘩して舎弟に加えていく事にしたんス」 猪狩の次の問いにウィーゼランは意気揚々と応じるが… 「でしたらこの俺に任せてつかぁさい、この時代の”不良”(ワル)の世界を俺が”案内し”(ガイドっ)て差し上げやしょう!」 「恩に着るッス、猪狩!」 ウィーゼランにこの時代の案内人を買って出る猪狩だったがこの時彼の胸中には黒い企みが巡らされていた… 翌日、猪狩はウィーゼランを伴って夜の繁華街を繰り出していた。 因みにウィーゼランには目立たないようにと布が被せされている。 「”現実”(リアル)の不良じゃ漫画の中の美化された不良…つまり仲間想いで曲がった事が大嫌いな快男児なんざ一握りで大部分はクズなんでさあ、例えばそこの奴等みたいな感じですね。 ちょいとその”一握り”に入ってる俺がシバいて来ますわ」 前方の2人の不良達を指差す猪狩。 その不良達は嫌がる女性をしつこくナンパしていたのである。 「いいだろぉ、姉ちゃんよぉ~」 「悪いようにはしないからさぁ~」 「や、やめてください…!」 その時不良の一人の肩に猪狩の手が置かれた。 「チッ誰だよいい所なのに…よ…!?」 バキッ!!「ゴぺ!!!!!!!!」 不良の一人は振り返った瞬間猪狩に殴り飛ばされる。 「な、何だバ!!??」 ベキョッ!! もう片割れの不良も殴り飛ばされた。 その直後猪狩は不良達に土下座のポーズをさせた後彼等の頭を何度も地面に叩きつけ始める。 「レディに対して”上等こき”やがって!誠心誠意謝れクソ共がああああああ!!!!!」 ガッガッガッガッガッ!!! 「ひゃ、ひゃめて…」「ひ…ひぬ…」 不良達が額から血が噴き出し気を失った後猪狩は女性に向き直る。 「お嬢さん、大丈夫でしたか?」 気取った口調で問いかける猪狩だったが… 「キャーッ、助けてぇ~っ!!!!!!」 タタタタタタタタ… 女性は猪狩を恐れて走り去っていった。 「……」 猪狩は暫し沈黙した後ウィーゼランを伴って移動し始める。 また別の場所では… 「いいからもっと跳ねてみろよ~、まだあんだろぉ!?」 ピョンピョンピョンピョン!!! 3人組の不良がいかにもオタクっぽい少年にカツアゲをしており、オタク少年は恐怖に震えながら垂直ジャンプを繰り返していた。 その時不良達の後ろから猪狩が現れた。 「それじゃあ効率悪いなぁ~」 「だ誰だボ!!?」「んだオラバ!!?」「やんのかブべ!!?」 ガガガガガガガ!!! 不良3人は猪狩に瞬殺された。 「効率のいいカツアゲたあ、こうやるんだよ!!」 そう言って猪狩は不良達を全裸にひん剥いてしまった。 「ヒーン!!!」「酷いよぉ…」 泣き叫ぶ不良を余所に猪狩は不良達から剥ぎ取った服から金品を物色する。 それが終わると猪狩は不良達の服を持ったまま言い放つ。 「服はフリマアプリで売っとくわ!テメー等に着られたんじゃ服がかわいそうだからな、 ブヒヒヒヒヒヒヒ!!」 そして猪狩はオタク少年のいた方に目をやる。 「ヒ…こ、これは差し上げますから見逃して下さぁ~い!!!」 ピューッ!! オタク少年は有り金を猪狩に渡すやその場から走り去っていった。 「参ったなぁ、俺がカツアゲした訳じゃねぇのによ…後で返すか…」 悩みつつ猪狩とウィーゼランは更に別の場所へと移動する。 次に猪狩が目にしたのはオヤジ狩りの現場である。 「オラ金目の物全部出せやオッサンよぉ!!」「や、やめなさい!!」 4人組の不良が一人の中年男性に寄ってたかって暴行したり金品を奪ったりしていたが… 「ほーん、若者はオヤジを狩っていいんだよな!?」 「あたりバ!」「ふざけベ!!」「よくもゴ!!」「助けヴェ!!」 ガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!! 猪狩は不良全員を瞬殺し、彼等にとある情報を吐かせようとする。 「じゃあ俺はテメー等のオヤジ”狩”(ハント)るわ。 テメー等のオヤジの顔と名前と会社名教えろオラぁ!!!!!」 ゴッ!!ガッ!!バキャッ!!! 「い、嫌だ、誰が教えブ!!」「お、おじえまず…」 「お~いい子だ…ん!?」 ふと猪狩がカツアゲされていた中年男性に目をやるとなんと彼は自身らを通報しようとしていたのだ。 「やべ、ずらかりましょう!」「分かったッス!!」 猪狩達はそそくさとその場を後にする。 「何か猪狩も漫画の中の美化された不良とは違うッスね」 「”一般人”(パンピー)に俺の魅力は分からねぇんですよ…」 猪狩は寂し気に、そしてため息交じりに言うと話題を変える。 「…とまあこんな感じでクズな不良共はそこら中にいるんですがこんなのはほんの序の口。 渋谷区のチーム『ハザードベア』…とりわけ総長の馬場は奴等を凌ぐドクズなんですわ」 そして猪狩は馬場の悪行の現場ばかりを繋ぎ合わせた映像をウィーゼランに見せる。 それは馬場が同級生をカツアゲしたり絡んで泣かせたり弁当の一部をつまみ食いする、 等と言った内容だった。 「さっきの奴等よりはまだマシに見えるんスが…」 異議を唱えるウィーゼランを制し猪狩は馬場の事実を歪曲(わいきょく)した説明を始める。 「これは奴の”悪事”のほんの”一部”…奴は何の罪もない同級生に殴られ屋を強要したり クソしてる映像をネットに流したり画鋲椅子と画鋲シューズを義務付けたりロリコンや殺人犯の加害者家族を名乗らせたりと”やりたい放題”なんですよ。 にも関わらず奴は強い奴には媚びへつらうし外面ばっかり良くてこの間は俺の”女”まで横取りしやがったんです。 さっき俺達はあんなクソ共にどの要素でも勝てねぇ悔しさに打ちひしがれていたんですわ…」 言い終わる頃の猪狩の口調には悔しさが滲み出ていた。 「馬場…とんでもねぇクソ野郎ッスね…よっしゃ、ここはオレが一肌脱ぐッスよ! それじゃまずはオレのマシンを紹介するッス!」 そう言ってウィーゼランは猪狩達を広い場所へと誘導すると何かを呼び出した。 ブゥン… 空間から姿を現したのは一見装甲車にも見える外装に覆われ車体上部にビーム砲を備え 3台のトレーラーを牽引する巨大な怪物のようなトラック、さしずめ「モンスタートラック」である。 「ヒョエー、どえれー”クール”ですねぇ!!」 これを見た猪狩はただただその威容に圧倒される。 「まず奴を見返す為にはチームを大きくするッス! 尤もオレが族同士の抗争って奴をやってみたかったってのもあるんスがね… ってな訳で行くッスよ、野郎ども!!」 「オオーッ、行くぞ、”スピードの向こう側”に!!!!!」 ブロロロロロロロロ… 野獣の咆哮のような駆動音を響かせるモンスタートラックに猪狩等のバイクが続く。 「喰らうッス!!」バキッ!!「グアッ!!」 「タイマンで負けたんだからお前は舎弟ッス!!」「わ、分かりやした…」 ウィーゼランはハザードベアに対抗すべく近隣の暴走族を吸収し始める。 彼等は皆人数が多い、層が厚い、その両方を兼ね備えているが為にこれまでマッドボアーズが手を出さなかったチームばかりである。 この間、猪狩が制裁した不良の関係者が彼に報復しようとする事もあった。 その中には猪狩より腕っぷしが強い者もいたがウィーゼランには到底勝てない為 猪狩はより一層気が大きくなっていった。 そんなある時… モンスタートラックの前方に1台のデコトラが走っていた。 「邪魔ッスよ!!」 ウィーゼランの駆るモンスタートラックが強引にデコトラを抜かそうとするが… 「何だこの野郎!!」 運転手の怒号を中から響かせデコトラがモンスタートラックに車体を寄せて来た。 「まさか…あのトラックは…!?」 猪狩の顔に焦りが現れるのを余所にウィーゼランは 「やりやがったッスね…!」 ドガッ!!…ドォォン!!! ウィーゼランのモンスタートラックが勢いよくデコトラに体当たりし、結果デコトラは激しく横転した。 「ウウウ…」 デコトラの中からは負傷した熊害の姿が見える。そう、デコトラは彼の会社、シシマル運送の車だったのだ。 「やっぱ熊害(クマ)さんの車じゃないですか、まずいですよ総長!!あの人は組でも”世話”になっている…」 焦りつつウィーゼランを制しようと試みる猪狩だったが… 「それがどうしたんスか?奴がオレに刃向かったのが悪いんス!」 悪びれる様子の無いウィーゼラン。 「だ、だとしても…」 尚もウィーゼランに意見しようとする猪狩に彼は強い口調で言う。 「いいッスか、マッドボアーズ時代のお前はマッドボアーズという括りならナンバー1ッスが 赤灯会とかいう組織じゃ下っ端どころか構成員ですらないじゃないッスか。 このマッドウィーゼルズは組とも何も関係ねぇしお前はナンバー2。 対して馬場は依然マッドボアーズ時代のお前と同じ立場みてぇじゃねえッスか。 馬場を見返すならこれぐらいの気概がねぇとダメっすよ。 もうオレ達に退路は無ぇッス、ただ進み続けるだけッス!! それと何スか?オレに逆らうんスか!?それとも馬場を見返したくないんスか!?」 これを聞いた猪狩の胸中は馬場への敵愾心(てきがいしん)、ウィーゼランからの圧、 熊害を見捨てる事への恐怖で激しく揺れ動き、その結果… 「そうだ…”やる”しかねぇんだ…”やる”しか…ブヒ…ブヒヒヒヒヒヒヒ…!! 俺にはもう”後退”(バック)はねぇ…どこまでも突き進んでやるぜぇ~!!!!!!」 切羽詰まってヤケクソになった猪狩は正にブレーキが壊れた暴走車と化していくのだった… 7月28日。 その日、シェリーの基地で遂に第3のロックスーツ「高機動型」が完成した。 この報せを聞いた時、玲は真剣な眼差しでシェリーに頼み込む。 「博士、お願いです、私にも…ロックスーツを使わせてください!」 「!?有難い話だけど…とても危険よ?レイとガイ君にロックコマンダーを預けたのも当初は 飽くまでツルギ君のサポートの為だったのよ!?」 「少しでも早くデルタとデルタナンバーズを止めたい…その想いは私も神崎と桜井と同じです!お願いします!」 「…止めても無理のようね…それじゃ使い方を教えるわ」 玲の真剣さに根負けしたシェリーは感謝と申し訳なさを感じながら玲にロックスーツの使い方を教え始めた。 7月29日。 この日は玲の父方祖父にして汰威超組初代組長、沖藍武(たけし)の命日である。 都内某地の霊園には玲とその両親、汰威超現組長の志熊、その妻子である裕奈と美音、 同組若頭で玲の父、沖藍竜太の兄、強が墓参りに来ていた。 竜太は優子との結婚を機に組抜けをしておりその際志熊と真剣勝負をして両目に傷を付けている過去があるが彼等の間の因縁は時が解決していた。 「兄貴、見てくれ、この間の玲の写真!」 満面の笑みでスマホの玲の写真を強に見せる玲と似た髪色のオールバックでサングラスの男性が玲の父で元汰威超組の伝説のヤクザ、竜太である。 「また始まったか、リュウの娘自慢がよ…でもその気持ち分かるぜ!」 喜々として写真を見つめる強。彼は玲を娘同然に可愛がっているからである。 「もうお父さんったら…」 そんな竜太と強に若干照れる玲。 「まあまあ、いいじゃない…お父さんとお爺ちゃんの事を考えれば…」 玲を優しく窘める茶色のロングヘアの穏やかそうな女性が玲の母、優子でこう見えて元自衛官である。 「娘自慢ならワシも負けておらんぞ、こっちはプロのカメラマンを使って撮影したのだ…見よ!」 そこに志熊が乗っかって来る。 「こら、何対抗しようとしてるんだい」 それに裕奈がツッコミを入れる。 「ミネ!久しぶり!」 「お久しぶりです、レイ」 同年代である玲と美音も互いの近況を話し合った。 そこで玲は美音からシルキーガの事件の事を聞いたがその中で翔のエピソードも聞いた。 「それ以来彼の事が気になっているのです」 「鷹山翔…聞いた事ないけど会ってみたいなあ… そういえば馬場に彼女が出来たみたいで相手は雷堂天音だって」 玲は翔に感心を示しつつ共通の知り合いである馬場の話題を出す。 「彼も隅に置けませんね…ところでレイはいつも話に聞く桜井さんという方とどこまで行きましたか?」 「え!?私と桜井はまだそんなんじゃないって!ただ中学と高校が同じだけだって!」 顔を赤らめ否定する玲だったが… 「『まだ』とは?」 美音は妖し気な表情で玲に問う。 「ミネってば!!」 困惑する玲ではあるが不快には感じていなかった… そして一行は武の眠る墓へ… お供え物や線香、柄杓での水掛けの後それぞれが目を閉じ合掌し胸中の想いを語る。 「親父、玲はこんなに大きくなったよ、いつも思うが親父に合わせてやりたかった…」 「お義父さん、駆け落ち同然で結婚した私が言うのも厚かましいかもしれませんが…これからも我が家を見守っていてください」 「先代、抗争での最期の勇姿…今でも目に焼き付いております」 「どうか『家族』の事を見守っとってください」 「お父様があれ程お慕いしている先代…私も出来れば会って見たかったです」 「親父、汰威超組は俺達に任せてゆっくり休んでな…」 竜太、優子、志熊、裕奈、美音、強が各々の思いの丈を伝える中、玲が一際長く手を合わせ その想いを語る。 「(お爺ちゃん、今の東京ではね、未来から来たロボットが悪さをしていてね… そのロボットはそれで母親同然の製作者を苦しめているの。 友達が変身してロボットの悪さを止める為に戦ってくれているんだけど… 今度私も戦いに加わる事にしたんだよ…)」 玲は自身が生まれる前に抗争で世を去った武に思う事があった。 両親や伯父から聞いた話によると武は早くに妻を亡くし男手1つで二人の息子を育て上げ組でも大きな戦力にした。 その片割れの竜太が抜けるのは組にとっては痛手だったが彼との約束を守り惜しみながらも送り出した。  その後も縁を切ったはずの竜太を武は匿名で結婚祝いを送ったり時折構成員に竜太夫妻の周辺を見張らせたりといつも気にかけていたようだ。 しかし敵対組織との抗争で武は組員を庇い凶弾に倒れたのである。 それは優子が玲を身ごもった時とほぼ同時だった。 言うまでもなく実行犯の半グレグループ「穢澱(エデン)」は現在では跡形もなく消滅している。 父の訃報を聞いた竜太は当時父の死は自分の組抜けの所為であると自分を責めたが 強、志熊等から父の死と彼の組抜けは無関係であり本当に父を思うなら 組抜けしてまで手に入れた家族を守り抜くべき、と手厳しく諭された。 この事で竜太はその後生まれて来た玲に過剰なまでの愛情を注ぐようになったという。 亡き父の分まで可愛がるように。 これを聞いた玲はこれまで過保護にも思える竜太を若干疎ましくすら思っていたが考えを改める。 同時に「親」を悲しませるデルタの事が理解できず、静かに憤りの念も抱いていたのだ。 「(私も…戦うから…!)」 一人決意する玲であった… 同日渋谷区の某所にて… 人気音楽ユニットTHREEーMIXが出るイベントの帰りで上機嫌な劾が前方を歩く不機嫌そうな柄の悪い男と出くわす。 男は無精ひげを生やし服装は紫地に黄色い英文字がプリントされたタンクトップ、腰で穿いているゆったりとしたジーパン、 厳つい腕時計、Tの文字の形をしたチャームのついたネックレス…というもの。 そして男は劾を視認すると声を掛ける。 「おいそこのデケーの…お前、もしかしなくても桜井か?」 「そ、そうだけど…もしかして馬場!?」 「そう、馬場だ馬場…随分久しぶりじゃねぇか」 この男こそ馬場丁司だった。 劾と馬場は長らく会っておらず、その為互いに名前を確認した後それを肯定したのだ。 馬場はそのまま劾に詰め寄り凄むような口調で言う。 「丁度いい、ちょっとばかり金貸してくんねーか?今凄く困っててよお…」 「いや、それは…」 「いいだろ、助けると思って…な!?」 「う…」 馬場は劾にカツアゲし、劾はその圧に負け馬場が自分の財布から金の一部を抜き取るのを許してしまう。 「ところで、何があったの?」 思わず問う劾。 何故なら馬場の様子は単にムシャクシャしているというより本当に困っているようにも見えたからだ。 それに対し馬場はため息交じりで応える。 「おめーに話してどうにかなる話じゃねーけどよ、同じ中学で猪狩っていたろ?」 「猪狩…あいつがどうかしたの?」 馬場の回答に対し劾は更に尋ねる。 「あいつのチームの勢いが増してな、俺の悪評を広めたりチームの奴等と大先輩を病院送りにしてやがんだよ… 金が必要ってのもその治療費の為でよ… 奴にはこっちから連絡取れねーが、さっき奴がご丁寧に決闘の日時と場所を教えて来たからよ、そん時ゃ焼きを入れてやる!!」 「ハハ…頑張ってね…」 憤慨する馬場を劾は苦笑いをしながら見送る。 7月30日。 夕暮れ時に基地で劾と会った玲が思わず問いかける。 「桜井、顔色悪いけど何かあったの?」 「それが…」 劾が事情を説明した結果… 「何大人しくお金渡してんの!?お人好しにも程があるよ!」 玲が叱責する。 「いや、実際怪我人出ているみたいだし…」 「本当にそうだとしてもいつもみたいにビビってたんでしょ、駄目じゃない!」 「ごめん…」 言い訳をする劾を玲が更に叱責し、結果劾が折れる。 そして玲が心配そうに言う。 「でも猪狩の噂は本当みたいで馬場と猪狩のチームのバックの組の事を考えてもこのままじゃ取り返しのつかない事になるね」 「只でさえデルタの事で大変なのに…デルタがこの事に首を突っ込んできたらもうカオスだよ…」 劾も心配そうに呟く。 「あり得る話だな、今の内に腹を括っておいた方がいいぞ」 そこに立ち聞きしていた剣が言う。 実際この猪狩の快進撃、もとい大暴れにはデルタナンバーズが関与している。 それにいち早く気付いた人物がいた。 それはマッドウィーゼルズに潜入していた翔である。 滅多にトラックから降りず喧嘩の時は早過ぎて撮影が困難な「総長」を翔は慎重に隙を伺い正体を確信し写真も撮影していた。 そして翔は猪狩に詰め寄る。 「猪狩の兄貴!まずいですぜ!今の総長はこれまで都内に現れたロボットの仲間じゃあねぇですかい!!」 「それがどうしたってんだ…真の”漢”にゃ人間か否かは関係無ぇ!!」 翔を一喝する猪狩。 「そういう問題じゃねぇんですわ!奴等は人間にとって脅威ってのもありやすしお互いのバックの組の事も考えると取り返しのつかない事態になりやすぜ!! もし脅されているとしたらロックマンの兄貴達を頼るって手も…」 翔の懸命な説得に猪狩は聞く耳を持たない。 「う、うるせえ!!これは俺の”意志”(ハート)でやってんだ!! クソババアを見返す唯一無二の”好機”(チャンス)なんだよおおおお!!!!」 「こうなったら…力づくでボ!?」 バキッ!ズザザザザザザ… 身を挺して猪狩を止めようとする翔を猪狩は殴り飛ばした。 「俺に勝てねぇ奴が総長を止められる訳ねーだろ!!止めたかったらロックマンでも何でも寄越すんだな!! 総長、こんな奴放っといて行きましょう」 「分かったッス、オレを止めたきゃロックマンを呼べばいいんスよ」 地に倒れ伏す翔を後にウィーゼラン並びに猪狩は走り去っていく。 敢えて翔を見逃すような真似をした猪狩とウィーゼランには何らかの意図があったようである。 「大変だ…」 身を起こした翔はすぐさま連絡を入れる。 「ん、早速か…」 剣のアカウントに翔からの連絡が入った。 「君は…」 剣は翔の事に気付いた。 「神崎、知ってるの?この子は僕も何度か見てるけど…」 劾も気付いたようである。 画面に映る翔は必死で説明する。 「ロックマンの兄貴達!例のロボットがまた現れやした! 奴は暴走族の俺の兄貴分を従えて人間の暴走族を襲撃しとります! それと…その兄貴はロボットをそそのかして恐ろしい事を企んどります! お願いです、ロボットを倒して兄貴を止めて下せえ!!」 「神崎、ちょっといい?その暴走族のチーム名を聞いてくれる?」 「ああ…」 玲が耳打ちして剣は小声で応じる。 そして剣はチーム名を確認する。 「その暴走族のチーム名は…マッドボアーズで間違いないんだな?」 すると翔は応える。 「合っとりますが…それは前の名前ですわ。今はマッドウィーゼルズだそうですぜ」 「やはりか…分かった」 通信を切った剣はシェリーに頼む。 「博士、今のデルタナンバーズの居場所を割り出してくれ!」 「大変!馬場に連絡しなきゃ!!」 そう言って玲はスマホで馬場と通話を始める。 「猪狩の挑発に乗っちゃダメ!」 「ああ!?俺に逃げろってか!?」 馬場が凄む。 因みに馬場は飽くまで堅気である玲とは対等に接しているのだ。 「そうじゃなくて、今の猪狩のチームの総長は一連の事件を起こしているロボットなの! あいつらには人間じゃ太刀打ちできないんだよ!」 「それで、ロックマンに任せろってか…」 どこか不服そうな馬場。 一方シェリーはウィーゼラン等の現在地を割り出していた。 映像を見るとウィーゼランのモンスタートラックが猪狩等のバイクを従え首都高を爆走している。 「うーん、人間の暴走族をどうするか…」 劾が思い悩んでいると剣が口を開く。 「シルキーガの特殊武器『ストリングバインダー』が使えないか?」 「そうか!それで人間は固定してトラックの方に集中して…」 これを聞いていた玲は何かを思いつく。 「ちょっと待って、いい方法があるの…待っててね」 玲は剣と劾にある提案をして彼等がそれを快諾すると通話を続ける。 「これからロックマン達が猪狩をロボットから引き離すから…それが終わったら連絡するね」 「ああ…待ってるぜ!!」 逸る気持ちを抑え、馬場が頷く。 かくして剣と劾が出撃した。 二人はバイク型支援メカ「ロックチェイサー」に搭乗し首都高を駆け抜けていく。 程なくして山の手トンネルにてターゲットを視認。 「いた…!本当にデカいトラックだな…」 「人間の数も思ったより多いね…でも、やるしかない…!」 ロックマン達を視認したマッドウィーゼルズのメンバーは… 「ろ…ロックマンが現れやがった…!どうする…ロックマンとやれってのか…!?」 「五里石の兄貴の恩もあるし無理でヤンス~っ!!」 「いや、総長に刃向かうなら俺達の敵って事になるぜ…」 「オラは降りるでゴンス!!」 パニック状態になり戦意を喪失する者もいればヤケになってロックマン達に挑む者もいる。 「立ち向かって来ない奴は無視だ無視!向かってくる奴だけやるぞ!!」 「ああ、分かった…」 「「ストリングバインダー!!」」 シュルルルル!!!! 剣と劾はシルキーガの特殊武器「ストリングバインダー」でマッドウィーゼルズの構成員を 次から次へとバイクごと糸でグルグル巻きにして動きを封じていく。 「始まったみたいね…じゃあ私も…」 この様子を基地から見張っていた玲は新たなロックスーツを起動し始める。 まず玲はスマホの起動画面に現れた今では縦3列、横5列の15個の点の内、元からあった左右両端の列を除く9個の点を 上段左→上段真ん中→上段右→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右の順で指でなぞる。 パラァン!という操作音が鳴ると玲はスマホをロックコマンダーに差し込む。 すると「レディ」という音声がスマホより発せられ次の瞬間3DCGのワイヤーフレームのような光が玲の身体を包み 光は強く輝いた後玲の前面から消えていく。 光が収まった時には玲は「高機動型ロックスーツ」を纏っていた。 スーツの外観は赤が基調であり肩パーツは白く丸みを帯びておりメットの形状は後ろに流れるような鋭角的なもので玲の後ろ髪が露出している。 武装はナイフに変形する銃型の武器「ロックナイフガン」である。 スーツの起動が終わるや否や玲は自身を劾の居場所に転送する。 手筈は以下の通りである。 ロックチェイサーは現時点では2台しかない為最初に剣と劾がロックチェイサーで出撃し先程のようにマッドウィーゼルズの構成員を捕縛していく。 その後玲が剣と劾のいる地点に自らを転送するのだが剣と劾はロックチェイサーに乗っている為すぐ置いてけぼりになる。 しかしそれは問題ない。 二人が通った後には捕縛されたマッドウィーゼルズがいるからである。 「結構離脱したみたいだね…それでも多いけど…ね!」 「な、何だ、赤いロックマン!?」 「ロックマンは二人だけじゃなかったのか!?」 玲はバイクに乗った状態のままの彼等を邪魔にならない場所に移動させるべく バイクごと抱きかかえダッシュジャンプで地べたに横たえていく。 人目にもつく場所でぐるぐる巻きの状態でバイクごと地べたに横たえるのは玲なりの「お仕置き」であった。 「お~い、糸も何とかしてくれよぉ~!」 玲が去った後マッドウィーゼルズ構成員の嘆き声が空しく響く。 彼等は暫しの間バイクごと縛られた状態で放置されることとなる。 後に「救助」が来るまでは。 一方剣と劾は猪狩を視認した。 「ロックマン達、アンタ等に”恨み”は無ぇがこれも総長の為… そして積年の俺の”夢”の為…邪魔するってんなら受けて立…」 「「ストリングバインダー!!」」 シュルルルルルルルル!! 成す術もなく捕縛された猪狩。 「目を覚ますんだ、猪狩…」 モンスタートラックの追跡を続けながら劾が呟く。 その口調には怒りと悲しみがこもっていた。 程なくしてそこに玲が現れる。 「な、もう一人のロックマンだと!?」 「最後にして、本命ね…」 玲はこれまで同様猪狩をバイクごと抱きかかえダッシュジャンプや壁蹴りで移動するが 向かった先はこれまで同様の屋外ではなく廃ビルである。 「このビルはあの…偶然って恐ろしいなぁ…」 呟きながら玲は廃ビルに入っていき猪狩を横たえる。 「アンタには、ケジメをつけて貰うんだから!」 そう言い放って玲は立ち去った。 「おい!!何のつもりだ!?一人にしねぇでくれよ!!総長~!!!!!」 廃ビルで一人喚き散らす猪狩。 一方で玲は馬場に連絡する。 「ロックマンが猪狩を引き離したよ!アイツは今、『我瑠磨ビル』にいる!!」 「そうか、サンキュー!」 馬場は通話を切る。 その口調は闘志に溢れていた。 続いて馬場はハザードベアの構成員達並びに志熊とこの情報を共有する。 報せを聞いた志熊は何者かに電話をかける。 「赤灯の、例の決闘の時間と場所が変更されたぞ。 場所は我瑠磨ビル、時間は『馬場が到着し次第』だそうだ」 連絡先の人物がそれに応じる。 「了解だ、すぐに下の奴等にも伝えておくぜ」 志熊の電話の相手は劾より背が高く長い前髪をオールバックにし、片眼には眼帯で口髭を生やした厳つさと不気味さを備えた男… 赤灯会二代目組長の赤井刃(あかい じん)である。 両端に刃のついた鎌を操る狂人で鉄火場ではその愛用の鎌で血の雨を降らせてきた。 「我瑠磨ビル…奇妙な縁を感じるわ…またあの場所に来る事になろうとはな…」 志熊は一人呟く。 そう、我瑠磨ビルとは志熊と竜太が組抜けを掛けて決闘した場所だったのだ。 そして志熊、赤井はそれぞれの組の構成員にもその情報を共有する。 それが終わると各自ヘリ、車、バイク等様々な手段で我瑠磨ビルへと向かっていく。 その頃剣と劾は周辺のマッドウィーゼルズ構成員が引きはがされただ1台となったモンスタートラックを追跡していた。 「ロックマン共め、人間の敵相手に上手くやりやがったッスね… こうなったらこいつ等の出番ッスよ~…行ってくるッス、ホイーリー!」 ポチッ! ウィーゼランが操縦席のスイッチの1つを押した。 ゴゴゴゴゴ…ゴインゴインゴイン! モンスタートラックの最後尾のトレーラーの扉が開き中から夥しい数のタイヤが次々と出現した。 タイヤはメカニロイド「ホイーリー」であり、中央には顔があり転がるものもいればバウンドするものもいる。 「それがどうした!」 「全部…撃ち落とす!」 剣と劾はあっという間にそれぞれの武器でホイーリーを全滅させる。 「それなら…喰らうッス!」 ポチッ! ガタッ! ウィーゼランが別のスイッチを押すとトレーラーが切り離された。 二人に迫る巨大なトレーラー。 「桜井!」「ああ!」 ズドドドドドドドドドド!!! 剣の合図に劾が応じると劾はトレーラーに向かってバスターを連射。 その結果トレーラーが凹みながら剣と劾から見て後方に押されていく。 それでもロックチェイサーは高速で走り続けているのでトレーラーとの距離は縮まっていくが… 既に剣がロックブレードのエネルギーをチャージしていた。 トレーラーが正に二人に接触せんとする瞬間… ズバシュ!! トレーラーは両断され剣と劾の後方へとバウンドしながら飛んでいった。 「やるッスね…お次は、オートチェイサーッス!」 ポチッ! ブォンブォンブォン!!!! ウィーゼランが更に別のスイッチを押すとこれまで中央だったトレーラーの扉が開き中から何台ものバイクが出現する。 これらのバイクは実はメカニロイド「オートチェイサー」で操縦者がいなくても自動で走行が可能である。 「未来の自動運転ってのは進んでるんだな…」 「神崎、来るよ…!」 剣が皮肉を言うと二人はオートチェイサーを迎え撃ち、瞬く間に全滅させる。 「『デルタアタッカーズ』じゃ相手にならないッスか…」 ポチッ! ウィーゼランは一言呟くと先程トレーラーを切り離した時と同じスイッチを押す。 すると同様にトレーラーが切り離され二人を襲うもやはりあっけなく破壊される。 「こうなったら…お前の出番ッス、『ロールローダー』!!」 ゴゴゴゴゴ…ドォン!! 「スッゾラー!!」 ウィーゼランが更に別のスイッチを押すと先頭のトレーラーの中からトレーラーいっぱいの巨体を持ち、 不良、暴走族のバイク、そしてロードローラーを合わせたような姿のメカニロイド「ロールローダー」が現れた。 「こいつは…一筋縄では行かなそうだな…」 「…速い!!」 重量に反し高速で突っ込んでくるロールローダーを二人は何とか躱す。 「ゴラアアアアアアア!!!!!!!」 するとロールローダーは即座に方向転換し再度突っ込んでくる。 「当たるか!」 「喰らえ!!」 突っ込んでくるロールローダーに剣と劾が反撃を試みる。 結果劾のバスターはロールローダーのローラーで阻まれ側面からの剣の斬撃はダメージを与えていたもののかすり傷に過ぎなかった。 その後も突っ込んでくるロールローダーに剣と劾が反撃する流れが続いたがその際ローラーには剣の攻撃でもダメージが入らなかった。 「桜井、攻撃するなら後ろだ!」 「ああ!」 剣と劾はロールローダーが通り抜け方向転換するまでの間に出来るだけ候補を攻撃しようとするが… パラリラパラリラ!!!!! 何とロールローダーは方向転換する事なく後部のラッパのような武装から音波攻撃を繰り出してきたのだ。 「く…感覚が…!!」 「だったら…これだ!」 剣と劾はこれにより平衡感覚が麻痺し体の内側から壊されていくようなダメージを受け始めるが 劾がこれに耐えつつシールドショットを展開。 するとシールドで音波が跳ね返されロールローダーに当たり始める。 しかしその音波でロールローダーが自壊する事はなく、それどころか音波の威力を増幅させ再度劾を襲う。 それもやはりシールドショットで反射されるがやはり増幅させられて返ってくる。 その都度劾はダメージこそ受けないものの攻撃の手応えは感じ取っていた。 「シールドもいつまで持つか分からないな…早めに決着を付けよう!!」 「ああ、十分距離が縮まった時にチャージブレードを叩き込んでやる!」 シールドショットを盾にロールローダーとの距離を詰めていく剣と劾。 そしていよいよ剣が攻撃を繰り出そうとした時… 「クルルァア!!!」 ロールローダーが突如方向転換し突っ込んできた。 しかし剣は冷静だった。 何と剣はチャージ攻撃を放つ事なくブレードの先端を地面に当てて 突っ込んでくるロールローダーのローラーを滑り込ませるとその瞬間てこの原理で投げたのだ。 ドォォン!! 弧を描いて飛んだロールローダーは逆さまになって地面に衝突。 落下の衝撃とその重量故地面にはまり身動きが取れなくなっている。 それを見逃さず剣はブレードのエネルギーをチャージした状態でロールローダーに迫る。 「止めだ!!」 ズバァン!! 剣はロールローダーの分厚い装甲に覆われていない底面にチャージブレードを見舞う。 「ゴ…ラ…」 それは決定打となりロールローダーは機能停止した。 「流石ッスね…これなら…どうッスか!?」 ポチッ!ポチッ!! ウィーゼランはこれまでとは更に別のスイッチを続けざまに2回連続で押す。 ウィィィィン… パカッ! これに応じてトレーラーの右側面の一部がせり出して中からミサイルランチャーが現れ、左側面にあるハッチが開いてガトリング砲が現れる。 「「!!!!!!」」 剣と劾は身構える。 ボヒュボヒュボヒュボヒュボヒュ!!! バララララララララ!! 次の刹那二人を襲うはミサイルとエネルギー弾の雨あられである。 ミサイルは様々な軌道を描き二人に迫りビームガトリング砲は剣と劾自身でなく彼等の付近のアスファルトを狙ってその破片を飛ばしてくる。 剣と劾は破片を回避しつつ、剣は右側に、劾は左側に移動。 それぞれ武器エネルギーをチャージし、剣はロックブレードの側面でミサイルを防ぎつつ、劾はシールドショットでエネルギー弾を防ぎつつ アクセル全開で一気にトレーラーとの距離を詰める。 充分に距離が縮まった瞬間剣はチャージブレードをミサイルランチャーに、 劾はバスターのダイヤルを素早く回しチャージショットをビームガトリング砲に見舞う。 しかしそれは決定打にはならなかった為二人は一度距離を取って同様の攻撃を数回繰り返す。 ボン!ボン! そして遂にトレーラーの両武装が爆発を起こす。 爆風の影響がトラクター部分にも及び始めた為ウィーゼランはこれまで同様トレーラーを切り離すもやはり同様に対処される。 とうとうトラクター部分だけになったモンスタートラック。 「これで…最後の最後っスよ!!」 ポチッ! ウィィィィン… ウィーゼランが最後のスイッチを押すとトラクター部分の上部からビーム砲が現れる。 ズドッ!ズドッ!ズドッ!! ビーム砲からの攻撃が剣と劾を交互に襲う。 劾が何とかこれを回避しビーム砲にチャージショットを喰らわせていくと先程のトレーラーの爆発の影響もあってかビーム砲は呆気なく大破。 次の瞬間連鎖的に爆発を起こしモンスタートラックは炎に包まれる。 それでもモンスタートラックは止まらない。 「まだ止まらないのか…!」「桜井、タイヤだ!タイヤを狙うぞ!!」 焦りを見せ始める劾に剣は指示を出す。 「止まれえええええええええええええ!!」 「いい加減、終わりにしよう…ぜ!!」 炎上するモンスタートラックに距離を詰め懸命にタイヤを攻撃する剣と劾。 暫くすると効果が次第に現れていき、モンスタートラックの走行は次第に不安定になっていく。 ドガァァァァン!!!!! そして遂に、代々木公園を横断する都道413号線にて公園に突っ込んで木に衝突し、爆発炎上したのだ。 「手間かけさせやがって…」 「これだけの爆発…流石に『総長』とかいう奴もタダでは済まない…よな!?」 ロックチェイサーを転送で基地に戻した剣と劾が呟いていると突如シェリーから通信が。 「ツルギ君!ガイ君!まだエネルギー反応が消えてないわ!気を付けて…!」 「「了解(だ)(です)!!」」 剣と劾が警戒していると丁度頭上から声がする。 「流石デルタナンバーズ3体を殺(や)っただけの事はあるッスね~」 「「!!」」 剣と劾が声のした方向を見上げるとそこには木の枝の上に佇むウィーゼランがいた。 彼はマッドボアーズを傘下に入れて以来全身を布で覆っていたが今は爆発の影響でその布は燃えている。 布は燃えていくもののウィーゼラン自身はその影響を受けない。 やがて布は全て灰となって散り下からの炎と空からの月光に照らされたウィーゼランが二人の前にその全貌を現した。 「マッドウィーゼルズの総長で、デルタナンバーズか…!」 「どうせまたデルタから与えられた偏った知識で人間全体を色眼鏡で見ているんだろう!?」 剣と劾の問いかけにウィーゼランは応じる。 「そうともよ、オレはデルタナンバーズの1体にしてマッドウィーゼルズ総長…スプリント・ウィーゼランッス!! 青い方が言ってる事は半分当たりで半分外れッスね… デルタは愚かな人間の不良を駆除するように言ってきたッスがオレは不良の世界に興味が湧いてきて…この時代の不良界で天下取る事にしたんスわ!!」 「何…!?」 「不良界で…天下…!?」 これまでとは違うノリの回答に剣と劾は当惑する。 「おう、社会のルールに縛られず舎弟共引き連れて街をかっ飛ばして、喧嘩して、チームデカくして…硬派でカッコいいじゃないッスか!!」 ウィーゼランは豪語する。 「ケンカ…そう言えば馬場のチームの奴等は病院送りにされたとは聞いてたけど 殺されたとは聞いてないな…」 熊害の件の詳細を聞いていない劾は一瞬だけもしかしたら説得できるのでは、と思い始めるが… 「ああ、今までは飽くまでケンカだったッスから”コレ”は封じていたっスが こっからは”命”(タマ)の取り合い… お前等とは最初から殺り合うつもりッス…仲間の仇っスからね…!!」 ウィーゼランがそう言いながら両前腕から青白い光の刃「フラッシャーブレード」を出現させる。 先程ウィーゼランが通報する可能性のあった翔を見逃したのはロックマンと戦う為でもあったのだ。 獰猛な肉食獣さながらの殺気が向けられ、剣と劾は覚悟を決める… その頃、我瑠磨ビルでは… 「総長…戻ってきてくださいよ…俺はここですぜ…」 猪狩は依然ぐるぐる巻きの状態でバイクごと床に横たえられている。 ザッザッザッザッザッ… 「!!」 その時、遠くから大勢の足音がする。 ギギギギギ… 程なくしてビルの扉が開き足音の主達が猪狩の前に現れる。 「あ、”終わっ”(ジエンド)ったな…」 思わず一言漏らす猪狩。 彼の前に現れたのは汰威超組、赤灯会両組織の組長並びに幹部、組員達、そして彼等の関係者達だった。 この中には天音、翔、美音もいる。 「私がアンタの女とか有り得ないんだけどー!? 何度も告る度に振られたの忘れた訳!?」 「ロボットの下に付くとは人間の恥さらしが!!」 「ロックマンの兄貴達に盾突くたあ太ぇ奴だなオイ!!」 天音を始めとしてこの場の一同が猪狩に罵詈雑言を浴びせるがそれを制するように馬場が前に出る。 そして静かながらも怒りのこもった口調で言い始める。 「猪狩…前々からゲスなところがあるとは思ってたが今回は流石に幻滅したぜ… あん時の氷藤並のクズに落ちぶれやがってよ…」 ス… 馬場は猪狩に近付くと懐から何かを出した。 それは鈍い光を放つナイフだった。 「…刺せよ!!”覚悟”は決まったからよ!!さあ一思いにブスッと行けよ!!」 「………」 グッグッグッグッグッ… 怒鳴る猪狩を余所に馬場はナイフの刃を猪狩を縛る糸に押し当ててのこぎりのように往復させ始める。 「”嬲り殺し”かよ…いいぜそれでもよぉ!!”仇”は総長が取ってくれるからよぉ!!」 「…中々切れねぇな…」 「は…?」 馬場の放った一言に猪狩は呆気にとられる。 「馬場、恐らくその糸の弱点は熱ですよ」 そこで美音が馬場に糸の事を教える。 ロックマンが特殊武器で猪狩等を拘束したという情報はこの場の一同で共有済みであり、 実際にシルキーガ事件に巻き込まれた美音はこの糸が事件当時に自分達を拘束した糸と同質のものと推察したのである。 「感謝します、お嬢!」 そう言って馬場はライターで猪狩を縛る糸を焼き切る。 「何のつもりだ、”お情け”でもかけたのか!?」 思わず問いかける猪狩に馬場は応える。 「これは決闘だろ!?縛られてる奴を一方的に刺したんじゃ意味ねーだろうが… それに…お前じゃあるまいしな!」 更に馬場はこの馬場はこの場の一同に向き直り高らかに言い放つ。 「汰威超・赤灯両家の皆々様…これは俺、馬場丁司とこの猪狩進との決闘に付き 何人たりとも手出し無用でお願い申す! 汰威超はハザードベアのケツ持ち、赤灯はマッドボアーズのケツ持ち… 故にこれは子供の喧嘩! 子供の喧嘩に親が出るというみっともねぇ真似をしようとするモンはこん中にはいねぇでしょう!?」 馬場は不敵な笑みを浮かべながらこの場の一同を見渡す。 「案ずるでない、馬場…元よりそのつもりよ」 「俺も同じだ。…猪狩、腹括れや」 志熊が快諾し、赤井もそれに続きつつ猪狩に言い放つ。 「それでは男馬場丁司、この決闘にてケジメ取って参ります!」 馬場は一礼すると猪狩に向き直る。 「猪狩…テメーは今回色々卑怯な真似してきたけどよ… 俺は卑怯な手は使わずその上で徹底的に叩きのめしてやるよ… そんなに俺に勝ちたいか?そんなに俺が妬ましいのか? だったらその気持ちを全部俺にぶつけて見やがれ!!」 馬場の怒号に猪狩も怒号で返す。 「ケッ、どこまでもムカつく野郎だぜ… 本当はテメーの相手は総長がする事になってたんだがテメーとやり合えるこの状況は逆に有難いぐらいだぜ…! 待ってたぜ、この”瞬間”(トキ)をよ…!!」 猪狩は本心では他の誰かではなく自分で馬場を倒したかった。 そしてこれも同じく猪狩の本心であるが彼はロックマンに頼りたかった。 何故なら熊害の件で自分が利用しようとしていたウィーゼランは自分の手に余る危険な存在だと思い知ったからである。 このままだと彼の一線を超えた悪事に加担させられる未来が自身に訪れると察した猪狩は ウィーゼランと理由こそ違えど翔を見逃したのである。 当然これは本人も認めない深層心理である。 ともあれ猪狩とウィーゼランのどちらか一方でも翔を「危険視」していた場合翔は無事では済まなかっただろう。 そして馬場と猪狩は互いに向かって駆け出した… 一方剣と劾はウィーゼランの高速戦闘に翻弄されていた。 「速い…!速過ぎる…!!」 「しかもこの環境は…色々とまずいぞ…!」 現在剣と劾のいる場所は木々の生い茂る公園を横断する都道413号線上で、すぐ近くに歩道橋もある。 ウィーゼランはその圧倒的脚力を活かし木々の枝や幹、歩道橋の側面、信号機などを足場に跳ね回り縦横無尽に攻撃を仕掛けてくる。 その有様は鏡から鏡に乱反射する光や壁から壁に跳ね返る弾丸のようである。 「ここは正にオレの絶対領域ッス!!この勝負貰ったッスよ~!」 ウィーゼランはボルテージを上げていき剣と劾に飛び蹴りやフラッシャーブレードの斬撃を喰らわせていく。 「…そこだ!!」バシュッ!! 劾がウィーゼランの動きを予測した上でバスターを放つも… 「だから当たらないッス~!!」 圧倒的スピードのウィーゼランを捕らえるに至らない。 「俺もいるぞ!!」 剣がロックブレードで斬りかかるもフラッシャーブレードで阻まれる。 力では剣が上回っていたのでこの互いの刃の押し合いでは剣が押し始めるがそれも一瞬。 ウィーゼランがバックステップをする事で剣は前のめりになり一瞬体制を崩す。 それ以降もウィーゼランは地の利を生かしヒット&アウェイで剣と劾を追い詰めていく。 そして… 「さあ時間も押してるッス、そろそろ終わらせるッスよ…フラッシャーブロウ!!」 ブンッ! ウィーゼランが腕を振るうと前腕部の光の刃が分離して飛来し剣を襲う。 「危ない!!」 ザンッ!! 咄嗟に回避を試みるも飛んできた光の刃は剣のスーツに深い裂傷を刻む。 「神崎ーっ!!」 劾の絶叫が響き渡る。 剣のスーツは内部メカが露出した他、傷の辺りがスパークしており煙も噴いている。 更にはスーツの機能が麻痺して重いロックブレードを持てなくなって落としてしまう。 「止めっス…!」 この状態の剣に襲い掛かるウィーゼラン。 「く…間に合うか…!?」 バスターを構える劾。 その時だった。 ガキン!! ウィーゼランと剣の間に何者かが割って入ってウィーゼランの攻撃を食い止めたのだ。 言うまでもなくその人物は高機動型ロックスーツを身に纏った玲だった。 玲はナイフ形態のロックナイフ・ガンでウィーゼランのフラッシャーブレードを受け止めており、互いの刃の接触面が火花を散らしている。 その直後両者は反動で弾かれ離れた位置に着地する。 「「沖藍!!」」 「間一髪だったね…バトンタッチだよ、桜井、神崎!」 剣と劾に一声掛けると玲は改めてウィーゼランと対峙する。 「何スか!?もう一人のロックマンッスか!?」 「その通りよ。そういうアンタは猪狩に利用されてるデルタナンバーズだね?」 ウィーゼランの問いかけに玲は応えては問い返す。 「おう、オレこそがデルタナンバーズの一角にしてマッドウィーゼルズ総長、 スプリント・ウィーゼランッス!! それと…猪狩はこの時代に来たオレに良くしてくれた可愛い舎弟…あいつはそんな奴じゃないッスよ!!」 「見捨てておいて…よく言うぜ…」 ウィーゼランの言葉を受け剣が声を絞り出すように言う。 「あれはお前等との戦いでの流れ弾からアイツ等を守る為に仕方のなかった事っスよ…! それにこの代々木公園ではこれから”本命の決闘”が待っているッスからね…!」 「本命だって?」 今度は劾がウィーゼランに問う。 「オウ、オレは元々ここで猪狩や罪の無い人間をいじめるドクズ…馬場丁司を決闘でシメる事になってるんスわ…」 「馬場が…ドクズ!?」 玲の問いかけにウィーゼランは憎々し気に語る。 「何でも奴は猪狩の女を横取りしたり罪のない人間に対して殴られ屋の強要、 クソしてる映像をネットに流す、画鋲椅子と画鋲シューズの強要、 殺人犯の加害者家族やロリコンを名乗らせる…とかいうクズの中のクズみたいッス… そんな輩このオレが許す訳には行かないッスよ!!」 「「「あ…」」」 剣、劾、玲は何かを察した。 最初に口を開いたのは玲だった。 「アンタにその事を吹き込んだ猪狩はね…自分の私怨の為に嘘八百を並べてアンタを利用しようとしてる大・馬・鹿だから!!! いえ、猪狩だけじゃない…何がしたいのか分からないけどアンタ達デルタナンバーズに 人間の悪い面だけ教えては攻撃させているデルタも同じだから!! アンタも含めたデルタナンバーズがこれ以上悪事を働くのは私達ロックマンが許さないんだからね!!!」 「……」 玲のあまりの剣幕に現在は自分が叱責の対象になっていない劾が思わずたじろぐ。 しかしウィーゼランは全く気圧される事なくフラッシャーブレードを出現させた両腕を構え玲に言い放つ。 「御託はいいからさっさと掛かって来るッス!デルタまでバカにしやがって、頭に来たッスよ~っ!!」 「必ず…止めてみせる…!」 玲も負けじとロックナイフ・ガンを構える。 そして両者の間で展開される超高速戦闘。 樹上で、広場で、競技場で、池の上で、赤とクルミ色の2つの烈風が吹き荒れ互いがぶつかり合う時には青い火花が散る。 この光景に剣と劾は思わず見とれそうになる。 「は、速いッス…!!このオレと互角以上!?」 「(す、凄い…相手の動きや地形、状況がすぐに把握できる…! これも…このスーツの力…?」 スピードでウィーゼランに匹敵あるいは凌駕するだけでなく、現在玲は 自分と相手の位置関係や周囲に何があるか、何が起こっているかなどを瞬時に把握して その都度最適解を導き出す事が可能となっている…即ち頭の回転が速くなっているのである。 この為より的確にウィーゼランに攻撃を当てる事も可能となっており 近接戦闘時はロックナイフ・ガンをナイフ形態にしてそれなりのダメージを与えていき、 遠距離戦闘時では銃形態にして狙撃して1発の威力は低くても確実にウィーゼランを削っていく。 「いや~面白いッス!!人間相手じゃ全っ然張り合い無かったッスからね~! オレはこういうのを求めてたんスわ!!」 しかしウィーゼランも負けじと玲に食らいつきその都度反撃を見舞う。 そんなある時だった。 「そこッス!」 「甘い!!」 ザンッ!! 迫り来るウィーゼランの右腕を玲が斬り上げて切断した。 切断された腕は宙を舞いフラッシャーブレードが消失する。 「やってくれたッスね~!なら…残った腕の攻撃力を両腕分にするまでッス!!」 ブゥン… ウィーゼランの左腕のフラッシャーブレードが幅、長さ共に増大し輝きも増した。 本人が先程言ったように両腕に使う分のエネルギーを左腕に集中させたのだ。 「へえ、面白いじゃない…」 今のフラッシャーブレードが現すかのような殺気を向けられながらも 玲は一筋の汗を流しつつ笑みを浮かべていた… その頃我瑠磨ビルでも死闘が繰り広げられていた。 「オラァ!!」「ブヒィ!!」 ゴッ!ガッ! 「これが高校生の戦いなのか?」 「同じ歳の頃の俺より強いかもしれんな…」 馬場と猪狩の決闘にこの場の一同は息を呑む。 本来の実力差もあり次第に押されていく猪狩だったがしぶとく食らいつき ある時感極まって思いの丈をぶちまけ始める。 「クソババア…!俺は!!ずっと…テメーが…”羨ましかった”!! 顔も勉強も敵わねぇ!! 唯一自慢のケンカでも勝った事は無ぇ!! ”悪人”(ワル)にしか手を出さねぇ俺が”一般人”(パンピー)に避けられてんのに ”一般人”にも手を出すテメーはハブられる事が無ぇ!! そんで…遂に天音ちゃんもテメーのもんになっちまいやがった!!」 怒号と共に放たれる猪狩の拳をいなし続ける馬場だったがとうとう顔面に1発喰らってしまう。 しかし食らった箇所は額であり馬場は耐えきっていた。 そして自身の額を捕らえた猪狩の腕に手を添えると馬場は先程の猪狩の言葉に応え始める。 「お前が俺に嫉妬してんのは前々から知ってたよ… だから俺の悪評流した事は百歩譲って大目に見てやるよ… だがなあ!!!」「ブヒ!!」 ズダァン!! 馬場が猪狩に一本背負いを決めた。 即座に馬場は猪狩に馬乗りになって拳を固める。 「俺の仲間に手ぇ出した事は…絶対ぇ許せねぇんだよ…!! これは蜂塚(はちづか)の分!!」 ゴッ!!「ブヒ!」 馬場の渾身の拳が猪狩の顔面に炸裂する。 「これは棘輪(とげわ)の分!」ガッ!!「ブヒ!」 病院送りにされた舎弟の名前を叫びつつ馬場の殴打は尚も続く。 「これは楼戸(ろうど)の分!」ドッ!!「ブヒ!」 「これは土坊(どぼう)の分!」ベキッ!「ブヒ!」 「これは蛇民賀(じゃみんが)の分!」バキッ!「ブヒ!」 「これは暮屋(くらしや)の分!」ズドッ!「ブヒ!」 「これは願母(がんぼ)の分!」ガン!「ブヒ!」 「これは梵日(ぼんび)の分!」ドカッ!「ブヒ!」 「そしてこれは…初代(熊害)の分だぁっ!!」ドゴッ!!! 「(”重い”…そして…”熱い”…ぜ…)」 ガクッ… 文字通り顔面がボコボコになった猪狩は遂に意識を手放した。 「押忍!!」 馬場はこの場の一同に向かって一礼する。 玲とウィーゼランの死闘にも終局が迫っていた。 二人の戦闘は代々木公園の身に留まらず明治神宮にまでなだれ込んでいた。 そんな中玲がふとウィーゼランに尋ねる。 「ねえ、どうしてデルタは人間を色眼鏡で見たり、アンタ達をけしかけようとしているの?」 その口調には敵意とは異なる強い意志が宿っている。 「それはデルタが世の中から悪を排除し幸せな世界を実現させる為っス。 オレ達レプリロイドはその目的の為に人間の敵として送り込まれたんスわ」 「…!?待って、おかしくない?レプリロイドが人間の敵?普通逆じゃない!?」 ウィーゼランの答に玲は違和感を抱く。 「ま、オレは不良ッスからそんな任務なんかにゃ興味がないし…不良の世界で天下取る道を選んだんスけどね」 ウィーゼランの返答に対し玲は憤りを露わにする。 「アンタが従えていたチームの人達、みんな怯えてたよ… どうせ力で無理矢理脅してたんでしょ!?」 「それは…」 思い当たる節があるウィーゼランは言葉に詰まる。 「いい!?力による解決は時と場合によっては必要かもしれないけど、 それだけじゃ人の上に立つ資格なんて無いんだからね!!」 玲の言葉はデルタにも向けられた言葉である。 事実汰威超組も仁義外れな輩には暴力を行使する反面地域の人々を恐怖で支配しているという事は無く 志熊、強、幹部達も舎弟達からの人望は厚い。 その傘下にいる馬場も同じで自分がちょっかいを出した生徒に飲食物を奢ったり なにか困っている生徒がいたら面倒を見たりといった行動も見られ いじめなど以ての外であった為に周囲から疎外される事はなかったのだ。 「ゴチャゴチャうるさいッス!!結局最後には力が物を言うッス~!!」 しかしウィーゼランはムキになって玲に迫る。 「馬鹿…!」 そんなウィーゼランを玲は迎え撃つ。 互いのボルテージは極限まで高まった時、両者は明治神宮の鳥居の上の両端に立ち、睨み合う。 「これで…決める!!」 「かかって来るッス!!」 ダッ!! 暫しの静寂の後互いが互いに向かって駆け出し、交差する時それぞれの刃を振るう。 スタッ! その後玲とウィーゼランは先程とは互いに入れ替わった位置に着地する。 「何…ス…か…当たった…筈なのに…全く…手応えが…!?」 ウィーゼランは玲を確かに斬り付けていたと思い込んでいたが その瞬間は影を切るかのように全く手応えが無かったことに違和感を感じていた。 次の瞬間… ブシュッ!! 「な…に…」 ウィーゼランのボディに深い裂傷が入る。 玲はフラッシャーブレードが振るわれるギリギリの瞬間まで引き付けてから最小限の動きで回避し、すかさず反撃したのだ。 傷は動力炉に達し勝敗は決した。 「オレの…負けッス…赤い…ロックマン…」 そう言い残しうなだれて崩れ落ちるウィーゼランのボディを玲が駆け寄って受け止めた。 「博士、デルタナンバーズの撃破、完了しました。今からボディを送ります」 玲はシェリーに通信を入れ、ウィーゼランのボディを転送させる。 「ご苦労様、レイ。彼も修理しなきゃね」 シェリーが感謝を伝える。 「博士、ロックスーツを駄目にしちゃって…ごめん」 劾と共に玲の位置に自分達を転送させていた剣が謝罪する。 「そんな事よりツルギ君自身が無事で本当に良かったわ!」 涙ながらに安堵するシェリー。 「これより帰投します」 劾が通信を入れた直後、玲が続いて 「私は寄る所があるので多少遅れます」 と一言断る。 そして剣と劾は帰投し、玲は「寄る所」へと向かう。 玲が向かったのは我瑠磨ビル。 「う…うう…」 決闘が終わって暫く経った後猪狩が目を覚ます。 「目ぇ覚めたか?お前の『総長』はロックマンに負けたらしいぜ」 「そうか…(何でだよ…何で俺は”安心”してんだよ…!?)」 冷静にウィーゼランが負けた事実を猪狩に告げる馬場。 猪狩であるが上記の心理故内心では安堵しつつ頷く。 猪狩は暫しの沈黙の後覚悟を決める。 「俺のことは”好きに”しても構わねぇ…だけどよ…俺の舎弟達は”見逃し”(リリースっ)てくれねぇか…アイツ等は… 至らねぇ俺が”巻き込ん”じまっただけなんだ…」 「テメーうちの舎弟を病院送りにしといて自分の舎弟は見逃せ…だ!? そりゃ虫が良すぎんじゃねーのか!?」 「ううう…」 凄む馬場に対し猪狩は絶望しかけるが… 「何て言うと思ったか!?お前じゃあるまいし!」 先程自身が言った事を否定するとこの場の一同に向き直る。 「両家の皆々様、この度の一連の騒動は飽くまで謎のロボットが引き起こしたもの!! それ故に被害者でもあるこの男には出来る限り寛大な処遇をお願い致しやす!」 深々と頭を下げる馬場。 彼に異を唱える者は誰もいない。 「な、なんだよ、”お情け”でも掛けて”マウント”取る気かよぉ!?」 惨めな想いをした猪狩は思わず馬場に問う。 「勘違いするな、お前との因縁を謎のロボットの横槍で終わらせたくねぇだけだ」 馬場は冷静な口調で応じる。 「クソババア…どこまでもムカつく野郎だぜ…!」 「猪狩の兄貴…!!…!?」 悪態をつく猪狩に対し翔は一瞬拳を固めるがすぐにハッとする。 「これじゃあ…認めるしかねぇじゃねーかよ…テメーが…”一握り”だってよぉ…ブヒィ…」 猪狩は冒頭のように嗚咽する。 「一握り?何のことやら…」 馬場が呆れていると猪狩は赤井に向き直る。 「親父…この度は醜い嫉妬心に駆られてやらかしをしてしまい、謝罪の言葉も見つかりません…今まで…お世話になりやした…」 猪狩は赤井に別れの挨拶をするが… 「嫉妬…結構な事じゃねぇか…」「親父?」 赤井の思わぬ一言に猪狩は唖然とする。 「誰かを羨む気持ちは己を向上させる原動力になる。 嫉妬心が無けりゃ進歩も向上も何も無ぇままだ… あちらさんの馬場くん程の漢を見返すのは容易じゃあねぇ、 だからお前は今回のロボットの存在を『近道』だと思ったんだろうな… それで道を踏み外しちまいそうになったんだな… 俺はお前のひたむきさをよく知っている、 そのひたむきさで正しい道へと突き進んでいけば馬場くんを見返す程の漢になれるだろうがそれには道標が必要だ… だからよ、これからも親として子供のお前を正しく導かせちゃくれねぇか?」 「オ゛ヤ゛ジィィィイ~~~~~~~!!!!!!!!! ブヒィ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!」 号泣し縋りつく猪狩を赤井は優しく受け止める。 「ウ…ウウ…ハッ!!ビ、ビベバン…ウビノアニピバズビバベンデジダ!!」 「フフ…構いませんよ」 この光景に感動して泣きかける翔だったが側に美音がいる事に気付き、滑舌が悪くなりながら謝罪し美音は微笑みながら返答する。 「どうやら、私の出番は無かったみたいだね…」 この一連の流れを物陰から見ていた玲は帰投した。 その直後。 「だけどよぉ、損害を与えた分は自分で償って貰うぜ?」「へ?」 ニッコリとほほ笑む赤井。 一方で猪狩を除く路上で捕縛されていたマッドウィーゼルズ構成員達は汰威超組並びに赤灯会の構成員達が手分けして救助した。 その際両組織はロックマンに恩義があるという事もありマッドウィーゼルズ構成員達はこってり絞られたという。 後日… 新宿区二丁目。 「先輩!終わりやした!!」 「そうか、じゃあ次の配送行こう、な!」ジュルリ… ゾクッ! 猪狩は「マッドウィーゼルズ事件」で実害を受けた熊害の会社「シシマル運送」で 損害を与えた分だけ働く事となっていた。 肉体労働は猪狩には苦では無かったが苦しかったのは社員たちの自分への視線やスキンシップ。 そう、このシシマル運送の社員は全員熊害と同じ道の人であり、雰囲気も熊害に似ているのだ。 「赤井の旦那に免じて今回はこれで勘弁してやるけどよぉ、次は無ぇぜ!! 『自分を売る』つもりがあんならまたやらかしてもいいけどな、ガハハハハハ!!!」 「ハ、ハヒ…」 早々に職場復帰した熊害から圧を掛けられる猪狩はイノシシというより最早借りて来た猫のようである。 「この間の外道並に上玉じゃねぇか…へへへ…」 「一時しかいねぇのが勿体ねぇぜ…!」 「この辺がセクシー…エロい!」 図らずも「モテ期」が到来した猪狩だったが当の本人はと言うと… 「(男にモテても…嬉しくねぇ~っ!!!!!!!!!)」 内心絶叫しつつも猪狩はこの件で己を磨く事を固く誓ったのであった… 渋谷区のショッピングモールでは… 「馬場…!」 劾と馬場がばったり会った。 「桜井じゃねぇか、この間カツアゲした金だけどよ…」 申し訳無さそうに言う馬場に劾は僅かに期待する。 「この金でチーム全員の退院とロックマン勝利の祝賀会を開催する事にしたぜ、お前も来いよ!」 因みに参加者には劾の知り合いも多く、更に劾自身がロックマンである為悪い気がしなかった。 「ハハ、何だよそれ…」 苦笑いを浮かべながらも劾は快諾し祝賀会の日時と場所の情報を共有する。 檜町公園では… 「博士、ウィーゼランとの戦いで改めて気になったんですが…デルタは最初から人間に危害を加えるつもりはなくて… 何かがきっかけで人間を攻撃するようになったんですよね?」 気分転換に玲とシェリーが出かけており、その際玲が尋ねる。 「そうね、それこそ最初は赤ちゃんみたいに無知な分無垢で、 学習を経て様々な知識、それから常識を身に着けていったわ。 善悪の区別もつき私への愛情を示すようになって…」 応えるシェリーは幸せだった頃を振り返りながら言う。 「そんなある時、デルタに『異変』が発生した、と…」 真剣な眼差しで玲が言う。 シェリーは過去を振り返りながら最もその原因と思われる出来事を口にし始める。 「それはタイムマシンの実験の時だったわ… デルタの乗った実験機にエラーが発生して予定した時間より遅く戻ってきたのだけど、 その時のデルタはまるで絶望しているかのような顔をしていたの。 本人に聞いても『ボディの過負荷』の一点張りで それ以降デルタは徐々に普通に振る舞うようになっていって、 私もそこまで大事と捕らえなかったのだけど…今ではそれしか考えられないわね…」 「タイムマシンの…実験の…事故…」 玲はデルタがそこで途轍もなくおぞましいものを見てしまった事を察し、戦慄する。 シェリーの記憶の中の事故当時のデルタの顔はまるでこの世の終わりかのような深い深い絶望を現していた。 デルタを狂わせた「何か」は、現時点ではデルタのみぞ知る。

第六話「自演」

「(流石に錚々たる顔ぶれだな…)」 「(ロックスーツを着ていなければ正気でいられる自信が無いや…」 「(顔見知りが多いけど…大丈夫かな…?」 ロックスーツを起動中の剣、劾、玲はそれぞれ考えを巡らせている。 7月31日、我瑠磨ビルにてロックマン3人とシェリー、そして汰威超組と翔含む赤灯会の主だった面々が一堂に会していた。 こうなるに至った経緯は志熊の提案で自身の組と赤灯会がロックマン達と情報を共有、ないし彼等の支援を申し出て、 劾達とシェリーが話し合った結果、シェリーが快諾した…という事である。 志熊がこの提案をするに至ったのはロックマン達に受けた恩義を返したい、と 彼等の事を知っておきたいという目的があり シェリーが快諾したのは以前剣達から自身の問題を1人で抱え込まないように言われた事と 汰威超組が玲の信頼している組織であり「今の」赤灯会は汰威超組が信頼している組織であった事による。 「私はシェリー・ブロッサム。今から100年以上先の未来から来ました」 「…!!!!」 この言葉を聞き、この場の一同の多くはざわつくが各組の組長及び幹部は冷静な態度を崩さない。 「親父、驚かないんですかい?何というか突拍子もなさ過ぎて…」 狼狽える構成員に志熊は応える。 「先のロックマン達とロボット共の戦いを振り返って見よ。 あれだけの事が出来る技術などどこの国にもこの時代には存在せん。 即ちかのロボット共とロックマンは現実の常識など遥かに飛び越えた存在である事は容易に想像できよう」 「猪狩から『レプリロイド』とやらの事は聞いているからな。 それに目を見る限りこのご婦人が嘘を付いているとは思えねぇ」 赤井もそれに続く。 そしてシェリーは話し始める。 自身の生い立ちを。デルタが事件を起こすようになった経緯を。 「ウ…ウ…ウウウ…」 両組織の面々は当初食い入るように説明を聞いていたが、徐々に呻きだし、震え始めた。 「(拙いな…!)」 「(博士を守らないと…!)」 「(この人たちは飽くまでヤクザ…ごめんなさい、博士…!)」 剣たちは身構える。 こうなるのはある意味当然と言えば当然な結果である。 何故なら事件を起こした元凶のデルタを、シェリーは造ったのだから。 しかし… 「ヴア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアーッ!!!!!!!!」 翔が突如大声で泣き始めた。 見ると他の各組織の構成員も目に涙を浮かべており、すすり泣く者もいれば翔に続き大号泣をする者も現れ始める。 「まさか泣くなんて…」 予想外の事態に思わず一言漏らすシェリー。すると… 「「「泣いてねぇ!!泣いてねぇ!!!!」」」 両組織の面々はどう見ても泣いているのに懸命にそれを否定する。 彼等が泣き止み最初に口を開いたのは赤井だった。 「だってよぉ…旦那さんと生き別れて…その上『息子』に裏切られるなんてよ… あんまりじゃねぇかよおおお!!!!!」 翔がそれに続く。 「それによぉ…その『デルタ』ってのも自分を心配してくれる『母ちゃん』がいるってぇのに… 何でソデボブビビビブゴドボスブンダヨボボボボ!!!!」 「『デルタ』は外道に堕ちそうなのだろう!?ならば貴女の為にも…デルタ自身の為にも道を正してやろうではないか!!」 志熊も力強く言い放つ。 「(裏の世界の住人というだけあってこれまでの人生に色々あったんだろうな…)」 剣は内心呟く。 「(何か想像していた人達とは違うな…)」 ただ唖然とする劾。 「(貴征おじさん…みんな…)」 玲は各組織の構成員達を一時でも疑った自身を恥じた。 そしてロックスーツの事やこれまでの事件の顛末について話し合った後、赤井が切り出す。 「ロックマンは人間…か。アンタ等には世話になっている以上正体を明かしたくねぇなら詮索はしねぇ。 デルタ達と戦う時に闇ルートでしか手に入らない情報や手段が必要な時は遠慮なく頼ってくれ。 それとよ…ヤクザ者の我々が言うのも変な話だが人間はデルタが思うほど愚かな存在ではないって教えてやらんとな」 志熊も続いて言う。 「我々も協力は惜しまん。何かあった時は喜んで手を貸そう」 こうして汰威超・赤灯両組織と共闘を誓ったロックマン陣営。 その際シェリーはある事を思案していた。 「(『志熊』…もしかしたらあの人がマコトの…)」 そんな彼等を他所に8月に入ると新たな異変が勃発し始める。 8月5日、目黒区にて… ガシャン!ガシャン!ガン!ガン! どこからか現れた幅広の青い顔から銀色の長い脚が2本生えたメカニロイド(?) が頭(胴体)を激しく横に振りながら歩き、自身の周囲にある物を頭(胴体)をぶつけることで破壊していく。 そのメカニロイド(?)の前に「赤いロックマン」がナイフを構えて現れる。 「出たわね悪のロボット!!このロックマンがお相手するわ!!」 「赤いロックマン」は人間離れした動きでメカニロイド(?)に応戦し、 ナイフで裂傷を走らせていく。 しばらくするとメカニロイド(?)はその動きを止める。 「ホーッホッホッホッホッホ!!!皆の衆…感謝なさい、崇めなさい、称えなさい!!!」 高らかに笑う「赤いロックマン」。 8月6日、同区の別の場所にて… 「わい等がこの店をロボット共から守ってやるから守り代払うんや!!」 「そ、そう言われましても…」 「青いロックマン」が飲食店の店主を恫喝している。 同日、同区のさらに別の場所では… 「このロックマングッズを家族や友人知人に売りつけるのね! するとあら不思議!紹介料でお金ガッポガッポよ!!」 ビルの一室で「白いロックマン」が聴衆をマルチ商法に誘う。 当然彼等は劾達ではない。 それぞれの身長こそ同程度だが共通点はそれだけであり 顔や体型は皆本物とは異なる他手足と背中には余剰なパーツが付いており手足を動かす際「キュイーン」という駆動音が鳴る。 時は7月30日の夜に遡る。 目黒区内のとあるビルのキッズルームのような一室にて… 「おーよちよち、いい子でちゅね~」 「バブバブ~♡」 見目麗しい女性がおしゃぶりを咥え首にはスタイ、腰にはおむつを着用し甘えてくる相手をあやしている。 但しその相手は赤ん坊などではない。 頭頂部が左右に分かれた金髪で顔は強面、体は筋肉質で毛むくじゃらな成人済みの大男である。 この男こそ劾の偽者の正体であり、工業系半グレ「巣蹴縷沌」のナンバー3、髑髏島弔二(どくろじまちょうじ)である。 そう、これは所謂「赤ちゃんプレイ」というものなのだ。 ピロン! 髑髏島が「プレイ」に興じている最中に彼から若干離れた位置にあるスマホが鳴った。 「チッ、何やねん…」 髑髏島がスマホの画面を見て顔をしかめる。 「あかんがな…」 同日、同区の別の場所… 「ムムム…偽者とは卑怯なのね…」 長い銀髪を後ろで束ね、赤く丸いサングラスをかけた細身と出っ歯が特徴的な男がアニメ「メタルプリンス」の鑑賞にふけっていた。 アニメでは悪役が主人公達に変身して悪事を行い主人公達の評判を下げている。 彼は剣の偽者の正体で巣蹴縷沌のナンバー2の骨家葬一(ほねいえそういち)。 そんな時だった。 ピロン! 「何なのね!?」 髑髏島の時と同様、骨家のスマホが鳴る。 「これは…マズいのね…」 スマホの画面を見た骨家はやはり顔をしかめる。 同日、同区のさらに別の場所。 街路樹の根元にオールバックで肩までの長さの茶髪で化粧の濃い女性が何らかの液体を撒いている。 彼女は玲の偽者の正体であり、巣蹴縷沌のボス、津田骸子(つだがいこ)である。 「アンタなんか!さっさと!枯れておしまい!!『マイスイートダーリン』が!見えないじゃないの!!」 津田が撒いているのは除草剤だった。 というのも津田は最近越してきた外国人の美青年に一方的に恋をして、ストーカー行為まで始めているのだが、 彼の部屋の窓を覗くのにこの街路樹の枝が邪魔なのである。 その時。 ピロン! 「何よ!!」 津田のスマホが鳴り、彼女は同様に画面を確認する。 「潮時かしら…」 津田は顔をしかめ呟く。 翌日の7月31日、同区にある中古車販売会社「モーター・ザ・ジャイアント」にて「社長」、「副社長」、「常務」が会議を開く。 「知っての通り、我が社の車の欠陥の事がユーザーにバレ初めているわ」 「社長」こと津田が切り出す。 モーター・ザ・ジャイアントとは巣蹴縷沌の中古車販売会社としての表向きの名前であり 社長は津田、副社長は骨家、専務は髑髏島なのである。 そしてこの会社は修理依頼のあった車をわざと更に損傷させてその修理費をぼったくっていたのである。 「新たなシノギを見つける時ですのね」 「次は何をやりまひょか?」 骨家、髑髏島は津田と共に新たな商売について議論する。 その時だった。 「思いついたのね!!」 突如骨家が大声を出すと同時に席から立ち上がる。 「何(よ)(やねん)!!??」 津田と髑髏島はそれに驚いた後、問う。 「昨日のアニメで思いついたのね…我々が巷で有名なロックマンになりすまして 自分達で造ったロボットを倒したりして活躍し、その力と名声でお金を取る… これで行くのね!!」 「ナイスアイディアじゃない!採用!!即採用よぉ!!」 「ぼったるで…ぼったるでぇ~!!」 骨家の案を聞いて津田と髑髏島は歓喜する。 巣蹴縷沌は技術力だけは大したものであり、3Dプリンターや自社の売り物の自動車等を使い短期間でロックスーツに似せたパワードスーツ並びに自分達が倒す為のロボットを造り上げた。 8月3日、偽ロックスーツを身に纏った3人はとある喫茶店の前で前述のロボットと同型のロボットを撃破した直後その店の店主に迫る。 「店主さん、ロックマンて知ってる?」 店主はかなり高齢でプルプルと震えている。 「あぁ~ハイハイ、知ってますよ」 店主は答える。 「私達がそのロックマンよ!!早速だけど…これからもここをロボット達から守る為に 守り代を払って貰うわよ」 津田が店主に守り代を要求するが… 「あぁ~そりゃもう喜んで払いますよ…この店を…人類を…守ってくだされ…」 目が悪くボケ始めている店主はあっさり津田達を信じてしまった。 これを見た津田達は互いに顔を近づけにやけながら小声で話す。 「完璧よ完璧!これからはコレで行きましょ!」 「我が社の技術力とボクちゃん達の演技力のお陰なのね!」 「ロックマン様様やねん!」 こうして津田、骨家、髑髏島の3人はロックマンを騙(かた)り自作自演で自社の造ったロボットを倒しては詐欺を働き一般人から金銭を巻き上げていく。 その結果一部ではロックマンの悪評が流れ剣のアカウントに抗議の声が届く事も。 勿論剣はそれを否定しアカウントでも偽者の告知を行う。 一方では実際にロックマンを見た一般人によるロックマンの偽者を指摘する声も。 8月7日、シェリーの基地にて… 「皆どこ見てるの…酷いわ…騙りだなんていつかのボウヤがウチにやった事と同じじゃない…」 鉄兄程の背格好で派手な服装の男がネットでのロックマンの悪評を目にしてオネエ言葉で呟く。 彼は汰威超組幹部の一人、才葉美國(さいばよしくに)である。 戦闘では孔雀の羽根を模した鉄扇を使用する他、ネットに詳しくハッキングに長けており ITに長けた大阪のインテリヤクザ「三界組」とその傘下の半グレ「武郎怒蛮怒(ブロードバンド)」並びに「堕悪秩符(ダークチップ)」の撃退に大いに貢献している。 そのころ新橋では… 「ックション!!うう、冷房利かせ過ぎたかあ!?」 氷藤がクシャミをしていた。 再び基地内。 「中古自動車販売の次はロックマンの騙りとな… あのヒヨッコ共が考えそうな事じゃのう…」 髪と眉毛と髭の長い和服の老人が呟く。 彼は砂井撃(すないげき)。赤灯会の若頭である。 戦闘では杖に仕込まれたロケットランチャーを使用する他、 高齢にも関わらず赤灯会屈指のデジタル派でハッキングの腕は才葉に負けず劣らずである。 「ロックマンの兄貴達の名前を使って悪事を働くなんて許せませんぜ!!」 翔も激昂する。 この日、基地に入る許可を得た汰威超組と赤灯会は各組から数人を派遣していたのだ。 「中古自動車販売…?あのヒヨッコ?何か知っているんですか?」 思わず劾が問う。 砂井は答える。 「ああ、こ奴等は巣蹴縷沌。メカに強い半グレじゃよ。 機械の知識と技術を悪用し、軍需産業、農業、果ては玩具等の界隈で様々な犯罪に手を出しちょる。 詰めの甘さが露呈して事業を失敗し、時にはワシ等のような極道にシメられても懲りず 名前を変えて事業を変え、今は目黒区で中古自動車販売会社『モーター・ザ・ジャイアント』を名乗っちょるようじゃ」 才葉がそれに続く。 「彼等はそのモーター・ザ・ジャイアントで車をわざと傷つける事で修理代を不正に水増ししているみたいだけど、 その問題は今はまだ発覚したばかりで決定的な証拠は表に出ていないのよ。 だけど今回はオイタが過ぎたみたいね…お仕置きの時間よ! 私はモーター・ザ・ジャイアントのサーバーをハッキングして会社の不正を明るみに出すわ!」 「ならワシは目黒区に出現したロックマン達が偽者であるという情報を一気に拡散させるとするかのう」 砂井が言う。 「目黒区のロックマンが偽者と証明する為には俺達本物がその偽者達と現場に居合わせる方がいいんじゃないか?」 剣が提案する。 「巣蹴縷沌がまたロックマンとして出現した時、私達が捕縛するって事?」 玲が問う。 その時。 「目には目を、歯には歯を、茶番には茶番を…」 そう言い始めるシェリーの口調と表情には静かな怒りが感じられる。 「完成したばかりの新ロックスーツ『工作型』を使うわ。 このスーツには外見をスキャンした相手に変身出来る機能があるの。 現時点では変身できるのはこれまで出現したレプリロイド4体のみよ。 そこで誰かが工作型のスーツを起動してそのレプリロイドの誰かに変身して偽ロックマンを圧倒して それを本物が助け出す…という寸法よ」 「博士、目が怖いですよ…」 劾が思わず言う。 「問題は誰が工作型ロックスーツを起動するか、だけど… 巣蹴縷沌の奴等、私の偽者もいるなんて…」 玲が悩んでいると… 「俺にやらせて下せえ…!」 この場の一同が視線を向けた声の主は翔だった。 「申し遅れやした、俺は鷹山翔。赤灯会の見習いをやっとります」 「(この子がミネを助けてくれた…)」 翔が名乗ると玲は美音の話を思い出す。 「実は俺、演技力には自身あるんでさあ。ま、見た方が早いですぜ」 翔は一呼吸置くと次々と自身が遭遇したレプリロイド達の演技をする。 「ロオオオオオオオックマアアアアアアアアアン!!!!邪魔するなあああああああああ!!!!!!!!」 「おーっほっほっほ、雁字搦めにして差し上げますわ!」 「どっちが強いか、タイマンで決めるッスよ!!」 レディバイド、シルキーガ、ウィーゼランのモノマネをする翔は口調どころか声さえも本物そっくりであった。 尤も、声は若干元の声が残ってはいるが… 「レディバイド!シルキーガ!ウィーゼラン…!」 翔の演技力に驚きシェリーは思わず翔の演じたデルタナンバーズの名を口にする。 「ハハ、名演技じゃないか…少なくとも僕達の偽者なんかよりも全然上手いよ…!」 劾も驚き感心し、称賛する。 「(何だろう、俺はこの子を見るとシェリー博士とは違う何かを感じる…) …シェリー博士」 暫し思案した後剣がシェリーに声を掛ける。 「俺は以前あの子が人助けをしていた所を見た事がある。 あの子は凶暴な面があるが同時に自分ではなく他人の為に怒れる事の裏返しでもあるんだ。 ここは彼の演技力を見込んで新しいロックスーツの着用を許可して欲しい。 もし彼が偽者相手にやり過ぎる動きを見せれば俺達が全力で止める」 ロックスーツを着用するにはあまりに凶暴過ぎる翔。 そんな彼にスーツの着用を許可するのは勘などという不確定要素などでは心許ない。 故に剣は翔の演技力を買い、尚且つ初めて会った時の翔の性格、行為を 前向きに捉える事でシェリーに翔のロックスーツ着用の許可を促した。 「私からもお願いします!彼は友人の恩人でもあるんです!」 玲も続いて申し出る。 「分かったわ、ツルギ君、レイ」 頷くシェリー。 そしてシェリーは翔の目を見て忠告する。 「いい?ロックスーツはレプリロイドと戦う為の物だから、いくら頭に来たからって人間相手にやり過ぎては駄目よ!?」 「もちろんでさあ、シェリーの姐(あね)さん!!」 「姐さん…」 シェリーが引く中、砂井も翔に圧を掛ける。 「ええか鷹山、相手が堅気でないとは言えやり過ぎるでないぞ… 約束を破った時は…分かっちょるな…!?」 「わ、分かってやす、カシラ…!」 翔は怖気づきながら応じる。 こうしてシェリーは翔にロックスーツの使い方を教え、劾、剣、玲はモニターを注視し 才葉と砂井はハッキングや情報操作に勤しむ。 筋書きはこうである。 偽ロックマンが現れた際に彼等の前にシルキーガに変身した翔が現れて彼等を捕縛。 そこに駆け付けた本物のロックマンが翔を撃破する振りをする。 最後は捕縛された3人を警察に突き出す。 「(俺が…ロックマンに…!)」 翔は歓喜と緊張に震えていた… そんな一方、デルタのアジトにて… 「困るなあ、ロックマンは『ヒーロー』でいて貰わないと…」 デルタが動いていた。 数時間後、劾達はモニターで目黒区内のとある地点の物陰に止めた車から降りてくる偽ロックマン達と 少し離れた地点の物陰のトラックから降りてくる前述と同型のロボットを視認。 「出動の時ね…」 シェリーが身構える。 その時だった。 ヴヴヴヴヴヴヴ… 突如目黒区内の上空で球状の空気の歪みが発生し、そこから鳥のようなメカニロイドが現れた。 メカニロイドの外観は大きさは大型のバイク程で色は黄土色、 一見鳥型のようだがボディには4本の脚が生えておりさながらグリフォンである。 その脚は前脚は扁平で後脚は円筒形であり前脚の方が後ろ脚より長い。 そして背中には砲門、全ての足の裏、翼、翼の付け根にジェットエンジンを備えている。 その名もオミクロン。 オミクロンの出現と同時だった。 「うわ、何だコレ!?」 「ロックマン?いやよく見たら違うぞ!?」 目黒区内のみならず都内全域のテレビやパソコン、スマホの画面に偽ロックマン達の映像が映し出される。 この画面は2分割であり偽ロックマン達が映っていない方にはモーター・ザ・ジャイアント本社が映し出されている。 尚、基地内のコンピュータやスマホはこの影響を受けていない。 暫くすると画面から音声が流れ始める。 「突然失礼するよ。ボクはデルタ。東京都内の一連のロボット事件の首謀者さ。 ロックマンなる戦士達がボク達と戦い君達を助けているのは知っているだろう? そのロックマン達に名声の為か、金銭の為か成り済ます愚か者がいてね… このような舐めた真似をするとどうなるか、見届けて貰うよ」 それと同時だった。 ガシャン!ガシャン!ガシャン! 突如モーター・ザ・ジャイアントの倉庫内に眠る顔から2本の脚が生えたロボット達が暴れ出し、会社の施設を破壊し始めたのだ。 そして他社の自動車修理工場の前で自社のロボット達と戦う偽ロックマン達の前にはオミクロンが出現した。 「こいつは…デルタの…!」 「間違いないわ、計画は変更よ!ツルギ君とガイ君はモーター・ザ・ジャイアント本社へ、 レイとショウ君は自動車修理工場へ向かって!」 モニターでオミクロンを見た剣はそれがデルタの手先であると確信し、 オミクロンの高速飛行をモニター越しに目の当たりにしたシェリーは上記の指示を出す。 「待ってやした!」 翔は工作型ロックスーツの起動を開始する。 このスーツの起動には新たに追加された左右2列の点をなぞる事が必要である。 翔はこれら15個の点を上段真ん中→中段左から2列目→下段左→上段真ん中→ 中段右から2列目→下段右→中段左から2列目→中段真ん中→中段右から2列目の順に指でなぞる。 パラァン!という操作音が鳴ると翔はスマホをロックコマンダーに差し込む。 すると「レディ」という音声がスマホより発せられ次の瞬間3DCGのワイヤーフレームのような光が翔の体を包み 光は強く輝いた後翔の前面から消えていく。 やがて光は収まり工作型ロックスーツを着用した翔が姿を現した。 黒と赤を基調としたどこか禍々しさを感じさせる外観であり背中には翼状のパーツが生えており、 武装は銃剣「ロックバヨネット」である。 「宜しく頼んます、赤姉貴!」 「宜しくね、鷹山君」 「呼び捨てで構いやせんぜ、俺はこれから姉貴達の舎弟でもありやすから」 「OK、鷹山」 玲と翔は自動車修理工場へ向かう。 「俺達も行くぞ!」 「ああ!」 剣と劾もモーター・ザ・ジャイアント本社へ出撃する。 その頃自動車修理工場では… 「え、何コレ…」 「もしかして…本物が現れちゃったのね…?」 「逆にチャンスや、わい等の力、見せつけたるで!」 偽ロックマン達は当初狼狽えつつもオミクロンと戦う事にした。 「喰らうねん!!!」 ズドッ!! 髑髏島が「バスター」で狙撃する。 彼のバスターは飽くまで偽物なので放たれるのは光弾ではなく鉛玉だが、 カスタマイズされた銃でもあるのでその辺の拳銃よりは威力は上である。 キンキンキン! しかし当然の如く全くダメージは入らない。 「オー!オー!」 奇声を上げながらオミクロンが3人に突っ込んでくる。 「止まるのね!」 骨家が「ブレード」を構えオミクロンの体当たりを防ごうとするが… ドガッ!! 「「「ギャーッ!!」」」 全く勝負にならず3人共弾き飛ばされてしまう。 「オー!」 再度3人に突っ込もうとするオミクロン。 「ムキ―ッ!!!!!!」 予備動作に入っている瞬間のオミクロンに津田が飛び掛かり、ヤケクソになって 偽ロックナイフガンで斬り付けまくるも全く効果なし。 そのままオミクロンは体当たりを繰り出し3人共壁に叩きつける。 「「「「ゴぺぺぺ…」」」 そして瞬く間に武装を全て破壊された偽ロックマン達は逃げまどいながらオミクロンに執拗に体当たり攻撃を受け続ける。 その様子が移された画面から再度デルタの声が流れ始める。 「彼等の正体は津田骸子、骨家葬一、髑髏島弔二… 右側の画面に映っているモーター・ザ・ジャイアントの代表者であり その実巣蹴縷沌という犯罪集団さ。 モーター・ザ・ジャイアントでは車の修理費用を不正に騙し取っていたけど それが上手くいかなくなってきたからと言って今度はロックマンの成り済まし… 実に愚かで滑稽とは思わないかい。 その結果モーター・ザ・ジャイアント本社は自分達で造ったロボットに壊され 彼等はボクの手先であるこの『オミクロン』によって最期を迎える。 これは軽率にロックマンを名乗った彼等に対する見せしめだよ…」 「ヒィィィィイ~!!!」 「助けるのね~!!」 「もうしまへんからぁ~!」 涙と鼻水だらけになり顔を歪めながら逃げまどう偽ロックマン達。 そんな彼等を砲撃せんとオミクロンが背中の砲門を向けた時だった。 ズドド! バシュッ!バシュッ! 「オー!?」 横からの被弾で体制を崩したオミクロンは攻撃が来た方向に向き直る。 そこにはロックスーツを起動した玲と翔がいた。 「ここからは私達が相手だよ!」 「こんな偽物じゃなく本物が相手してやらあ!」 武器を構え言い放つ玲と翔。 彼等を目にした偽ロックマン達は… 「本物よ!本物が来てくれたわ!」 「助かったのね!?」 「せやけど黒い方は知らんがな…」 安堵と戸惑いを同時に感じていた。 一方劾と剣は顔から2本の脚が生えたロボットに囲まれていた。 「ある意味因果応報かもしれないけどな、これを放置したら後の捜査の邪魔になるし無駄な被害も出るかもしれない。だから止めるぞ!」 「それにしてもモーター・ザ・ジャイアントもこんな技術があったなんて… これを良い方に使わないのは勿体ないな…」 2人は半ば呆れながらも迫り来る顔と2本脚のロボット達を迎え撃つ。 ロボット達は何故か出力がアップしていたがこの2人にとっては屁でもない。 故に顔と2本脚のロボット達は次から次へと撃破されスクラップと化していくしかなかった。 これらのロボットと異なりオミクロンは一筋縄でいく相手では無かった。 「オー!オー!」 ロックナイフ・ガンとロックバヨネットによる銃撃はオミクロンに決定的なダメージを与える事は出来ない。 この為翔は引き付けてカウンターを狙う事にした。 オミクロンの体当たりを躱しすれ違いざまに斬りかかろうとする翔だったが… 「オー!」 バシュッ! 突如振り返ったオミクロンの口からプラズマ弾が放たれた。 プラズマ弾は低速だが至近距離にいた翔は被弾してしまう。 「グ…動けな…」 プラスマ弾を喰らった翔は動きを封じられる。 「オー!」 動けない翔に背中の砲門で砲撃しようとするオミクロンだが… 「甘いよ!」 バババババババババババババ!!!!!! 玲が素早く動き回りながらオミクロンのボディの至る所をナイフ型に変形させたロックナイフ・ガンで斬り付けまくる。 玲の位置は背中の砲門の死角であり、追尾機能のあるプラズマ弾を当てようにも 弾の速度は遅く玲を捕らえられない。 それどころかプラズマ弾が自分に当たってしまうリスクすらある。 この為オミクロンは再度距離を取らざるを得なかった。 「恩に着やす、赤姉貴!」 礼を言う翔はいつの間にか動けるようになっていた。 プラズマの麻痺効果は一時的なもののようである。 「よくもやりやがったな、反撃開始だ!!」 翔はロックバヨネットをオミクロンに構える。 それから暫し玲、翔のオミクロンとの戦いはヒット&アウェイの激しい攻防戦となっていく。 オミクロンは相手が離れている時は背中の砲門からの光弾で攻撃し、 近距離に居る時はプラズマ弾で動きを封じようとする。 対して玲はその高速戦闘で翻弄しつつオミクロンとの距離によってロックナイフ・ガンを銃型にしたりナイフ型にしたりする。 翔は工作型ロックスーツの機能の1つ、ホバリングを使いながら空中を飛び回るオミクロンに応戦する。 このホバリングとは空中に留まり前後左右を移動する能力だが浮いていられる時間には限度がある。 戦いの中でそのタイミングを掴んだ翔はある事に気が付く。 「(奴は方向転換する際足の向きを変えて方向を調整している… その瞬間は音が鳴り一瞬だけど間が開く…そこを狙うか…)」 翔が考えた通り、オミクロンは方向転換する際「キュイーン」という音を立てながら足を回転させているのだ。 そしてその時はすぐに来た。 キュイーン… 「(今だ!!)」 ガシャッ! 翔は額のゴーグルを下ろし、「透視モード」を発動する。 すると翔の視界にオミクロンの内部機構が映し出され、更には弱点まで表示される。 「喰らえ!!」 バシュッ! ロックバヨネットから放たれた光弾がオミクロンの足のエンジン部分を射抜く。 「オー!?」 結果オミクロンは喰らった箇所から煙を噴き、方向転換がそれまでより非効率になる。 即ち隙が大きくなるのだ。 そしてそのまま翔はオミクロンの反撃を躱しつつ残る足も射抜きオミクロンの方向転換はより不自由になっていき隙も大きくなっていく。 そうしてオミクロンが自由に身動きが出来なくなり、ボディも損傷だらけになったある時… 突如オミクロンの内部から声がする。 「今回はこの辺にしておくよ」 「喋った!?」 「いや、きっとデルタだよ」 翔は最初声の主をオミクロンと誤認するが、玲が否定する。 デルタは続けて言う。 「その通り、ボクはデルタ、この一連の事件の首謀者さ。 黒いロックマン…君は初めて見る顔だね。また戦う時を楽しみにしているよ… さてと、こんな輩の為にこのオミクロンを犠牲にする訳にはいかないからこれでお暇するよ…」 ヴヴヴヴヴヴヴ… デルタが言い終えるとオミクロンは空間の歪みの中に消えていき、この場から姿を消した。 これに伴い都内全域のテレビ、パソコン、スマホの映像が復旧する。 「直った!直ったぞ!」 「本当に目黒区のロックマンは偽者だったのか!!」 「だから言っただろ!」 「ロックマン達、少しでも疑ってごめんなさい」 その結果都内各所に歓喜、あるいは納得、あるいは謝罪の声が木霊する。 シューン… 同時に劾と剣が相手しているロボット達も突如動きを止めた。 「「止まった!?」」 2人がシェリーの通信で決着の報せを聞くのにそう時間は掛からなかった。 その頃自動車修理工場では… ソー… 偽ロックマン達が逃げようとしていた。 「おっと、トンズラとは虫が良すぎるぜ!」 これを視認した翔はまずは「ステルスモード」を発動。 この機能は一定時間姿を消し、レーダーやセンサーを無効化する機能である。 それを解除した頃、翔はシルキーガに変身していた。 この能力は翔の周囲を旋回する複数の球形の小型メカ「サテライトアイ」によるもので、 これらのメカが翔の周囲の光を屈折させる事で翔の姿を変化させているのである。 変身したレプリロイドの技を使う際、技はそのサテライトアイから放たれるのだ。 「おーっほっほっほ、逃がしませんわ!ストリングバインダー!!」 シュルシュルシュル… 「あ、アンタは、国会議事堂の時の…!!」 「う、動けないのね!!」 「こんな糸、わいの怪力で…ぬぐぐぐ!!千切れへんがな!!!」 瞬時にぐるぐる巻きにされた偽ロックマン達。 玲は眼前のシルキーガの正体が翔と分かった上で敢えて立ち向かう。 「アンタはシルキーガ…この前倒した筈じゃ…!」 「おーっほっほっほ、久し振りですわね、ロックマン。 貴女達に復讐する為に蘇りましたの!!」 翔も何故かノリノリなようである。 「ならもう一度倒してやるだけなんだから、行くよ!」 「来なさい!」 ブンッ!シュッ!シャッ!! 玲と翔は暫く戦う振りをするがある時玲が合図する。 「や、やりますわね…覚えてなさい…!」 翔はステルスモードを発動し、そのまま基地へ帰投する。 そして玲は偽ロックマン達に近寄るとこう告げる。 「この糸の弱点は熱…連行された時はそう伝えておいて」 そのまま玲は帰投した。 「そ、そんなぁ~!お願い、助けてぇ~!」 「折角だから糸を切ってくれてもいいのねぇ~!!」 「もう座して逮捕を待つしかないねん…」 絶望した偽ロックマン達の元に暫くするとサイレンの音が近づいてくる。 基地内にて。 玲と翔が帰投した時、劾と剣も帰投していた。 「みんなお疲れ様」 シェリーが4人を出迎える。 「ご苦労じゃったな、鷹山」 「私達も一仕事終えた所よ」 砂井と才葉もそれぞれ一言言う。 才葉の言う通り既にモーター・ザ・ジャイアントの不正は明るみに出て 先程のデルタの映像との相乗効果でネット上に目黒区のロックマンが偽物である事は一気に拡散した。 「しかし戦ってる途中で思ったのですがあのオミクロンというロボット… 偽ロックマンの息の根を止めるのは簡単な筈なのに敢えてそれをしなかったように思えます」 玲が怪訝な顔をしてシェリーに言う。 「ウチ(赤灯会)にも敵を甚振るのが好きな兄貴がおりやすがそれとも違う気がしますぜ。 あともう1つ、奴の戦いはわざと攻撃のチャンスを与えている気がしやした」 翔も続いて怪訝な顔で報告する。 「レディバイドの時と同じだ…」 劾はレディバイド戦を思い出す。 「デルタの考えや狙いは俺達の想像を超えたものなのかもしれないな…」 剣が呟く。 「デルタは何かのきっかけがあっておかしくなったみたいだけど、それが何なのかは教えてくれなかったわ…」 そう呟くシェリーは悲しそうだった。 「それが何だったとしても結局はデルタに聞くしかないでしょう、 博士が笑顔で未来に帰る為にも!!」 劾が力強く言う。 「そうね、落ち込んでばかりいられないわ!」 シェリーは笑顔を取り戻す。 この笑顔が仮初めのものにならぬよう、劾達は固く誓った… 同じ頃、デルタのアジトにて… 「思えばこのロボット達も哀れな存在だね…まぁ、自作自演というとデルタナンバーズ達と大差ないか…」 デルタはモニターに映る顔と2本足のロボットを見て悲し気に言う。 「だけど仕方ないんだ、それが人類の幸せの為だから…!」 デルタもまた、計画の為に己の道を曲げない事を誓うのだった。 その頃偽ロックマン達は… 「ああああ…マイスイートダーリンが…」 「メタルプリンスが…」 「赤ちゃんプレイが…」 「「「ヤな感じぃ~!!!!!!!!」」」 泣きわめきながらパトカーに乗せられ警察署へ直行していった。 一方で目黒区。 津田からストーカーの標的にされていた外国人美青年が自室で雑誌を読んでいた。 「最近妙な視線を感じなくなったな…これで今後の事に集中できるぞ! 楽しみにしていますよ、蝸牛博士…」 青年は雑誌に写る世界的なAI技術者、蝸牛晶の写真を見て笑みを浮かべていた。 彼は劾達と深く関わるのだがそれはまだ遠い未来の話である。

第七話「強欲」

8月初頭、偽ロックマンが現れた事とは別に東京都内では2つの異常な事態が発生し始めていた。 1つは都内の各地の河川で川の流れを勢いよくかき分け超高速で突き進む物体が視認され始めた事である。 これに対し巷ではUMA説が流れ始める。 「隅田川に現れたからスミッシーだ!」 「神田川に出たからカンダッシーだろ」 「渋谷川で見たぞ!だからシブヤッシーだ!」 目撃情報の数は隅田川が一番多かった為「UMA」の呼称は一まず「スミッシー」で落ち着いた。 もう1つは港区で危険ドラッグの服用者が8月に入ってから度々現れるようになったのだ。 8月2日、氷藤が友人らと道を歩いていると、彼等の眼前に明らかに目がイっている男が爆走しながら現れた。 男は手に箒を持っており、箒で地面を左右に勢いよく掃きながら 「お出かけですかぁ~、しぇしぇしぇのしぇ~!!!」 と奇声を上げながら氷藤らに箒で殴り掛かってきたのだ。 「何だあっ!?」 男は凶暴かつ怪力だったが相手が複数だったので敢え無く取り押さえられた。 「こいつ、目がイってるぞ!?」 「ここ港区を仕切る荒波組(あらなみぐみ)じゃヤクはご法度だったはず… って事は喪亡悪堕無(モナークダム)の仕業か!?」 「ホント裏社会に詳しいなお前…」 氷藤が自身の憶測を口にする。 喪亡悪堕無とは港区で活動する商業系半グレであり、巣蹴縷沌に負けず劣らず欲深い集団である。 そして氷藤の憶測は当たっていた。 7月末、喪亡悪堕無は荒波組と抗争になり、同組織に勝利したのだ。 金の力で勢力を拡大してきた事が喪亡悪堕無に勝利をもたらしたのである。 「ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!!!!これで今日から港区は名実共に俺達のシマなのさん!!」 地に倒れ伏す荒波組組長、真古井(まこい)を見下ろし高笑いをするのは背こそ五里石や熊害に匹敵するものの細身の体型で 頭頂部が左右に分かれもみあげの先端と三つ編みにした後ろ髪の先端が渦巻いている髪型で眉の内側と顎鬚の先端も渦巻いており、口は世に対する不平不満を表すかのように突き出ている男… 喪亡悪堕無のボス、芦戸辰海(あしどたつみ)である。 彼は氷藤の蛙陰減瑠弥流復活の話を速攻で嘘だと切り捨てた男と同一人物である。 タチの悪い事に彼は実業家としての表の顔を持っている他、腐った警察とも繋がっているのだ。 その時、真古井が声を振り絞って言う。 「お前ら…タダで済むと思うなよ…ウチの友好組織には…」 言いかける真古井の側頭部に何者かが放った鎖分銅が直撃し、気絶させる。 攻撃の主はもみあげを長く伸ばし後ろ髪が8束に分かれている髪型が特徴の美女だった。 彼女は女性ながら喪亡悪堕無のナンバー2の座に就く保田理香(やすだりか)である。 「負け惜しみとは何とも見苦しいではないか!!アッハッハッハッハ!!!」 高笑いをする保田。 「これで目の上のタンコブが消えた…これまで長かったなあ、理香…」 「はい、これに満足せず周辺の区も傘下に加えていこうじゃなイカ…」 「一緒にヤクとかチャカとかばら撒くのさん!」 互いに見つめ合い目に涙を浮かべながら言葉を交わす芦戸と保田。 そんな二人を喪亡悪堕無の一般構成員も涙ながらに見守る。 「俺達の苦労はこの日の為にあったんだ…」 「あんなに苦しんできたんだ、報われてもいいよなぁ…ウンウン」 これを境に喪亡悪堕無は新たなヤクのルートを開拓していく。 8月1日、汰威超組に1本の電話が入る。 電話の相手は荒波組若頭、陣部(じんべ)だった。 志熊自らそれに応対する。 「荒波組の若頭か…その口調から見るに只事ではないようだが…」 「はい…ウチのシマで喪亡悪堕無の連中とヤクを巡った抗争になりやして… 面目ねぇですが負けちまいやした… オヤジも殆どの組員も入院中… 連中の勢力は日々拡大し最早ウチらの手には負えやせん… そこでお願いもうしやす…どうか…ウチの組の仇を取って頂けねぇでしょうか…!!」 「荒波組の頼みとなれば断れんな、なら喜んで引き受けよう」 陣部の頼みを志熊は快諾し、その後幹部や構成員にこの事態を伝える。 「そりゃ許せませんぜ!!」 「俺もあの組には世話になってるからな…!」 「奴等の事だから放っておいても渋谷区にも塁が及んじまう…その前に先手を打ちやしょう!!」 汰威超組の構成員達は打倒喪亡悪堕無に意気込む。 その時一人の恰幅のいい男が名乗り出る。 「親っさん、この件ワテに任せて貰えまへんでしょうか?」 「蟹江か…」 名乗り出たのは幹部の蟹江泡作(かにえほうさく)である。 彼は闇金をシノギにしており、戦闘では強アルカリのシャボン玉を放つバブルガンと切れ味抜群の枝切り鋏を用いる。 「ヤクを買う客は借金をこさえてでも買う客はごまんとおりますねん。 その債権を全てワテが買い取ってそれを喪亡悪堕無から取り立てればごっつ儲かりまっせ」 「悪い話ではないな…いいだろう、この件はお前に任せよう」 「毎度~!!」 かくして喪亡悪堕無の件は蟹江が担うこととなった。 8月8日、偽ロックマン事件が収束すると共に冒頭で述べた2つの異常な事態はより顕著に発生するようになる。 そんな中、氷藤はほんの一瞬ながら渋谷川を突き進む「スミッシー」を目にした。 しかも詳細な姿こそ見えなかったがその外観からしてロボットである事も分かった。 「!!」 氷藤は慌ててスマホのシャッターを切ったが時すでに遅し。 撮られた写真はもうじき消える激流の跡が映っているに過ぎなかった。 彼は自分の信頼の無さを自覚している為、こうなったらやる事は1つである。 「大変だ、またロボットが現れやがったぞ!!スミッシーもこいつで間違いない!!場所は渋谷川だが…とんでもねぇ速さだ!」 氷藤は剣のアカウントに連絡を入れる。 「(氷藤か、この様子だと嘘じゃないな…)分かった、すぐ向かう!」 剣はすぐ承諾し、出撃の前に劾達にも一報入れる。 「デルタナンバーズだね、僕も行くよ!」 「私も行く!しかし、うすうす感じてたけどやっぱスミッシーはデルタナンバーズだったんだね…」 「俺も行きやしょう!まさかとは思うが最近のヤク問題と関係あったら許しませんぜ!!」 それぞれ別の場所にいた劾達は全員出撃を決意。 余談ではあるが翔の所属する赤灯会でもヤクはご法度である。 ともあれロックスーツを起動した剣達4人は、2台新たに製造され4台となったロックチェイサーで現場へと向かう。 モニターを注視するシェリーとこまめに連絡を取りつつ、ロックマン達はスミッシーこと新たなデルタナンバーズを追跡し 最終的に首都高が架かる地点で劾が川から顔を出す「何か」を目にした。 「間違いない、デルタナンバーズだ…!」 劾の眼前に佇む「それ」は外観からしてこれまでのデルタナンバーズの特徴と一致しており 色はピンクが基調であり、全体的にドレスを纏ったキャバ嬢のような外観ながら頭部と胸部のアーマーの並びに 背中から生える推進装置と思しきパーツの形状は金魚を連想させる。 「皆、いたぞ…」 この時ロックマン達は散開しており、その為劾は他の3人に連絡しようとしたが… 「あー、ロックマンがいるー!こんにちはー!」 金魚型レプリロイドが劾を視認し、声を掛けてきたのだ。 「気づかれたか…!」 身構える劾だったが金魚型レプリロイドのリアクションは彼の想定とはまるで異なっていた。 「別にそう構える事ないよー、わたし、あなた達と戦う気はこれっぽっちも無いん だから」 「…えーと、君はデルタナンバーズなんだよね…?」 呆気に取られ一瞬沈黙する劾だったが落ち着きを取り戻すと眼前のレプリロイドに尋ねる。 「そうだよー、わたしはストリーム・レオゴルド。任務の視察でここに来てるんだけど、それは建前。 デルタの任務なんか本当はぜぇーんぜん興味ないんだ」 全く戦意を感じられずそれどころか友好的とさえ言えるレオゴルドの物言いに劾はたじろぐも質問を続けようとする。 「それで、任務ってどういう…」 そんな中他のロックマン3人が劾の元へ駆けつける。 「そいつが今回のデルタナンバーズだな!?」 「何を話し込んでいるの?」 「どうしたんですかい、青兄貴!?」 剣、玲、翔が怪訝な顔をして劾に問う。 劾は3人に向き直ると一言言う。 「聞いてくれ、彼女、ストリーム・レオゴルドは僕達に敵意もないしデルタの任務を遂行する気もないみたいだ」 「あ、他のロックマンもいるー!デルタから聞いた通り本当に4人いるんだねー。 この青いロックマンの言う通り、わたしは戦う気も任務の為に暴れる気も全然無いよー」 レオゴルドは剣達に対しても友好的に振る舞う。 「…前に戦ったウィーゼランもデルタには忠実じゃなかったけど…私達と戦う気もないなんて…」 玲もレオゴルドの物言いに当惑する。 「俺はこの渡世を渡り歩いてきて、無害を装う糞野郎は目を見りゃ分かるようになりやしたが、 こいつからはそれがちっとも感じられやせん。 何というかこれには人間もレプリロイドも無ぇんですね」 翔がつぶやく。 事実翔は無害を装う外道を何人も目にしてきてその都度見抜いていたが、 やはり眼前のレオゴルドからは敵意や悪意が感じられない。 「さてどうしたものか…」 剣も頭を悩ませる。 レオゴルドを放置すればデルタが無理矢理彼女に任務を遂行させる可能性も捨てきれず氷藤のように一般人に不安を煽る恐れもある。 かと言って問答無用でレオゴルドを撃破する程非情になりきれない。 劾達は元よりデルタ並びにデルタナンバーズの存在そのものを否定しているわけではなく、こちらに敵対しないのは望んでもいない事だからである。 こうした理由でロックマン達がレオゴルドの処遇について悩んでいると… 「ねえ、立ち話もなんだから泳がない?とっても楽しいよー?」 ガシッ! レオゴルドが一番近くにいた劾の手を掴んだ。 「…え…?」 次の瞬間… ドババババババババババババババババ!!!!!!!!! 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 レオゴルドが劾の手を掴んだ状態で再度超高速で泳ぎ始めたのだ。 「桜井!」 思わず玲が叫ぶ。 「追うぞ!」 剣が指示する。 「青兄貴ーっ!!(ん、桜井?)」 翔は慌てながらも初めて聞く青いロックマンの本名に既視感を覚える。 そして3人のロックマンはロックチェイサーで川を超高速で突き進む劾とレオゴルドを追う。 劾は劾であまりの速さの為絶叫マシーンを超える恐怖を感じていた。 レオゴルドを振りほどこうにも思いの外彼女の握力が強くて振りほどけない。 そしてこの光景は一般人の目に止まる。 「あれは…青いロックマン!!もしかしてスミッシーに攫われているのか?」 「路上には白と赤と黒のロックマンがいるぞ!4人になったというのは本当なんだな…!」 「これはシャッターチャンスだ!…ああ!遅かった!速すぎる…!!」 「わあっ、水が…!!」 珍しい光景に目を奪われる人が多かったが近づきすぎた者はレオゴルドが放つ強烈 な水しぶきを喰らってしまう。 「まずい…どこまで行くんだ!!」 「海に出たらどうしよう…!」 「最悪狙撃するか…!?」 剣、玲、翔が思考を巡らせつつ追跡していると、人気のない場所でレオゴルドは止まった。 「ゼェ…ゼェ…」 「ごめーん、ちょっとはしゃぎすぎちゃったー」 青い顔でぐったりしている劾の周辺をレオゴルドが周回している。 「レオゴルド!アンタの出した水しぶきを被った人もいるし、青いロックマンも怖がってるし…こういう事しちゃダメでしょ!彼はこう見えてビビりなんだから」 追いついた玲がレオゴルドを叱る。 「ごめんなさーい…」 レオゴルドはしょげる。 「そりゃないよー…僕は大丈夫だから」 未だに恐怖が残っている劾が玲に向き直って言う。 「一時はどうなるかと思いやした…」 翔が胸を撫でおろす。 「…で、その任務とかいうのは何なんだ?」 剣は改めてレオゴルドに問う。 するとレオゴルドは気まずそうに答える。 「…東京港の…破壊だよー…」 「「「「!!!!!!」」」」 ロックマン達は戦慄するが、レオゴルドは改めて自身が任務を遂行する事を否定する。 「さっきも言ったけど、わたしはそんな事をする気もないし、むしろ嫌だよ! わたし、人間と人間の暮らしに興味があるから…」 レオゴルドは悲しげながら強い意志を込めて告げる。 「レオゴルド…」 劾は改めてレオゴルドがデルタに反目している事を実感する。 他3人も同様である。 そしてロックマン達がレオゴルドの処遇について話し合い始め、この話し合いを基地にも繋ぐ。 「何?スミッシーが水中用レプリロイド?人間に興味ある? 俺もそいつに興味があるぜ!」 「魚原の兄貴!」 話し合いの中で、基地に来ていた赤灯会幹部、魚原飛雄が食いついた。 「今から向かうからよ、待ってな!」「押忍!」 魚原は劾達の元へと向かう。 その間、劾達はまずレオゴルドと「任務」に関する話をする。 「東京港の破壊の手段について教えてくれないかい?」 「1つは、わたしの武装、『ストリームフリッパー』で海に渦を発生させるの。 この装備はわたしが尾鰭から出した水流の向きを変えられるんだよー。こうやってね」 レオゴルドは扇子のような道具を出現させ、尾鰭のテールスラスターから水流を発生させるとストリームフリッパーを振るう。 すると水流の向きが変わり渦を生成する。 「「「「ああああああああああああああああああああああああああああああ」」」」 今度は4人のロックマン全員が巻き込まれる。 「…フラッシャー・ブロウ!」 激流に流されながらも玲がロックナイフ・ガンからウィーゼランの特殊武器、フラッシャー・ブロウを放つ。 その結果青白い光の刃が波を引き裂き、渦の中心のレオゴルドが露になる。 「ストリングバインダー!」 玲はすかさず波が再び合流する前にストリングバインダーでレオゴルドを拘束し、 その結果渦は消滅する。 「やーめーなーさーい!」 「ごめんなさーい…」 玲は叱りつつもレオゴルドの糸を切っていき、レオゴルドは先ほどよりもしょげる。 「確かに凄いパワーだ」 「こんなのを東京湾でやられたら不味いことになるぞ」 「でもアンタはそれを実行しねぇ、と…」 劾と剣はレオゴルドの渦の強烈さを評価し、翔はレオゴルドに問い質す。 「そうだよー、わたしはやらないよー。 でも任務を遂行するのはわたしだけじゃないんだよー」 「今までのデルタナンバーズみたいに手下のロボットもいるのか?」 剣が問う。 「そうだよー、わたし達デルタナンバーズとデルタが従えているロボットは 『メカニロイド』と言って意志は無いんだよー。 弱いけど沢山いるのが『デルタアタッカーズ』と言って強いけど1体しかいないのが『デルタストーマーズ』って言うんだよー。 その中の2体はプログラムで体がないから他の機械を操らなきゃならないんだってー」 「デルタストーマーズ…か…」 剣達はこれまでの戦いを振り返り思い当たる存在がいる事を思い出す。 レオゴルドは続けて説明する。 「デルタナンバーズは全部で9体いて、それぞれ1体ずつデルタストーマーズを従えていて、 デルタは2体従えているよー。 わたしのデルタストーマーズは『デスラジク』と言って凄く大きくて武装も強くて とっても頑丈なんだよー。 もしわたしが任務を遂行しなければデルタはデスラジクだけでも任務に行かせると思うから、その時はわたしが止めるよー」 「これまでのデルタストーマーズは皆一筋縄じゃいかなかった。 だからその時は俺も協力させてくれないか?」 剣がレオゴルドに協力を申し出る。 「僕も協力するよ」「私も。一緒にデスラジクと戦いましょう」 「そんなヤバい奴を食い止めるのは人数が多いに越したことは無ぇ」 劾、玲、翔もそれに続く。 「大歓迎だよー!」 レオゴルドは喜びを露にして快諾する。 「君は本当に人間の事が好きなんだね、デルタナンバーズなのにも関わらず」 レオゴルドの様子を見た劾は親しげに言う。 「あなた達も人間の事が好きなんだねー、レプリロイドなのにも関わらず」 「「「「????」」」」 ロックマン達はレオゴルドの言った事に違和感を覚えるが、それに気づいた劾が真相を口にする。 「僕達は、人間なんだけど…」 「えー、レプリロイドだと思ってたー」 驚くレオゴルドに劾が続けて説明する。 「このロックスーツはシェリー博士が開発したパワードスーツなんだ。 ロックマンも本名じゃないんだよ」 「どれどれ、ほんとだー、柔らかーい」 「うわっ」 レオゴルドは劾の頬や玲の尻を触り始めて慌てさせる。 そして翔の股を触ろうとした時… サッ! 「それ以上いけない」 玲が手を伸ばしレオゴルドの手を遮った。 「ごめーん、それじゃあ名前は何ていうの?青いロックマン、白いロックマン、赤いロックマン、黒いロックマンじゃ呼びづらいでしょ」 「………」コクッ 劾、剣、玲は互いの顔を見合わせ暫し沈黙した後頷いた。 いつかは明かす、もしくはバレる事だしこのまま自分達の素性だけ翔に隠すのは水臭いという想いからこの場で本名を名乗ることを決断したのだ。 「僕は桜井劾っていうんだ」 「俺は神崎剣だ」 「私は沖藍玲っていうの」 「!!!!!…ゲホン、俺は鷹山翔ってんだ」 衝撃を受けた翔は咳払いした後に名乗る。 そして翔は劾達に向き直る。 「青兄貴、桜井って事はあの桜井刑事(デカ)の息子さんじゃあありやせんか?」 「そうだけど…」 「道理で親父さん譲りのガタイの良さな訳だ…」 翔の問いに劾が答えると次に翔は玲に問う。 「赤姉貴、沖藍って事は汰威超組の初代親分のお孫さんで、沖藍竜太さんの娘さんって事ですかい!?」 「…そうだよ、この事は絶!対!お父さんと伯父さん、志熊組長に言っちゃダメだからねー」 「わ、分かりやした…!」 玲の返答に翔は戦慄しながら応じる。 続けて翔は神崎に問いかける。 「白兄貴の名前だけは渡世じゃあ聞きやせんね…」 「そりゃそうだ、俺の親父は堅気だからな。だが乃梓公園でお前を止めたのは俺だ」 「あー、そういや確かに顔が一致しますぜ!!!」 その後翔は余りの情報量の多さにしどろもどろしていたが、暫くすると 両手を膝に当てて深く礼をする。 「…改めて、宜しくお願いしやす!桜井の兄貴!神崎の兄貴!沖藍の姉貴!」 「ハハ…」 劾が少々困り気に笑っていると川の向こうから声がする。 「おーい、待たせたなーっ!!」 ババババババババ… 川の向こうから現れたのは水上バイクに乗り髪を後ろにまとめ魚のような顔をした劾より背が高い長身痩躯の男だった。 「魚原の兄貴!」 翔の言葉の通り彼が魚原だったのだ。 「紹介するぜ、この人は魚原飛雄、俺の兄貴分の1人だ。 魚原の兄貴、彼女はストリーム・レオゴルドですぜ」 翔は魚原とレオゴルドにそれぞれの紹介をする。 「ショウのお兄さん?似てないねー。レプリロイドのわたしが言うのもなんだけど」 「「(そういや神崎は両親のどっちにも似てなかったな…)」」 「?」 劾と玲は剣の両親を見かけた過去を思い出し、彼をチラリと見る。 レオゴルドの言葉を魚原が否定する。 「違ぇよ。俺達ヤクザは組長を親と同様に慕って縄張りを守る集団で、 組長が親と同じなら同じ組の組員は兄弟同然ってわけよ」 「「(そういや神崎は両親のどっちにも似てなかったな…)」」 「?」 劾と玲は剣の両親を見かけた過去を思い出し、彼をチラリと見る。 その時魚原がレオゴルドに一言。 「しっかし本当に人間に敵意が無ぇんだなぁ」 レオゴルドはデルタへの憤りを織り交ぜて答える。 「デルタはね、人間はこの間の巣蹴縷沌とか喪亡悪堕無みたいな欲張りな種族で 自分の欲を満たす為なら平気で悪さをしたり環境を壊したりする奴ばっかりだって言うんだよー。 明日は喪亡悪堕無が輸入した『危険ドラッグ』が東京港に沢山届く日だから、 これを機に東京港を破壊して欲張りな人間を懲らしめてしまえって」 「嬢ちゃんの所の親分は何考えてやがるんだ、人間の皆が皆巣蹴縷沌や喪亡悪堕無みてぇな連中な訳無ぇのによぉ」 魚原もデルタに憤慨する。 「わたしは十分分かっているつもりだったし、ロックマン達を見てもっと良く分かったよー。 だからもしもの事があったらデルタから人間の街を守るよー」 レオゴルドは改めて自身の決意を口にする。 「人間の街好きかい?」 「うん、大好きだよー!」 魚原の問いにレオゴルドはにこやかに答える。 「よっしゃ、ここは俺が川から見える人間の世界を案内してやろうじゃねぇか! 付いてきな!」 魚原がレオゴルドに人間の世界の案内役を買って出る。 「おっと、変に目立つと良く無ぇからこれを使いやしょう」 翔が数体のサテライトアイを出現させ、自分達の周りに配置し、ある程度離れた場所からは見えないようにする。 こうしてロックマンの内玲と翔は水上バイクの後部座席に乗り、 劾と剣はレオゴルドに掴まりながら川を下り始める。 「この小さい三又槍みたいな道具は髪の毛を解かす為の道具なのー?名前は何て言うのー?」 レオゴルドが川底に落ちていたフォークを拾い上げ興味津々に言う。 「ハッハッハ、そいつはフォークって言って食事に使うもんだ」 魚原が笑顔で答える。 暫くすると今度は川原に捨てられた本の山があるのを目にする。 「この本は何なのー?」 見るとそれらの本はいかがわしい内容の本だった。 「それ以上いけない」 剣がレオゴルドの目を塞ぐ。 「全くけしからん、こんな本は若者の教育に良く無ぇな!俺達大人がキッチリ回収しねぇとな!」 キリっとした表情で魚原が言う。 その後本の山は魚原にキッチリ回収された。 「このオシャレな袋はなーに?」 次にレオゴルドは川底からカッコいいパッケージの袋を拾い上げる。 「それは…危険ドラッグだ。この薬を使うと一時気持ちよくなるが結果として 身も心もボロボロになっちまう。 喪亡悪堕無みてぇな悪い人間はこいつ等を売って金を儲けているのさ」 魚原が顔を曇らせて言う。 「アンタはさっきから川に落ちてるゴミに興味持ってるけど、 川にゴミが落ちてるのは本来いけない事なんだよ。 他の生き物が迷惑するし時には人間の健康にも悪い事が起こるんだからね」 「そーなんだー…」 玲が加えて説明するが、廃棄されたゴミは違う時代や文化のものが見れば その文化を知る資料となってしまう為レオゴルドが興味を持つのは無理もなかった。 暫く進むと一行は遠巻きに芦戸が映る看板を目にする。 「あ、芦戸辰海だー」 思わずレオゴルドが一言。 「へー、芦戸辰海って未来にまで名を残してるんだー」 劾が感心しているとレオゴルドは爆弾発言を放つ。 「そりゃそうだよ、芦戸辰海は喪亡悪堕無のボスなんだからー」 「えええええー!?」 劾は目を丸くして驚嘆するが、他の者は冷静だった。 「前々から怪しいとは思ってたが、やはりクロか…!」 魚原が顔を顰める。 「私も直感的に怪しいとは思っていたけどね…」 玲も芦戸を疑っていた。 「こういう大物が裏で何かやってるのはよくある話だしな」 剣が呆れた顔で言う。 「裏の世界の情報でも芦戸が何かやってるってのがちいっとばかしありやしたが、 これで裏が取れやしたね!」 翔の表情と声には怒りと喜びが同時に込められていた。 やがて海に出ると魚原は潜水用の装備を纏いレオゴルドと海に潜る。 そしてある生き物を目にした後再び海上に顔を出した魚原がその生き物の説明をする。 「これはナマコっつってな、こう見えて結構美味ぇんだ。俺のシノギの1つはこいつらを獲る事さ」 「『美味い』とかシノギとかいうのはよく分かんないけど変てこな生き物だねー」 レオゴルドはにこやかに応じる。 そして日も暮れ解散の時となった。 「今日は本当に楽しかったよー、皆ありがとうねー」 レオゴルドが劾達に礼を言う。 劾は笑顔で返す。 「僕も楽しかったよ、川や海から普段住んでる街を見る事は新鮮だったからね」 するとレオゴルドは寂しそうに言う。 「わたしは逆に水の中からしか見れないよー… いつか日の光あびながら人間の世界で歩いて走ってみたいなー… ガイにとって街って楽しい?」 劾はこの問いに肯定する。 「楽しいよ。街にはヒカリアとか博物館とかスカイツリーとか色々あるからね。」 「本当ー?こんな話聞くと、余計壊したくなくなっちゃったよー」 レオゴルドはより一層人間の街に惹かれる。 最後にレオゴルドはこの場の一同に翌日に関しての事を話す。 「明日は任務の為に東京港に行くけど、わたしは参加するフリだけするよー。 もしデスラジクが出撃してきたら…その時は宜しくねー…」 そう言い残すとレオゴルドは転送の光に包まれ、この場から姿を消した。 その後、基地にて。 「レオゴルド…本当に貴方達に…人間に…敵意が無かったのね…」 劾達からの報告を聞いて嬉しそうな、そして安堵したような表情を浮かべるシェリー。 「はい、彼女は今までのデルタナンバーズ達とは全く違いました」 劾の口調も嬉々としたものである。 「私も、レオゴルドに人間の街の事を案内したくなっちゃいました」 玲の口調も劾と同じく嬉々としたものである。 「あれが演技だとはとても思えやせん」 翔もレオゴルドと対面して希望を見出しているようである。 「しかし喜んでばかりもいられないな。デスラジクの事も勿論あるが問題はデルタだ。 レオゴルドが命令に従わない場合何らかの方法で無理矢理従わせる事も考えられるぞ」 剣は真剣な表情で言う。 「そうね…デルタが自分の仲間に、子供のような存在にそんな非情な真似をするとは考えたくないけど…その時は…」 「「「「………」」」」 不安気なシェリーの言葉に対して覚悟を決めるロックマンの変身者達。 「明日だけど、レオゴルドの任務が本当に東京港で実行されるとは限らないから まずは基地に集合してもしデスラジクか…レオゴルドが現れたら 基地からの転送で出撃、という流れで行きましょう」 「「はい!」」 「ああ」 「ヘイ!」 信じたい、けれど信じきれない… そんな歯痒さを抱え劾達は明日の決戦に臨む。 一方、デルタのアジトにて。 「レオゴルド、君はこの一日何をしていたんだい?君がいたのは任務と何も関係ない地域ばかりじゃないか」 レオゴルドに問いかけるのはパーマのかかった銀髪で端正な顔立ちで背は剣程、 そして一見ロックスーツを纏った人間のように見える青年型レプリロイド。 彼こそが一連の事件の首謀者のデルタである。 「もちろん下調べだよー、東京港破壊は大掛かりな任務だからもっと色々調べた方がいいって思ってねー」 レオゴルドは応える。 それにデルタは冷めた口調で返し、次いで指示を出す。 「まあそういう事にしておいてあげるよ。 明日は予定通り、デスラジクと共に東京港を壊滅させるんだよ。 最後に一言、任務は遊びじゃないからね、いいね?」 「分かってますー」 レオゴルドは真面目とは言い難い口調で返しながら部屋を後にする。 その時6本のアームを生やした虫型レプリロイドがデルタに尋ねる。 「デルタ、レオゴルドノ裏切リハアリエルカ?」 デルタは応え、冷酷な口調で指示する。 「有り得るね。もし彼女が裏切ったらその時は手筈通りに頼むよ」 「了解」 虫型レプリロイドは機械的な口調で応じる。 8月9日。 基地内にてロックマン達がシェリーと共にモニターを見ながら待機をしている。 ちなみに今回は魚原はこの場にいない。 すると程なくして、時は来た。 東京港にて、突如巨大な空間の歪みが発生し、中から背面と側面、後方が砲身で覆われたクジラ型の超巨大メカニロイド、デスラジクが姿を現したのだ。 「博士!」 「分かってるわ!」 シェリーが端末を操作し、ロックマン達を東京港へ転送する。 一方東京港では… 「ホゲー!」 大音量の咆哮を上げながらデスラジクがミサイルを貨物船に向けて放つ。 「バンザイ!バンザイ!」 ミサイルは魚「ダツ」を模した形状をしており、独自の音声を流しながらその尖った先端でコンテナに突き刺さる。 このミサイルはデルタアタッカーズのダーツミサイルである。 ダーツミサイルは時間差で起爆し、コンテナを炎上させる。 その光景を出撃してきたロックマン達が目にする。 「まずいぞ、今の特殊武器には水の武器なんて…」 剣が歯噛みしていると、突如貨物船の横から炎上するコンテナ目掛けて波が覆いかぶさり、炎を沈下させた。 さらに貨物船は後方から発生した大波に押されて船着き場にたどり着き、船員が脱出していく。 「ホゲ!?」 さらにデスラジクは突如周囲に発生した波の力で明後日の方向を向き、更には東京港から遠ざけられる。 「「「「レオゴルドだ…!」」」」 喜び安堵するロックマン達。 デスラジクを目にした一般人達は… 「デカい!いくら何でもデカすぎだろ!」「こんなの無理ゲーじゃん…」 デスラジクの威容にただただ恐れおののく。 芦戸は保田と共に車の中からデスラジク並びにそれに戦慄する人々を見ている。 「ボス、私達も逃げようじゃないか!」 保田が促すも、芦戸はそれを拒否。 「それでもロックマンなら…ロックマンなら何とかしてくれるのさん…」 現時点で喪亡悪堕無は蟹江率いる汰威超組の度重なる奇襲でことごとく粛清されており、 今や残っているのは芦戸と保田のみである。 そこで芦戸はとある賭けに出る事にしたのだ。 その頃ロックマン達は… 「どうしよう?レオゴルドだけに任せるかい?こうも陸地から遠いとなると…」 劾が頭を悩ませる。 「いや、被害を最小限に食い止めるには人数は多いほうがいい。 俺は一度レディバイドのデルタストーマーズと戦った事があるがロックスーツは水中だとジャンプ力が上がるんだ。それを利用すれば…」 「ジャンプして射撃を繰り返す…持久戦になりそうだね」 剣の提案に玲は覚悟を決める。 「ただでさえあんなにデカいのに…こりゃ骨ですぜ」 翔が頭を抱えた時だった。 ババババババババババババ… 「おーい、来たぞー!」 「「「「魚原(さん)(の兄貴)!!!」」」」 彼方より水上バイクに乗った魚原が現れた。 「これを使いな!こいつは3人乗りだから2人はその板に乗れ!」 魚原の水上バイクは2枚の水上スキー板に繋がれており、車体からは取っ手付きのワイヤーが伸びている。 「しかし生身では危険すぎますよ!」 劾の言葉に魚原は力強く応える。 「五里石の兄貴や猪狩の件もある、その恩に報いるにゃあ俺も命懸けるぜ!」 翔は賛同しつつもとある対策を用意する。 「俺達ヤクザ者は仁義の為にゃ命懸けんのは当然の事… しかし本当に危険なんでこれを使いやしょう!」 翔が何体ものサテライトアイを出現させ、それらは魚原を囲むように空中に静止する。 そして各々が点となりその点が結ぶ面が半透明…と言うには透明度の高い カクカクした形状のバリアを生成する。 「恩に着るぜ、翔」 魚原は笑顔で礼を言う。 「行くぞ!」「ええ!」 かくして水上バイクの後部座席には玲と翔が乗り、水上スキー板には劾と剣が乗る。 そして魚原の駆る水上バイクは凄まじい速度でデスラジクに急接近。 ドン!ドン!「バンザイ!バンザイ!」 デスラジクから放たれる砲弾、光弾、そしてダーツミサイル。 それらをロックマン達はある時は躱し、ある時は壊し、ある時は打ち返しながらデスラジクに反撃していく。 ある程度デスラジクの側面の砲身が破壊され、安全地帯が出来てきた時、レオゴルドが海面から顔を出した。 「「「「「レオゴルド!!!」」」」」 一日ぶりの再会に一同は歓喜する。 「ロックマン!それにトビオも!来てくれたんだー!!」 レオゴルドの口調も嬉々としている。 「外からは見えないけどデスラジクには下の部分に魚雷の発射口があるからわたしはそれを処理するよー。ロックマン達はそれ以外をお願いねー」 そう言い残し、レオゴルドは再度海に潜る。 「ああ、任せてくれ!」 劾はそう言って戦闘を再開する。 「しかし改めて考えるとこいつはデカい。横ならいざ知らず背中の武装を処理するのはしんどいぞ…」 海面から見るデスラジクの背面は見上げる高さにあり波の揺れの中では狙いを定め辛い。 剣がそう考えている時だった。 ズドン! デスラジクの額の砲身からワイヤー繋がれた巨大な銛が放たれた。 剣は身をひねって回避したが、間髪入れずある事を思いついて実行した。 ダッ! 何と剣は二段ジャンプで銛に飛び乗ったのだ。 剣が掴まったまま銛は本体へと吸い寄せられていき、剣が背面に降り立つ事を許してしまう。 それから暫くして… バシュッ! デスラジクの背面の砲身の1つから放たれた「弾」が翔に当たる。 しかし直撃ではなかった。 その「弾」は釣り針のような形状をしており、やはりワイヤーで繋がっている。 そしてその釣り針は翔のロックスーツに引っかかっており、戻る際に翔を「釣り上げて」しまった。 「どわっ!」 一瞬驚く翔だったがそれも一瞬。 翔はホバリングを駆使してデスラジクの背面に降り立った。 「「ここなら攻撃し放題だぜ!!」」 剣と翔は猛攻を搔い潜り次から次へとデスラジクの背面の武装を破壊していく。 一方で海中ではデスラジクのボディ下部の発射口から放たれた魚雷をレオゴルドが押し返し、 それらの魚雷は放たれた発射口へと「返却」されていく。 暫く経ってデスラジクの背面、側面、後方、下部の武装が全て破壊された時だった。 デスラジクが口を大きく開けて静止した。 「(…まずいよー!)」 レオゴルドは即座に水流でデスラジクを方向転換させる。 すると… 「ホゲーッ!!!!!!!!!!!!!」 デスラジクの放った超強力な破壊音波で海がモーゼの如く割れたのだ。 「「「!!!!!」」」 その威力に海面に残った劾、玲、魚原は戦慄する。 「鷹山、俺に考えがある。ついて来い!」 「へい!」 剣は翔と共に海に飛び込み、海中でレオゴルドに作戦の提案をする。 ロックスーツは顔が露出した部分でも不可視のバリアで覆われており、 水中で窒息することもなければ水中で会話する事も可能で水中で発せられた声を聴くことも出来るのだ。 「奴の武装…見た限りじゃもうアレ(口)しかないだろう」 「そうだよー?」 剣の問いをレオゴルドが疑問符を浮かべながら肯定する。 「そこで俺があの破壊音波が放たれる瞬間、奴の口から侵入して内部から破壊する」 「いくら何でも危険だよー!」 「とんでもねぇ大博打ですぜ!」 剣の言葉を聞いた翔とレオゴルドは却下しようとするも剣は構わず続ける。 「そこで、だ。俺の全身を鷹山のサテライトアイで守りながらレオゴルドの水流で勢いをつける…というのが作戦だ」 「確かに…凄い威力になりそうだねー」 「それでも危険ですが、あのデカブツを完全に沈めるにはそれしか無ぇでしょう。 腹括りやした!」 デスラジクのボディを破壊し尽くすのはレオゴルドでも困難である。 故に覚悟を決めた剣と翔を見たレオゴルドも作戦決行を決意。 そしてデスラジクが再度口を開けた時… 「今だ!」 「行くよー!」 ギュルルルルルルルルル!!!!!!! レオゴルドの放った水の竜巻が剣を巻き込みデスラジクの口に放たれる。 剣の周囲は既にサテライトアイで構成されたバリアで覆われているがそれは背面のみ。 サテライトアイのバリアは言わば「盾」であり、バリア越しに他の攻撃を放とうとすればその攻撃も阻まれてしまうのだ。 故にバリアで覆われた状態で他の攻撃をするにはバリアを背面か側面に配置するしかないのだ。 しかしロックブレードもそれ自体が頑丈なので大した問題ではない。 「はああああああああ!!!!!!!!!」 「ホゲエエエエエエエエエエ!!!」 剣はロックブレードの先端を前方に構えた体制を維持して竜巻に乗ってデスラジクの内部に侵入し、超高速の回転斬りでデスラジクの全身をズタズタにした。 その後剣はデスラジクの後部から竜巻に乗って勢いよく飛び出した。 当然彼自身は無事である。 その時新たな問題が発覚。 ボロボロになったデスラジクのボディからオイルが漏れだしたのだ。 「まずいぞ、折角守った海が…そうだ!」 「桜井!?」 次に劾が海に飛び込みレオゴルドに作戦を説明する。 「まずいことになった、このままじゃデスラジクから漏れ出たオイルで海が汚れてしまう。 そこで思いついたんだけど、レオゴルド…君の渦でオイルを1か所に集めて欲しいんだ」 「それでどうするのー?」 レオゴルドの問いに劾は応える。 「1か所に集まったオイルをロックバスターで焼却する。海の中からの射撃になるけどやるしかない」 「わかった、行くよー!」 レオゴルドはデスラジクを巻き込むように渦を生成する。 それも最大出力で、しかも最小範囲で。 その結果先ほど剣が乗った竜巻よりも更に巨大な水の竜巻が発生し、 デスラジクのボディごと押し上げていく。 その光景は圧巻の一言。 劾は海の中から慎重に狙いを定め、それをチャージショットで撃ち抜く。 バシュッ!! ドォォォォォォォォォォン!!!! バスターの熱が水とオイルの竜巻に着火し大爆発を起こし、デスラジクのボディは爆ぜた。 「汚ぇ花火だ…」 翔が一言呟く。 暫くしてロックマン達は陸地に戻り、近くに寄ってきたレオゴルド達と勝利の喜びを分かち合う。 「有難うレオゴルド、君のおかげで勝てたよ。 それで僕から提案があるんだけど…シェリー博士の所に来ないかい?」 劾はレオゴルドに提案する。 「実は僕達が今まで戦ってきたデルタナンバーズ達は修理中なんだ。 戦闘力の無いミニボディとなって彼等が復活した時には彼等に歩み寄ったり、 人間の街を案内することも考えているよ。 君もどうだい?」 「本当ー?いいのー?」 レオゴルドは目を輝かせる。 「私も歓迎するよ!」 玲も笑顔で言う。 「人間とレプリロイド…ひいてはデルタとの懸け橋になってくれ」 剣が頼む。 「俺からも頼むぜ!」 「くうう、めでてえなぁ…」 翔と魚原もレオゴルドを歓迎する気満々であった。 その時… 「う…ぐ…」 「レオゴルド!?」 突如レオゴルドは全身をスパークさせ、苦しみだした。 そして機械音声も入り混じったような声を絞り出して言う。 「に…逃ゲテ…ガイ…自爆…」 レオゴルドはそう言い残し、劾達と距離を取った。 その直後… ドォォオォォォォォン!!!!!!!! レオゴルドは自爆し彼女のボディが、人間とレプリロイドを繋ぐ期待が、音を立てて砕け散った。 「レオ…ゴルド…」 劾は悲しみ、無力感、そしてデルタへの怒りに苛まれ茫然自失となる。 その時この場に芦戸と保田が現れた。 芦戸は手をすり合わせ劾に擦り寄る。 「いや~ロックマンさん達!今回も見事なご活躍でしたね~!」 芦戸の目には先程劾がこの事件の実行犯たるレオゴルドを撃破したように見えたのだ。 そしてそんなロックマン達に取り入ろうという魂胆である。 更に芦戸は事もあろうにレオゴルドを馬鹿にし始める。 「今回のロボットも東京港を襲撃するだなんてとんだ外道でしたねぇ。 毎度のことながら機械の分際で人間様に盾突くとはいい度胸してますよ。 まあガラクタが海に還って万々歳って奴ですかねぇ! ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!!!!」 これは正に地雷を踏み、逆鱗に触れる行為。 劾はワナワナと震え始める。 「桜井、堪えて…!」 玲が耳打ちする。 芦戸はさらに続ける。 「さて申し遅れましたが私(わたくし)実業家の芦戸辰海と申します。 今回うかがったのはビジネスの話がありましてですねぇ」 媚びへつらう口調の芦戸。 彼の話を聞いているとしばらくして翔が嬉々とした声で芦戸の提案を聞き入れる。 「いいですね!、詳しい話はあちらの倉庫で聞きましょう!さあ付いて来て下さい! !」 そう言って翔は倉庫の裏に芦戸と保田を誘う。 「はい、お供致しますぅ~!」 「鷹や…」 剣が声を掛けようとすると翔は振り返りウインクをする。 その時の表情は悪魔のように見えたという。 「(まずいな…)」 最悪の事態を想定し、剣は翔を尾行する。 一方で魚原は何も言わず別の進行方向へと歩いていくが行先は翔と同じ倉庫である。 翔が角を曲がり、芦戸がそれに続くが芦戸が翔を目にする事はなかった。 「あれ?黒いロックマンさーん?」 周囲を見渡しながら呼びかける芦戸だったが、突如上から何者かに襲撃される。 「ひいっ!?」 襲撃したのは後ろで高い足場から専用の獲物の双方向に刃の付いた長刀を振り下ろしながら飛び降りた魚原だった。 「な、なな、何なのさん君は…私を誰だと思っているのさん!?」 アタフタした口調と身振り手振りの芦戸。 そんな彼に魚原はドスの利いた口調で言う。 「シラを切っても無駄だ、ある有力な情報筋でテメーが喪亡悪堕無のボスだってこたあ分かってんだ!!」 「そ、そんなの私を陥れようとする者の出まかせなのさん!」 慌てた素振りで必死で否定する芦戸を魚原は更に追及する。 「その証拠に素人は避けられねぇ俺の不意打ちをテメーは躱した! 今のテメーだって姿勢に隙は無ぇし目も泳いで無ぇし呼吸も乱れて無ぇ!! それはテメーが手練れだって事だよなあ!」 「大人しく白状しやがれ、腐れ外道がよ!」 横からロックスーツを解除した翔が鬼の形相で現れる。 殺意全開の彼等を前にシラを切り続けるのは無理と判断した芦戸はついに白状する。 「バレちゃ仕方がない…そう、俺が喪亡悪堕無のボスなのさん!」 「認めやがったか…デルタはよぅ…人間全体を悪く見てやがんだ… テメーみてーな外道がいるから人間全体のイメージが下がるんじゃあ!!!」 魚原は静かに切り出してから怒号を響かせる。 すると芦戸は何食わぬ顔で応える。 「デルタ…ああ、そう言えばこの間偽ロックマン事件の時に名乗ってたな… ともあれデルタもお前等も我々を誤解しているのさん… この世界は苦しみに満ちている…我々は苦しむ弱者を救っているだけなのさん… 弱者共は救われ我々は儲かる…だからウィンウィンなのさん!!」 これに対し魚原は怒りと呆れの籠った声で呟く。 「何だこいつ、悪魔か?」 翔もそれに続く。 「クソでけぇ害虫ですぜ」 これを聞いた芦戸は顔を顰め二人に問う。 「お前等こそ俺を色眼鏡で見てるのさん…俺が何の苦労もせずに今の地位と名声を築いたとでも…?」 「ハァ!?」 「何だあ!?遺言だったら聞いてやろうじゃねえか…」 翔と魚原は怒りをセーブしつつ敢えて芦戸の話を聞くことに。 「俺の親父は働きもせず毎日酒に溺れ家族にも暴力を振るう最低な奴だった… 親父が借金残して出て行ってからお袋は働き詰めによるストレスで死んだのさん… 頼れる親戚もいなかった俺は施設に入ったがそこでの生活も碌なもんじゃなかった… あらゆる理不尽に屈しない為には俺は裏の世界に入るしかなかったのさん…!」 保田も続く。 「私の母親はAV女優だった…父親は誰かは分からない。 周りにこの事がバレてからは女共からは軽蔑され男共からは嫌らしい目で見られる日々… 挙句母は若い頃の自分に似てきた私にAV女優を継がせようとしてきやがった…! だから私は逃げ出すように裏の世界に入ったんだ」 芦戸が付け加えて言う。 「俺達だけじゃない、喪亡悪堕無の構成員は加害者家族だの同性愛者だの発達障害だの顔面の奇形だので まともな人生を送れなかった奴等ばかり… 俺達の活動は糞みたいな生い立ちから理不尽に奪われた自分達のこれまでの人生の幸福を補填する為でもあるのさん!」 「「………」」 しばし沈黙する翔と魚原。 先に翔が口を開いた。 「不幸自慢かよ、なら俺も負けてないぜ。 俺を生んだババアは夜職の女だった。 俺はババアと客の誰かの間に望まれずに生まれたガキさ。 ババアとしょっちゅう変わるその彼氏は毎日のようにストレス発散の為に俺を虐待してきてよ… まともなもんは食えねぇ、まともなもんも着れねぇ、そんな俺を周りの奴等は野良犬や野良猫と同列に扱ってきた…!」 魚原も続く。 「俺はガキの頃同じ園の奴とトラブル起こしてな… 向こうが悪いのに俺の親は俺を海に捨てやがった… 一時野生化して海の生き物で飢えをしのいだが、餓死しかけた回数なんざ覚えちゃいねぇ…!」 それを聞いた芦戸は二人を煽る。 「なんだ、お前等も『こっち側』の人間じゃないさん」 「「オヤジが導いてくれた…」」 声を揃えて言う翔と魚原。 「『誰から』、『どう』生まれるかは自分じゃ選べねぇのは仕方がねぇ… だけどよ、いくら『悲しい過去』があるからってそんなの免罪符にゃなりゃしねぇよ… 『悲しい過去』がある俺達だからこそテメー等みてぇな連中は止めなけりゃならねぇ… オヤジのように導いてくれる存在がテメー等に現れなかった事『だけ』は同情してやるぜ…!」 怒りと悲しみを込めて言う魚原。 そして翔は怒り全開の雄叫びを上げる。 「それによ、これは自分(テメー)の親分裏切って俺達を…人間の街を守って散っていった友達(ダチ)の…弔い合戦じゃーっ!!!!!」 「面白い、返り討ちにしてやるのさん!!」 「心行くまでやらないか」 臨戦態勢となった翔と魚原を芦戸と保田は迎え撃たんとする。 芦戸の戦闘力は獅子雄と互角で魚原は鉄弟と互角であり、この為かなりの接戦となる。 芦戸の主な攻撃手段は瓶に入った硫酸をかけるアシッドアタックだがその腕の長さとスイングの強烈さから攻撃範囲はかなりのものである。 魚原の獲物は両端が刃になっている長刀だが中央部の連結を解除して二刀流に移行する事も可能である。 魚原は芦戸の動きを見極めながらどうしても酸を避けきれない時は幅広の刃でガードするが戦闘が進むにつれて酸のしぶきがかすって火傷も負い始める。 「こんなの…痛くもなんともねぇよ!!!」 ズバッ!! 魚原が長刀で芦戸を斬りつける。 「チイッ!!」 芦戸も魚原の剣技の軌道を見極めようとするが急所を外すのが精いっぱいである。 一方で翔と保田の戦いでは翔が劣勢だった。 「あっはっはっはっは!!さっきまでの勢いが感じられないじゃないか!!」 「グ…ガ…」 保田の振り回す鎖分銅は軌道が読みにくく、加えて保田の見た目からは想像できない程一撃が重い。 ロックスーツを起動させれば保田を秒殺する事は出来るものの翔は剣達の言いつけを守っていたのだ。 そしてある時… ゴッ! 翔の側頭部に保田の鎖分銅の先端がクリーンヒット。 「シ…」 一瞬翔は白目を剥く。 しかし直後カっと目を見開き、奇声を上げた。 「シシボノバ…ゴンナンジャ…ナガッダドーーーーーーッ!!!!!!!!!!!」 ガシッ! 「え?」 翔は鎖分銅の鎖を掴み、そのまま勢いよく腕を振るい鎖分銅を持っていた保田の体を壁に叩きつけた。 「う…」 その衝撃はかなりのもので保田は体勢を崩してしまう。 その隙を見逃さず翔はマウントポジションを取って保田を殴打し始める。 「ジネジネジネジネジネーッ!!!!!!!!!!」 ガッ!ゴッ!!ドカッ!! 「あ…う…」 その勢いは剣と出会った時に半グレを殴りつけている時のそれを遥かに凌ぐものである。 その時だった。 「やめろぉーっ!!!!!!!!!」ドッ! 「グガ!?」 これまで魚原と戦っていた芦戸が翔と保田の間に割って入り保田を抱えて翔の前に立ちふさがる。 「理香は他の誰よりも長く…俺を支えてくれたのさん… そんな理香が死ぬのだけは…絶対に許さないのさん…!」 既に満身創痍で酸も尽きた芦戸が保田を守りながら戦おうとする。 そこに魚原が現れた。 「今のテメーに余所見してる余裕ねーだろうがよぉ… クズ同士の絆か?虫唾が走らぁ!!そんなに一緒にいたかったら纏めてあの世に送ってやるよ!!」 今の状況は実質2対1で保田を守りながら戦うのは無理がある。 「それでも構わないのさん…理香がいないのなら…何億円何兆円手に入れようが… 全世界の王になろうが…他の地球の全女性からモテようが…何も意味がないからなのさん…!」 「むしろテメーの存在自体に意味がねぇよ…うおおおおお!!!」 そう言って長刀から斬撃を繰り出そうとする魚原。 「そこまでや!!!」 どこからか声がした。 「あんた等は…」 魚原と翔が声のした方に振り向くとそこには蟹江と彼が率いる大勢の汰威超組構成員がいた。 「魚原はん、あんたともあろう男がこの男をいてこまそうとしとんのはこの男が喪亡悪堕無のボスと知っとるからやろ?」 蟹江が問う。 「ああ、そうだ。流石汰威超組の情報網だな」 翔を落ち着かせながら魚原が肯定する。 蟹江はレオゴルド、そしてシェリー等が知る未来の情報に頼らず自力で僅かな糸口を辿って芦戸の正体を掴んだのだ。 「なら話は早い。この男と女のガラをウチらに譲ってくれへんか? 知っとると思うが喪亡悪堕無は元々ウチらの獲物さかい、その二人が最後やで」 「…そう言えば…荒波組の件があったな…いいだろう」 汰威超組が喪亡悪堕無を狙っているという裏世界に出回っている情報を思い出した魚原は、蟹江の提案を呑む。 そして蟹江は芦戸と保田に近づき、貼りつくような笑顔で言う。 「あんさんら、助かったという訳ちゃうで。 あんさん等にはこれまで債務者達がヤクでこさえた借金を代わりに返して貰うさかい。 債務者の債権はワテが買い取って今の債務はあんさん等にあるで」 「(これがこの男のやり方…借金を『取り立てるべき奴』から取り立てるという… 俺がその標的になるとはな…)」 蟹江の噂を聞いていた芦戸は息を吞む。 「ワテの利息はトゴ…10日で5割や。せやからあんさん等の今の借金を合計すると…810364364円やで。 まぁ稼げるところはワテが紹介したる…ベーリング海や。そこでのカニ漁はごっつ稼げるで。 既にワテ等が捕らえた喪亡悪堕無の連中も全員そこにおるさかい、あんさん等で最後や」 「ベーリング…海…!」 蟹江の説明に芦戸は戦慄する。 ベーリングカニ漁とは極寒の海域、ベーリング海で執り行うカニ獲りである。 一攫千金のチャンスである反面、死と隣り合わせである。 「………」 「構わないのさん、理香が死なずに済むのなら…」 暫しの沈黙の跡、芦戸は今を生き述べる選択をした。 「ほな、ぼちぼち現場に行きまっせーっ!!」 「「「「「ヘイ!!!!」」」」」 蟹江は芦戸を連行していき、程なくして何台もの車の走行音が響き渡りそれはこちらから遠ざかっていく。 「(どうやら俺の出番は無かったようだな…)」 物陰から見ていた剣は劾達の元へと向かう。 「嵐が…過ぎ去りやしたね…」 「ああ、それじゃあ青いロックマン達の所に戻るか」 翔と魚原も劾達の元へと向かう。 「レオ…ゴルド…」 劾はストリームフリッパーの破片を握りしめ、嗚咽していた。 「酷すぎるよ、せっかく友達に、仲間になったと…思った…のに…」 玲も涙を浮かべ劾に寄り添う。 「桜井の兄貴、沖藍の姉貴…!俺も…悲しくて…堪りませんぜ!ウオオオオオオオン!!!!!」 「辛ぇよな、辛ぇよな…!畜生ォ!」 劾と玲の様子を見た翔と魚原も釣られて泣き出す。 剣は悲しみを堪えつつこれまでの事をシェリーに報告する。 「そんな…まさか…デルタがこんな非情な手段に打って出るなんて…」 シェリーもショックと悲しみを隠し切れずにいる。 「しかしこれでレプリロイド達と分かり合う道が完全に途絶えた訳ではない。 …博士、今までのデルタナンバーズの修理はどこまで進んでいる?」 「明日には終わるわ…」 剣の問いにシェリーが応える。 後日、巷では「東京港襲撃事件」解決にはロックマンだけでなくスミッシーも関与したという噂で持ちきりになった。 事実剣のアカウントでも「スミッシーが協力してくれたのかもしれない」と剣がコメントしている。 この結果一般人は実名も姿も知らない「スミッシー」を讃えた。 「スミッシーはあのロボットだろ…?まさか…な…」 氷藤はスミッシーことレオゴルドがロックマン達を助けたのではないかと思い始めるも確信には至らない。 またデスラジクが放ったダーツミサイルで本来届く筈だった大量の危険ドラッグは跡形もなく消し飛んだ。 喪亡悪堕無壊滅もあり、史実での大量の危険ドラッグが日本中に回りそれに伴い数々の抗争が勃発する事態は回避された。 芦戸が喪亡悪堕無のボスだったという報せは裏世界のみならず表社会にも流れ、 芦戸自身は名目上は「失踪」扱いとなった。 ベーリング海では… 「兄ちゃんよく働くなぁー、そんなに金が欲しいのか?」 何度も命の危機に陥っても懸命に働く芦戸に他の債務者が問いかける。 「俺達は…これが全て終わったら…結婚するのさん…」 芦戸は応える。 「私もボスに…辰海さんに報いる為に働こうじゃないか!」 保田も倒れ伏している時に芦戸の言葉を聞いていた為、彼の行為と想いに応えようとしている。 このように盛大に死亡フラグを建築した芦戸だったが、これが回収されることはなく 結果として翔を大いに驚かせる事になるのだがそれは遠い将来の話である。 続く
ELITE HUNTER ZERO